君のすぐ近く
最終話
――僕はなぜいつも一人で、誰にも相手にされない――
――ボクはいつも一人で、誰かと一緒じゃない――
「「淋しいものだ」」
「また君にあえるよね?」
「僕がキミを待っていてあげるよ」
そろそろお別れの時間だ。時間というものは非情で残酷なものだね。せっかく話し相手ができたのに、キミはもういってしまうんだ。僕はいつもそれを見送ることしかできない。
僕はそちら側でもこちら側でもない存在。でもいつでもあえるんだよ?キミが少し違うことをしたいと思うなら。少し違うものを見たいと思うなら。少し違う生き方をしてみたいと思うなら・・・
一週間がたった。
あれから僕たちは毎日のように屋上で待ち合わせをした。待ち合わせといっても、僕が勝手に会いに行っているだけなんだけど。そして、たそがれ時まで屋上で話した後、違う世界へ行く。
いろんなところへいった。まぶしいくらい明るく、光輝く階段がある雲の上の世界。花畑や綺麗な小川がある世界。ときには暗くておぞましい世界にもいった。
そして今日もみんないるけど、僕だけがいない空間を飛び出し、屋上へと駆け上がる。
ドアを開けて彼の姿を探す。
しかし、彼がいない。
また屋根の上かと思って登ってみたけど、屋上を一周してみたけど、やっぱり彼はいない。
「まだ早かったかな」
そう思い、金網に背を預けながら座る。
「やあ、また来たんだね」
気づけば寝ていたらしい。夢見心地の頭に、彼のやわらかく透き通った声が響く。
「遅かったね」
「今日、ホントは来たくなかったんだ。でも来なくちゃ、話さなくちゃいけないことがあったから」
珍しく界人は言いにくそうな、どこか淋しそうな声色で僕に話しかけた。
「話したいことって?」
「実は、今日はお別れを言いにきたんだ」
“お別れ”』という言葉にズキンと胸の辺りが苦しくなる。
なんで?どうして?僕が嫌いになったの?どこか遠くへ行ってしまうの?もう会えないの?
そんな言葉が頭の中をぐるぐる廻(まわ)る。
「ボクがどこかへ行くわけじゃないんだ。キミが行ってしまうんだよ」
僕が? どうして? 僕はどこにも行かないよ? 学校だっていやだけど毎日来てる。
「さあ、最後の世界だ。一番最初と同じように金網の向こう側へ行こう」
僕が何かを聞きたそうにしているのを無視して、金網のむこうに界人はいってしまった。
そして「さあ早く」と少し悲しそうに笑いながら僕を招く。
「・・・だ」
「え?」
「い・・・やだ。嫌だ! そっちにいきたくない! そっちにいったらもう君とは会えなくなるんでしょ!? もう異世界なんて見なくていい! 行けなくていい! クラスのいじめも我慢するし、死のうともしない!君が僕の友達でいてくれればそれでいい!!」
久しぶりに大声で叫んだ。喉がヒリヒリして痛い。混乱と悲しみと怒りとで涙があふれてくる。
「ボクはいつでもキミの友達だよ。きっとまた会えるよ。キミが少し違うことをしたいなら。キミが少し違うものが見たいなら。キミが少し違う生き方をしたいなら。さあ、こっちにきて。ボクを困らせないでおくれ」
彼の淋しそうな顔を見たら、さからえなくなった。嗚咽(おえつ)しながら僕は金網のむこうに行く。
「それじゃあ,
いくよ?」
「う・・・ん」
トンッ
背中を押された。体が足場を失い、地面にむかっていく。
落ちている間、時間がゆっくりになる。周りの景色がすごく綺麗だ。たそがれ時の夕暮れはこの一週間、いやこの一生で一番綺麗だった。黄金色とオレンジ色が混じった世界。
いつまで待ってもつむじ風は起きない。
目をつむった。
いじめられている僕がいる。机に落書きされて、上履きを隠され、掃除用具のロッカーに閉じ込められている。
そっか。僕って死んでたんだ。
屋上の鍵を壊したのは不良なんかじゃない。僕だ。
鍵を壊して金網を登って飛び降りた。
今回みたいにつむじ風が起きることもなく。
ズドッ
って鈍い音がして、痛みなんかなくて。ただスッと体から抜けていく感じがして・・・
「僕、死んでたんだね」
「だからボクに会えた」
「僕、どこへいくの?」
「きっとキミが一番いいと思ったところへいけるよ」
「なんでついてきてくれたの?」
「話し相手がほしかったから」
「僕たち、友達だよね」
「ボクたちは友達さ」
死ぬって事は人にとって一番いつもと違うこと。でも自然なこと。たまに彼みたいな子がいるけど、いつか死ぬ。
人は死んだら旅をする。こことは違う世界を旅をする。終着点を見つけて旅をする。
順序よく旅をしないと、突然死んでしまったものは迷ってしまう。だから僕は手を貸した。
彼はいってしまった。いってほしくなかった。いかなければならなかった。
僕はそれを見送る。笑顔で。
だってそれが友達ってものだろう?