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表紙

ぼくが死んでから死にたくなるまで。
Act3. 森の隠者になってのっとられて戦わされて死にたくなって

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Act3. 森の隠者になってのっとられて戦わされて死にたくなって


~~使者~~

 それからしばらく後。
 ぼくはひとり、あの森の小屋で暮らしていた。
 表面上は、隠者になるということにしたのだが、本当は顔を隠すためだった。
 ふと気がつくと、ぼくの容姿は仲間たちに比べて若い。
 もっと言うなら、ロビンを吸い取ったときからほとんど変わっていないことに気づいたのだ。
 あれからもう、何年もたつというのに。
「やっぱ独身だと老けないね~。クレフにいちゃんうらやましー」なんてアンディたちがフォローしてくれるが、このままだと嫌なことになりそうな予感がぼくたちにはした。
 四人で相談した結果、ぼくはアンディたちの支援をうけて、しばらく森で暮らすことにしたのだった。

 そんなある日、ぼくは道端で倒れている、ひとりの少年を見つけた。
「あの、大丈夫ですか?」
 思わず手を差し伸べた、そのとき。
“しまった!”
 久しぶりのあの感触。
 ぼくはまたしても、ヒトの魂を吸い取ってしまったのだった。

 少年は冷静だった。
 彼はどうやらソウルイーターの言い伝えを知っていたようで。
 それどころかぼくのことすら知っていた。
『ソルティスは……亡くなったのですね。
 私はソルティスの弟、リュスト。領主家におつかえする者です。
 わが主は以前よりソウルイーターを探しておいででした。そこへあなたのことを聞きつけた。そして私が遣わされたのですが……
 そのあなたがまさか、兄をも看取ってくださっていたなんて。
 天の配剤には驚くばかりです』
 ぼくのなかから聡明な口調で、自身を語ってくれた。
 リュストくんは代々領主家につかえる家柄で、ソルティさんも本来はりっぱな騎士様として、領主様をお守りしているはずだったというのには本当に驚かされた。
 そういわれてみればソルティさんは博識だったし、ときどき気品のようなものを感じることもあり、なんとなく納得ではあったけど。
『実は……クレフ様。
 看取っていただいたお礼もできずに、お願いをするのは心苦しいのですが……』
「あ、あの。クレフでいいです。
 それに看取ったなんて……ぼくはただ、偶然そこに居合わせただけで、助けてもあげられなかったし、ぼくにできることなら言ってください」
『よかった。
 クレフさん、どうか私と、我が主のもとへおいでになってください』
「え…………」


 ぼくはこのときほど、自分のかるはずみとおひとよしを恨んだことはなかった。
 このすこし後、ぼくは予想だにしてなかった怖い、怖い目に遭うことになったのだから。


 ぼくはリュストくんに連れられて、領主様のお館(建物がいくつも建ってるし、ぼくには小さな町にしか見えない……)に行った。
 番兵たちはぼくの身なりを見てめんどくさそうなカオをしたが、リュストくんのしていたブローチをみせると大慌てで走っていった。
 数分後、ぼくは立派な、見たこともないような大きな建物の、これまた大きな部屋に通されていた。
 綺麗な絵、色とりどりの大きな花。高価そうなつぼや彫刻。
 足元のじゅうたんは鮮やかでふっかふかで、だってのにリュストくんがさくさく歩いていくからぼくはやめてくれ恐れ多いせめて靴をぬがせてと叫びだしそうで(苦笑された)。
 しばらくそのままぼうぜんとしていると、うしろからいきなり声をかけられた。
「貴様か? リュストのブローチを持ってきたという者は」
 よく響くその声はなんか怖くてぼくは逃げ出したくなった。
 ちらっと見るとその男性は、まだ若いけど予想通りの立派な身なりと体躯、威圧的な立ち方と見下したカオで、ぼくはとっさに謝って逃げ出しかけた。
 するとリュストくんがむりやりぼくを制止し、ブローチを差し出してひざまずく。
『リュストでございます、お館様。
 ソウルイーターをつれて参りました』
 対して男性は、鼻で笑った。
「リュスト? 貴様が?
 冗談もたいがいにしてもらおうか。
 おおかたリュストからソウルイーターのことをきき、やつを殺して演技をしているのだろう。怪しいやつめ。
 衛兵! やつを捕らえよ。殺しても構わん!!」
「そんな!!」
 ぼくは驚愕した。
「ソウルイーターというなら敵の魂を食らって生き延びるだろう、ニセモノならば死ぬまでだ。貴様がソウルイーターというならば、ここで身の証を立ててみせよ!」
 あっというまに数人の衛兵が、槍や剣を手に現れた。
 遠巻きにぼくを取り囲む。
「やめて! やめてください!! リュストくんがなかにいるのに!!
 それにソウルイーターでもケガは」
「わああああああっ!!」
 そのとき、衛兵の一人が叫びながら突進してきた。
 肩に熱いような感覚がはしった。

     


~~新生活のはじまり~~

 気がつくとぼくはベッドのなかにいた。
 頬にすべすべしたまくらカバーの感触。
 起き上がろうとするとやけるような痛みを感じた。
 肩。そして、わき腹のすぐうしろ。
「いたっ………」
「あっ、まだ起きられてはいけません。
 あなたさまの傷の治りはひとなみはずれておりますが、どうかあと三日は安静にしていてくださいませ。
 あと、傷はお背中よりですので、仰向けにはなられませんように」
 まだ若い、でもとても落ち着いた女性の声が聞こえた。
「あの……あなたは……」
「わたくしはシスターのアンナでございます。同僚のシスターとともに、あなたさまの看護をさせていただいておりました」
『アンナ……アンナなのか?!』
 ぼくのなかから、聞き覚えのない声がした。
「まさか……ジョゼフ? ほんとうにジョゼフなの?!」
 アンナさんの声が驚きに満ちる。
『ああ。オレだよ、ジョゼフだよ!
 よかった……
 この人を刺したらいきなり吸い込まれたみたくなって。身体は動かないし、ああオレ食われちゃったんだって。俺みたいなザコは消化されてそのまんま、もうアンナにも会えないかと……』
「この人をって……!
 ソウルイーターに危害を加えれば食われてしまうと知っていたでしょ! なぜそんなムチャを!!」
『いやあ、コリンズがお館様のプレッシャーに負けて攻撃しそうだったから。
 あいつ今年結婚したばっかなのにさ。もしもこの人がホントにソウルイーターだったら食われちゃうし、それはあんまりにもかわいそうで』
「ジョゼフったら……
 わたしの気持ちは考えてくれませんのね」
『い! いやそんな、めっそうもない!!
 だ、だってその……そう、ソウルイーターになれば、お館様の専属だろ、いい暮らしできるじゃんか。アンナにも親父さんにも楽な暮らしをさせてやれるし』
「まあっ」
『あの、……見てくれはちょっと軟弱になっちゃったけど、でも、キモチは変わらないから。
 アンナ。落ち着いたらオレと、………』
「ジョゼフ……はい!」

 アンナさんが部屋を出て行ってから、リュストくんはにこやかあに言った。
『ジョゼフ。おまえずいっぶんなことかましてくれたな』
『リュスト……ごめんっ、悪かった! お前もクレフさんもいるのに、でもオレ的には、このチャンスを逃したらたぶんもう一生……クレフさんもすみませんでした! ホントにごめんなさいっ!!』
 対してジョゼフさんはもう平謝りで。
 ぼくはロビンがリアナにプロポーズする、と勝手に返事してしまったときのことを思い出してしまった。
 それでどうしてぼくに、このひとを怒れるだろうか。
「あの、ぼくはいいです。
 その、おめでとうございました。どうかお幸せになってください」
『クレフさん……!』
 ジョゼフさんの魂が、ぼくの魂に抱きついてわんわん泣いた。
『あなたはオレの恩人です!! 一生恩にきます!!』
『一生ってお前もう死んでるだろ』
『うぐっ』
『まあいいや。アンナのことはマジおめでとう。俺も祝福してるよ。お前らがらぶらぶしてるときは俺は寝てるから、心置きなくやってくれ。』
『ありがとう! てお前はどうすんだ?』
『……あの方しだいだな。こういう容姿は好みじゃなかったはずだから大丈夫とは思うけど、いざってときは寝ててくれ。アンナのオトコを巻き込みたくはないからな』
『承知。』
 リュストくんとジョゼフさんはなんとお友達のようだ。さくさくと話はそこまで進んだ。
『クレフさんは、今フリーなんですね。
 よかった、いいひといたらどうしようかと思いました』
『遅せーよ。
 まあ俺もフリーみたいなもんだしいいけどさ。俺はあの方の恋人なんかじゃけしてない』
『うっそ』
『はいはい、次いこうぜ。クレフさんにはなんのことかわかんないんだ。それで話してられたら困るだろ。いきなり話されて消化できるハナシでもないだろうし』
「???」
『ああ……承知』
 ぼくはぼくなりにそのことを考えてみた。
 しかし結局どういうことかはわからなかった。
 リュストくんはどうやってか、うまく自分の情報をかくして、見えないようにしていたからだ。


 それから間もなく“お館様”が部屋にやってきた。
 怖いけどとりあえず、いろいろハナシを聞かせてもらおう、と思ったらいきなりリュストくんが意識と身体の主導権を専有してしまった。
 その後意識がもどったときには、結構な時間話をしていたらしくぐったり疲れていて、ぼくたちはそのまんまろくな情報交換もできず眠り込んでしまった。
 結局この方のことと仕事のことをきけたのは、翌日、リュストくんを介してだった。

『あの方……お館様は、領主様の弟君です。
 現在、領主様への謀反の疑いをかけられかけており、先走った者たちにお命を狙われることも少なくありません。
 クレフさんには、領主様の誤解がとけるまでの間、お館様をお守りしてほしいのです。
 もちろん衛兵がつきますし、昨日のようなことはほとんどないはずです。
 あなたは最後の切り札、兼秘書として、お館様のおそばについていてほしいとのことです』
「秘書?!
 でっ、でもぼくは……」
『大丈夫です、秘書としてのしごとは当面私がいたします。
 長年雑貨屋さんをなさっていたクレフさんなら、きっとすぐ覚えられますよ』
「そ、そうですか。わかりました。よろしくお願いします」
『あ、私、…ぼくには敬語なんていいですよ、クレフさん。
 あなたのほうが年上でいらっしゃるし。
 それに……
 あなたみたいな優しい方に、必要以上にお気を使わせたくないですから』
「えっと……じゃあ、はい、じゃなくてその、わかりま……た」
『いいですよ、だんだんにいきましょう』
 ぼくは一瞬考えて、こうこたえた。
「“承知”」


 かくしてぼくは、領主様の弟君様につかえる身となった。
 とはいっても、あんまりなにもしていなかった。
 秘書としてのしごとはリュストくんがやっていたし、しごとが終わってからはジョゼフさんがアンナさんとらぶらぶなのでぼくたちは寝ていたし。
 休み時間とかには散歩したり昼寝したり、本を読んでみたり。
 それでも、やっぱり秘書はかなりハードなしごとであるらしい。
 ときどき『すみませんがちょっと寝ていてください、集中したいので』とのリュストくんの言葉とともに意識が途切れ、そのあとはぐったり疲れていたりする。

 ひとつ気になるのは、あのとき聞いた“あの方”のことだ。
 それらしい女性との接触は一週間たってもまったくない。
 お館様は、いつも一緒にいるけど、男だし。
 それを百万歩譲って無視するとしても、お館様はリュストくんにあんまり優しくない。
 そういううわさがあるのは事実だけれど……
 そのことを聞いてみるとリュストくんはきっぱりと言った。
『絶対ないしょにしてください。
 ぼくにもお慕いするひとはいます。でもそれはお館様じゃ、ぜったいぜったい、ありませんから。
 その噂は、都合がいいから利用しているだけです。クレフさんは誤解しないで下さいね!』
『え! ウソ。オレはてっきりそうなんだと』
『ジョゼフ。あとでちょっとハナシがあるから。』
 するとリュストくんはにこやかあにジョゼフさんの魂の肩(というのも妙だけどそうとしか言いようがない)に手を置いた。
『しょ……承知……』

     

~~リュストくんの秘密~~

 けれど数日後ぼくはとんでもない状況にいた。
 いつもどおり仕事中、リュストくんがぼくたちを寝かしつけて。
 意識が戻るとベッドの上にいて、わき腹がきりきり痛かった。
 この間のわき腹のケガの、ほぼ反対側。
 痛みをこらえ、むりやり身体をひねってみると、そこには赤黒くなにかのマーク。
「えっ……なにこれ」
「焼印、ですわ」
 アンナさんの、悲しそうな、声がした。
「お館様は、……自らに最も近くつかえるものに、焼印を押されるのです。
 クレフ様は傷の治りがとても早く、焼印もすぐに消えてしまったので……押しなおされた……のですわ。
 できるならクレフ様やジョゼフには、お知らせしたくなかったのですけど……」
 そのとき、最初にここに来た日のことを思い出した。
 まさかあのとき後ろわき腹が痛かったのは、誰かに剣や槍でやられたんじゃなく。
「はい。
 クレフ様に“食われる”ことで、リュストさんの身体が変わったため、ケガの治療の前に……」
 ぞっとした。ソウルイーターの話をきいたときなんかよりもずっと。
 ぼくは思った。“お館様”は、せったいに『あの方』なんかじゃない。こんなひどい主が、リュストくんのだいじなひとであるわけがない。
「クレフ様。どうかこのことはご内密に……
 リュストさんは自分のこうした身の上を、けして知られたくないと……」
「アンナさん。
 どうしてリュストくんはこんな……」
「それはわたしにも話してはくれませんでしたわ。
 ただ、これはみずから望んでのことだと、……だから口出しは、してくれるなと……」
 アンナさんは泣いていた。
「お館様と、リュストさんがそうする以上……わたしにはこうして、手当てを差し上げるしかできません……もうしわけありません、クレフさま……あなたにまで、こんな……」
 わき腹は依然、痛かった。
 でも痛いなんていってられない。
 ぼくはファイトで身体を起こし、アンナさんの手をとった。
「ぼくは大丈夫です!
 ぼくは一回死んでるんです。落石の下敷きですよ。骨は折れるし、もうあっちこっち包帯だらけ。だからこんな痛みなんかへでもないです。
 リュストくんには、機会を見てぼくから話してみます。もともと部外者だったぼくなら、なにか力になれるかもしれないし。
 ジョゼフさんには、ドジふんでやかんひっくり返したっていっときましょう。
 次にこうされるまでに、なんとかしてみます。
 だから、えっと……」
「ありがとうございます」
 最後の最後でぼくはことばにつまった。
 でも、キモチは通じた。
 アンナさんは涙をふいて、にっこり笑ってくれた。
「今日のご飯はシチューにしますわね。
 お館様には、あまり念入りに治療をするな、印がまたすぐ消えると面倒だからといわれましたが、わたしなりの抵抗ですわ。どうかお精をつけて、がんばってくださいませね」

 その晩、ぼくはさりげなく、リュストくんに言った。
「あの、今いいかなリュストくん。
 えっと……リュストくんたまに、集中したいからってぼくたちを寝かすけど、そのときってどんなしごとしてるの?」
『ああ、あれですか。
 経費の計算とか、あとは機密性の高い話ですよ。
 軍備のことはあまりお聞かせするわけにいかないし、情報もお持ちでないから聞かされてもわけわかんないはずですから』
「あのさ。その……
 ぼくもいちおう、秘書なんだよね?
 ぼくももっとしごと、覚えたいんだ。
 計算は、けっこう得意だからチカラになれるとおもうしさ。
 領主様の誤解が解けて、護衛がいらなくなっても、リュストくんは秘書として“お館様”におつかえするんでしょ。そしたらぼくもいっしょに働き続けることになるんだし。
 いっつもリュストくんだけぐったり疲れさせて、なんか申し訳ないから」
『クレフさん………』
 ぼくのなかで、リュストくんがうつむいた。
『ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい……!』
 申し訳なさそうに頭を下げる。
『クレフさんのお気持ちは……わかりました。
 ありがとうございます。あなたって方はほんとうに、……
 ただ、お願いします。
 もうすこしだけ、待ってください。
 いまはこんなややこしい状態で……でもあとすこし。あとすこしすれば、誤解もなくなって、全部、きっと、よくなるはずですから』

 けれど事態は最悪にころげおちた。
 まさにその翌日。戦いが始まってしまったのだ。

     

~~恐怖の日~~

 ぼくは鎧なんかつけたことはなかったし、剣や盾だって持ったことはない。
 けれどこの日、ぼくはそれらを身につけさせられた。
 しかもその武具ときたら。
 ジョゼフさんはぼくたちのなかでは唯一、しょっちゅう武具を使うんだけれど、そのジョゼフさんも驚いたほど。
 見てくれだけでも兵士たちとははっきり違う。それはまるで、“お館様”のご子息(いないけど、もしいたら)が身につけるような豪華なものだった。
“お館様”はというとぼくを従え兵士たちをあつめ、短い演説をした。
「諸君もしっているだろう、我が兄は領主としてのチカラを独り占めし、愚かな専制を行っていることを。
 今こそ我が兄の専横を打ち砕き、我らが手でよりよいこの地を築くとき。
 ゆくぞ!!」

“お館様”はぼくを連れて、先陣をきった。
 剣での戦いはジョゼフさんやリュストくんができるとはいえ、ぼくはびびりっぱなしだ。
 目の前で刃物がひらめいて、人が傷つく。
 ぼくのほうにもときどき攻撃はきて、そのたび必死で防御する。
 でも、怖くて。
 ジョゼフさんには悪いけど、あのとき槍で刺された痛みが蘇って身体がすくむ。
 逃げたい。逃げ出したい。
 なんとか逃げ場所をさがすけど、まわりは殺気だった人人人。
 ジョゼフさんやリュストくんも、こんな状況は始めてらしく、ぼくほどではないものの震えている。
 逃げよう! とにかく逃げよう!!
 追い詰められたぼくはついに、後先考えずに駆け出した。
「貴様!」
“お館様”の怒鳴り声。ぼくはうしろから殴り倒される。
 退却、という声が、沈んでいく意識のなか聞こえた。


 気づくと目の前に“お館様”がいた。
 そこは領主の館の、ほど近くの木立の中。
 ぼくたちの周りを、武器を向けた兵士たちが囲んでいる。
 ぼくはそんななか“お館様”に胸倉をつかまれていた。
「この……!」
 鬼のような形相、最初のときより千倍は怖い声。
 それだけでぼくの意識はふっとびかけた。
『ぼくがっ。クレフさんたちは寝ていてください!』
 リュストくんの声がして、ぼくたちは“寝よう”とした。
 そのときほっぺたが痛くなり、意識が引きもどされた。
「リュスト! 下手な演技はやめろ。
 わたしはソウルイーターに話があるのだ。
 今度やったら貴様を“壊す”」
 苛立ちに満ちた声。本気だ。ぼくはあわてて言った。
「リュストくん! ぼくが話すからっ。きみは寝ていて! ジョゼフさんも!!」
『クレフさん……』
「う、…承知……」
 ふたりの意識が眠りについたのを確認し、ぼくは深呼吸した。
 怖い。怖いけど、気合を入れて、“お館様”に対峙した。
「ようやく覚悟が決まったようだな、ソウルイーター。
 化け物のクセに、臆病者めが」
「ぼくは人間です。ただの村人です。
 こんな怖いことは嫌です。やめてください!!」
「平民風情が逆らうか!!」
 地面に叩きつけられた。痛い。
“お館様”はそしてもういちど、ぼくの胸倉をつかみ上げた。
「貴様は戦いは怖いといったな。
 だがもしも逃げ出すなら、もっと怖い目にあうぞ。
 敵前逃亡は死罪だ」
 この人はそのつもりになれば、ホントにぼくの首をはねるだろう。身体ががたがた震えてる。泣きそうだ。でもぼくは言い放った。
「ぼ、ぼくは“化け物”でしょ。殺すことなんてできるものか。
 そんなことしたら死ぬのはあなただ。
 あなたはぼくに食われるんだ!!」
「ほう。わたしを食ってどうする」
「そしたら、……
 そしたら、ぼくがかわりに、お仕事しますっ。
 一番近くにいてくれる人に、暴力なんかふるわない。こんな戦いなんかしない。
 そして、みんなに優しくして、……しあわせな、この土地にします!!」
「よくぞ言った、魂食らい!!」
“お館様”はするとそのまま、ぼくの首を締め上げてきた。
 脅しのつもりか。そんなのには屈しないぞ。
 ぼくは一度死んでいるんだ。
 痛い目にもいっぱいあったし怖い目にもあった。
 それにぼくは、ソウルイーターなんだ。
 こんなことで死にはしない!!
 苦しさで頭が爆発しそうになったとき、“お館様”の手からずるりとなにかが抜き取られてきた。
 同時に、“お館様”がくずおれる。
「お館様!」「お館様!!」
 まわりの兵士が駆け寄ってくる。
「死んでる………」
 彼らの顔が恐怖に引きつる。

 そこへ、笑い声。

 聞き覚えのある声、誰だろう。
『わっはっはっは!!
 伝説は真実だったな。
 ソウルイーターはみずからに危機が迫ると相手の生命と魂を我が物とし生き延びる。
 しかしその身体の所有権が、つねにソウルイーターにあるとは限らない。
 お前の身体は、そしてチカラはいまや我が物だ、おろかな化け物め!!』
 兵士たちが、おびえた顔でぼくをみている。
『どうした、貴様ら。
 貴様らの主をたたえよ。いまやヒトの域を超越した、貴様らの支配者に忠誠を!!』
 それはぼくの声だった。
 同時にぼくの手が、“お館様”の髪をつかみ身体を投げあげ、剣を抜いて振り下ろす。
「うわああああ!!」
 悲鳴が上がる。
 けれど“ぼく”がにらみまわすと、彼らは恐怖のカオのまま凍り付いて……

 そのまま、やつをたたえる叫びが上がった。
 それはまるっきり、命乞いのように。


 そのさなかやつは笑っていた。
 血まみれのまま笑っていた。


 そのまま、戦いが再開した。
“お館様”の意志は強靭だった。
 ぼくたち三人が、どんなにがんばっても、この男を止められない。
 やつは平気で目の前のヒトを斬った。
 何人かは絶命し、ぼくのなかに入ってきた。
 しかしかれらのイノチの力は、そのままやつの活力となってしまう。
 ヒトを斬る、そのたびやつは、強力になっていった。
 ついにはかたく閉ざされた領主館本館の大扉を、まるで薄い板のようにたたき斬ってしまった。
 ぼくは泣いていた。誰かたすけて。
 目の前でヒトが死ぬ。ぼくの手がヒトを斬る。
 誰か。誰か。誰か……

 その祈りもむなしく、戦いの決着はついてしまった。
 領主様は平伏して許しを乞い、領主のあかしを差し出したのだ。
「奴隷でもなんでも構いません。どうか生命だけは……」
 やつは領主様の胸倉をつかんでつりあげた。
 ぼくは怖くて怖くて、もうみていられなかった。
 心の目をつぶって、それでも叫んだ。
『殺さないで! もう殺さないで!!』
 ぼくのなかにはいってきたひとたちもみんなそう叫んでいた。
「ふん、こんなヤツ食ったらうるさくてたまらんわ。
 なら言葉通り奴隷になれ。
 我が兄ながら哀れなヤツ。さっさと位を譲っていればこんなことにはならなかったのに。
 まあいいだろう。
 宴だ! 宴の準備をしろ!!
 肉を食い酒を飲み、真の領主の誕生を祝え!!」

     

~~決着と決意~~

 気がつくとぼくは、やわらかい敷物の上で寝転がっていた。
 着心地のいい、しかし派手な、とても高価そうな衣装が身体にまとわりついているが、なんかもう酔っ払って暴れた後のようにむちゃくちゃで、ぼくは脱ぎ方もわからずとほうにくれた。
 まわりには、いろいろなひとが寝転がっている。
 ぼくとおなじように高価そうな衣装をまといつかせたひと、簡素な服装の人、パンツ一丁の人、なにも着てない人。
 そんな、いろんな男女のあいだに、お皿や食べ物や酒ビンが散乱している。
 ぼくはそのまっただなかにいた。
 なんだ? いったい何が起こったんだ?
 あいつが、ごちそうを食べてお酒を飲んで、たくさん飲んでまた飲んで。
 そこから先がわからない。
 とりあえず、だれも死んでないみたいだ。それがとりあえず救いだ。
「どうしよう……リュストくん、ジョゼフさん、生きてる?」
『な、なんとか……えっ』
『うわっなんだこれ?! クレフさんなにかましたんですか? やつは?』
「わかんない……」
『あいつは……もういないみたいです。ほかのひとたちも何人か。これは……』
「気がついたか」
 そのとき後ろから聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、やつにどこか似た、布(たぶんカーテン)を身体に巻きつけただけの、でもずっと穏やかそうで気品のある男性がいた。
「こんな格好で失礼。領主のシストバーンだ」
「領主様……」
 そうだ、領主様なら事態がわかるかも。それをきこうとすると、リュストくんがわっと泣き出した。
『シストバーン様!!
 よかったご無事で……
 ぼくは、ぼくはもう、どうなってしまうかと……』
「……リュスト? リュストだね?」
『はい!!』
 領主様は歩み寄ってきて、やさしくリュストくんを抱きしめた。
 リュストくんは一瞬ためらった、けど、「いいんだよ」と頭をなでられて、思い切り領主様にだきついた。
 ふたりはかたく抱き合った。
 それはまるで、ポリンとソルティさんが、ぼくのなかで抱き合ったときのように。
 そのとき、ぼくにはわかった。
 リュストくんのほんとうにだいじなひとは、ここにいる領主様だったんだ、と。


 やつのおかげなのか、ぼくの身体にキズはなかった。
 けれど大事を取って、しばらく領主館で休養をとることとなった。
『それにしても……
 どうやったんだ? あんな化け物モードのあいつを、領主様は一体、どうやってどうにかしたんだ?』
 ジョゼフさんのことばにリュストくんがこたえる。
『ああ、一服盛ったんだ』
『は?』
『もちろんつかまってからそんな芸当はできない。領主様はあらかじめ――戦いが始まる前に、館の酒や食料にクスリをしこんでおいたんだ。
 クスリで自制心の取れたやつは気の向くままに飲んで食っていろんなことして、酒池肉林と桃源郷を一気に体験して、あえなく昇天しちまったというわけさ』
『つまり盆と正月が一緒に来たようなもんか』
『なんだそれ。』
 それっていうとつまり、ぼくの身体はいろいろととんでもないことを体験したんじゃなかろうか。いや、今更どうにもならないし、とりあえず無傷なんだから考えるのはよそう。


 その日、食事の席で領主様は、ぼくに謝ってくれた。
「クレフ殿。このたびは弟がたいへんな迷惑をかけた。詫びても詫びきれるものではないが、どうか謝罪だけでも受けてほしい」
「い、いいえ! そんな、こちらこそ、……ぼくさえのっとられなければ、こんなことには……本当に申し訳ございませんでした!!」
「それは弟のしたことだ。どうか気にしないでくれ。
 君たちは巻き込まれただけ……。
 せめてもの気持ちだ。きみの望みをなんでも叶えよう。
 もちろんわたしのできる範囲のことで、だが……」

 ぼくは言った。

「ぼくのなかの人たちを、みんな幸せに、天の国に帰したいです。
 そのあと……
 ぼくを死なせてください」


       

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