Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
スレルミアの町〜

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 ヒウロ達はスレルミアの町を訪れていた。リーガルの言っていた、クラフトという人物に会うためだ。
 リーガルは、呪文を使う事ができないオリアーに対して、何らかの魔力を感じる、と言っていた。リーガルは、自分ではそれ以上の事は分からない、と言っていたが、このスレルミアの町に居るクラフトなら、何か分かるかもしれないらしい。
 スレルミアの町は、武器の町だった。それもそのはずである。ここ、スレルミアは剣聖シリウスの生まれ故郷であり、剣の道を志す者たちが多く集まる町なのだ。故に、オリアーの表情はどこか好奇心を覗かせていた。町を歩いている人物を見ると、ほとんどの人が剣を持っているのだ。旅人、町人問わずである。オリアーの剣術の腕は決して悪くない。だが、こうして歩いていると、自分はまだまだちっぽけな存在だ、という気がオリアーはしていた。
 この町で何を得るのか。クラフトに会う事にしてもそうだが、ヒウロ達はこの旅の先々で、成長を遂げていかなければならなかった。今の自分達では、魔族に対抗するにはあまりにも無力なのだ。勇者アレクの血を引いていようと、強さとしてはまだ未熟だった。ファネルもバーザムも、ギリギリで切り抜けているに過ぎない。そして、四柱神との遭遇。これが大きかった。自分達の力の無さを痛感したのだ。しかし、結束は固くなった。共通の旅の目的も出来た。だからこそ、ヒウロ達はこれから成長を遂げていかなければならないのだ。
 ヒウロ達は、クラフトに関する情報を集めた。この町に来た一番の理由がクラフトなのだ。どうやら、クラフトは剣聖シリウスとゆかりのある人物らしい。子孫、とはまた別のようだが、かつてのシリウスとは親しい間柄の一族のようだ。先祖代々、一本の剣を守り抜いてきた、という事も分かった。まずは会ってみるべきか。ヒウロ達は、情報を頼りにクラフトの家に向かった。
 さすがに歴史を感じさせる大きな屋敷だった。何度か改築された後は見えるが、威厳のような物を匂わせる。庭も広い。家の出入口の前には、剣士の銅像が左右に置かれていた。こう言っては悪いが、リーガルの家とは格が違う。三人はそう思った。
「すいません、どなたかいらっしゃいますか」
 ヒウロが家の出入口の前で大きな声を出す。間も無くして、家政婦らしき女性が出てきた。要件を伝える。無論、リーガルからの紹介だという事も話した。リーガルの名を出すまでは、何となく聞いている仕草だったが、名を出した途端に家政婦が表情を変えた。リーガルはそれほどの人物らしい。
 家政婦が引込む。しばらくして、立派なあごひげを蓄えた壮年の男が出てきた。この男がクラフトか。紳士を匂わせる恰好だ。こう言っては悪いが、またも三人はリーガルとは格が違う、と思ってしまった。
「ほう、あなたたちが。思っていたよりもずっと幼い」
 クラフトはヒウロ達をもっと大人だと想像していたようだ。ヒウロとオリアーが十七。メイジが十八である。壮年の男からみれば、まだまだ子供だった。
「それで、リーガルさんが言っていたのはどなたですかな」
「僕です」
 オリアーが前に出た。すると、クラフトの表情が変わった。穏やかだったのが、急に凛々しくなったのだ。
「ほう、剣士ですか」
「はい。呪文は使えません」
「……なるほど。所でどうでしょう、屋敷の中をご覧になりませんか。そのついでがてら、我ら一族と剣聖シリウス様の関係のお話でも致しましょう」
 唐突な話だった。だが、断る理由は無い。それに剣聖シリウスの話にも興味があった。三人は頷き、屋敷の中を案内してもらう事になった。
 ヒウロ達は、屋敷の色んな場所の説明を受けながら、シリウスの話を聞いた。クラフトの一族とシリウスは、かつて盟友だったという。だが、剣の腕はシリウスには敵わなかった。そして、シリウスは勇者アレクと出会い、旅に出た。クラフト一族は、旅には同行しなかったが、このスレルミアの町の守護にあたったという。そして、アレク達は魔王を滅ぼし、それぞれの故郷に帰った。しかし、シリウスは違った。スレルミアに帰っては来たが、また旅に出たという話だった。その後の事は詳しくは分からないが、その旅に出る際にクラフト一族に託された、一本の剣。
「それが王剣、エクスカリバーです。シリウス様は、我ら一族にこの剣を守り抜いてくれ、と言われたそうです。再び、世が荒れる事を危惧されておられたのか、旅に出て自らの身の安全の保証が出来ないため、我らに託したのか。今となっては、理由は分かりませんが、我ら一族に伝わる伝説です」
 大きな扉の前。微かだが、扉の向こうから闘気を感じた。しかし、暖かい。優しい。オリアーはこう感じ取った。
「この扉の向こうに、エクスカリバーがあります。……オリアーさん、扉を開けられますか? 試してみてください」
 まるで、普通は開ける事が出来ない。と言わんばかりの口調だった。

     

 オリアーがドアノブに手をかけた。同時に、クラフトの眉が少し動く。手をかける事が出来た。この事実に少しばかり驚いたのだ。そのままドアノブを回す。ギィっという木の軋むと音と共に、扉が開いた。
「素晴らしい……。これは期待ができそうです」
 クラフトが呟いた。
 このエクスカリバーが置かれている部屋には、封印呪文が掛けられていた。邪悪なる者はもちろん、普通の人間もドアノブに触れる事すら出来ない。空気の膜のようなものが張ってあり、押し返されるのだ。さらに無暗に開けようとするものなら、強烈なしっぺ返しをくらう仕組みになっている。そしてこの扉を開ける資格を持つ者。それは、クラフト一族、もしくはエクスカリバーと対面するにふさわしい者、この二通りのどちらかの人間だけなのだ。
 無論、ヒウロ達はそんな事を知る由も無い。頭の上にはクエスチョンマークだ。
「さぁ、オリアーさん。中へ」
 オリアーが頷いた。クラフトが部屋の中に入る。それにオリアーが続く。ヒウロ達も入ろうとしたが、何か見えない力で押し返された。それ所か、部屋の中を見る事もできない。眩い白い光で目を開けていられないのだ。
「あなた方はそこで待っていてください。この部屋に入るには資格が必要なのです。無理に入ろうとすれば、命を落とします」
 クラフトの声。命を落とす、という言葉に二人は息を呑んだ。オリアーには部屋に入る資格がある。自分達にはそれが無い。単純な話だった。
 オリアーの心は落ち着いていた。大広間。ここはずっと前から知っている。そんな感覚さえあった。ステンドガラスの窓から日光が溢れ、部屋は明るい。そして、部屋の中央に一本の剣。エクスカリバー。石の板に突き刺さっている。あれから何百年も経っているだろうに、刃は今生まれたかのように白銀に輝いていた。
「オリアーさん、エクスカリバーに触れる事ができますか。抜けますか」
 クラフトが言った。手を後ろで組んでいる。
 クラフトの胸は高鳴っていた。確信に近いものがある。抜ける。かつて、この部屋に入る事が出来た人物が、一族の人間以外に一人だけ居た。その人物ではエクスカリバーに触れる事が出来なかった。無論、クラフト一族もそうだ。エクスカリバーに触れる資格を持つ者、それはエクスカリバーに選ばれた人間のみ。だが、この少年ならば。
 オリアーが一歩ずつ、エクスカリバーに近づいていく。声が聞こえる。美しい、清らかな声。剣。エクスカリバー。目の前の一本の剣がオリアーに話しかけている。
「我、シリウスの片腕なり。魔力を剣にとどめし力を持つ者よ。我を振るい、邪悪なる者を撃ち滅ぼさん」
「エクス……カリバー。僕は、あなたを知っている。僕の剣。僕に振るわれるため、あなたはここで待っていた」
 オリアーがエクスカリバーの束に手を掛けた。闘気。オーラが部屋中を包み込む。
「おぉ……ついに、ついにこの時が」
 クラフト。声が震えている。
「エクスカリバーよ、僕と共にッ」
 一気に引き抜く。白光。輝き。クラフトが目を瞑る。封印が解かれた。永き眠りについていた伝説の剣が、今目覚めた。
「オリアーさん、あなたがシリウス様の、エクスカリバーの後継者だったのですね」
 クラフトが目を開ける。そこには、片手でエクスカリバーを握っているオリアーの姿があった。
「ずっと前から知っている。そんな感覚です。初めて見た剣なのに、初めて持った剣なのに、僕に馴染んでいる。どんな剣よりも」
 言って、二度、三度と剣を振る。風を斬る音が鋭い。それを見たクラフトが、小さく頷いた。
「リーガルさんは、おそらくこうなる事を予見しておられた。オリアーさん、部屋を出ましょう。その剣の力、いえ、あなたとエクスカリバーの力をご説明致します」
 クラフトの表情は凛々しかった。

     

 部屋を出たオリアーは、ヒウロ達と共に別室に案内された。最初、エクスカリバーを見たヒウロとメイジは驚いたが、オリアーの落ち着きぶりを見て、当然の結果のような気になった。それほど、エクスカリバーを腰に下げているオリアーが様になっていたのだ。
「皆さん、魔法剣というものを知っておられますか?」
 クラフトが大きな机の前に三人を座らせ、口を開いた。オリアーとエクスカリバーの力の説明をはじめるのだ。
 魔法剣とはその名の通り、魔力で作った剣である。術者の魔力を実体化し、剣としたものが魔法剣だが、使い手はごく僅かだった。魔法と剣の才能が無ければ、魔法剣は成立しないのだ。そしてさらに、強大な魔力を備えておく必要がある。魔力を実体化、その場にとどめておくのには、それ相応の魔力が必要だからだ。故に、その使い手はもう数える程しか存在していない。
「オリアーさんにはその魔法剣を使うのに似た力、魔力を剣にとどめる力があるはずです。おそらく、リーガルさんが感じた魔力とは、その事でしょう」
 魔力を剣にとどめる。つまり、呪文の力を剣に宿らせるという事だ。本家本元の魔法剣には劣るが、それと似たような力を得る事ができる。だが、オリアーは今までその力に気付く事は無かった。当然と言えば当然だが、そんな発想すら思い浮かばなかったのだ。だから、クラフトにそう言われてもピンと来なかった。
「しかし、普通の剣ではその力は意味を成しません」
 その通りだった。普通の剣に呪文の力を留めた所で、剣そのものが砕け散ってしまうか、剣の使い手に呪文の力が逆流してしまうのだ。その欠点を克服、活用したのがエクスカリバーだった。詳細は不明だが、魔力を刀身に留める事のできる材質で作られているのだ。
「そして、オリアーさんの力。すなわち、魔力を剣に留める力をシリウス様も持っておられた、と私達は聞いています」
「シリウスさんは、呪文が使えたのですか?」
「いいえ、そのような話は伝わっておりません」
 クラフトが説明を続ける。
 エクスカリバーは呪文の力を留める事ができる。そしてシリウスは、それを可能とする力を持っていた。だが、呪文は使えない。それを補うため、味方の魔法使い、すなわち魔人レオンが関係していた。レオンがエクスカリバーに呪文を放ち、それを剣に宿してシリウスは戦ったという。かの魔人レオンの魔力すらも、エクスカリバーは留める事が出来た。
「その事から、エクスカリバーはまたの名を対魔法剣、と呼ばれていたと聞いています」
「ですが、本当に僕にその力があるのでしょうか」
 問題はこれだった。当のオリアーには、全く自覚が無いのである。
「あるはずです。エクスカリバーの封印を解いた事から、それは間違いないはずです。したがって今は力の使い方、出し方が分からない。現時点では、そんな所でしょう」
「それなら、その力の使い方を知らなければ」
「無論です。先ほど、屋敷を案内していた際に訓練場があったでしょう。そこで訓練を行いましょうか。ヒウロさん、メイジさんと言いましたか。呪文をお得意ですか?」
「えぇ。呪文なら俺が」
 メイジが言った。
「ほう。それはちょうど良い。ヒウロさんは?」
「俺はどちらかと言えば、剣の方が得意です。オリアー程じゃないですけど」
「それも都合が良い。メイジさんに呪文を撃ってもらい、ヒウロさん、あなたはオリアーさんと組み手を行ってもらいましょう。実戦形式の方が習得が早い」
「それは構いませんが……」
 ヒウロが言葉を詰まらせた。剣の腕はまだしも、自分の武器は普通の鋼の剣だ。エクスカリバーの相手が務まる武器とは、とてもじゃないが思えなかった。
「ご安心ください」
 そんなヒウロの気持ちを読み取ったのか、クラフトが立ち上がり、奥の部屋から一本の剣を持ってきた。豪華な装飾が鞘に施されている。
「どうぞ、抜いてみてください」
 ヒウロが頷く。柄を握った。不思議な感覚だ。魔力を感じる。それもライデインのような鋭い、清らかな魔力だ。静かに剣を抜く。黄金色の刀身。
「稲妻の剣です。剣自体に魔力が込められている。かつて、勇者アレクが使った事のある剣と言われています」
 勇者アレク。その名を聞いたせいか、稲妻の剣から妙な親近感を覚えた。クラフトの顔が笑っている。
「ヒウロさん、どうやらあなたもただ者ではないようですね。その稲妻の剣、普通の人間なら触れた瞬間に軽い電撃が走るため、一瞬、表情をゆがめるのですが」
 そんな感じは一切、無かった。むしろ、手に馴染んだ方だ。クラフトはこの稲妻の剣で、ヒウロを試したようだった。
「さぁ、準備は整いました。訓練場に行きましょうか」

     

 クラフトの屋敷の訓練場で、ヒウロ達は自らのレベルアップを図っていた。まずはオリアーがエクスカリバーを使いこなせるようになる事だった。全てはそこから、と言って良い。ヒウロも稲妻の剣に慣れる必要がある。手に馴染んだ、と言っても、実際に使いこなすとなると話は別なのだ。
 オリアーの訓練は単純な形式だった。メイジが呪文を唱え、エクスカリバーに放つ。それをオリアーが留める、といった事を繰り返し行うのだ。最初はオリアーも力の出し方が分からず、エクスカリバーが呪文を弾くだけだったが、クラフトが呪文を留める事をイメージする事。そして、その力が自分にあると信じる事。この二つのアドバイスをキッカケに、少しずつ魔力を留める事が出来るようになってきた。しかし、それでも実戦で使うには程遠い。静止した状態で留める事が出来ても、剣を振ると魔力が四散してしまうのだ。つまり、魔力が外に逃げる。これでは、エクスカリバーの力を完全に発揮する事が出来ない。だが、オリアーは挫けなかった。元々、生真面目な性格なのだ。やると決めた事は絶対にやり通す。そういう男だった。メイジもそれを分かっていた。呪文の連続使用は正直、メイジにとっても楽ではない事だったが、耐えた。仲間だからだ。オリアーの手助けになるのなら、協力する。それがメイジだった。
 ヒウロはそんな二人を脇目に、稲妻の剣を振るう。今、自分にできる事はとにかく強くなる事だった。自分にはライデインがある。だが、まだそれを使いこなす事が出来ない。メイジの助けが必要なのだ。情けなかった。力はある。だけど、それを使いこなせない。その悔しさをバネに、ヒウロは訓練に打ち込んだ。リーガルから、魔道よりも剣の方が向いている、とも言われた。今はとにかく、稲妻の剣を使いこなせるようになる事だ。
 スレルミアの町に滞在して、二週間が経過しようとしていた。
「ふぅー……。やっと、安定してきました」
 オリアーが片手で額の汗をぬぐった。兜は外してある。エクスカリバーの刀身は、炎に包まれ揺らめいていた。
「やったな、オリアー」
 軽く息を切らせながら、メイジが言う。すると、拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい。わずか二週間で結果を出すとは。さすがにエクスカリバーが選んだ剣士です」
 クラフトだ。
「しかし、長く実戦から遠ざかっていました。後はその勘を取り戻さないと」
 オリアーが言う。しかし、その通りだった。オリアーは魔力を剣に留める訓練しかしていないのだ。実際に戦闘して結果を出さない限りは、真に会得したとは言えない。
「では、ヒウロさんと模擬戦闘をしてみましょうか」
 そう言い、クラフトが顎の髭をなじる。その背後から、ヒウロが出てきた。
「分かりました。オリアー、やろう」
 額に汗をかいている。さっきまで外で魔物と戦ってきたのだ。訓練場で剣をものにした後、ヒウロは実際の魔物を相手に戦ってきた。スレルミア周辺の魔物は、今のヒウロにとって良い勝負相手だった。それだけに得た経験も大きい。オリアーとの剣術の差は埋まったと考えても良いだろう。
「ヒウロ、手加減はナシですよ」
「分かってるさ」
 両者の表情が引き締まる。ヒウロが稲妻の剣を振るった。電撃。風を斬る音と共に、バチバチと音が鳴る。電撃の軌跡も見える。剣を完全に自分のものにした。ヒウロは素振りでオリアーにそう教えたのだ。
 対するオリアーは呼吸を整え、集中していた。メイジの呪文をエクスカリバーに宿すのだ。慣れたとは言え、まだまだ難易度は高かった。柄を何度か握り込む。いつでも行けます。エクスカリバーにそう言った。目を瞑る。
「では、メイジさん。オリアーさんの剣に呪文を」
「はい」
 メイジが右手を突き出す。魔力の鼓動。
「メラミッ」
 火球。螺旋を描き、エクスカリバーに突っ込んでいく。オリアーが目を開いた。
「行きます、ヒウロッ」
 メラミが剣に宿った。業火に包まれたエクスカリバーを構え、走り出す。

     

 火花。甲高い音が部屋中に響き渡る。両者が歯を食いしばる。鍔迫り合い。両者が互いの目を見る。ヒウロとオリアーの模擬戦だ。エクスカリバーに宿った業火が燃え盛る。まるで、今のオリアーの闘志を現わしているかのように。ヒウロが斬り払った。電撃の軌跡。音。距離が離れた。
「ほう」
 クラフトが声を漏らした。クラフト自身も剣の心得がある。それもかなりの腕だ。スレルミアの町では剣豪で名を馳せていた事もある。今は一族の領主として、現役を引退しているが、血が騒いだ。たったあれだけのぶつかり合いで、二人の剣の腕は相当なものだと判断したのだ。
 剣と剣が馳せた。勇者アレクの稲妻の剣。剣聖シリウスのエクスカリバー。使い手は違えど、時代を超えて二つの剣はもう一度出会った。かつて、アレクとシリウスは剣を交えた事があった。旅に出る時に。自らの実力を教えるために。相手の実力を知るために。
 電撃。炎。乱舞する。まるで生き物のようにうねる。跳ねる。散っていく。ヒウロの剣を受けながら、オリアーは懸命に魔力を剣に留めていた。集中。これが一瞬でも途切れたら、魔力は散ってしまう。剣が重なり合う度に、炎が燃え上がる。エクスカリバーの鼓動を感じる。そして、ヒウロの剣術の向上。実際に剣を交えてわかったが、腕をあげている。油断できないのだ。オリアーの知っているヒウロの剣は、どこかにまだ甘さがあった。それが完全に消えている。勇者としての自覚なのか、悔しさから来た反骨心なのか。どちらにしろ、今のオリアーにとってはありがたかった。本気を出せる。
「オリアー、次の俺の一撃、受けられるか」
 ヒウロがニヤリと笑った。自信がある。オリアーは瞬時に感じ取った。息を一度、吐く。そして静かに目を瞑った。
「受けてみせます」
 目を開く。刹那、風。稲妻の剣。受ける。軽い。フェイントか。
「隼斬りッ」
 瞬間、電撃が二度走った。身体の芯を貫く。エクスカリバーで受け流していた。だが、これは。
「くっ」
 思わず、顔が歪んだ。目にも止まらぬ速さで二回、剣を振るったのだ。それも重い。全力で一撃を振られるよりも、ずっと強烈だ。それを稲妻の剣の電撃が助長している。やる。オリアーは正直にそう思った。 
 苦し紛れに剣を横に薙ぐ。炎はまだ剣に宿っている。集中力は途切れていない。次はこちらの番だ。剣を構えた。集中力を増す。見る見る内に炎が燃え上がり、やがてエクスカリバーを螺旋状に覆い尽くした。
「これは」
 クラフトが呟く。同時にオリアーが駆けた。剣を振りかざす。ヒウロが稲妻の剣を構えた。受け止めるつもりだ。
「火炎斬りッ」
 魔法剣技。炎と剣の同時攻撃だ。金属音。受け止めた。瞬間、螺旋を描いていた炎がヒウロの身体に絡みついた。そして、そのまま焼き尽くしていく。
「……ッ」
 さらに剣を薙ぐ。炎が追尾する。ヒウロが懸命に距離を取ろうとするが、オリアーは逃がさない。金属音。剣と剣がぶつかり合う。互角。しかし、その均衡も崩れてきた。火炎の力である。いくらヒウロの稲妻の剣に魔力が込められていようと、実際に具現化・纏っている火炎には及ばないのだ。次第に、ヒウロの動きが鈍くなってきた。オリアーがそれを見逃すはずがない。稲妻の剣を弾き飛ばせば、勝負は終わる。
 オリアーは剣を弾き飛ばそうとしてくるはずだ。その一瞬に全てを賭ける。ヒウロはオリアーの動きを注視していた。剣を弾き飛ばそうとした瞬間、隼斬りでカウンターを取る。劣勢なのは間違いないが、まだ逆転は十分に可能だ。ヒウロはそう思った。
 オリアーが剣を振りかざす。その瞬間だった。
「そこまで」
 クラフトが止めた。このまま続ければ、どちらかが無事では済まない。そう判断したのだ。それ程、緊迫感があった。実力もほぼ互角だ。
「二人とも、お見事です。それで、オリアーさんはどうでした。エクスカリバーの方は」
 すでにエクスカリバーから炎は消えている。
「まだまだですね。経験が必要です。ですが、ヒウロのおかげで大体の感覚は掴めました」
「なるほど。ヒウロさんの方は?」
「さすがに勇者アレクの使っていた剣です。エクスカリバーとのぶつかり合いでも、引け目を感じませんでした」
 自身の腕ではなく、剣の力で渡り合えた。そう言っている。この少年は、まだ自分の力を信じ切れていないのだろう。クラフトはそう思った。
「分かりました。では、一旦、部屋に戻りましょうか。少し休憩しましょう。その後、私の方から皆さんに聞きたい事があります」
 クラフトが顎鬚をなじりながら言った。

     

 訓練を終え、ヒウロ達は来客用の部屋で休憩を取っていた。この後、クラフトと話をする予定だ。聞きたい事がある、と言われたのだ。
 ヒウロもオリアーも互いの力を讃え合っていた。二人が剣を交えた事は今までに何度かあったが、それらはお遊びのようなものだった。そして、エクスカリバー。魔力を留める力もそうだが、武器そのものの切れ味も相当なものだ。鋼の剣程度なら、簡単に両断してしまうだろう。何より、オリアーは剣を振っている、という感覚がなかった。自分の身体の一部、と言っても良い。それ程、エクスカリバーとオリアーの相性が良かった。
「みなさん、そろそろよろしいですかな」
 クラフトが部屋に入り、三人の前に座る。
「はい。それで聞きたい事とは?」
 ヒウロが言う。
「単刀直入に行きましょう。旅の目的です。あなた方、三人の旅の目的とは?」
 沈黙。素直に言うべきなのか。魔族を、魔王を倒す。だが、言うべきか迷った。何故なら、魔王復活の件は、まだ噂レベルでしか民衆の間では話があがっていないのだ。ヒウロ達とて、実際に魔族と剣を交えるまでは半信半疑な所があった。
「正直に話して頂きたい」
 クラフトがヒウロの目を見てきた。真剣な目だ。
「ヒウロ」
 メイジ。ヒウロの目を見て、小さく頷いた。真実を話せ。目で言った。クラフトはある程度の情報をすでに掴んでいる。メイジはそう勘付いたのだ。
「……魔王を倒しに行きます。そのために、まずはルミナスを目指しています」
 ヒウロが言った。すると、クラフトが二コリと笑った。
「やはり、そうでしたか」
「やはり? と言うと?」
「エクスカリバーがオリアーさんを選びました。あの剣が選ぶ人、それはすなわち、それ相応の目的と力があるという事です」
 すでにクラフトは見当をつけていたという事だ。
「そして、魔王復活。噂には聞いていましたが、本当だったのですね」
「……残念ながら。すでに魔族とも交戦しています」
 クラフトの眉が少し動いた。魔族と交戦している。そしてこの場に居る。つまり、勝った事がある。少なくとも、交戦して無事だったという事だ。今更ではあるが、エクスカリバーが選んだのにも納得が行く。
「さすがです」
「でも、クラフトさん、本当に僕がエクスカリバーを?」
 オリアーが言った。エクスカリバーはシリウスがクラフト一族に守り抜くように頼んでいた剣なのだ。それを易々と自分が受け継いでも良いのか。オリアーは少し困惑していた。
「エクスカリバーが選んだのです。ならば、我らはそれに従うまですよ。稲妻の剣も同様です。使い手が剣を選ぶように、剣も使い手を選ぶ。二本の剣は、良い主に出会えました。何しろ、魔族を倒そうという人たちです。剣も、かつての使い手も満足でしょう」
 クラフトがほほ笑む。
「クラフトさん、何か魔族について知っている事はありませんか」
 ヒウロが言った。身を乗り出している。今はとにかく情報が欲しかった。クラフトなら、何か知っているのでは。そう思ったのだ。
「残念ですが、私の知っている知識はみなさんとそう変わりないでしょう。いえ、戦闘経験のあるあなた達の方が詳しいかもしれない」
「……そうですか」
「ですが、ルミナスは別です。ルミナスは大陸最大の王国。魔族の情報はもちろん、その他の色々な情報も手に入るはずです」
「はい」
 ここスレルミアを発てば、ルミナスへの道のりは残り僅かだった。最後の難所、リデルタ山脈を越えた先にあるのだ。女子供の足では険しい道のりだが、スレルミア河川よりはマシと言える。ただし、魔物の脅威は遥かに増す事になるはずだ。
「しかし、あなた達に出会えて良かった。所で、この町はいつ発つのです?」
「明日の朝にでも、と考えています」
 今日はもう旅立つには時間が遅い。訓練の疲れもある。
「そうですか。どうでしょう。今日は、我が屋敷に泊まっては?」
 断る理由は無かった。三人は頷き、クラフトの厚意に甘えさせてもらう事にした。

     

 ヒウロ達はクラフトの屋敷に泊まり、訓練の疲れを癒した。そして、朝を迎えた。
「では、クラフトさん」
 門前。別れの挨拶だ。世話になった。ヒウロとオリアーは特にそうだ。新たな力、武器。ここスレルミアで得たものは大きい。
「旅のご無事を祈っていますよ」
 クラフトが二コリと笑う。それに対して、三人は頭を下げた。
「おっと、そうでした。あなた方に話しておく事が一つあります」
「……? なんでしょう」
「エクスカリバーに関する事なのですが、実はオリアーさん以外に一人だけ、あの部屋に入る事が出来た人物が居ます」
 あの部屋。エクスカリバーが封印されていた部屋だ。ヒウロとメイジもその部屋に入ろうとしたが、何らかの力で身体が押し返された。部屋に入る事が出来なかったのである。エクスカリバーが封印されていた部屋に入るには、ある資格が必要だった。それは、クラフト一族である事かエクスカリバーと対面するにふさわしい者である事、この二通りのどちらかの資格を持つ人間だけだった。
「僕以外に、ですか」
「はい。名前はセシル。魔法剣士です」
 魔法剣士。剣と魔法の才を持ち、その両方に秀でている人間。魔力を実体化し、剣としたもの、つまりは魔法剣が使える人間だ。だが、誰にでも出来るわけではない。多大な魔力と剣の才能が必要だからだ。そのせいか現在、魔法剣士の数はごく僅かになっていた。
「この方はエクスカリバーに触れる事は出来ませんでしたが、部屋に入る事は出来ました。そしておそらく、あなた方と会う時が来るはずです」
 クラフトの口調は強かった。おそらく、とは言っているが、確信に近いものを持っている。三人はそう感じた。
「セシルさんの異名は音速の剣士。覚えておいて、損はないでしょう。そして、あなた方の力となってくれる。私は、そう感じています」
 こうして、三人はスレルミアの町を出た。目指すはルミナスである。スレルミアからルミナスへ行くには、リデルタ山脈を越える必要があった。この山脈の道のりは決して楽ではない。魔物の強さは増し、駆け出しの冒険者では簡単に命を落としてしまう難所だ。
「ここを越えれば、ルミナスだな、ヒウロ」
 リデルタ山脈の地面を踏み締めながら、メイジが言う。強い日差しと風。草木はそれほど生えてはおらず、所々で山は地肌を覗かせていた。
「はい。当初の目的とは事情が少し変わってるけど、ルミナスに辿り着きます」
 そう。最初は故郷の村の現状を、ルミナス王に報告するために旅に出た。村一番の魔法使いメイジと、剣士オリアーとだ。そして様々な経験をした。魔族との交戦。ライデイン。四柱神との遭遇。命も落としかけた。だが、ヒウロは不思議と旅をやめようとは思わなかった。使命感だった。自分がやれる事を考える。魔族を倒す。何故。そこにはまともな論理などなかった。自分がやる。ヒウロはそう思っただけだ。
 ヒウロに両親は居なかった。まだ赤子の頃、村の外に投げ捨てられていたのだ。それを村長が育てた。そして、不思議な声。ヒウロの事を勇者アレクの子孫、と言っていた。ヒウロがアレクの子孫なら、その親もアレクの子孫という事になる。
 自分の父と母。顔も声も温もりも知らない。それに対して、ヒウロは不満だとか恨みだとかは持っていなかった。しかし、何故自分の前から消えたのか。それを知りたかった。
「ルミナスへ行けば」
 何か分かるかもしれない。何と言っても、大陸最大の王国なのだ。人口も町も情報も、全てが最大規模のはずだ。自分の両親の事だけではない。魔族の事、勇者アレクの事、そしてその仲間達の事。様々な情報がルミナスにはあるはずだ。
「しかし、音速の剣士ですか」
 オリアーが言った。クラフトの言っていた人物だ。エクスカリバーが封印されている部屋に入れたと言う。
「メチャクチャな異名だな」
 メイジが笑った。
「えぇ。しかし、異名が付くぐらいですよ」
 つまり、有名だという事だ。何か突出した人間が現れると、それにちなんだ異名を付けたがる。民衆とはそういうものだ。
「異名から察するに、音速のように素早いって事なんじゃないかな」
 ヒウロが言う。最も有り得る。
「クラフトさんは、その方と会う時が来る、と言っていました。だからじゃないですが、僕は少し楽しみですよ」
 オリアーが微笑んでいた。

       

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