第23章 聖域
「生贄にされるというのはいったいどういうことなんだ?」
ロイドはその場にひざまずき、少女の目をみて尋ねた。
「詳しいことは族長が知っています。お願いです、族長を説得してくれませんか?」
少女は涙で目を真っ赤にしながら、声をしゃくりあげながら懇願した。ロイドはそれを見て哀れみの念を抱いた。
「分かった、族長の話をきいてみよう。目の前に生命の危機に晒されている人が居るのに、放っておくわけにはいかん。」
ロイド達は少女の案内で、族長の家へと向かった。
「ここです。」
集落の中でもひときわ大きな丸太作りの家につくと、少女は布の暖簾をくぐって中に入った。
「あの族長、お話があります。」
ロイド達も後に続いて家の中に入っていった。ござと囲炉裏以外ほとんど何もない室内に、腰巻を巻き、頭に葉の冠を乗せた老人が座っていた。どうやらこの男が族長らしい。
「これ、メイア、生贄の清めの儀があるというのにどこに行っていたんじゃ。ん、何じゃお前さんたちは?」
族長らしき男は少女を「メイア」と呼ぶと、ロイドたちの方を見た。
「彼等は旅の客人です、族長にお話があるそうです。」
メイアと呼ばれた少女はこう説明した。
「こんな辺鄙な村に客人とは珍しい、わしが族長の『トニ・エルパ・ヘレ』じゃ。」
族長は冠を取って、会釈をした。
「エルロード魔法騎士団長『ロイド・アルナス』です。」
ロイドは王宮式の敬礼で返した。
「なんとエルロードから来なさったのか。しかして、何用かな?」
「任務を終え、本国に帰還する途中に偶然立ち寄ったのですが、なにやらこの少女が生贄にされるということを聞きまして。なぜそのようなことに?」
族長はしばらくうつむいて考え込むと、顔を上げて
「よかろう。すべて話すとしよう。」
事の経緯を語り始めた
「わし等の一族は、このホルムト大森林の豊富な水の恩恵に預かって、古くから錬金術を独自に発達させてきた。錬金術というのは様々な定義があるが、簡単に言うと物質に魔力を宿らせる技術じゃ。これもすべて水の精霊様のお陰。」
「水の精霊様?」
ロイドは聞きなれない言葉を聞き返した。
「そもそも温暖であるが、別段そこまで雨量も多くないガストラングに、何故これだけの熱帯雨林があるのか、お前さんたちも不思議に思っただろう。それはこの土地が水の精霊様の力が強く宿っているからじゃ。その力によってこの付近一帯は異常な集中豪雨が多い。お前さんたちも周りとは不相応な場所を見たことが無いか?」
「そういえば、フォーロウ樹海はビュリックの荒れ地に何であれだけの樹海ができるんだろうって前から不思議に思ってたんだ。」
ワトソンはふと気がついたことを口にした。
「フォーロウ樹海か。あれは大地の精霊の力が強く宿ってるのじゃ。だからあの一帯だけ土壌の養分が豊富で植物が育つんじゃ。世界各地にはこのような場所がまだいくつかある。わし等はこのような精霊の力が強く宿っている地を『聖域』と呼んで崇めておる。」
「『聖域』ですか・・・。」
ロイドは静かにその言葉を噛みしめた。
「ここからが、本題じゃ。どういうわけかここ最近は日照り続きで雨が全然降らなくてのう、そういう時は大森林の奥にあり精霊様が住まうという『恵みの泉』で雨乞いの儀を奉納するのじゃ。ところが、いつもは雨乞いを行えば精霊様が恵みの雨を降らせて下さるのだが、今回の日照りは何回雨乞いの儀を行っても全然雨が降らんのじゃ・・・。」
族長は頭を抱えてうなだれた。
「お陰で錬金術の研究はおろか、井戸は干上がる寸前で飲み水にも困っている始末。水不足で死んでいく者たちも後を絶たない。わしは途方にくれつつも、恵みの泉に足しげく通って何度も祈った。すると、泉が黄金色に輝いたのじゃ。これは精霊様がお怒りになっているに違いないとわしは考えた、そして・・・。」
「生贄を捧げることにしたのですね。」
ロイドは族長の言わんとしていることを悟った。
「そういうことじゃ。残念ながらもう打つ手はこれしかない。それとも、お前さんたちになんとかできるというのか?」
族長はすがるような眼差しでロイドたちを見つめた。その姿には一族の命運を背負う者の苦悩が表れていた。
「うまくいくかは分かりませんが、心当たりがあります。ですからあの少女を生贄に捧げるのは少し待ってもらえませんか?」
「おい、ロイド、そんな無責任な約束を・・・。」
マルスが口を挟んだ。
「いいから黙っていろ。」
ロイドは右手を横に突き出し、口出しするマルスを制止した。
「よかろう。本当ならわしも生贄など出したくない。それで解決するならお前さんたちに賭けてみよう。」
族長は立ち上がると右手を差し出した。
「ありがとうございます。必ずや解決して見せましょう。」
ロイドも立ち上がると、族長と硬い握手を交わした。
「明日の早朝、わし自らがお前さんたちを恵みの泉に案内しよう。」
「分かりました。準備しておきます。」
こうしてロイドたちは族長の家を後にした。
「おい、大丈夫なのかよあんな約束して!!」
マルスはロイドの前に立つと口出しした。
「大丈夫だ、心当たりはある。さっき、族長が『泉が黄金色に光った』って言ってただろう。」
ロイドは確信を持った表情で反論した。
「ああ、そう言ってたな。」
「あれは精霊の怒りなんかじゃない、おそらく王石の輝きだ。多分、泉に落ちた王石の影響で精霊の力が弱まったんだろう。」
「なるほど、ありえねえ話じゃねえな。」
マルスは納得した。
「今まで俺達は幾度となく王石の力を目にしてきた。考えられるとすれば、泉に化け物が巣食っているか、精霊自体が化け物と化したかだな。」
ロイドは自分の立てている仮説を説明した。
「とりあえず、明日は早い。この村には俺達の泊まれる場所はなさそうだし、今日はこの辺でキャンプを張るか。」
続く