Neetel Inside 文芸新都
表紙

ドラゴンクエストオリジナル
ラオール王国・南の関所〜

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「退け、退けぇ!」
 ラオール王国の南の関所。ラオール王国第一師団の軍団長が叫んでいた。すでに関所の高台の弓・魔法兵の多くが傷つき、歩兵も残りわずかとなっていた。人間と魔族の力の差が歴然なのである。いや、正確には一人の男が強すぎたのだ。その男の手によって、ラオール王国第一師団は壊滅状態に陥っていた。
「先ほどのマントの男、一体、何者だ……!」
 軍団長が呟く。その時、空の彼方が光った。ルーラの光だ。
「き、来たか!」
 ヒウロらが地に降り立つ。
「軍団長、遅れて申し訳ありませぬ!」
「うむ。しかし、よく戻って来た。だが、もうこの関所は終わりだ。ラオール王国の手前の山間まで退く」
「……いや、その判断は間違っている」
 メイジが言った。それを聞いた軍団長が不満そうな顔でメイジを睨みつける。
「素人は黙っていて貰おうか」
「関所で踏ん張るべきだ。山間では魔族の方が有利だろう。奴らに天然の要塞は通用しない」
 魔族には空を飛べる者、地を凄まじい速さで駆ける者など、様々な特性を持つ者が居るのだ。人間にとって山間は有利な場所とは言えない。足場が良ければまだマシだが、そうでない場合は魔族に山間の地の利を逆に取られてしまう。それなら、関所という人間の手で造られた戦闘場所を有効活用する方が良い。
「しかし、関所はもう」
「俺達に任せろ。セシル、やれるか」
 メイジが言った。セシルが頷く。そして、魔法剣を作り出した。エメラルド色に輝いている。
「よし、空中の敵は俺が全て片付ける。セシルは地上だ。ヒウロ、オリアーはセシルが討ち損ねた敵を倒せ。エミリア姫はラオール兵の治癒を」
 メイジには呪文があり、セシルには魔法剣技がある。今回のような大人数戦の場合、一度に広範囲・大勢の敵を攻撃できる者が主軸となる。すなわち、メイジとセシルだ。
「ラオール兵を下がらせろ。巻き添えを食うぞ」
 メイジが軍団長に言った。言葉遣いが気に入らないのか、軍団長は不満そうだ。しかし、旗を振らせる。後退の合図だ。後退してくる兵らと入れ換わるように、ヒウロ達が前に出る。
 ヒウロはアレンを探していた。魔族の総指揮者だ。だが、この場には居ないようだ。ならば、進むまで。
「行くぞ。神器、力を貸してくれ」
 神の杖・スペルエンペラーが光り輝いた。魔族が空中で羽ばたいている。戦闘態勢だ。
「来いっ」
 瞬間、魔族の群れが突っ込んできた。それをメイジが睨みつける。両手。魔力を灯らせた。
「イオナズンッ」
 空中に向けて放つ。次の瞬間、大爆発。轟音。空が黄色く染まった。爆発の波動が陽炎のように揺らめき、旋風が巻き起こる。魔族の群れが一瞬にして消し炭と化した。神器の力でメイジの魔力が上がっているのだ。
「上は空いた。行けっ」
 ヒウロ、オリアー、セシルの三人が駆ける。セシルを中央に据え、ヒウロとオリアーがその左右に付いた。関所の中に入った。魔族は居ない。だが、傷ついた多くの兵が喘いでいた。
 関所を抜ける。荒野。両脇に岩壁がそそり立っている。瞬間、魔族の群れが目に飛び込んできた。
「神器よ、僕に力を!」
 神剣・フェニックスソードが光輝く。
「僕とヒウロが出来るだけ、魔族を固めます。セシルさんは魔法剣技を!」
 オリアーが剣を振りながら言う。神器の力なのか、身体を斬られた魔族は、傷口から光を放出しながら煙と化していた。オリアーの一振りで魔族が倒されていく。だが、数が違いすぎる。関所を背に、ヒウロとオリアーの間合いが狭まって来た。その間、セシルが魔法剣を頭上に掲げ、機会を窺う。
「今ですっ」
 ヒウロとオリアーが道を空けた。魔族の群れが一直線に連なっている。先頭の魔族がセシルに向かって飛び込んだ。次の瞬間。
「エアロブレイドッ」
 エメラルド色の衝撃波。ほとばしる。先頭の魔族が消し飛び、後続の魔族も次々と衝撃波に飲み込まれていった。だが、まだ奥に魔族の群れがうごめいている。
「……行こう」
 ヒウロが言った。二人が頷く。この先に魔族の総指揮者が居るはずだ。父なのか。アレンなのか。ヒウロは心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。

     

 ヒウロ達が遮二無二、進んでいた。関所から魔族を退けるのだ。メイジの上等級呪文で空中の敵を倒し、セシルの魔法剣技で地上の敵を倒していく。次第に魔族がその気勢に圧され始めたのか、ヒウロ達に向かってくる者が減って来た。遠巻きに睨みつけるだけなのである。
 一方、エミリアは関所内で傷ついた兵達の治癒にあたっていた。数多くの兵が傷を負っており、すでに息絶えている者まで居る。
「皆さん、大丈夫ですか」
 エミリアが両手をかざし、回復呪文を唱えた。淡く白い光が、兵の傷を塞いでいく。
「た、助かりました……。ですが、もうラオールは終わりです」
 兵の声色が弱い。
「何を言っているのです。気を強く持ってください」
「……あなたは見ていないから言えるのです。あの男の強さを」
 兵の目に恐怖が浮かんでいる。エミリアはそれを感じ取った。
「あの男の強さは、異常だ……。もうラオールは、人間は終わりだ」
 この兵の言葉に対して、エミリアは何も言えなかった。ラオール王国の兵は勇猛果敢・質実剛健として名を馳せているのだ。そのラオール兵が嘆いている。兵の言う男とは、一体何者なのか。本当にヒウロの父親なのか。エミリアはそう思った。そして、エミリアが関所の外に目をやる。
「ヒウロさん……」
 無事で居てください。エミリアは心の中でそう呟いた。

 その頃、ヒウロ達は魔族の群れと睨みあっていた。向かってくる魔族を倒し続けた結果、ついにどの魔族も動かなくなったのである。
「親玉を出せ、お前達では話にならん」
 メイジが言った。魔族の総指揮者を引きずり出す。これが真の目的なのだ。
「ケケケ、後悔すんじゃねぇぞぉ? 闇の勇者様にかかれば、お前達なんざ」
 瞬間、言葉を喋っていた魔族の身体が真っ二つになった。ヒウロ達に緊張が走る。
「我が魔族軍の大将だ」
 ヒウロ達の前に立ちはだかる。黒いマント、鼻の下と顎に髭を蓄えた男。
「……父さん、そんな……そんな」
 ヒウロが力無く呟いた。そして、ヒウロの中にあった僅かな希望が消え去った。アレンはダールに屈したのだ。つまり、このアレンはダールの手によって魔族に変えられてしまっている。
 そんなヒウロの様子を、メイジはしっかりと見ていた。やはり。メイジはそう思った。こうなってしまった以上、アレンとの戦闘は避けられない。どれほどの力の持ち主なのか。そして、闇の力による影響は。セシルのケースから考えて、魔族化した場合、その力は人間の時よりも強くなっているはずなのだ。
「我は闇の勇者アレン。貴様らを血祭りにあげてくれる」
 瞬間、アレンの全身から邪気が溢れ出す。
「な、なんて禍々しさなの……!」
 セシルが思わず口をついた。アレンの足元、地に亀裂が入る。その亀裂から、さらに邪気が溢れ出す。
「……みんな、全力でやれ。でなければ、死ぬぞ」
 メイジが杖を構えた。
「ヒウロ、しっかりしろ! お前がしっかりしなくては、助けられるものも助けられないぞ!」
 メイジの叫びにヒウロがハッとした。すぐに剣を構える。
「無駄だ。……我の力の前にひれ伏せッ」
 アレンが剣を抜く。そして、闇の闘気が天を貫いた。

     

 強烈な闇の闘気が、陽炎のように揺らめいている。それを見ているヒウロ達が思わず息を呑んだ。次の瞬間、アレンが駆けた。標的。ヒウロだ。
「お前から何か違和感を感じる。不快な違和感だ……!」
 アレンが言いつつ、剣を振り上げる。
 ヒウロが声をあげた。自身に喝を入れたのだ。アレンと交わる。だが。
「ぬるいわっ」
 アレンが剣をねじ込んだ。ヒウロの身体がよろける。そこを一閃。袈裟斬り。鮮血が宙を舞った。さらに蹴りをヒウロの腹に叩きこむ。ヒウロの身体が吹き飛んだ。その吹き飛ぶ身体にメラゾーマの追撃を放つ。強い。次元が違う。メイジ達に戦慄が走った。
「他の奴もすぐに終わらせてやる」
 アレンが剣を構えた。次の矛先はセシルだ。セシルが距離を取る。だが、アレンの突進。一瞬にして距離を詰められた。速い。セシルはそう思った。いや、速いだけではない。力強さ、瞬発力を同時に兼ね備えている速さだ。
 次の瞬間、闘気の旋風がアレンの眼前を掠めた。アレンが、その出所をキッと睨みつける。オリアーの空裂斬だった。
「僕が相手だっ」
 言って、オリアーが神器を構える。すると、アレンの目が急に血走った。
「その剣、貴様、シリウスの!」
 アレンに頭痛が走る。
「ぐ、ぐおっ」
 アレンが片手で頭を押さえた。自身の身体が熱い。あの剣に共鳴しているのか。アレンが叫び声をあげた。
「その剣、邪魔だ……!」
 アレンが駆ける。オリアーと交わった。二度、三度と剣がぶつかり合う。しかし、アレンの剣が速い。攻防の均衡がどんどん崩れていく。オリアーの顔が歪む。
「真空斬りッ」
 瞬間、闘気の風がアレンの剣を弾き返した。セシルだ。
「オリアー、挟み撃ちよ!」
「……はい!」
 オリアーとセシルの正中線上にアレンが居る。だが、アレンは慌てていない。それ所か、全身に闘気を溜めている。それに気付いたオリアーが攻撃を仕掛けた。攻防に持ち込めば、闘気を溜める余裕はなくなるはず。オリアーはそう考えたのだ。しかし、アレンはオリアーの攻撃を受けながら、いや、オリアーを押しつつ闘気を溜めこんでいく。さらにセシルが加わるも、状況は好転しない。
 その間、メイジはアレンの様子を窺っていた。何かおかしい。メイジはそう思った。セシルの時と違う点が一つあるのだ。それは、頭痛の頻度が圧倒的に少ない事だった。アレンはオリアーの神器に僅かな反応を示しただけなのだ。肉親であるヒウロに対しては、何も感じていない様子だった。セシルの時よりも、強力な闇の力を植え付けられているのかもしれない。メイジはそう思った。
「かぁッ」
 アレンが闇の闘気を放出させる。オリアーとセシルが思わず怯んだ。
「吹き飛べ……!」
 アレンが剣を天に突き上げる。剣が闇色に輝き出した。地獄の雷。
「オリアー、エクスカリバーに持ち替えろッ」
 メイジが叫んだ、次の瞬間。
「ジゴスパークッ」
 烈風が吹き荒れた。闇の稲妻が全てを破壊し尽くしていく。セシルの身体を貫き、オリアーの身体を棒切れの如く吹き飛ばす。二人はこの一撃で気を失ってしまった。
「……化け物め」
 メイジの頬を汗が伝った。神器が光り輝いている。対抗しろ。神器がそう言っている。しかし、メイジの頭には全滅の二文字が浮かんでいた。

     

 メイジが後退りする。アレンの圧倒的な闘気に向き合っていられないのだ。アレンが一歩ずつ、確実にメイジに向かって歩き出した。
「貴様のその杖……」
 アレンが呟いた。片目を辛そうにつむっている。頭痛だ。
「レオンの……! レオンの杖か……!」
 すると、アレンのこの言葉に反応するかのように、メイジの神器、スペルエンペラーが輝き出した。メイジに戦え、向き合えと言っている。
「こんな化け物と、どうやって戦えと言うんだ……!」
 言いつつ、両手に魔力を溜める。上等級呪文だ。いつでも放てるように備えておくのだ。するとアレンの後方でも何かが輝いた。気絶したオリアーからだ。いや、オリアーの神器、フェニックスソードが輝いている。
「ぐぬ……! あ、頭が痛い! 我にその杖を見せるなッ」
 アレンが駆ける。メイジが両手を突き出した。
「イオナズンッ」
 放つ。通用するのか。瞬間、大爆発が巻き起こった。
「間抜けが」
 腹。アレンの回し蹴りが叩きこまれた。メイジの身体が吹き飛ぶ。アレンはイオナズンをまともに食らった。だが、大したダメージは受けていない。メイジが全身を震わせながら立ち上がる。回し蹴りの一撃。あばらを何本か持っていかれている。呼吸する度、全身に激痛が走った。
「ちぃ……! やわな身体が災いしたか……!」
 両手に魔力を溜める。だが、アレンの突進。一気に距離を詰められ、頭を掴まれた。
「あぐっ」
「死ね」
 空中へ向けてメイジが投げ飛ばされる。そのメイジに向かって、アレンが右手を突き出した。
「メラゾーマ」
 巨大な熱球。螺旋を描いてメイジへとほとばしる。メイジが歯を食いしばった。そして両手を突き出す。
「メラゾーマッ」
 力の限りに放った。相殺を狙ったのだ。両者のメラゾーマがぶつかり合う。魔力の波動で風が吹き荒れた。
「いけぇっ」
 メイジが叫んだ。両手を押しこむ。瞬間、両者のメラゾーマが消し飛んだ。同時にメイジの身体が地面に叩きつけられる。メイジの息が荒い。勝負になっていない。だが、立ち上がる。メイジは勝ち目が無いのを悟っていた。それでも、立ち上がる。これは本能に近い。
「首を刎ねて殺す必要があるようだな」
 メイジの目が霞む。

 一方、ヒウロはうつ伏せのまま気絶していた。そのヒウロの全身が熱い。
「ヒウロ、ヒウロ、聞こえますか」
 気絶しているヒウロの頭の中で声が響いた。
 この声。聞いた事がある。ヒウロはそう思った。獣の森で聞いた、あの声だ。
「あなた達は今、全滅の危機を迎えています。レオンの力を受け継ぎし者が倒れた瞬間、世界は破滅を迎えてしまうでしょう。ヒウロ、目を覚ましなさい」
 レオンの力。メイジさんの事か。ヒウロが心の中で呟いた。しかし、目を覚ましてどうする。父、アレンは強すぎる。今の段階で出会うべき相手では無かった。
「アレンは勇者アレクの子孫。あなたと同じ血筋なのです。そして、あなたにはまだ多くの力が眠っています」
 ならば、その眠っている力を使いたい。俺は強くなりたい。ヒウロが心で叫んだ。それは悲痛な叫びだった。
「力を呼び覚まします。ライデインを超える聖なる雷撃呪文。そして、アレクの剣術」
 ギガ、デイン。
「ヒウロ、アレンを、アレンを助けてあげてください」

「とう……さん……!」
 ヒウロが剣を杖に立ち上がる。
「ヒ、ヒウロ……」
 メイジがかすれた声で呟く。アレンに頭を掴まれ、剣を喉元に突き付けられていた。
「フン、まだ生きていたのか、小僧」
 アレンがメイジの身体を放り投げる。その様は、まさにゴミを投げ捨てるかのようだった。
「俺は、俺は……!」
 ヒウロが剣を構えた。稲妻の剣が咆哮をあげる。ヒウロの全身が、黄金色に輝き出した。
「む……!?」
 アレンが思わず身構えた。ヒウロの闘気が、天を貫いていた。

     

 ヒウロが剣を構える。その目は闘志で満ち溢れていた。
「小僧、まさか貴様がそんな力を隠し持っていたとは……!」
 アレンも剣を構えた。ヒウロの闘気がアレンの全身を刺激する。明らかにさっきまでは違う。アレンはそう思った。眠っていた力が呼び覚まされたのか。
「父さん、本当にダールに、魔族に屈したのか! 勇者アレクの子孫が、魔族に屈したのか!」
「屈した? 父さん? 何を言っている? 我は魔族だ。それに我には、血を分けた者など一人もおらぬわっ」
「……どうしても戦わなければならないと言うのなら」
「愚問を。少しばかり力に目覚めたぐらいで、良い気になるな」
 ヒウロが歯を食い縛った。剣を構え、駆ける。目の前の男は自分の父だ。だが、魔族に屈した。これはもう紛れもない事実だ。ヒウロの心情は変化を迎えようとしていた。今の今まで、ヒウロは現実をどこか信じ切れていなかったのだ。あの父が魔族に屈するはずがない。屈したと見せかけているだけだ。そんな有りもしない希望にすがっていた。だが、もうそれは違う。父は魔族に屈したのだ。そして、それを救う事が出来るのは。
「俺だけだっ」
 剣を振るう。アレンが剣で受け止めた。稲妻の剣の電撃が四散し、バチバチという音が耳を突く。尚も剣を振るう。アレンが受け止める。どちらも引かない。
「見事だ」
 アレンが剣を受けつつ言った。迷い、淀みが無い。ヒウロの剣。まさに稲妻のような清廉さだ。かつての勇者アレクの太刀筋、ヒウロの剣はそれを思わせた。
「だが、剣術だけでは我には勝てんっ」
 アレンがヒウロの剣を弾く。次いで、闇の闘気を放出させた。
「それは俺も分かってる……!」
 瞬間、ヒウロも闘気を放出させる。光の闘気だ。剣を突き上げる。
「む……!?」
 聖なる稲妻。ライデインを超える雷撃呪文。
「……小賢しいっ」
 アレンが剣を天に突き上げた。
「ジゴスパークッ」「ギガデインッ」
 轟音。鳴り響く。刹那、地獄の稲妻と光の稲妻がぶつかり合った。二つの対極する雷が、光を放出させつつせめぎ合う。
「ギ、ギガデイン……!? こ、この呪文は!」
 アレンが辛そうに片目を瞑った。頭痛だ。今までにない程の頭痛がアレンを襲っているのだ。それと同時に、心の奥底で何かが叫んでいる。救ってくれ。私を超えろ。そう叫んでいる。
「黙れぇっ」
 アレンが地獄の稲妻を押し込む。
「父さんっ」
 ヒウロも光の稲妻を押し込んだ。両者の稲妻が同時に消し飛ぶ。魔力の波動で風が吹き荒れた。
「な、何者だ。貴様は何者なんだ……!」
「……勇者アレクの子孫、ヒウロ」
 この言葉を聞いた瞬間、アレンは自身の身体がザワつくのを感じ取った。不快だ。アレンはそう思った。
 ヒウロがメイジ達に目をやる。全員、気を失っている。回復させなければ。次いで、自身の魔力を考えた。ギガデインを撃ち放った直後だが、余力はあるようだ。ライデインの時は一発撃っただけで気を失ったが、今回は違う。行ける。ヒウロはそう思った。
「……ヒウロさん」
 不意にヒウロの後ろから声が聞こえた。振り返る。
「エミリア姫」
 ヒウロが言った。関所内での兵の回復を終えたエミリアが、ヒウロらの心配をして後を追ってきたのだった。
「……これは」
 メイジらの姿を見たエミリアが声を漏らす。
「エミリア姫、メイジさん達の回復を頼めますか?」
「は、はい」
 エミリアが慌てて、メイジの傍に駆け寄った。
「この我を差し置いて、そんな勝手な事が出来るとでも」
 アレンが右手を突き出した。呪文の構えだ。次の瞬間、稲妻の剣が振りかかって来た。アレンが剣で受け止める。
「出来るさ。俺が居る」
 ヒウロだ。
「……貴様」

     

 アレンとヒウロ。両者がぶつかり合う度、大気が震えた。二人の勇者アレクの子孫が、雌雄を決しようとしているのだ。
「メイジさん、大丈夫ですか?」
 エミリアが回復を終え、メイジに話しかけた。
「エ、エミリア姫……助かりました。ですが、これは?」
 ヒウロとアレンがぶつかり合っている。互いの剣、呪文が乱舞しているのだ。
「分かりません。私が来た時には、もう」
 エミリアが困惑している。
「……姫、オリアーとセシルの回復も頼みます」
「はい」
 エミリアが走る。
 メイジはヒウロとアレンのぶつかり合いを見ながら、一つの事を思い出していた。獣の森での、ファネルとの戦いである。あの時、ヒウロはファネルの手によって気を失った後に、一つの力に目覚めた。ライデインだ。これは、あの時の出来ごとの再来なのか。メイジはそう思った。
 ヒウロは自身の強さにコンプレックスを抱いていた。それは仲間であるメイジにも分かった。だが、ヒウロは決して弱くない。潜在的な力、それはこのパーティの中でも頭抜けているのだ。
 すると、メイジの神器が輝き出した。そして、メイジの頭の中で声が響く。
「勇者アレクの子孫に、神器を感じる」
 メイジがハッとした。神器。それはヒウロが手に入れ損ねた神器なのか、もしくはこのパーティの中に使い手が存在しなかった神器なのか。
「……ヒウロとアレン、どっちだ?」
「分からぬ。両方にその力を感じるのだ」
 両方。メイジにはよく意味が分からなかった。
「どういう事だ?」
「……とにかく、今は目の前の男を倒すべきだ。そして、選ばれし者よ。そなたは自身の力を一刻も早く開花させねばならぬ。魔族との決戦の時は近い」
 この言葉を最後に、神器の輝きが消えた。
「自身の力? 開花? まだ俺は、魔法使いとしての力を余らせているのか?」
 メイジは疑問に思った。それもそのはずである。すでにメイジは上等級呪文を習得しているのだ。それは魔法使いとしての完成を意味する。だが、メイジは神器の言葉に対して、安堵に似た気持ちを持っている事に気付いた。まだ強くなれる。現時点では、アレンに敵わなかった。だが、まだ伸び白があると言うのなら、アレンに、魔族に追いつけるかもしれない。追い越せるかもしれない。メイジは神器の言葉から、自身の可能性を見出したのだった。
「エミリア姫、ありがとう」
 セシルが立ち上がる。エミリアがパーティメンバーの回復を終わらせたのだ。
「ぬぅ……っ」
 アレンが呻いた。形勢逆転である。
「この我が、貴様ら人間如きにここまで手こずる事になろうとは……!」
「父さん、俺が、俺が父さんを救ってみせる」
 ヒウロが稲妻の剣を握り締めた。場に緊張が走る。
 次の瞬間だった。上空に、空に、何か映像のような物が映し出された。一体、何だ。ヒウロらとアレンが空を見上げる。
「よぉ、クズども。元気にしてるかぁ?」
 映像から声が響いた。一人の魔族が映っている。宙に浮いているようだ。金髪のツンツン頭。つり上がった細い目。そして、異様に痩せている身体。
「俺様はビエル。魔王、ディスカル様の側近の一人だ」
 ヒウロがハッとした。側近。ダールの片割れだ。
「そのビエル様が、なんでクズどもの世界にやってきたか。それが分かるクズは居るかなぁ?」
 ビエルがニタリと笑った。いや、目は笑っていない。
「国を一つ滅ぼすのさ」
 ヒウロ達に戦慄が走った。

     

 ヒウロ達の目は上空に釘付けとなっていた。空に映像が映し出されているのである。そして、その映像には一人の魔族が映っていた。魔王ディスカルの側近、ビエルと名乗る魔族だ。そのビエルが国を一つ滅ぼす、と宣言したのである。
「どの国を滅ぼすのか? それはお前達、クズが一番気になる所だろう? そこで俺様は選んだ。この俺様に選ばれた、幸せい~っぱいの国とは」
 映像がビエルから城下町に切り替わった。上空からの映像である。だんだんと視点が引いていき、城と城下町が同時に映し出された。自然溢れる街並み。大きな魔方陣が描かれた特徴ある城門。そして、神秘的な雰囲気を漂わせる城。
「ファルス……王国」
 エミリアが小さく呟いた。声が震えている。
「もう分かっただろう? 正解はロス大陸のファルス王国でしたぁ。ヒャハ」
 ビエルの目は殺意で満ち溢れていた。その殺意は、どこか無邪気さを感じさせている。
 ロス大陸のファルス王国。全世界の首都の中でも、ファルス王国は一番の歴史の古さを持つ国だ。かつての魔人レオンの故郷とも言われており、ファルスは魔法と英知の国として名を馳せていた。そして、そういった経緯からか、ファルス王国は特殊な魔法防壁で守られていた。この魔法防壁は強力で、魔物の侵入はもちろん、外部からの力も弾き返す事で有名だった。
「おぉっと? この俺様の気に何かを感じ取ったのか、ファルス王国に何か膜が張られたぞぉ?」
 ビエルが口元を緩める。その言葉通り、ファルス王国は魔法防壁を展開させていた。薄黄緑に輝くシェルターだ。王国全体をくまなく覆っている。この魔法防壁で、ファルスは幾度となく危機を脱してきていた。
「だが、そんなチンケなモンで良いのかぁ? どれ、まずは小手調べ」
 ビエルが右手を突き出す。
「イオナズン」
 眼下のファルス王国へ向かって放つ。瞬間、大爆発が巻き起こった。ビエルの周囲が陽炎で揺らめく。
「ほほぉ。コイツはすげぇ」
 ファルス王国は無事だった。だが、無傷ではない。魔法防壁にヒビが入っているのだ。
「それ、もう一発」
 さらにイオナズンを放つ。大爆発。防壁のカケラなのか、薄黄緑に輝く魔力が四散していた。さらにひび割れがひどくなる。もう何発も耐えられない。それは誰の目から見ても明らかだった。
「ファルス王国のクズども、しっかりと見てるかぁ? この俺様のイオナズンをよ。ヒャハハハ」
 ビエルが顔をあげて笑う。
「とんでもないゲス野郎だ……!」
 それを見ていたメイジが口をついた。怒りで拳は固く握り締められている。
「さて、次の一撃で決めるとするか。おっと、その前に時間をやろう。逃げたければ逃げるが良いぞ。俺様は寛大なんだ。命を簡単に奪うのは好きじゃない」
 ビエルが言った。そして、ファルス王国から次々と人が出てきた。逃げだしているのだ。
「ってのは、うっそぴょーん」
 瞬間、大爆発。ビエルのイオナズンだった。ファルス王国から出てきた人々は、一瞬で消し炭とされた。
「あいつッ!」
 メイジが叫んだ。オリアーが歯を食い縛る。
「俺様は命を奪う事が大好きなんだ。破壊・殺戮。この二つが俺様の趣味なんだよぉ。ごめんな、嘘を言っちゃって。ヒャハハハ」
 そして、ビエルが両手を突き出した。
「でも、もう飽きたよ。てんで、手応えがねぇんだもん。飽きた玩具は壊さないとなぁ」
 ビエルの全身が揺らめく。闘気だ。映像越しからでも、ヒウロ達にその凄まじさを感じさせた。
「ビッグバン」
 瞬間、ファルス王国は消し飛んだ。

     

「ヒャハハハハッ」
 ビエルの甲高い笑い声が、映像越しでこだましていた。その背後で、大きなきのこ雲が天を貫いている。ファルス王国が消し飛んだのだ。
「……あいつ、あいつだけはッ」
 メイジが杖を握り締めた。全身が熱い。怒りで気が狂いそうだ。ファルスは魔人レオンの故郷だ。そして、メイジはレオンの後継者だった。だから、こんなにも怒りが沸いてくるのか。いや、違う。目の前であれ程の事をされたのだ。自身の正義が、人間としての自尊心が、怒りとして沸き出てきている。メイジはそう思った。
「クズどもぉ。俺様はこーんなに簡単に、国を滅ぼせるんだぜぇ? すげぇだろ? 怖いだろ?」
 ビエルが舌を出した。
「だからよぉ、これから次々と町やら城やらをぶっ壊しに行ってやるよ。ヒヒヒ! ヒャハハハッ」
 ビエルが顔をあげて笑った。それを見たヒウロが唇を噛む。グズグズしている暇は無い。早く、早く魔族を倒さなければ。でなければ、犠牲は増える一方だ。
「それとアレクの子孫ども」
 ビエルの言葉。ヒウロらが上空を強く睨みつける。
「とっとと魔界に来いよぉ。……いや、もうアレンにやられちまったか? アレンは強いからなぁ」
「……ちっ」
 アレンが舌打ちをした。ただの煽りにしか聞こえなかったのだ。
「アレクの子孫ども、お前らが魔界に来る日が遅くなれば遅くなるほど、人間どもが消し飛ぶ、と考えておけ。俺様は特に気が短いんだ。一分間隔で殺戮しちゃうかもねぇ~? んじゃ、待ってるよ~ん」
 ――映像が消えた。
「ふざけやがってッ」
 メイジが吐き捨てるように言った。目は闘志と怒りで満ち溢れている。オリアーやセシル、温厚なエミリアでさえ、怒りを顔に表していた。それ程の出来事だった。完全にナメている。ヒウロ達を、人間を。五人の心は燃え盛っていた。
「父さん……あなたはあの魔族を、ビエルを仲間として認めるのかッ」
 ヒウロが声をあげる。
「……奴は魔族の中でも異端だ」
「父さん……!」
「くどい。我は魔族であり、血を分けた者など一人もおらん」
 言いつつ、アレンが剣を鞘に収めた。ヒウロらが困惑する。
「興がそがれた。……ヒウロと言ったな、魔界で待っている」
 アレンが暗黒のゲートを開いた。魔界と人間界を繋ぐゲートだ。
「逃がすものかっ」
 メイジが魔力を溜める。両手だ。次の瞬間、メイジの両手が跳ね上げられた。爆発。アレンのイオだった。
「ちぃっ」
 メイジの舌打ちと同時に、アレンはゲートの中に入り、魔界へと姿を消した。
 風。荒野の砂が巻き上げられる。戦闘の形跡で、瓦礫の山がいくつも築き上げられていた。死闘。こう表現するにふさわしかった。だが、何を得たのか。そして、何を失ったのか。ヒウロらは言葉は発しなかった。しかし、その心は、すでに一つとなっていた。

       

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