Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
予兆(ノースの村〜)

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 ――かつて、世界は魔の者によって支配されようとしていた。人々は恐れた。魔の者は残虐であり、恐怖で全てを支配しようとしていたからだ。そんな時、一人の救世主が現れた。名はアレク。アレクは世界中で仲間を集め、魔の者に立ち向かった。戦いは熾烈を極めた。しかし、天はアレクの味方だった。魔の者はアレク達の手によって滅ぼされ、人々は平和を手にしたのだった。

 これは遠い昔から、今に伝わる伝説である。

 そんな世界の片隅に小さな村があった。名はノース。山々に囲まれ、自然と共存している村だ。若者の数は年々と減ってはいるが、村の活気は悪くは無かった。
「今日も良い天気だ」
 眩いばかりの朝陽は少年の顔を照らし、清々しい気持ちにさせる。周りの木々も風に揺られて、心地良さそうだ。
「やぁ、カルおじいさん。今朝も早いね」
 少年は、隣の家の畑を耕す老人に声を掛けた。振り下ろすクワは老いを感じさせていない。
「おはよう、ヒウロ。ワシぐらいの年齢になれば、朝は早いもんじゃ」
 畑を耕しながら、カルは言った。ザクッザクッとリズム良く耕す音。
「そういえばヒウロ、村長が呼んでおったぞ」
「村長が? なんて?」
「さぁ、それは知らん。イタズラでもやったのか?」
 カルが笑う。
「俺が? まさか」
 ヒウロも笑った。逆立つ黄色の髪の毛が風に揺れる。
 ヒウロは真面目な少年だった。勉学もそこそこ出来るし、武器の扱いも悪くは無い。この村は平和だ。しかし、遠い噂では魔王が現れ、魔族が力を蓄えているという事だった。それを予兆しているのか、村の外では魔物が徘徊するようになっている。
「とりあえず、村長の家に行ってみるよ。ありがとう、カルおじいさん」
 言って、手を振る。カルも笑顔で応えた。
 村長の家に向かう途中、剣の稽古をしているオリアーを見かけた。
「相変わらずだな、アイツ」
 オリアーはヒウロと同じ歳で、村一番の剣の使い手だ。性格は礼儀正しく、正義感溢れる少年でもある。二人は幼い頃からの仲だ。
 そのオリアーを脇目に、ヒウロは村長の家に着いた。
「村長、ヒウロです。入ってもよろしいですか?」
 ドア越しに声を掛ける。
「おう、ヒウロか。構わんぞ、入れ」
「失礼します」
 ドアを開け、家に入った。相変わらず大きな家だ。木の壁、木の天井、柱。どことなく年季を感じさせる。村長は中央の大きな机の前で座っていた。
「やぁ、ヒウロ。おはよう」
「おはようございます。村長」
「うむ、まぁ座れ。話と言うのはな」
 村長が話を始めた。
 どうやら、村長の息子であるメイジが隣町まで買い物に出掛けたのだが、帰りが少し遅いらしい。そこでヒウロに隣町まで様子を見に行って欲しいとの事だった。
「メイジさんは、村一番の呪文の使い手ですよね」
 そのメイジの帰りが遅い。確かに何かあったのかもしれない。特にこの頃は魔王の噂もある。そして何より、魔物の動きが活発だった。
「メイジの腕なら、ここらの魔物など取るに足らんはずなんじゃが」
「わかりました。俺が様子を見に行きましょう」
 ヒウロが席を立つ。
 そしてこれは、壮大な冒険の始まりでもあった。

     

「よし、こんなもんか」
 必要な装備、道具を揃えた。相変わらず、天気は良い。風も心地よかった。
「ん? ヒウロ、どこか行くのか?」
 畑を耕し終わったのか、切りかぶの上に腰を付いているカルが話しかけてきた。
「あぁ、ちょっと隣町までね」
「そうかそうか。気を付けて行けよ」
 カルが笑顔で手を振った。メイジの事を言うか迷ったが、言わない事にした。要らない心配事を増やす必要はない。それに必要なら、村長から説明があるはずだ。
 何事も無ければ良いが。ヒウロはそう思うも、どこか胸騒ぎを覚えていた。
 隣町へ行くには獣の森を抜ける必要があった。文字通り、その森は獣の住処となっており、女子供はまず立ち入らない。日差しの入りも弱く、魔物の住処としても成立するからだ。そして近頃、魔物の数が増えているという話だった。
「メイジさんに何かあったとするなら、獣の森だ」
 縁起でもない。ヒウロは心の中でそう呟いた。
 道中、スライムやはさみクワガタなどの魔物と遭遇するも、難なく切り抜けた。この辺りの魔物は大した事がない。呪文や剣の稽古がてら、よく相手をしていた。
 そして、獣の森に到着した。
 ギャァギャァと不気味な鳴き声が辺りでこだましている。霧なのか煙なのか分からないが、白いモヤのせいで視界も良くない。何より、魔物の気配をピリピリと感じた。
「しばらく来ない内に、ずいぶんと変わったな、この森も」
 これでは獣の森というよりも、魔物の森である。魔王の噂は本当なのかもしれない。
 不意に右の茂みが揺れた。剣の柄に手をかける。
「あばれうしどり!」
 茶色い筋肉質の大きな体躯。気性の荒さと、その体躯に似合わない素早い動きが特徴の魔物だ。
 不意の突進を身体をひねってかわした。避けざまに剣を抜き、一閃。
「浅いっ」
 敵の突進。速い。横に飛んだ。受け身を取る。しかし、敵はもう突っ込んで来ていた。
「何だとっ」
 地面を転がり、突進をかわした。あばれうしどりが木に激突する。木が上下左右に揺れ、木の葉を撒き散らす。
「あんなの食らったら、ひとたまりも無いぞ……」
 思わず息を呑んだ。あばれうしどりが頭を左右に振り、こちらを見定める。剣を構えた。迎え撃つ。久々に骨のある敵が相手だが、集中すれば何の事は無い。
「来いっ」
 瞬間、突っ込んできた。目を合わせた。怒り狂っているのが分かった。
 視線は外さない。激突の刹那、身体をひねる。剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろした。悲鳴。首を真っ二つだった。
「メイジさん、無事だよな」
 あばれうしどりの死体が消えていくのを見ながら、ヒウロは呟いた。
「先を急がないと」

     

 道中、何度か魔物と遭遇するも、何とか切り抜けていた。しかし、以前に来た獣の森と比べ、格段に魔物が強くなっている。血の気も多い。村長にこの事は報告した方が良さそうだ。
 森の中を歩き始めて、そこそこ時間が経つ。獣の森はそれほど広い森ではない。出口までそう遠くないはずだ。ヒウロがそう思った時、血の臭いが鼻をくすぐった。
「人間の血か? これは」
 辺りを見回す。脇の木の幹に血がべっとりと付いているのを見つけた。すぐに駆け寄り、血のりに触れた。まだ新しい。乾いていない。
「メイジさん……?」
 まさかとは思う。胸騒ぎが大きくなった。
「……ラマッ」
「ん?」
 誰かの声。耳を澄ます。
「ェラミッ」
 ェラミ、メラミ? 呪文か? そしてこの声。
「メイジさんだ」
 走った。声のする方へ。剣の柄を握る。けもの道。男が懸命に戦っている。目をこらした。見覚えのある紫のローブ、まどうしの杖。
「メイジさんっ」
 叫んだ。敵を見る。巨体、そして熊。赤い目。丸太のような太い腕から繰り出される打撃は、人の頭など簡単にもぎ取ってしまう。
「ごうけつぐま……なんであんな強い魔物が、こんな所に」
 とにかく走った。剣はもう抜いている。

「はぁはぁっ。魔力がピンチだ。かと言って、こいつから逃げるのは至難の業……」
 ごうけつぐまが息を荒くし、口の端から涎を垂らした。そして唸る。火炎呪文で体毛こそ焦げてはいるが、ダメージは深く無さそうだ。一方のメイジは体力・魔力共に残り少ない。長い戦闘と精神的な疲労が重なり、呼吸もかなり荒くなっている。
「くそ、オリアーかヒウロのどっちかが居れば……」
 ごうけつぐまが飛びかかる。しかしメイジは動かない。いや、動けないのだ。諦めた。メイジが目をつむる。
 金属音。
「メイジさん、無事ですかっ」
 ヒウロ。剣で爪を受け止めている。
「お、お前。どうして」
 いや、今はそんな事どうでも良い。
 メイジは頭の回転が速い男だった。そして冷静沈着。ヒウロが自分を助けに来た。自分がやれる事を考える。
「ピオリム!」
 メイジとヒウロの素早さが上がった。ごうけつぐまの攻撃をヒウロが受け流す。
「バイキルト!」
 ヒウロの攻撃力が二倍になった。瞬間、ごうけつぐまが腕を振り上げた。標的はメイジ。ヒウロが再び、剣で受け止める。激しい火花と共に、ギリギリと金属が擦れ合う音が鳴り響く。
「メイジさん、魔力はあとどのくらいですか」
「悪いな、もう限界だ」
 ヒウロがごうけつぐまを押し戻す。バイキルトの効果で力がごうけつぐまを上回っている。
「これを」
 薬草と魔法の聖水をメイジに投げ渡す。間髪入れずに使った。
「助かった。あとはコイツを倒すだけだ」
「来ますっ」
 敵が両腕を振り上げた。ヒウロが避ける。地面が炸裂せんばかりの轟音。隙を逃さず、剣で薙いだ。鮮血が宙を舞い、ごうけつぐまが怯む。
「メラミッ」
 傷口へ向けて放った。怯みが咆哮へと変わった瞬間、ヒウロが剣を傷口にねじ込んだ。切っ先は敵の身体を貫いており、ごうけつぐまは力無く剣にもたれかかった。
「……やったか」
 ヒウロが呟く。静かに剣を抜くと、死体はそのまま地面に倒れ込んだ。

     

「メイジさん、探しましたよ。それに間に合って良かった」
 消えゆく死体を脇目に、剣を鞘に戻す。
「あぁ、助かった。しかし、何故?」
 メイジのローブはボロボロになっていた。特に胸の部分はごうけつぐまの爪で引き裂かれていた。血も染み込んでいる。木の幹の血のりは、この部分のようだった。
「村長の依頼です。心配されてましたよ」
「そうか、父さんが。しかし危ない所だった」
「えぇ。メイジさんを見つけた時は無我夢中で走りましたし」
 ヒウロが笑った。それを見たメイジも緊張の糸が切れたのか、声を出して笑い始めた。
「まだまだ俺も修行が足りないようだ。俺のメラミ、全然効かないんだからな。あれには相当参った」
「メイジさん、立てますか?」
「あぁ」
 しかし、立てない。やはり、体力を相当消耗しているのだ。
「辛そうですね。ベホイミ」
 暖かい光がメイジを包み込む。
「悪いな。俺も回復呪文の一つぐらい使えるようになりたいんだが」
「素質の問題ですよ。その代わりにメイジさんは強力な攻撃呪文が使えるじゃないですか」
 メイジは膨大な魔力を幼い頃からすでに備えていた。しかし、開花した才能は攻撃呪文で、不思議と回復呪文は習得出来なかった。これには親である村長も首をかしげたが、その代償とも言えるのか、攻撃呪文の上達はめまぐるしかった。
「メイジさん、一旦村に帰りましょう。村長も心配しています」
「あぁ、そうだな」
 メイジはリレミトを唱えた。

 村に戻った二人は、早速村長の家に向かった。メイジの様子を見た村長の表情は穏やかでは無かったが、無事を確認して安堵したようだ。そしてヒウロは、森の現状を報告した。
「フム……。では、やはり魔王の噂は本当なのかもしれんな」
「えぇ。ですが、今はまだ予兆の段階かもしれません」
 沈黙。村長が目をつむる。何か考え事をしているようだ。
「お前たち、この国の王を知っているか?」
 村長が口を開いた。
「ルミナス王です」
「そうじゃ。そしてこの村も、そのルミナスの領地だ。お前たちに、一つ頼み事をしたい」
 村長が立ちあがる。
「ルミナス城に赴き、王に今の村の現状の報告を行ってもらいたいのだ」
 ルミナス城へ行く。つまり旅に出るという事だ。この村からルミナス城への道のりは長い。いくつかの難所もあった。しかし、村長の考えも分からなくは無かった。今のまま過ごしていても、この村の中だけでは何の対策を講じる事も出来ないのだ。
「俺は構いませんが、メイジさんは良いんですか? 一人息子でしょう」
「一人息子だからだ。この村の中だけではなく、世界を知って欲しい、そういう親心だよ」
 それ聞いたメイジが照れくさそうに鼻で笑う。
「それとオリアーも行かせよう。お前たちもその方が良いだろう」
 確かにそうだ。ごうけつぐまの件もあるが、獣の森を抜けるには二人では心細い。その後の難所に関してもそうだ。オリアーの剣術は村一番だし、幼い頃からの仲だった。
「しかし、今日はもう遅い。出立は明日の朝にして、今日は休むと良い。オリアーにはワシから話をしておこう」
 ヒウロは頷き、自分の家へと帰って行った。

「そうか、旅か」
 一人、ベッドの上で天井を見つめながら、ヒウロは呟いた。
 ヒウロに家族は居なかった。まだ赤子だったヒウロは、村の外で投げ捨てられていたという。それを見つけ、保護してくれたのがこの村の村長だ。だからヒウロにとって、村長は親代わりだった。メイジは兄のような存在だ。
「俺の父さん、母さん」
 目をつむる。何故、自分は捨てられたのか。何故、両親は自分の前から消えたのか。これらの謎を知るためにも、旅に出たい。ルミナス城に向かう道中、何か知る事が出来るかもしれない。密かな期待を抱きつつ、ヒウロは眠りについた。

 翌朝、村長の家に向かうと、メイジとオリアーが旅の準備を終え、待っていた。
「遅いですよ、ヒウロ」
 オリアーだ。装備もすでに整っている。
「ごめん、ごめん」
「ウム、三人揃ったようだな。では、メイジよ」
「あぁ。行ってくる。父さん、身体壊すなよ」
「フン、息子に心配される程、老いてはおらんわ。お前たちの旅の無事を祈る」
 こうして、三人の少年の旅は始まった。

       

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Neetsha