Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
封印のほこら・ルミナス王国〜

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 オリアーはルミナス王国を発ち、神器が封印されている場所に向かっていた。無論、一人である。神器を手に入れるには、封印されている場所へ一人で赴かなければならないのだ。
「セシルさん、大丈夫だと良いんですが」
 呟く。セシルの力は本物だ。オリアーもそれは分かっていた。人々から音速の剣士とも呼ばれている。だが、オリアーは何か嫌な予感がしていた。セシルに関する事なのか、自分に関する事なのか、その判断はつかないが、早く神器を手に入れた方が良い。オリアーは漠然とだが、それを感じ取っていた。
 オリアーがエクスカリバーの束を握りしめる。エクスカリバー。かつて、シリウスと共に魔族を撃ち滅ぼした、王剣である。その王剣は次なる主として、オリアーを選んだ。何故、オリアーを選んだのか。それは今でも分からないが、クラフトが言うにはオリアーは王剣を振るうに相応しい力を持っている、という事だった。
 オリアーは自身の力については、深く考えてはいなかった。興味がない、とはまた違うが、力に固執していないのだ。剣を振るった回数が経験となる。経験を重ねた分だけ強くなる。漠然とそう考えているだけだ。だが、自分が戦士である事については誇りを持っていた。かつての剣聖シリウスもそうであったように、常に勇猛果敢である事。パーティの盾となり、剣となる事。オリアーはこれを誇りとしていた。パーティを守るのは自分の役目なのだ。メイジやヒウロも、そんなオリアーを信頼していた。オリアーが盾となってくれたからこそ、切り抜ける事が出来た場面もある。そうした結果は、オリアーの誇りとなっていた。
「魔族を倒す、ですか」
 オリアーは不意にヒウロの言葉を思い出した。大きな事を言った、と思う。魔族を倒すと言った時のヒウロの顔は、決意で満ち溢れていた。だからこそ、自分も旅に同行してきたのだ。普段はメイジが皆を引っ張っているが、いざという時のヒウロの決断力と行動力は並ではなかった。そして周りの者に、付いて行きたい、と思わせる。ヒウロは勇者アレクの子孫だ。アレクも、そういう所があったのかもしれない。
「そろそろですね」
 地図を見る。ルミナス王国から真っすぐ南下すれば、オリアーの神器が封印されている場所に到着するのだ。
「本で見た地図とは所々、違っている部分もありますが」
 書物庫の地図は何百年も昔のものだった。違っている部分があるのは、当然とも言える。そして、その長い歴史を人間は紡いできた。それを壊そうとする魔族は放ってはおけない。
 どこまでも続く草原の先に、白いほこらが見えた。だが、何かおかしい。不安定と表現すれば良いのか。まるで蜃気楼のように、ほこら全体がユラユラと揺れているのだ。オリアーが地図と照らし合わせる。どうやら、あのほこらが神器が封印されている場所のようだ。
 オリアーが足を止める。白いほこらの前。
「……見間違いではないようですね」
 至近距離から見ても、蜃気楼のようにほこらがユラユラと揺れているのだ。オリアーにとっては何か妙な感覚である。
「よくぞ来た、選ばれし者よ」
 地の底からわいて来るような声。だが、声色は強く優しい。どこから聞こえてくるのか。白いほこらの中からのようだが、空からのような気もする。オリアーはそう感じていた。
「このほこらは、選ばれし者以外には見えないようになっている。無論、魔族にも、魔物にも」
「なるほど」
 オリアーには見える。だが、ハッキリとではない。不安定に見えているのだ。
「選ばれし者よ、中に入るが良い」
 声。言い終えた後、ほこらの扉は、重く低い音を立てながらゆっくりと開いた。

     

「隼斬りッ」
 稲妻の剣。閃光が二度きらめく。
「グギッ」
 うめき声を上げながら、魔物は倒れた。煙となって消えゆく死体を見つつ、ヒウロが剣を鞘に戻す。
 神器を手に入れるべく、ヒウロはルミナス王国を発っていた。しかし、その道のりは険しかった。とにかく、魔物が引っ切り無しに襲いかかってくるのである。まるで魔物が意図的に神器獲得の妨害をしているのではないか、と思わせる程の頻度だ。
「俺が手に入れようとする神器は、それ程の力を持っているのか」
 書物庫で見た本には、各神器の力や詳細などは一切、記されていなかった。確認できたのは神器の外観だけである。それすらもページがかすれてしまっており、細かな外観は確認できなかった。つまり、その多くが謎のままなのである。だが、神器が存在する事、必要である事は間違いなかった。かつての勇者アレクも神器と力を合わせたのだ。ヒウロ達も神器を手に入れるのは必須と言える。
 ヒウロは歩きながら、両親の事を考えていた。大陸最大の王国であるルミナスでも、両親の情報は全く掴めなかった。当然と言えば当然なのかもしれないが、期待していたのだ。
 自分の両親は、一体どういう人なんだろう。ヒウロはそう思った。自分は勇者アレクの血を引いている。ならば、父か母、どちらかがその血を受け継いでいるはずだ。だとすれば、自分と同じようにライデインが撃てるのだろうか? それとも、それを超える雷撃呪文が使えるのか? 剣の腕は? 色んな疑問が浮かんでくる。だが、未だにその答えは何一つとして見つかっていない。
「けど、旅を続けていれば、きっと」
 いつか知る事が出来る。ヒウロはそう考えた。
「そのためにも、強くならないとな」
 魔族が現れ、世界は破滅の危機に瀕していた。
 ルミナスが魔族に襲撃されたという話は、瞬く間に世界に知れ渡った。そして、魔族の、魔王の存在が初めて公になった。だが、人々は絶望しなかった。勇者アレクの子孫である、ヒウロに希望を見出したのだ。だからではないが、ヒウロも自身の責任の重さを強く感じていた。
「……ここが神器が封印されている場所か」
 地図と照らし合わせる。間違いないようだ。白いほこら。どこか、聖なる力を感じさせる。
「よくぞ来た。選ばれし者よ」
 声。ほこらの中からか。聞いた事がある声だ。ヒウロは不意にそう思った。
「神器を求めに来たのか?」
「そうです。魔族を倒すために」
 ほこらに向かって言う。
「ならば、試練に打ち勝つ事だ」
「もちろん、そのつもりで来ました」
「良い返事だ。選ばれし者よ、中に入るが良い」
 ほこらの石扉が、重い音を立てて開く。ヒウロが歩を進めた。
「……ここが」
 中は思っていたよりもずっと広い。白い石壁、吹き抜けとなっている天井。天井からは、眩いばかりの日光が降り注いでいる。そして、部屋の中央に一人の男が立っていた。背を見せている。
「よくぞ来た」
 振り返る。壮年の男だ。髭を鼻の下と顎に蓄えている。白銀の鎧に黒いマント、背に長剣。だが、何かを感じる。遠い昔に感じた事のある何か。
「ヒウロ」
 名を呼ばれた。ヒウロがハッとする。何故、自分の名前を知っている。そう思った。
「お前は、自分の運命を受け入れる事ができるか?」
 壮年の男がヒウロの目を見る。瞳が優しい。この優しさ。さっきから感じている何かの正体はこれだ。瞳から感じる優しさだ。ヒウロは自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
「まさか」
「……ヒウロ、私を超えてみせろ」

     

 ルミナス王国。
 セシルは一人、王国の守備に回っていた。
「ルミナスは私が守ってみせる」
 約束した。ヒウロ達と。そしてヒウロ達はセシルを信頼した。
 実際に魔族がルミナスを再度攻めてくるかどうかは分からなかった。だが、誰かが王国の守備として残っておくべきだった。魔族が襲撃して来ないとしても、外敵、つまり魔物の脅威があるのだ。一応、王国のルミナス騎士団が控えてはいるが、人手は多い方が良かった。それに加えて、セシルの知名度は人々に希望を与える。セシルが居る事によって、騎士団の士気も自然と上がるのだ。
「セシルさん、あなたが居てくれるだけで、私たちは安心できます」
 声。セシルが振り返る。セシルは王宮のバルコニーで、修復中の城下町を一望していた。
「エミリア姫」
 セシルが膝を付く。エミリアはルミナス王国の第一王女なのだ。
「やめてください。あなたは私の家臣ではありません」
 エミリアがセシルの手を取り、ゆっくりと立たせる。
「さすがですね。噂に違わぬ美しさと優しさです」
 民からの人気も高いわけだ。セシルはそう思った。大概、王族や貴族と言うのは身分が格下の人間をぞんざいに扱う。それを表に出すか出さないかは別の話だが、セシルの知っている身分の高い人間は皆そうだった。
「あなたが来てくれたおかげで、ルミナスは助かりました」
 エミリアがセシルの横に立った。そして、城下町に目をやる。風が心地よい。
「……でも、犠牲が出ました」
「えぇ。でも、あなたが来てくれなかったら、もっと被害は大きかったと思います」
 事実だった。ルミナス騎士団だけでは、あの魔物の大群には対抗できなかった。ヒウロ達もリデルタ山脈で足止めを食らっていたのだ。セシルがいち早く、ルーラで救援に来たからこそ、被害を最小限に食い止める事が出来た。
「姫からそう言って貰えると助かります」
 セシルが二コリと笑う。
「ふふ、笑った顔の方が素敵ですね」
 エミリアが言った。セシルの顔が赤くなる。素敵。そのように褒められた事など、一度も無いのだ。
「え、あ、その」
「セシルさんは強いだけじゃなくて、可愛らしさも持っているのですね」
「か、からかうのはよしてください」
 そう言ったセシルを見て、エミリアが微笑む。
「そ、そんな事より、また魔族が来るかもしれません」
「えぇ。でも、セシルさんが居ます」
 エミリアはセシルの事を深く信頼しているようだった。セシルもそれを感じ取っている。
「……はい」
 言って、城下町に目をやった。
 セシルはふと、自分の事について考えた。これまで自分は、魔法剣士として名を馳せてきた。人は自分の事を音速の剣士とも呼ぶ。しかし、まだまだ強くならなければ。これ以上、人が死ぬのを見たくないのだ。
世界中の人々を自分が守れたら。セシルは不意にそう思う時があった。もう二度と、過去のような辛い経験をしたくない。
「セシルさん、どうかされましたか?」
 エミリアがセシルの顔を覗き込む。セシルが真剣な表情をしている事に気付いたのだ。
「あ、いえ。ごめんなさい。考え事をしていました」
 そうだ。過去のような惨劇は繰り返されてはならない。だから強くなる。町を、人々を守る。自分が居る限り、魔族の好きなようにはさせない。セシルはそう思いつつ、再び城下町に目をやった。

     

 メイジはルミナスを発ち、神器が封印されているほこらに辿り着いていた。道中、魔物との戦闘もあったが、別にどうという事も無かった。しかし、考える事は多くあった。神器の事、自身の力の事もそうだが、エミリアとの会話で感じた、あの親近感が気掛かりだったのだ。しかし、これは考えて分かる事でもなかった。だが、そう思っていても、メイジは考えてしまう。メイジはそういう男だった。
 白いほこら。神器が封印されている場所だ。メイジがほこらの中に入る。心は落ち着いていた。
「よくぞ来た。選ばれし者よ」
 部屋の中央。黒いローブを羽織った男が、一人たたずんでいた。微かに魔力を感じる。魔法使いか。メイジはそう思った。
「……神器を手に入れに来た」
「うむ。だが、そのためには試練に打ち勝たねばならん」
「分かっている」
 メイジの表情が引き締まる。
「汝はどちらの使い手だ? 攻撃呪文か、治癒呪文か」
 どちら? 何かおかしな問いだ。メイジはそう思った。
 メイジは攻撃呪文しか使えなかった。そして、魔法使いと言われる人間は、基本的にはみんなそうだ。だが、メイジはバギ(真空系)の呪文を使う事が出来た。普通の魔法使いは、バギ系の呪文を扱う事が出来ない。こちらの使い手は、治癒呪文を得意とする僧侶になるのだ。そして、バギ系は僧侶が使える唯一の攻撃呪文でもあった。
「攻撃呪文だ」
 疑問に思いつつも、メイジが答える。
「そうか。神器は攻撃呪文の使い手を選んだのか」
「さっきから何の事だ?」
 メイジが問い正す。黒いローブを羽織った男が、メイジに眼差しを向けた。威圧感。メイジがそれを感じ取る。
「今、汝が手に入れようとしている神器は、二つの特性を持っている。正の特性と負の特性の二つだ」
 男が説明を続ける。
 二つの特性。すなわち、正の特性と負の特性だ。前者は治癒・修復を、後者は殺傷・破壊を司るという。神器は、その使い手となり得る人間を二人としていた。一人は治癒系呪文のみ。一人は攻撃呪文のみ。その時々によって、神器の使い手はこのどちらかに絞られるというのだ。
 すなわち、神器がその時に必要とされている力を判断する。正の力か、負の力か。このどちらかを神器が判断した上で、真の選ばれし者が決定するのだ。メイジは攻撃呪文の使い手。つまり、神器が今必要だと判断したのは、負の力だ。
「魔族が復活した。ならば、負の力となる事は必然。だが、汝が神器の使い手にふさわしいかは別の話だ」
 選ばれし者であろうとも、力が足らなければ何の意味も無い。神器を扱うには、それ相応の力量が求められるのだ。
「汝は神器を扱うに相応しいのか? 魔力と英知。この二つを兼ね備えているのか?」
 男のローブがゆらゆらと揺れ始める。魔力。凄まじい限りだ。メイジが息を呑む。
「神器より生み出されし賢者、我、カリフが汝を試すとしよう」
 波動。魔力がカリフの全身を覆っている。今までに感じた事のない、凄まじい魔力だ。
「神器を手に入れたければ、我を倒す事だ。全力で戦え。無論、我も全力で戦う。汝を殺すつもりでな」
 瞬間、全身を覆っていたカリフの魔力が解き放たれた。
「見事、神器を手に入れてみせよッ」
 カリフが右手を突き出す。呪文の構えだ。来る。メイジが身構えた。

     

 オリアーは白いほこらの中に入り、神器獲得のための試練を受けようとしていた。
 ほこらの中央には、機械で出来ている人形らしきものがポツンと置かれているだけで、他には何も無かった。声だけが、どこからか聞こえてくるだけだ。
「汝が剣聖シリウスの力を受け継ぎし者か」
「この王剣エクスカリバーがその証明となるのなら」
 オリアーが腰のエクスカリバーを鞘から抜いて見せる。
「良かろう。汝をシリウスの後継者として認める。汝、神器を手に入れるべく、試練を受けるか?」
 少しの沈黙。
「受けます」
 瞬間、中央の機械人形から音が聞こえた。そして動きだす。右手にサーベル。左手にクロスボウ。青を基調としたボディに、足が四本ついている。
「ならば、このキラーマシンを倒してみせよ」
 これを最後に声は聞こえなくなった。
「キラーマシン……古代に魔族が作り出した殺戮機械、とは聞いていますが」
 オリアーが言う。
 オリアーの言う通り、キラーマシンは魔界の技師が設計・作成した戦闘専用の殺戮機械だ。勇者アレクの時代に最も猛威を振るったとされており、感情や痛覚を持たないという機械の特性から、自身が壊れて動かなくなるまでとにかく攻撃を続ける、という厄介さを持っていた。
 不意にキラーマシンの目が赤く光った。
「……私は命を吹き込まれたキラーマシン」
 喋り出した。それも流暢な口調だ。
 命を吹き込まれた。そんな事が可能なのか。オリアーはそう思った。だが、目の前のキラーマシンはただの機械では無さそうだった。声こそはまさしく機械音といった感じだが、どこか人間味がある。闘志を感じさせるのだ。
「選ばれし者よ、神器を手に入れたければ、私を倒さねばならない。そう、剣聖シリウスの剣術がインプットされた私をだ」
 オリアーの表情が引き締まる。シリウスの剣術。キラーマシンは確かにそう言った。一体、どれほどの物なのか。無論、想像など付くはずもない。伝説だけが残されているだけなのだ。
「……シリウスさんの剣術ですか」
 オリアーがエクスカリバーを構えた。急がねば。オリアーは焦っていた。ほこらに来るまでの道中に感じていた嫌な予感は、尚も消えていないのだ。しかし、相手はキラーマシンだ。それもシリウスの剣術がインプットされている。勝てるのか。いや、勝たなければ。
「試練を開始する」
 キラーマシンが右手を振り上げた。サーベル。オリアーがエクスカリバーを構えた。受け止めるつもりだ。まずはこれで相手の剣撃の重さを確かめる。
「うぐっ!?」
 金属音。重い。身体が思わず沈んだ。さらに剣が飛んでくる。身体を開いてかわす。避けざまに一閃。金属音。サーベルで防がれていた。あれを受けるのか。オリアーはそう思った。普通ならば、攻撃の直後は一つの隙になる。つまり、防がれる事なく一撃として入るはずなのだ。所が、キラーマシンはそれを防いだ。シリウスの剣術。オリアーの頭にこれが過る。
 キラーマシンが僅かに右手を引いた。溜めた。何か来る。オリアーはそう直感した。
「疾風突き」
 風が鳴く。鎧を削った。火花が飛び散る。速い。
「み、見えない!?」
 右手を引いている。溜めている。また来る。
「疾風突き」
 瞬間、オリアーが身体を大きく開いた。旋風が真横を駆け抜けていく。疾風。そんな生易しい物ではない。相手に先手を取らせてはダメだ。オリアーはそう思った。
「攻撃に転じなければ」

     

 キラーマシンの攻撃は強烈だった。守りに入ってはダメだ。攻撃に転じなければ。オリアーはそう思った。
「行きます!」
 エクスカリバー。振り上げる。
「モーションが大きい。軌道予測が容易だ」
 キラーマシーン。身体を開く。大きな風切り音と共に、エクスカリバーが空ぶった。隙。
「疾風突き」
 風が鳴く。
「ぐぅっ!?」
 オリアーの身体が吹き飛んだ。空中。何とか受け身を取る。ズザザ、という地面を擦る音と共に、着地した。矢。首をひねってかわす。
 右胸がズキズキと痛む。疾風突きのダメージだ。ピンポイントで身体の芯まで貫かれているようだ。さらに矢が飛んでくる。剣で弾き飛ばした。
「相手は遠距離攻撃も可能……!」
 分が悪い。一人になって改めて実感するが、仲間の存在は偉大だ。オリアーはそう思った。自分は近距離戦しか展開できないのだ。故に、距離が開けば開くほどに不利となる。それを補っていたのがメイジであり、ヒウロだった。
 キラーマシーンが次々に矢を撃ち込んでくる。それをあるいは避け、あるいは弾き飛ばす。そうやって、少しずつ距離を詰めて行く。キラーマシーンが左手を引いた。右手のサーベルでの攻撃に切り替えたのだ。だが、まだ剣の距離ではない。何か嫌な予感がする。オリアーがそう考えた瞬間だった。
「真空斬り」
 見えない刃。乱舞する。ファネルの技だ。しかし、射程距離が違う。ファネルの真空斬りは近距離だった。しかし、これは中距離。
 オリアーが微かな闘気を感じ取り、風の刃を避ける。鎧が削られた。だが、ひるまない。隙が出来た。オリアーが駆ける。だが。
「疾風突き」
 貫く。オリアーの身体が吹き飛んだ。せっかく詰めた距離が、また開いてしまった。近づけない。近づかなければ、話にならない。オリアーは近距離戦しか展開できないのだ。
「どうすれば!」
 歯を食いしばる。未だかつて、こんな経験をした事がない。近づく方法をどうにかして考えなければ。
 一度、状況を整理する。遠距離では矢を撃ち込んでくる。この時点では、まだキラーマシーンは剣を使っていない。所が、中距離になった途端に剣に切り替えた。中距離なら、まだ矢が有効なのにも関わらずだ。ここに何かしらのヒントがあるのではないか? オリアーはそう考えた。
「そ、そうか……!」
 オリアーが身体を起こす。
 この試練はオリアーの真の力を見極めようとしているのだ。戦士は近距離でしか戦いを展開できない。だが、果たしてそれは本当なのか? キラーマシーンは中距離での戦いをやってみせたのだ。つまり、展開できるのは近距離だけではない。その先の中距離でも戦いができるのではないか? オリアーはそう考えた。
「この試練、単に神器を手に入れるだけが目的ではない。そういう事ですか」
 剣を構える。エクスカリバー、力を貸して下さい。心でそう言った。
 矢。かわす。距離を詰めていく。キラーマシーンが左手を引いた。右手のサーベルが前に出る。中距離。
「キラーマシーンに出来るのなら」
 自分にだって出来る。オリアーはそう信じた。例え、シリウスの剣術がインプットされていようとも、元は同じ人間なのだ。自身を信じる。オリアーの身体から闘気があふれ出した。
「僕の推測が正しければッ」
 エクスカリバーに闘気を乗せる。呪文を剣に宿すように、闘気をエクスカリバーに宿していく。キラーマシーンがサーベルを振るった。見えない刃。真空斬りだ。オリアーに向かってほとばしる。オリアーがエクスカリバーを構えた。
「真空斬りッ」
 横に薙ぐ。闘気の刃を飛ばしたのだ。瞬間、中央で何かが弾けた。
「……さすがは選ばれし者だ」
 キラーマシンとオリアーの真空斬りは互いにぶつかり合い、相殺されていた。

     

 中距離戦。闘気を乗せた真空斬りが、オリアーとキラーマシンの正中線上で弾けていた。
 神器を入手するための試練。オリアーは、この試練で新たなる力を得る必要があった。その一つとして開花させたのが、この真空斬りだ。
「ですが、このままではジリ貧……!」
 オリアーが呟く。
 オリアーの真空斬りは、キラーマシンのそれと同等の力を持っていた。同等。すなわち、真空斬りがぶつかり合った瞬間に力が相殺となる。言い換えれば、中距離戦での技量は全くの互角という事だ。しかし、互角なのはあくまで技量のみだ。生身の肉体であるオリアーと、機械であるキラーマシンでは、戦闘可能時間が全く違うのである。相手は機械だ。半永久的に戦い続ける事が出来るのだ。
 もちろん、オリアーもそれは分かっていた。だからこそ、何度か工夫をこなした。真空斬りの軌道を変えたり、相手の真空斬りを避け、その後に撃ち込んだりと、色々な手を試した。だが、どれも通用しなかった。中距離という特性に悩まされるのだ。近距離ではゼロコンマいくつの世界の戦いだ。相手の動きを予測・判断し、自身も攻撃を繰り出さなければならない。つまり、一つの行動可能時間が圧倒的に限られているのだ。所が、中距離はそうではない。距離が離れている分だけ、行動可能時間は増える。その増えた行動可能時間で、オリアーの真空斬りはいなされていた。
「でも、近距離戦では勝ち目がありません。この中距離でどうにかしなければ」
 近距離戦では、キラーマシンの疾風突きがある。これに相当する技をオリアーはまだ持っていないのだ。逆に疾風突きを会得する、という考え方もあるが、技の性質がオリアー向きでは無かった。オリアーは速く細かい攻撃よりも、重い一撃必殺の攻撃の方が得意なのだ。疾風突きはどちらかと言えば、ヒウロやセシル向きの技なのである。
 どうすれば良いのか。単純に考えれば、真空斬りを超える技を会得すれば良い。しかし、どうやって。
 メイジなら、このような状況でも何らかの手を思いつくのかもしれない。オリアーはそう思った。だが、それを思った所で状況は変わらない。考えた。技量は互角だ。ならば、技自体のレベルを上げるしかない。
「真空斬りはおそらく答えとは違うのでは……。そう、あくまでヒントだとすれば」
 オリアーが考える。真空斬り。要領としては、エクスカリバーを握り込む。闘気を乗せる。それを放つ。この三動作だ。ならば、単純に闘気を多く乗せればどうなるのか。つまり、溜めるのである。やる価値はある。そう思った。
 瞬間、キラーマシンが真空斬りを放った。見えない刃が乱舞する。オリアーが集中した。剣を握り込む。闘気を乗せる。放つタイミング。こらえた。さらに闘気を乗せる。
「ッ! わかりました!」
 閃いた。闘気。エクスカリバーが蒼く輝いている。放てる。だが、普通に振るのではない。グッと拳を内側に巻き込んだ。
「空裂斬ッ!」
 地から天へ向けて、剣を振り上げる。瞬間、旋風が巻き起こった。鋭利な音。耳を貫く。キラーマシンの真空斬りが消し飛ぶ。旋風が駆け抜けていく。
「今だッ」
 旋風がキラーマシーンを吹き飛ばすと同時に、オリアーが一気に駆けた。近距離戦に持ち込むのだ。
 近距離戦はキラーマシンの方に分があった。疾風突きだ。これをどうにかしなければ、勝ち目はない。疾風突きは確かに強力だ。だが、繰り出す前に僅かな溜めが要る。その溜めの後に見えない一撃が飛んでくる。ならば、その溜めの時に攻撃を撃ち込めばどうなる?
 空裂斬。この技でオリアーは次の技も閃いていた。キラーマシン。いや、シリウスのような強者との近距離戦を渡り合うに相応しい技。オリアーが剣を構える。キラーマシーンが態勢を整える。瞬間、両者が交わった。

     

 オリアー、キラーマシン。エクスカリバーとサーベルがぶつかり合う。火花を散らす。剣を振る。細かく丁寧に、だが力強く。大振りでは簡単に避けられるのだ。いかに隙を突こうとも、キラーマシンは、いや、シリウスは避ける。
「動きが良くなった。見違えている」
 キラーマシンは四本の足を器用に動かしながら、回避と攻撃の動作を効率よく行っていた。だが、オリアーも負けてはいない。
 オリアーは中距離戦を制した。真空斬りを超える技、空裂斬を編み出したのだ。次に制するは近距離戦。そして、それを制する鍵となる技をオリアーはすでに閃いている。
「しかし、まだ甘い」
 キラーマシンのサーベル。エクスカリバーを弾き飛ばした。右手を引く。溜めだ。疾風突きが飛んでくる。見えない一撃。威力も強烈だ。だが、この溜めに合わせる。いや、合わせる事のできる技がある。オリアーの目は死んでいない。諦めていない。
 キラーマシンが警戒した。オリアーの目が死んでいないのだ。オリアーが弾かれた剣に闘気を込める。握る。空裂斬と同じ要領。
「海破斬ッ!」
 剣が流れた。横一直線。闘気が津波の如く、キラーマシンを撃ち付ける。溜めが崩れた。疾風突きを放てない。キラーマシンがサーベルを持つ右手を持ち上げようとした。だが、上がらない。海破斬の闘気がキラーマシンの機体を縛りつけているのだ。
「シリウスさんッ」
 エクスカリバー。振り切る。クロスボウの左手を斬り飛ばした。ジジジ、バチバチといった電気音が耳を突く。
「僕はあなたの力を受け継ぎます!」
 剣を大上段に構える。日光が、太陽の光が、エクスカリバーの刀身を照り返す。闘気が宿った。空裂斬・海破斬に続く闘気を宿した剣技。
「大地斬ッ」
 振り下ろす。
「……選ばれし……者……見ご」
 真っ二つ。両断。キラーマシンの身体が左右に分かれた。
「シリウスさん、あなたは僕の知らない力を目覚めさせてくれました。この力、きっと役立ててみせます」
 言い終わると同時に、キラーマシンの残骸が地に転がり、間も無くして爆発した。
「……ありがとうございました」
 オリアーがエクスカリバーを鞘におさめた。
「見事だ」
 声。天からだ。
「選ばれし者よ。汝こそ、神器を扱うにふさしい者と判断する」
 部屋の中央。吹き抜けとなっている天井から、眩いばかりの日光が降り注いだ。
「汝に神器、神剣・フェニックスソードを授ける」
 光。白い光だ。オリアーが目を細める。天井から、一本の剣と鞘がゆっくりと降りてくる。不死鳥を模した黄金の束。神々しさを纏わせる白銀の刀身。
「これが、神器」
 オリアーがゆっくりと手を伸ばす。柄を握った。瞬間、とてつもない力が全身を駆け巡る。
「神剣・フェニックスソード」
 振るった。煌めく。光か、闘気か、力か。軌跡を形作る。一度振るっただけで、凄まじい力を持っているのが分かる。
「選ばれし者よ。この先、幾多の困難が汝を待ち受けていよう。だが、決して諦めるな。汝の力は味方の盾となり、剣となる。それを忘れてはならない。そして、我も汝と共に歩む。かつての剣聖シリウスと同じように。行け、選ばれし者よ。世界を救うのだ」
 オリアーが頷く。そして、神剣を腰に携える。
「ルミナスへ戻ります」
 合流地点。神器を手に入れた。ルミナスへ帰るのだ。
「……セシルさん」
 オリアーの嫌な予感は、まだ消えていなかった。

     

 呪文乱舞。まさにこう表現するにふさわしい。メイジとカリフの戦いである。
 カリフ。神器が生み出した賢者。カリフの魔力は強大だった。メイジの呪文をことごとく相殺するのだ。しかし、メイジはカリフに違和感を感じていた。カリフは本気を出していない。まだ力を隠している。メイジはそう思った。それもそのはずだった。カリフはまだ中等級呪文しか使っていないのだ。
「何故、中等級呪文しか使わない」
 メイジが言った。
「それは汝とて同じ事だろう」
 コイツ。メイジが心の中で言った。
 カリフはここまでを小手調べだと思っていた。お互いに中等級呪文で相手の力をある程度、測る。いわゆる、挨拶のようなものだ。
 しかし、メイジはすでに全力だった。メイジは未だに中等級呪文までしか扱えないのだ。その上を行く上等級呪文は何一つ習得していない。それは、メイジが得意としている火炎系呪文も例外では無かった。
「では、ここからが本番だ」
 カリフの魔力が気炎のように立ち昇る。それを感じ取ったメイジが舌打ちをした。さっきとは力が全く違う。そう感じたのだ。
「行くぞッ」
 両手。カリフが突き出す。周囲の空気が凍てついていく。
「マヒャドッ」
 来た。メイジはそう思った。冷気系上等級呪文。無数の氷柱がメイジへ向かって突っ込んでいく。どうする。心の中で呟く。今更、ジタバタしてどうにかなるわけでもない。出来る事をやるまで。メイジが右手を突き出した。
「ヒャダルコッ」
 冷気系中等級呪文。
「む」
 カリフが首をかしげた。ヒャダルコ? ナメているのか。そう思った。
 二つの呪文が交わる。しかし、一秒と経たずにマヒャドがヒャダルコを消し飛ばした。勝負にすらなっていない。
「ちぃッ」
 無数の氷柱。メイジの全身が切り刻まれる。メイジがその場で片膝をついた。すでに息が荒い。
 やはり、中等級呪文では対抗できない。メイジはそう思った。いや、分かっていた事だ。しかし、どうする。自分が扱える攻撃呪文は中等級呪文が限界なのだ。相手は上等級呪文が使える。この力量差。覆せるのか。
「選ばれし者よ。貴様……」
 両手。凄まじいエネルギーが集約されていく。
 カリフは考えた。メイジはマヒャドをヒャダルコで返した。自分のマヒャドがみくびられたか? いや、それだと辻褄が合わない。小手調べの時点で互いの魔力は互角、と確認したのだ。となれば、上等級呪文が使えないのか? だが、どの道、これで分かる。
「イオナズンッ」
 爆発系上等級呪文。閃光。イオナズンは各上等級呪文の中でも、最高クラスの威力を持つ呪文だ。生半可な抵抗では、大ダメージをもろに受ける。カリフはメイジの実力をこれで確かめるつもりなのだ。メイジが歯を食いしばる。
「マジックバリアッ」
 呪文防壁。イオラで中途半端に反撃するよりも、単純に防御に回った方が良い。メイジはそう考えたのだ。
「……貴様、何を考えている」
 大爆発。轟音。黒煙。
「ぐっ……」
 煙が晴れた時、メイジの身体はすでにボロボロになっていた。

     

 メイジの身体はボロボロになっていた。カリフのイオナズンのダメージだ。マジックバリアで少しでも威力を減らそうと考えた。だが、その考えは甘かった。カリフのイオナズンはメイジの想像を超えていたのだ。
「まさか、本当に上等級呪文が使えないのか?」
 カリフの声に怒気が混じっていた。上等級呪文も使えない状態で、試練に挑んできたのか。そう思うと、腹が立ったのだ。
「……今は使えないだけだ」
「ナメているな、貴様ッ」
 右手。イオラ。メイジが吹き飛ぶ。
「貴様はすでに試練に挑んでいるのだ。もう後戻りはできん。死ぬか神器を手に入れるかだ。だが、貴様の今の力量」
 低すぎる。中等級呪文までしか使えないのだ。話にならん。カリフの中で怒りが渦巻いている。
 メイジは必死に考えていた。中等級呪文の応酬では、力は互角だった。つまり、魔力は互角なのだ。要は呪文のランクが違う。魔力は互角。ここが引っ掛かる。カリフと同等の魔力を備えているのに、何故自分は上等級呪文が使えない? 使えない原因を探る。魔力が足りないのだ。ここだ。ここに矛盾が生じている。カリフと自分の魔力は同等。しかし、カリフは上等級呪文が使える。
「貴様には失望した。神器は何故、貴様を選ばれし者としたのだ? 話にならんではないか」
 両手。エネルギーが集約されていく。イオナズンだ。カリフはこの一撃で、メイジを消し飛ばすつもりなのだ。
 メイジが考える。メイジは上等級呪文を今までに何度か見てきた。最近の話なら、魔族のファネル。そして、目の前のカリフだ。ファネルは上等級呪文であるマヒャドを左手で撃っていた。一方のカリフは両手だ。ファネルは魔族。カリフは神器から生み出された人間。さらにメイジが考える。カリフは中等級呪文を片手で撃っていた。これは自分と同じだ。ここだ。メイジはそう思った。
「……中等級呪文は片手。ならば、上等級呪文は」
 メイジが立ち上がった。杖を地面に突き刺し、集中する。魔力を高めるのだ。気炎が立ち昇る。右手と左手に魔力を集約させる。両手。これが鍵なのだ。上等級呪文を撃ち放つには、片手では魔力が足りない。両手の魔力が必要なのだ。
「選ばれし者よ、消し飛べッ!」
 閃光。イオナズンだ。瞬間、メイジが魔力を解放させた。両手。突き出す。
「イオナズンッ」
 刹那、閃光。交わる。大爆発。轟音が鳴り響き、地が揺れた。黒煙が巻き上がる。
「……貴様、我を弄んでいたのか?」
 カリフの声。怒り。相殺していた。カリフのイオナズンを。
「言っただろう。今は使えないだけ、とな」
 メイジが二ヤリと口元を緩めた。額には大粒の汗が浮かんでいる。ギリギリだった。考えがまとまったのも、答えが見つかったのも、イオナズンのタイミングも。全てがギリギリだったのだ。心臓の鼓動が激しい。だが、そのギリギリでメイジは新たな力を得た。
「……フン。さすが、と言っておこう。これで我と比肩する事になった」
 カリフがメイジを睨みつける。カリフは冷静に考えた。メイジは一度目のイオナズンをマジックバリアで防ごうとした。あれに意味はあったのか? おそらくは無い。カリフはそう思った。純粋にイオナズンの威力を少しでも弱めようとしただけだろう。つまり、あの時点では上等級呪文は使えなかった。そして、次のイオナズンまでの時間。この間に、上等級呪文が使えるようになった。詳しい過程までは分からないが、結果だけを見れば相当なものだ。
「……神器が選ばれし者とするわけだ」
 カリフは自らの気を引き締めた。

     

 メイジとカリフ。凄まじい魔力の渦。二人の呪文がぶつかり合う。それはまさに壮絶だった。
 メイジは、この戦闘で上等級呪文を習得していた。いや、正しくは上等級呪文の使い方を知った。元々、メイジはそれを扱うに相応しい魔力は備えていたのだ。すなわち、上等級呪文を放つ方法が分からなかっただけだ。だが、この戦闘で使えるようになった。そしてそれは、魔法使いとしての完成を意味していた。
 しかし、カリフとの勝負を決するには至らなかった。それもそのはずだ。カリフはメイジと同等の魔力を持っているのだ。そして、上等級呪文も扱える。つまり、力量差が無い。全くの互角なのだ。メイジが勝つためには、現状に何かを加える必要があった。
 メイジは戦闘をしつつ、カリフの言葉を思い出していた。魔力と英知を備えているか? 戦闘前、カリフはそう言った。メイジは上等級呪文を会得し、カリフと渡り合っている。つまり、魔力の方はクリアしたと考えて良いはずだ。問題は英知。英知とは何なのか? 単純に考えれば、知識の事だ。あらゆる物事の知識。だが、カリフはそういった意味で発言したのではない。メイジはそう思った。真なる意味を探る。
 真っ先に思いつくのは戦法・戦術だ。戦闘において、最も欠かす事のできない要素の一つなのだ。戦法・戦術を駆使する事によって、同等の力を持つ相手はもちろん、格上の相手とも渡り合う事が出来る。勝つ事が出来る。
 カリフとの戦闘を分析する。今は単純に呪文のぶつかり合いだ。どちらかが先手を取り、どちらかがそれを相殺する。そして使用呪文は上等級呪文ばかりだ。上等級呪文は確かに強い。だが、欠点も抱えている。メイジはそう思った。とにかく発生が遅いのだ。魔力をチャージしなければ撃てない。下等級・中等級呪文には無い欠点だった。瞬間的に扱えないのだ。大技。まさにこう表現するに相応しかった。
「今は上等級呪文中心の戦い。ここに鍵があるはずだ」
 メイジが呟く。上等級呪文ばかりを使う。これは戦法において正しいと言えるのか。答えはおそらく違う。上等級呪文が重要である事は間違いない。だが、それを中心とするのは間違っているのではないか。戦闘では、その場その時で適切な行動を取る必要があるのだ。上等級呪文は魔力をチャージしなければ撃てない。つまり、初動に組み込むのは良しとしても、次の呪文に組み込むのは効率が悪いのだ。初動とトドメ。この二回のみに使う機会を絞れば。
「やってみせる」
 魔力。両手に灯す。
「またか。何度やっても同じ事。選ばれし者よ、我と汝の魔力は互角だ」
 分かっている。メイジが心の中で言った。
「イオナズンッ」
 唱えた。閃光。大爆発が巻き起こる。
「上等級呪文では埒があかんぞッ」
 カリフがイオナズンを唱えた。相殺。爆風が吹き荒れる。黒煙が巻き上がる。この時、カリフの頭の中には次の上等級呪文が浮かんでいた。これまで、上等級呪文の差し合いだったのだ。すでに魔力のチャージを始めている。メイジはこれを利用した。
「イオッ」
 下等級呪文。
「なにっ」
 両手が跳ね上げられる。チャージした魔力が四散した。さらに火炎。ギラだ。
「今更、下等級呪文だと」
 続いてメラミ。カリフが身体をひねって避ける。さらにヒャダルコ。足に絡みついた。カリフが面倒そうにベギラマで焼き払う。この時だった。メイジはすでに魔力のチャージを終わらせていた。上等級呪文。トドメだ。何を放つか。当然、決まっている。自分が得意とする火炎系呪文。各系統呪文で最大の威力を誇る呪文。
「メラゾーマッ」
 巨大な熱の塊。火球。ほとばしる。カリフが目を見開いている。
「ッ!」
 瞬間、火球がカリフを飲み込んだ。火球は火柱となり、天を貫く。焼き尽くして行く。
 火柱が消え去った後には、カリフの姿は無かった。燃え尽きたのか。それとも、単に役目を終えて消えたのか。
 終わったのか。試練を終えたのか。メイジはそう思った。
「選ばれし者よ」
 声。天からだ。
「見事であった。汝こそ、神器を扱うにふさしい者と判断する」
 部屋の中央。吹き抜けとなっている天井から、眩いばかりの光が降り注いだ。
「汝に神器、神の杖・スペルエンペラーを授ける」
 白光。眩しい。天から、一本の杖が降りてくる。黄金の杖だ。杖の先端で装飾がきらめいている。左右に開かれた翼、中央で輝く赤の宝石。
 メイジが杖を手に取る。瞬間、自身の魔力が激すのが分かった。全身が熱い。
「選ばれし者よ。この先、幾多の困難が汝を待ち受けていよう。だが、決して諦めるな。汝の力は味方の希望となり、英知となる。それを忘れてはならない。そして、我も汝と共に歩む。かつての魔人レオンと同じように。行け、選ばれし者よ。世界を救うのだ」
「……あぁ」
 ヒウロ、オリアー、神器を手に入れたぞ。メイジは心の中で呟いた。
「ルミナスへ戻る」
 メイジが、ほこらを後にする。その足取りは力強かった。

     

 セシルは一人、町の中を歩いていた。巡回である。
 ルミナスは今のところ、平和だった。城壁が崩されてこそはいるが、ルミナス騎士団の活躍により、まだ大きな被害は出ていなかった。
 セシルは一人で町を巡回しながら、過去の事を思い出していた。辛い過去。だが、その辛さはセシルの人生を変えた。
 セシルの故郷はのどかな農村だった。その農村でセシルは、両親からありったけの愛情を受けて育っていた。まだ幼少の頃の話である。隣町の貴族がしきりに金品を要求してくる事以外は、平和で良い村だった。
 だが、その平和は突然、奪われる事になる。魔物の襲撃である。魔族が復活した事により、魔物が急に凶暴化したのだ。セシルの村には戦える者が居なかった。次々と村人が殺されていく。
「隣町に助けを呼びに行ってくる」
 一人の村人がそう言った。そして、隣町へと走った。
「村が襲われているんです。今すぐに救援を!」
 村人は貴族にそう陳情した。だが、貴族は鼻で笑うだけだった。もう襲われているのなら手遅れだ。そう判断したのだ。
 凄惨な光景だった。悲鳴。助けを乞う叫び。村人の肉は引き千切られ、血が地面を覆い尽くしていた。そしてセシルは、それをずっと見ていた。ずっと聞いていた。
「セシル、私たちが守ってやるぞ。安心しろ」
 父と母。セシルに覆いかぶさっていた。だが、その父と母はすぐに殺された。魔物に惨たらしくだ。幸い、セシルは両親の身体の下敷きになっていたおかげで、魔物たちに見つかる事なく死は免れた。だが、その時に負った心の傷は深かった。
 しばらくして、隣町から救援がやってきた。いや、救援という名の事後処理班だ。その救援隊により、セシルは保護された。セシルは村の唯一の生き残りだった。
 孤児。セシルは貴族の家で、養われる事となった。辛い時期だった。良い思い出など一切無い。だが、この辛い時期にセシルは魔法剣の才を開花させた。そして、強くなる事を願った。力が無い者は死んでいく。淘汰されていく。セシルはそう考えたのだ。そしてそれは、セシルにとって紛れもない事実だった。
 セシルは十分に力をつけた後、自分の育ての親である貴族に別れを言い渡し、旅に出た。強くなるために。魔物を倒すために。
 旅の先々で、セシルは幾度となく魔物を倒した。人を、町を救った。そして、名が広まった。音速の剣士という異名も付いた。
「私がルミナスを守る」
 もうこれ以上、人が死ぬのを見たくない。それは、セシルにとって悲痛な叫びだった。
「セシルさん!」
 名を呼ばれた。振り返る。ルミナス騎士団の兵だ。
「何?」
「巡回中にすいません。何か妙な身なりの男が、セシルさんの事を探しているようなんです」
「私を?」
「え、えぇ。音速の剣士はどこだ? 話がある、と言ってます」
 何なのか。セシルに心当たりは無い。だが、何か胸騒ぎがする。
「どうしましょう。追っ払いますか?」
「……いえ、その男の元へ案内して」
 セシルの目は真剣だった。
「? は、はぁ」
 兵に連れられ、セシルはその男の元へ向かった。
 ルミナス騎士団の兵が男を囲んでいた。何やら説得をしているようだ。セシルが兵たちを下がらせる。
「私が音速の剣士よ」
「ほう、あなたが」
 男が言う。闇よりも深い漆黒のローブ。赤い長髪。細く長い眉。黄色の瞳。そして、禍々しい程の邪気。
「ッ! あなた達、逃げなさいッ」
 セシルが兵達に向かって叫んだ。魔族。セシルは瞬時にそう感じ取ったのだ。
「クク、さすがですね」
 瞬間、光った。セシルには光しか見えなかった。轟音。振り返る。
「そ、そんな!?」
 兵が、町が、城壁が、一直線に消し飛んでいた。

     

「初めまして、音速の剣士さん」
 赤い長髪を風に揺らしながら、男が二コリと笑った。漆黒のローブ。魔族だ。
 光。セシルにはそれしか見えなかった。その直後、轟音が鳴り響いた。そして、振り返ると一直線上の全てが消し飛んでいた。兵も町も城壁も。意味が分からなかった。何が起きた。セシルは単純にそう思っただけだった。
「私の名はダール。魔王ディスカル様の側近の一人です」
 側近。魔王ディスカル。この言葉がセシルの頭の中で反芻されていく。
「ッ」
 ハッとした。セシルがすぐに魔法剣を作り出す。心臓の鼓動が今更になって高鳴って行く。全身から冷や汗が吹き出てきた。
「おやおや、そんなに怖がらなくてもよろしいんですよ」
 ダールがセシルの足を見て笑った。ガクガクと痙攣しているのだ。
「大丈夫です。あなたを殺しはしません。どうです、まずはお話でも?」
 殺しはしない。セシルはこの言葉に安堵を感じた。バカな。セシルはすぐに自分を叱咤した。目の前に居る男は魔族なのだ。倒すべき敵なのだ。自分にそう言い聞かせる。
「私はあなたとお話がしたくて来たんですよ。音速の剣士さん」
「な、何を言っているの!」
「魔王ディスカル様が、あなたをご所望なのです」
 ダールが二ヤリと笑った。それを見たセシルが、無意識に一歩、足を引く。
「な、何を言って」
「単刀直入に言いましょう。我々、魔族の仲間になりませんか?」
 この目の前の男は何を言っている。セシルはそう思った。意味が全く分からない。何を意図している。心臓の鼓動が激しくなっていく。プレッシャーに押し潰される。セシルはそう感じていた。
「バカな事を言わないでッ」
「……まぁ、こうなる事は分かっていました」
 ダールがローブを開いた。右手を出す。
「では、力ずくで行きましょうか」
「……ッ!」
 セシルが魔法剣を構える。心臓の鼓動が激しい。動悸。怯えている。自分でもそれがハッキリと分かった。
「しかし、全力でやっても勝負にはならないでしょう。だから、右腕だけで戦ってあげますよ」
 ダールが二ヤリと笑った。
「ふざけないでッ」
 セシルが駆ける。歯がガチガチと鳴り、噛み合わない。震えているのだ。
「フム。利き腕なのが気に入りませんか? では、左腕に変えてあげますよ」
 ダールが左腕を前に出す。セシルの魔法剣。ダールと交わる。だが、動かない。刃が全く進まない。
「音速の剣士さん、手加減は不要ですよ?」
 小指。小指で刃を止められていた。
「そんなッ!?」
「これでは、左腕でも楽しめそうにないですね。指三本で相手してあげますよ。人差し指、中指、小指の三本でね」
 セシルは死を覚悟した。

     

「いつまで手加減しているんですか。早く本気で戦ってくださいよ」
 ダールの小指一本。セシルの魔法剣がさばかれる。
「まだですか?」
 ダールが小指を軽く払った。瞬間、セシルが吹き飛ばされた。家屋に叩きつけられる。
 強すぎる。いや、そんなレベルではない。次元が違うのだ。蟻が恐竜に立ち向かおうとしているのと何ら変わりがない。セシルはそう思った。
「何かとっておきの技があるんじゃないですか? それを使ってみたらどうです」
 セシルが魔法剣を杖に立ち上がる。すでに息が荒い。
 とっておきの技。魔法剣技エアロブレイド。セシルが今扱いうる魔法剣技の中で、最大の威力を持つ必殺技だ。しかし、この目の前の魔族には、ダールには通用しない。セシルはそう思った。いや、それ以前の問題だ。自分など簡単に殺される。
「……良いわ、見せてあげる」
 言って、セシルは魔法剣を振り上げた。どうせ殺されるのなら、全てを出し切ってやる。そう考えたのだ。
「ヒウロ、メイジ、オリアー……そしてエミリア姫、ごめんなさい」
 ルミナスを守れなかった。魔法剣。頭上で円を描く。
「エアロブレイドッ」
 エメラルド色に輝く衝撃波。ほとばしる。
 ダールが左腕を前に突き出した。そして払う。人差し指、中指の二本。瞬間、衝撃波が消し飛んだ。何も無かったかのように、消し飛んだ。
「……オリアー、ごめんなさい」
 あなたともっと話がしたかった。セシルが力無く、その場にへたれ込んだ。
「これでお終いですか。所詮はクズ。まぁ、さほど期待もしていませんでしたがね」
 ダールが歩き出した。
「……殺して」
 セシルの声に力は無かった。
「何を言っているんですか? 私はあなたを殺しはしませんよ」
 言って、右手でセシルの頭を掴んだ。
「何をするの……!」
 セシルが苦しそうに言った。激しい頭痛。吐き気。気が狂いそうだ。
「あなたを魔族にするんですよ」
「なっ!?」
 瞬間、ダールの右手が漆黒に包まれる。バチバチと音を立て、禍々しい闇の気がセシルの身体を包み込んだ。
「あなたは生まれ変わるんです。音速の剣士さん」
 ダールは笑っていた。闇の気がセシルの身体を貫いていく。
 セシルの叫び。白目を剥き、ガクガクと全身が痙攣している。全ての闇の気がセシルの身体を貫くと同時に、黒い気が一気に解放された。
「……さて。あなたは何者ですか?」
 ダールがセシルの頭から右手を離す。
「……私の名はセシル。死の音速の剣士」

     

「まさか……あなたが」
 ヒウロが言葉を詰まらせた。目の前に居るこの壮年の男。優しい瞳。温もりが溢れ出ている。そして、この瞳をヒウロは知っている。
「神器を手に入れるのだろう。自らの運命を受け入れろ。そして、私を超えるのだ」
 男が背の長剣の束に手を掛けた。白銀の鎧が、日光を照り返している。
「私の名はアレン。神器を守護する者なり。ヒウロ、お前は真の勇者となるのだろう。魔族を倒すのだろう」
 ヒウロの唇が震えていた。この目の前に居る男は、自分の父ではないのか。確たる証拠は無い。だが、感覚がそう言っている。アレクの血が共鳴しているのだ。未だかつて、こんな感覚は味わった事がない。
「私を超えろ」
 アレンが剣を抜いた。白銀の刀身。黒いマントが風で揺れている。
「何故、ですか」
 ヒウロが背の稲妻の剣の束に手を掛けた。
「何故、俺の目の前から消えたんですか」
 声が震えている。自分の父なのか。だが、魔族を倒さなければならない。父と戦う。これが神器を手に入れるために、乗り越えなければならない試練と言うならば、受け入れる。そして打ち勝つ。
「ヒウロよ、これが運命なのだ。……しかし、強く育った。情に流されず、大局をしっかりと見極めている」
 父。ヒウロが感じている通り、アレンはヒウロの父親だった。そして、ヒウロの決意。父として喜ばしかった。だが、アレンは口には出さない。いや、出せないのだ。自分に父と名乗る資格はない。ヒウロを赤子の状態で捨て去り、自身は神器の守護者となった。例え、それが望んでいない事であっても、自分がした事は親として間違っている。アレンはそう考えていた。
 アレンは神器から、自分の息子、つまりヒウロが選ばれし者であるという事を知らされていた。いつか、息子と戦う時が来る。アレンは今の今まで、ヒウロを待っていた。息子の姿、声、志。親として掛けたい言葉が次々に溢れ出て来る。しかし、アレンはそれらを全て飲み込んだ。今はヒウロの父ではなく、神器の守護者なのだ。
「ヒウロ、私を超えてみせろッ」
「……俺は、俺は」
 ヒウロが稲妻の剣を抜く。バチバチと電撃が鳴いている。今のヒウロの心情を現わしているかのように、悲しげに鳴いている。
「魔族を倒さないといけないんだ。なんであなたが神器を守っているのかは分からない。だけど、あなたを倒さなければならないと言うのならッ」
 構える。電撃が悲鳴を上げた。駆ける。
「強くなった。それでこそ」
 我が息子だ。アレンが心の中で言った。
 交わる。電撃。白銀の剣。きらめく。剣と剣が交差し、何度も火花と電撃が散っていく。
「剣の腕は悪くない。だが、まだ甘さが垣間見えるぞッ」
 アレンが剣を横に薙ぐ。
「くっ」
 ヒウロが剣を縦に構えて受け止めた。電撃が飛び散る。
「距離感が甘い!」
 アレンが懐に飛び込んだ。ヒウロは剣が振れない。瞬間、ミゾオチ。柄がヒウロの腹にめり込んだ。呻き声。さらに回し蹴り。ヒウロの身体が吹き飛ぶ。地面に投げ出され、その場でせき込んだ。呼吸が出来ない。
「メラゾーマッ」
 メラ(火球系)上等級呪文。間髪入れずに撃ち放つ。ヒウロの表情が歪んでいる。剣を杖に横に飛んでかわした。アレンが駆けてくる。速い。立ち上がる。剣と剣が交差する。ヒウロが左手を突き出した。
「ベギラマッ」
 火炎。首をひねってアレンがかわす。同時にヒウロの稲妻の剣を弾き飛ばした。距離を取る。
「ベギラゴンッ」
 ギラ(火炎系)上等級呪文だ。ヒウロの足元に向けて放った。燃え盛る炎が生き物のようにうねる。
 レベルが違いすぎる。アレンとヒウロでは、戦闘レベルの次元が違っていた。接近戦・遠距離戦共にアレンの独壇場なのだ。どうにかしなければ。ヒウロが必死に考える。
「……ライデイン……!」
 ヒウロの頭には、これが浮かんでいた。

     

 アレンとヒウロ。二人は親子だった。そして、二人とも勇者アレクの血を引いている。父親。まさに思わぬ再会だった。当然、ヒウロは父と過ごした記憶など無い。赤子の時にヒウロは、父親であるアレンと別れているのだ。だが、感覚で分かった。自身に流れる血が、父だと教えた。そして、その父が神器の守護者だった。
 正直言って、ヒウロは今のこの状況をよく理解できていなかった。単純に、神器の守護者が自分の父であり、父を倒さなければ神器を得る事ができない、と解釈しているだけだ。何故、父が神器の守護者になっているのか。何故、赤子の自分を捨て去ったのか。こういった疑問は全く解決していなかった。無論、父であるアレンの口からも説明はされていない。私を超えろ。アレンはそう言っただけだった。
 アレンとヒウロの力量差は歴然だった。遠近、共にアレンの独壇場なのだ。レベルが違う。次元が違う。まさにこういった言葉が適切に当てはまる。この状況下でヒウロが頼ったのが、ライデインだ。
 ライデイン。真の勇者にのみ扱う事を許された、聖なる雷撃呪文。ヒウロはこの呪文で、幾多の危機を乗り越えてきた。自分が持ちうる攻撃手段の中では一番の威力と信頼を誇る。だが、通用するのか。アレンに。それにヒウロにとって、ライデインは魔力を多大に消費する呪文だった。乱発ができない。ここぞという時に撃ち込む必要がある。本来ならば、メイジの補助を受けて使用する呪文だった。メイジの膨大な魔力の助けを得て撃ち放つ。だが、そのメイジは今は居ない。つまり、自力で撃つ必要があるのだ。
 一度、ヒウロは自力でライデインを撃った事があった。獣の森でのファネル戦。魔族との初対戦で、覚醒直後に撃ち放った。その時は身体にかかる負担が大きすぎたために、気を失ってしまった。だが、あれから成長している。力を上げている。今ならば、一発か二発なら自力で撃てるはずだ。ヒウロはそう思った。
「その目。切り札があるな」
 アレンが言った。ヒウロの目は死んでいない。強い光を放っている。
「あるさ……!」
 ヒウロが剣を構える。アレンにライデインは通用するのか。いや、通用する・しないは、後回しだ。撃たなければ状況は変わらない。剣も呪文も勝ち目がないのだ。ライデインにすがるしかない。ヒウロはそう思った。
 機会を作る。ライデインを撃つ機会を。大技なだけに隙が大きいのだ。
「良かろう。ヒウロ、来い」
 アレンが剣を構えた。ヒウロが駆ける。稲妻の剣。ぶつかる。交わる。アレンが眉一つ動かさずに、ヒウロの剣をさばく。
「どうした、ヒウロ。切り札を見せてみろ」
 ヒウロが歯を食いしばる。
「隼斬りッ」
 閃光。二度きらめく。アレンがさばく。ヒウロの隼斬りをも簡単にいなした。だが、僅かだが態勢が崩れている。
「このっ」
 ヒウロがアレンの腹を蹴った。よろける。隙。
「これが俺のッ」
 切り札。剣を天に突き上げた。雷雲。稲光。
「……ヒウロ」
「ライデインッ!」
 雷撃。稲妻。降り注ぐ。

     

「……私の名はセシル。死の音速の剣士」
 セシルの目は殺意に満ち溢れていた。全身に邪気を纏わせている。その様は人間ではなく、まさに魔族と言うに相応しかった。
「そうです。あなたは死の音速の剣士。人間という名のクズを殺し尽くすために存在する魔族です」
「分かっている。だが、頭が痛い……! 一体、何故だ……!?」
 セシルが片手で頭を押さえている。ズキズキと頭に何かが突き刺さるかのような痛みを感じているのだ。
「人間を殺していないからですよ。ほら、ここにはクズがたくさん居ます。殺してみなさい。破壊してみなさい。そうすれば、痛みは消え去りますよ」
 ダールが口元を緩めながら言った。甘い口調。まるで赤子をあやすような、優しい口調だった。
「……わかった」
 セシルが歩き出す。次いで魔法剣を作り出した。だが、その色は清らかなエメラルド色ではない。邪気に満ちた、深く妖しい紫色だった。
 その時だった。
「ダールよ」
 声。ダールの頭の中で声が響いた。
「これはこれは。ディスカル様」
 声の主。それは魔王ディスカルだった。
「音速の剣士の首尾はどうだ?」
「ご安心を。これからルミナスは地獄と化します」
 ダールがセシルの背を見ながら言った。口元は緩んでいる。
「そうか。ならば、ルミナスはもう良い。急いで、魔界に戻ってくるのだ」
「? ルミナスが破壊されていく様を見ないのですか?」
 ダールが不思議そうに尋ねた。それもそのはずだ。元々、ダールが人間界に降り立った目的は、セシルを魔族側に引き込み、ルミナスを破壊させる、というものだったのだ。音速の剣士という人類の希望がルミナスを破壊し尽くす。それは素晴らしい眺めとなるはずだ。そして、アレクの子孫。あわよくば、音速の剣士との戦いが見られる。だが、ディスカルはもうそれには興味が無いようだった。
「音速の剣士とは比にならん大物が居るのだ。急いで戻ってこい」
「ほほう。それは」
 二ヤリと笑う。ダールの心が逸った。
「……死の音速の剣士、セシルよ」
 ダールがセシルに呼び掛ける。
「ルミナスの破壊、頼んで良いですね?」
「任せろ」
 背を見せたまま、セシルが答えた。邪気が溢れ出ている。間違いない。これなら破壊し尽くす。ダールはそう思った。
「クク。では、頼みましたよ」
 言って、ダールが姿を消した。魔界へと戻るのだ。
 魔界。王の間。ディスカルは玉座に座っていた。
「ただいま戻りました」
 その場でダールが跪く。
「あぁ。御苦労だったな」
「いえ……。それより、音速の剣士とは比にならない大物とは?」
「……まだ何とも言えないが、おそらくはアレクの子孫」
 ディスカルが言った。
「……? どういう事です」
「私にも確かな事は分からん。透視が出来ないのだ。聖なる力によって妨害されてな。だが、私の予想が正しければ……」
 ディスカルの瞳は、氷のように冷たかった。

     

「ライデインッ!」
 雷撃。稲妻。降り注ぐ。ヒウロの切り札だ。この呪文で。ヒウロが心の中で叫ぶ。
「……ヒウロ、この程度なのか」
「なっ!?」
 アレンが剣を構えた。雷撃。貫く寸前。
「お前の力は、この程度なのか!?」
 剣を横に薙ぐ。雷撃が弾き飛ばされた。貫き損ねた雷撃が乱舞し、周囲の石壁を削る。吹き飛ばしていく。
「……そんな」
 絶望。ヒウロの目から闘志が消えていく。
「お前は勇者アレクの血を引いている! それなのに、この程度なのか!? 神器に選ばれし者なのだろうッ」
 アレンが叫んだ。その叫びはどこか悲痛だった。
「お、俺は……」
「ヒウロよ、私を超えるのだ! いや、超えてくれ! 私はお前を殺したくないッ!」
 アレンが歯を食いしばる。
 神器に選ばれし者。それは、ヒウロだけではない。アレンも選ばれし者だった。この戦いは、真に選ばれし者を決する戦いなのだ。力無きものは淘汰される。それが神器の意志であり、一つの宿命だった。だが、アレンとヒウロ。両者の力量は火を見るより明らかだった。
「……何故、神器はこうも私を苦しめるのだ」
 アレンが剣を構える。呪われし運命。アレンは自らの運命をそう受け止めた。
「俺は……!」
 涙。ヒウロの頬を伝い、地面に落ちていく。弱い。自分は弱い。強くなりたい。ヒウロは絶えずそう願っていた。だが、その願いは叶わない。確かに成長はしている。しかし、微々たる成長だ。飛躍ではない。ヒウロは心の底から悩んでいた。
「メイジさんやオリアーはどんどん強くなっていくのに……っ」
 新しく仲間になったセシルも音速の剣士として名を馳せていた。所が自分はどうだ。勇者アレクの血を引いているにも関わらず、このザマだ。唯一の頼みの綱であるライデインは、いとも簡単に撃ち破られた。どうすれば。どうすれば良い。ヒウロが心の中で叫ぶ。
「ヒウロ、私は……」
 その瞬間だった。轟音。ほこらの入り口が爆発で吹き飛んだ。ハッとアレンが振り向く。
「おやおや。さすがは我らが王、ディスカル様です。本当に居るとは驚きですよ」
 赤い長髪、漆黒のローブ。そして殺気。禍々しい程の邪気。魔族だ。アレンは瞬時にそれを感じ取った。やるべき事。ヒウロ。ヒウロを守る。
「バシルーラッ!」
「えっ!?」
 空間追放呪文。ヒウロに向けて放った。ヒウロが天へ向かって吹き飛ばされる。この場に居ればヒウロは殺される。ならば、違う場所へ。アレンはそう判断したのだ。
「良い判断力です。大切な息子を死なせたくないでしょうからね」
 息子。この魔族、どこまで知っている。アレンはそう思った。だが、口にも表情にもそれは出さない。
「何も言いませんか。どうやら、頭もキレるようですね。そこで不用意に物を喋ってしまえば、要らぬ情報を我々魔族に与えてしまう。良く考えてらっしゃる。ですが、無駄です。ディスカル様は全てお見通しになられていますから」
「……何者だ」
「私はダール。魔王ディスカル様の側近の一人です」
 殺気。戦う。それしかない。アレンが剣を握りしめた。

     

 ダール。凄まじい邪気だ。どれほどの力を持っているのか。アレンは剣を構えたまま、ジッとダールを睨みつけていた。
「やれやれ、いきなり戦闘の構えですか。しかし、気負いもしていなければ、怯えてもいない。さっき相手にしたクズとは大違いですね」
 ダールもローブを開いた。さっき相手にしたクズ。無論、セシルの事だ。
「何故、この場所が分かった?」
 アレンが言った。アレンが今居るこの場所には、神器が封印されているのだ。白いほこら。選ばれし者以外の者は入る事はおろか、見る事すら出来ないはずだった。
「ディスカル様のお力です」
 ダールが答える。
 ディスカルは魔界で二つの聖なる力がぶつかり合うのを感じ取っていた。アレンとヒウロ。二人の勇者アレクの子孫が一つの場所に集う。その結果、多大な聖なる力を生み出していたのだ。ディスカルはすぐにその力を感知し、透視を試みた。だが、見えなかった。神器が封印されている場所が、それを防いでいたのだ。そして、ディスカルはそれを不審に思った。
「そこで、私が出向く事になったのですよ。まぁ、正確な場所までは分かりませんでしたがね。ですが、こうして見つける事が出来たので、良しと致しましょう」
「……どうやら、魔族の王は相当な力の持ち主らしい」
 ディスカルは魔界から聖なる力を感知した。それだけでも信じ難い事なのに、その大凡(おおよそ)の場所まで当ててみせたのだ。
「さぁ、もう良いでしょう。私はあなたを手に入れなければならない」
 ダールが構えた。徒手空拳の構えだ。
「手に入れる? 何を訳の分からない事をッ」
 アレンが剣を構え、駆ける。刹那、両者が交わった。
「くッ!?」
「ちッ」
 両者が共に態勢を崩す。アレン。持ち直して剣を振る。ダールが右手で防ぐ。
「やりますねッ」
 ダールの回し蹴り。アレンが身を屈めてかわした。すかさず、剣を横に薙ぐ。ダールがそれを拳で弾き返す。アレンが距離を取った。
「ベギラゴンッ」
 火炎系上等級呪文。ダールがローブで身を包んだ。火炎が弾き飛ばされる。
「このローブは特殊な糸で編まれていましてね。魔人レオンの魔力でもない限り、ビクともしませんよ」
「ちぃッ」
 剣。ダールが弾く。拳。アレンがかわす。どちらも引かない。
「人間の分際でここまでやるとは! 正直、私は驚いていますよ!」
「お前たち魔族は、人間をみくびりすぎだ!」
「寝言をッ!」
 瞬間、ダールが拳を突き出した。超高速。四連撃。
「爆裂拳ッ」
 アレンが剣を構える。一、二、三、四。全て捌き切った。
「隼斬りッ」
 反撃。ダールが両手で弾き飛ばす。
「そのローブ、魔人レオンの魔力でもない限り、ビクともしない、と言ったな!」
 アレン。距離を取った。
「ほう?」
「この呪文でも、同じ事が言えるかッ」
 剣を天に突き上げる。雷雲。稲光。聖なる力が集約されていく。稲妻が咆哮をあげている。
「ギガデインッ」
 瞬間、雷神が轟いた。幾多の稲妻が叫びを上げつつ、ダールへと降り注ぐ。

     

「ぬぅッ」
 ギガデイン。稲妻が乱舞する。縦横無尽に稲妻が辺りを駆け巡り、ダールのローブを紙のように貫いていく。ダールの身体を貫いていく。
「お、おのれ……!」
 ダールが片膝をついた。稲妻。身体の芯まで貫かれている。稲妻の熱にやられたのか、全身からは煙があがっていた。
「ギガデイン……。これほどとは。なるほど、時間を掛けると良い結果にはなりそうにありませんね……」
 ダールが立ち上がった。ローブを脱ぎ捨てる。首を左右に倒し、音を鳴らした。そして構える。
「本気を出してやるぞッ」
 風が鳴いた。ダールの身体。速い。アレンが剣を構える。交わった。拳と剣。鍔迫り合いだ。
「なるほど、力が増している……!」
「当たり前だ、本気を出してやってるんだからなッ」
 ダールが剣を押し込んだ。アレンの身体がよろける。
「ちッ」
「一瞬で終わらせてやるッ」
 邪気。いや、闇の闘気か。全身から噴き出す。まるで陽炎のようにダールの身体が揺らめいている。その闘気が拳へと集約された。
「閃光烈火拳ッ!」
 瞬間、ダールの両腕が消えた。アレンにはそう見えた。刹那、四、いや、五連撃。拳がアレンの腹から胸にかけて叩き込まれる。
「八連撃だ。衝撃として感覚があったのは四か五連撃かもしれんがな」
 アレンの目が霞んだ。棒立ちだ。さらに。
「正拳突きッ」
 アレンの腹を貫く。くの字に身体が曲がった。声すら出ない。
「飛び膝蹴りッ」
 さらにダールが、前に出ているアレンの顎を蹴りあげた。吐血。鮮血が天を赤く染め上げる。
「終わりだ」
 間髪入れずにダールがアレンの頭を掴み取った。右手。漆黒に包まれる。バチバチと音を立て、禍々しい闇の気がアレンの身体を包み込んだ。
「うぐぁぁぁ!?」
 アレンの叫び。闇の気がアレンの身体を貫いた。白目を剥き、全身がガクガクと痙攣している。
「生まれ変われ。魔族としてその生を受けろ!」
 瞬間、アレンの身体の中心から白い光が溢れ出した。聖なる光だ。それがダールの闇の気をかき消して行く。
「さすがは勇者アレクの子孫だ……。だが、そんなものでっ」
 闇の気を増幅させる。
「あぐっ。ぐぁぁ!」
 アレンが叫ぶ。バチバチと激しく音が鳴り響く。次の瞬間、全ての闇の気がアレンの身体を貫くと同時に、黒い気が一気に解放された。
「……どうだ? お前は何者だ?」
 ダールがアレンに問いかける。もう右手は頭から離れていた。
「……我は闇の勇者アレン。誇り高き魔王の血族」
 アレンの身体からは、すでに聖なる光は消えていた。

       

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