Neetel Inside ニートノベル
表紙

静崎さん
しずさきさん3

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翌日。
暗い気分が晴れないままだらだらと学校へ向かう。正直、休みたい。布団か、何かフカフカしたものに埋もれて眠っていたい。
「よぉ、なんだか眠そうだなオイ」
ポンと肩を叩かれて振り向く。…綾原か。
こいつとは特に待ち合わせをしてるつもりは無いが、家の方向が途中まで同じなので登校中に合流してしまうことが多い。
「なぁ、オレの時代がきたようだぜ」
「…は?バカ?」
したり顔で唐突に何を言い出すのだろう。怪電波を垂れ流す奴とは話す気は無いですよ。
僕は綾原を追い払うようにシッシッと手を振るが、なんとも気持ちの悪い笑顔でこっちを見てくる。昨日の帰りから機嫌を取り戻したようで嬉しいが、どうも様子がおかしい。トチ狂ったのかな。
「…聞いてくれよ、福乃!!」
「うわっ!」
急に抱きついてきた。え?何だこいつ、ソッチ系だったのか!?
「やめて綾原、ちょ、気持ち悪い…!」
「なんだよぉ、そんなに嫌うなよぉ」
「やめろって!」
鼻息が首筋に当たってゾクゾクと鳥肌が立ってくる。
「聞いてくれよ、俺に、ついに俺に」
「分かった、聞く聞く!話聞くから手を離して!」
「お前ら何やってんだ?」
後ろから太い声が聞こえた。ハッと振り向くと、少し離れた所で青野と本間さんがこっちを見ている。
「綾原くん、福乃くん、おはよう」
「お、おはよう」
「おぅ、おはよう!」
ニコやかに挨拶する本間さん。隣でニヤニヤと笑う青野。まだ抱きついている綾原。…綾原はもうこの場で消えて無くなってくれ。
「二人とも、よっぽど仲が良いんだねぇ」
「お二人さん、仲良しなのは良いけど公衆の面前でイチャつくのはどうかと思うぜ?」
「違う!」
僕はバッと綾原を振り払った。恋人を作る気はまだ無いし、男の恋人は作る気なんて尚更無い。
綾原はヘラヘラ笑いながら、ふにゃふにゃと揺れている。
「青野、カップル気取りもそこまでだぜ。俺にはもうハニーがいるんだ。もちろん、福乃みたいなオスガキじゃない」
「へー、彼女出来たのかよ」
「…あたぼうよ!!」
ヒャッホーと叫びそうなテンションで返答するキモなめくじ。彼女ができることは、そんなに嬉しいことなのだろうか?
「おめでとう!相手はどんな人?」
興味津々な様子で本間さんが尋ねる。そういえば本間さんはいつも朗らかな笑顔、というイメージだけど、青野と一緒に居る時はまたいつもと違った笑顔な気がする。母性に溢れている、と言うのかな。青野も本間さんと一緒にいる時は普段より饒舌になるし、やはり恋人が出来ると心に余裕が出来るのだろう。
…少し、羨ましいかもしれない。
「世話焼きでさー。なんていうか一緒にいて安心できるっつーか、もう幸せです!ちょっとギャルっぽいかも」
ギャルっぽい。
確か、綾原は静崎さんと何かあったらしい雰囲気を漂わせてたな。まさか今話している彼女ではないと思うけど。
静崎さんはギャル「っぽい」では表現しきれないだろうし。まさかのまさかですよ。
「そうなんだ。綾原くん見てたら幸せなのが分かるよ!…ところで、時間まずいんじゃない?」
携帯電話を見ると、もう今から走らないと始業に間に合わない時刻であった。話しながら歩くと、思った程距離を進んでいないものである。
「おい、走っていかないと間に合わないぞ!」
青野が叫んだのを合図に、僕たちは我先にと猛ダッシュで学校へ向かった。




夕方。
教室は真っ赤な夕日に染まっていた。いつもは暗くなるまで教室に居残っている生徒も何人か居るが、今日は誰も残っていない。
僕は適当な席に着き、誰かが来るのを待っていた。ある計画があったからだ。
ふと、ちゃんと準備が整っているか気になって机の中に手を入れてみる。文化包丁とカッターはちゃんと机の中に入っているようだ。
「ねぇ、あんたどこに座ってんだよ」
ポンと肩を叩かれ、聞き覚えのある声が耳元で囁かれた。
気がついたら条件反射のように、考える前に僕の体は動いていた。
机の中から取り出した文化包丁で、まるで剣道の居合切りみたいに振り向きざまに声の主の腹を切り裂いた。
「おぐぇっ」
気持ち悪い液体が僕の顔にかかるが、気にせずに右手を切り裂いた腹に突き入れる。
むにむに、ふにゅふにゅ。とても柔らかい感触が伝わってくる。ゴムボールみたいだ。
意外だな、お腹の中ってこんなに柔らかいんだぁ。これは胃袋かな?
「…のく…。ふく…ん」
声の主が小さい声で話しかける。僕の頭に直接響くような、なんだかモヤがかかっているような、不思議な響きだ。




「…きろ、ねぼすけ!!」
パカーン
何か筒みたいなもので後頭部を叩かれて、僕は目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったようだ。
身を起こすと自分の机が目に入った。どうやら僕は机に突っ伏して、腕を前に突き出す姿勢で寝ていたようだ。
「ふ、福乃くん?」
「…んぇ?」
見上げると、前の席に本間さんが座っていた。…どうしたのだろう、顔が真っ赤で両腕で胸を隠している。
パカン
また後頭部をはたかれた。
振り向くと、綾原が丸めた教科書を握りしめて仁王立ちしている。なんだか視線が冷たい気がする。
「福乃~、そんなに溜まってたんか?え?お兄さんに相談してくれればDVDくらい貸してやったぞ」
「は?何が…え?」
まったく意味が分からない。いや、頑張れば理解できるかも知れないが、今はこの右手に残る感触を信じたくない。
「…大丈夫だよ。福乃くんはちょっと寝惚けてただけなんだよね?」
前に向き直ると、本間さんが僕を庇うように無理に笑顔を作っている。…こういう笑顔ほど心をかき乱すものは無い。なんだか泣きたくなってきた。
「あの、えっと、え、あ。…ごめんなさい」
椅子に座ったまま、机に額を擦り付けるように頭を下げる。多分、予想は外れていない。むしろこの状況で違うパターンがあるなら金を払ってでも、そちらへ移りたい。…うん、自分でも何を言ってるのか分からない。分かりたくない。もうやだ。
「あ~あ、青野が戻ってきたら何て言うことやら。まさか福乃が本間のおっぱ…」
「しーっ!」
本間さんが口の前で人差し指をクロスさせている。綾原の辞書に「デリカシー」という単語が載る日は来るのだろうか。というか、僕はもう言い逃れ出来なくなりましたね。
「福乃くんだって悪気があってやったんじゃないから、伸雄くんには言わないで。私も、その、恥ずかしいし…」
言ってて思い出したのか、また顔を赤くして俯いてしまった本間さん。募る罪悪感。
「あの、本間さん。寝てたとはいえ、僕は大変なことをしちゃったみたいで、その、本当にごめんなさい」
「ふふ、大丈夫だってば!ほら、早くご飯食べないとお昼休み終わっちゃうよ?」
時計を見ると、昼休みが始まって15分が経とうとしていた。
「おら、とっとと飯食いにいくぞー。いつまでも俺の腹を待たせんじゃねぇ」
「あ、うん。それじゃ、本間さん。……あの、」
「もう謝るの禁止!そんなことじゃ私、全然怒らないからさ。…でも戻ってきたときに、まだ気にしてたら怒るよ?」
そういって微笑む本間さんには、もう自然な笑顔が戻ったようだ。でもまだ顔が少し赤い。
一安心、かな。
僕も本間さんに笑い返して、綾原と一緒に学食へと向かった。




     

それなりに混み始めた学生食堂。
僕がカレーを3口程食べたあたりで痺れを切らしたように綾原が聞いてきた。
「で?本間のぱいおつはどうだったよ?」
はぁ。溜息を漏らしてスルースルー。
「…やっぱり、カレーよりシチューのほうがいいな。いつかここのメニューに入らないかな」
「柔らかかったろう?触り心地良さそうなのは見ればわかるんだ。なぁおい、感想くらい聞かせてくれよ」
「今日も結構学食混んでるね。どの時間に来れば、並ばずに済むんだろ」
「あいつ何気にスタイルヤバいからなぁ…。どうだ、早速今夜使うのか?」
「…黙って食べてよ、このゲス野郎」
がっはっはと下卑た笑い声をあげる。今すぐ口を閉じて息の根を止めろ。
綾原の時と場所を考えない下ネタは日常茶飯事だが、本間さんにまでそういう目を向けるのはやめて欲しい。人情、というかなんというか、そういうものがこいつには無いのか。
…と言いつつ。
僕が起こした惨事の詳細を、未だに知らないのも事実だ。とりあえず詳しい内容を聞いておきたい。…意識が無い時に起こしたことで責任を取らされるのが、こんなに辛いとは思わなかった。
「えー、僕は本当に覚えてないんだけどさ。…どういう寝惚け方したの?なるべくオブラートに包んで説明してよ」
「お、とぼけやがってコイツめ!あくまでラッキースケベを装いたいんか!!…まぁ、順を追って説明しようか」
綾原の説明を要約すると、僕は4限目の授業の後半から居眠りしていたらしい。あの姿勢で。授業が終わり、昼休みに入っても僕は起きなかった。
そしてその姿を見た本間さんが、「なにこれ可愛い」と僕の寝顔を観察するために綾原の席を借りたという。そのまましばらく観察していた本間さんの胸部に、寝惚けた僕が急に手を伸ばして…。
「…そして、こう前に突き出した手を、本間のパイを揉みしだくように」
「ストップ。それ以上説明したら、5限目の英語の課題を見せてあげません」
「すいませんでした」
綾原はニヤケ顔を引っ込めて沈黙した。…が、頬がピクピクしている。笑いを堪えているようだ、死ねばいいのに。
もはや自分でも分かるくらい顔が火照っていた。覚悟はしていたが、客観的に聞くと非常に恥ずかしい話だ。これが俗に言う黒歴史とやらか。
食堂の喧騒がやけに遠く聞こえる。、今の話、誰かに聞かれてないだろうか。教室でこの騒動を知っている人は居るのだろうか。確かめる勇気なんてある訳ない。
「そういえば宮野さん、学校に来た?」
話題を変えて逃げる自分が矮小な存在に思える。…はぁ、早く帰って寝たい。そして忘れたい。
「いやぁ、まだ来てないな。…くく、もしかして病院のベッドで寝てるんじゃないか?静崎達も島田に呼び出されてたし、なんかやらかしたんじゃね?」
「呼び出された?いつ?」
「昼休みに入ってすぐだったから、お前が寝てる間かな」
今日、宮野さんは学校に来ていない。静崎さんと関係がある可能性は非常に高いし、昨日二人が教室を出ていくのを目撃した者も多かった。恐らく誰かが島田に告げ口でもしたのだろう。
実際に宮野さんが欠席した理由が、静崎さん達によるものかどうかは分からない。…だけど、昨日のあの時に静崎さん達を引き止めていたら、宮野さんは今日学校を休まずに済んだだろうか?彼女らと近い位置に居た僕達に、声を掛ける余裕は十分あったはずだ。
そう考えると、少し胃が重くなる。ずしり。
僕の顔色を察したのか、綾原が元気づけるように
「気にすんな、どうせ大したことじゃねーよ」
と声をかけた。なまじ心配するから余計な罪悪感を感じるのかもしれない。…この考え方はやや無責任か。
「ところで話は戻るけどよ、どんな夢を見たんだ?」
「変なこと聞くね」
どうしてもそっちの話を広げたいのか。かと言って、黙ってて勘違いされるのも腹が立つので、僕は見た夢を覚えてる限り説明した。
「別に綾原が期待しているような内容じゃないから、まずはそのニヤニヤを引っ込めなさい」




「物騒な夢だなぁ」
かくかくしかじかと説明した挙句の、綾原の感想。説明している途中で他人に夢の話をするのは恥ずかしいと気づいたが、もう遅かった。
「お前の攻撃的な性格がよく表れているな」
「え?そう?」
「うん。最近の福乃は、特に俺に対して厳しい!」
「……」
綾原に慣れてきたからかな。結構ひどい毒を吐くようになったような気がしないでもない。
「綾原の日ごろの行いが悪いからだよ」
「へいへい、さいですか。てかそろそろ時間だぜ、片付けるぞ」
時計を見ると、もう昼休みが終わろうとしていた。次の授業は…英語か。
「課題よろしくね、福乃ちゃん」
軽口を叩いて席を立つ綾原に続いて、僕も席を立った。





     

「ちぃーっす、担任に怒られてて遅刻しましたー」
5限目の授業が始まって数分後、静崎さんが教室に入ってきた。水城さんと多嶋の姿は無い。
「あれ、静崎だけ解放されたんか?」
「そうみたいだね。…途中で抜け出してきたのかな」
「だったら家に帰るんじゃないか?説教をボイコットしたのに、わざわざ授業受けに教室戻らんだろ」
「はぁ、だるかった。よっこいしょ」
静崎さんが席に着いたので、僕たちは一旦会話を切った。…よかった、聞こえてなかったみたいだ。
そして即睡眠。もしかして、彼女は病気なんじゃないか?睡魔に一日中襲われ続ける病気。
トントン
「…ん?」
背中をつつかれて振り向く。
「やぁ、ちょっといいかな」
ぽっちゃりした体型の男がうすら笑いを浮かべていた。長い前髪で目が隠れて、どことなく陰気そうな印象を受ける。
こいつの名前は、たしか荒田。特に親しい友達は居ないが誰とでも会話できるタイプ。グループ分けがあるとすれば無所属、といった感じだ。僕も入学して間もない頃に2、3回挨拶程度に話したくらいだ。
今は課題の答え合わせをしているので、周辺の人と少し話すくらいなら注意されないだろう。
「いいよ。どうしたの?」
「君たち、さっき静崎さんの話をしていたよね」
内容は僕の隣にいるお方の陰口か。囁くような声で僕たちは会話する。
「そうだけど」
「彼女達、昨日宮野さんをどこかへ連れていったよね。あまり穏やかな様子じゃなかったけど」
「…うん」
「それで、さっき静崎さん達が島田先生に呼び出しされて、帰ってきたのは彼女だけだ」
視線で静崎さんのほうを指す。荒田の口元が、さらに歪んだ。
「うん、何でだろうって話をしてたんだけど」
「そう、その話だよ。何故か分かるかい?」
この話をするってことは荒田には分かるのだろう。僕は首を振って、荒田に先を促す。
「…静崎さんの実家はかなり裕福らしくて、色々な所に力を及ぼせるらしい。僕も同じ中学だったし、何度か彼女の家の前を通ったことがある」
荒田は身を乗り出し、一層声のトーンを落とした。
「物凄く大きな和風の屋敷でね、日本庭園なんかあったよ。まるでそのスジの方々が潜んでそうだった。…福乃くん、もう僕の言いたいことが分かったかな?」
「静崎さんの力で、宮野さんとのトラブルを揉み消した…?いくらなんでも、大袈裟じゃない?」
「ふふ、じゃあなんで彼女だけ戻ってきたのかな。多嶋くんと水城さんだけ指導に入るようなら、きっと僕の言ってることに間違いは無いよ」
そう言うと、荒田は答え合わせの作業に戻った。もう話は終わりらしい。
「……」
僕も前を向いて答え合わせを続ける。そして考えた。
正直、有り得る話だ。
静崎さんがテストの解答を持ってたとしたら、彼女が宮野さんにリンチ紛いのことをしたとしても指導を免れるなら。
もしそれが実家の後ろ盾によるものなら、普段からあんなにも横柄な態度を取る理由が分かる。どんなトラブルも全て親がなんとかしてくれるからだ。
今はまだ、全て推測にすぎない。宮野さんが休んだ理由も、静崎さん達が呼び出された理由も。何もかも自分で確かめてないことばかりだ。
静崎さんに直接聞けばすべて分かる。僕の推測と答え合わせが出来る。
しかし、もしこの推測が正しければ?
真実を知った時、すでに僕は厄介なことに足を踏み入れていることになる。推測できる段階で彼女には警戒すべきなのかも知れない。
すべて僕の杞憂であればいいけど…。
日々募る静崎さんへの不信感。細かい疑問を残すも、筋の通った推測。
隣で眠る彼女と、僕はまだ接触がなかった。









       

表紙

りょーな 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha