Neetel Inside 文芸新都
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35シリングの風船
ウツノミヤ→ニシダ→オオヒラ→ユアサ

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 卸屋密集地帯として有名な小砂虫駅には裏の顔がある。文字通り、卸屋街の裏街は風俗街になっている。そこでの噂は、県境を越えてこっちにもわたってくる。焼き肉屋だと思って入ったら、花屋と思って入ったら実は、なんて話はよく聞く方で、小学生が売られてたとか、うちの学校の誰かが男娼をやってるとか、まったくそういう、ありえないような噂もある。しかし、そんな噂にさえ真実味を与えるのが、この小砂虫駅周辺なのだ。
 だから、僕は少し夜の小砂虫駅に少しの期待を寄せていたのだけれど、大はずれだった。大変静かだ。とはいっても、飲み会やらコンパやらから帰ってくるゲロゲロ女と、それを介抱するふりして、遠回りのレイプをするつもりでいるエロエロ男が居る。これから僕ら、盗みをするっていうのに、こんなに人に見られていいのかしら、っていうくらい。その所為で、僕のハレルヤな気持ちは萎えていくばかりだった。
 大体、そうじゃなくたって、やな気がする。だってユアサとタイペイに混じって知らない男が一人いるんだもの。
 ユアサとタイペイと自然に話してるその男は、茶髪のソフモヒ、青色のスカジャン、黒のジーンズで、中に着てるシャツは白だかピンクだか、判別がつかないような色をしている。ニシやんはどうしているか、というとまだここに来ていない。どうも、渋滞やら何やらで参ってるらしい。いや電車で来いよ、っていうのはたぶん誰もが、おそらくニシやん自身も思っただろうから、あえてつっこまないでおいた。
 それで悪いことにニシやんを待たずに、勝手に泥棒するって空気になっちゃっている。僕蚊帳の外、と思っていたらそうでもない様で、ソフモヒがこっちにやってきた。
「おい」はい、なんでしょうか、ソフモヒさん。
「おまえ包丁もってきたんだよな」はい、その通りであります。
 包丁のルーツは石器時代から。いわゆる、黒曜石とか、その類。それが奈良時代になると鋼が使われ、鎌倉時代には種類が増え、室町時代には現在の包丁の原型となるものが現れた。
 僕としてはそんな歴史の深い包丁を殺人に使う気はなかった。あくまで店内に人が居た場合に脅しとして使う予定だった。だった、というとこれから殺しに使ってしまう様な言い方で悪いが、ニシやん抜きにして僕ら三人+ソフモヒで計画を進めるとなると、絶対に使うことになる。
 それで人が死ぬとか、そういうのはあまり問題ではない。包丁を使うのはおそらくソフモヒかユアサのどちらかだろう。僕は脅されて仕方なく手伝ったとかなんとか言えば、罪は軽くなりそうだ。
 でも問題なのはそれより後のトラウマで、こんにゃく、トマト、キュウリ、なす、挽き肉、松坂牛、カレールー、タマネギ、椎茸、人参を切る度に、風船屋夫妻の最期が浮かぶなんて言うのは、本当に困る。僕はカンヌ映画祭出典映画にでてくる主人公じゃないんだから、そんなことに悩んでられないんだ。この社会は恐ろしいことに、悩んだり考えたりした瞬間に誰かに刺し殺されるような仕組みになっている。それこそこれからの風船夫妻のように。
 とにかく僕は彼らを止める必要がある。しかし、どうやって。

       

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