Neetel Inside ニートノベル
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幻想の竜騎士(ドラグーン)
第5話「第515小隊(中)」

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 「――っ、く……!」
突然眩しさを感じ、『彼』は目の前に手をかざした。
次の瞬間、低い天井にぶつかると思い、手を引っ込めようとする。
が、まっすぐ伸ばした手の先に物が当たる感触はなかった。
「あ、あれ?
 一体どうなって――」
慌てて周囲を見回した『彼』は、目の前の光景に言葉を失ってしまった。
そこは、どう見てもあのゲームと同様の構造をしたコックピットの中だった。
 『驚いた?』
正面のディスプレイに犬飼の姿が映し出される。
入る前に着ていたものとは違う、胸部や肩にプロテクターのついたスーツを着ている。
『彼』は自分の体を見回してみた。
やはり、彼女と同様に別のスーツを着用している。
「一体どうなってるんだ……?」
『彼』は戸惑いの表情を浮かべた。
これは現実なんだろうか、それとも――ただの夢なんだろうか……。
『これは拡張仮想現実と呼ばれるものよ』
彼女が言った。
「拡張、仮想現実……」
『簡単に言えば、実際には存在しない空間なんだけど、私達の五感に働きかける事であたかもそこに存在しているかのように思わせているって感じかな。
 夢に近いけれど、基本的には痛みも衝撃も実際と同様に感じるから注意してね』
『彼』はレバーを軽く握ってみた。
合成繊維に包まれたグリップを掴むとともに、その感触がしっかりと伝わってくる。
ペダルに置いた足にも、確かに接地しているという感覚があった。
「変な感じだ。
 本当に……現実じゃないのか」
『彼』は信じられないといった調子で呟いた。
『その内慣れるわ。
 じゃあ、早速始めましょう』
彼女の言葉とともに、その他のディスプレイが突然起動し周囲の景色を映し出した。
 ――どうやら、今は格納庫内にいるらしい。
投影されている映像を見て、『彼』は直感的に判断した。
目を覚ました時から微かな振動が気になっていたが、おそらく推進装置のアイドリングによるものだろう。
『貴方の現在位置はHUDに表示されているわ。
 他のユニットは敵味方を含めレーダーに表示されているから、適宜確認すること。
 それと――』
「説明はいい。
 どういう経緯でここに来たか、知ってる筈だろ」
『彼』の物言いに対し、彼女はわざとらしく言葉を返した。
『何だ、省いても良かったの?
 どうなっても知らないよ――』
「どういう意味だ?」
そう尋ねた時、何の前触れもなく浮遊するような感覚が襲ってきた。
慌てて上方にカメラを向けると、そこにはどんどん小さくなっていく輸送機の姿があった。
『では、お手並み拝見といきましょうか。
 着地に失敗して大破するようなミスは許されないからね♪』
彼女はふざけた口調で言うと、一方的に通信を遮断してしまった。
HUD部に表示されている高度は、尋常ではない早さで下がり続けていた。
「やってくれたな……!」
『彼』は舌打ちしつつも、ペダルを踏み込んでブースターを最大出力まで上げ、下方に噴射を集中させた。
徐々にではあるが、機体の落下速度が減衰し始める。
とはいえ、現在の高度を見る限りでは、減衰し切れず高速で地表に激突する可能性の方が高かった。
「くそっ……。
 飛行能力さえあればどうにか――」
そこまで言いかけて、『彼』はある事に気がついた。
 このレバーには、あのゲームの筐体にないボタンが存在している。
そのボタン――正確には握り込むようにして作動させる装置だが――、これには恐らく……。
「やってみるしかない……よな?」
『彼』は自分自身に問いかけるように呟く。
既に、地表が目前まで迫りつつあった。
「いちかばちかだ!」
『彼』は両方のレバーを強く握ると、力一杯手前に引き寄せた。
「上がれェ――――ッ!!!!」
 次の瞬間、『彼』はガクンッとシートに押し付けられた。
高度表示を見ると、ちょうど地表から数メートルの位置で止まり、上昇を始めている。
機体の形を模したステータスディスプレイには、展開された滑空翼の情報が表示されていた。
「何とかなった……」
『彼』はホッとして大きくため息をついた。
 その時、急に通信が回復し、彼女の姿がディスプレイに表示された。
『なるほど、唯の自慢ではなかったようね』
「当たり前だ。
 でも、せめてあの機能の説明くらい――」
『彼』が反論しようとすると、彼女は急に真顔になり、強く言い聞かせるような口調で話し始めた。
『説明は要らない、と言ったのは貴方よ。
 私はその提案に従ったまでの事。
 ――貴方の勝手で貴方が自滅するのはともかく、今後部隊として行動する以上、部隊全員が損害を被る事にもなる。
 貴方のいい加減な判断ひとつで、致命的な損失が生じる危険は常について回るわ。
 今回ので懲りたのなら、今後不誠実な行動は慎みなさい』
「……」
『解ったのなら返事をしなさい』
彼女に促され、『彼』はばつの悪そうな顔で言った。
「わかったよ、俺が悪かった」
何格好つけたようなことを言っているんだという気持ちが、思わず言葉に出てしまったらしい。
彼女は呆れたようにため息をつくと、こちらに厳しい視線を向けた。
『……。
 今から後悔する事になるわよ』
 どういう意味だ、と訊き返そうとした瞬間、コックピット内にアラームが鳴り響いた。
とっさの判断で機体を傾けた直後、わずかに離れた位置を高速の物体が通過していった。
一瞬遅れて、はるか遠くの丘陵に着弾したそれが炸裂し、巨大な火球に変わる。
「なっ――!?」
『予想以上に優れた反射神経ね』
彼女の言葉を聞く余裕もないまま、『彼』は大型榴弾の飛来した方向に機体を向けた。
そこにいたのは、分厚い装甲を纏い、大型の砲身を背に担いだ機体だった。
『ロシア国防軍の強襲型攻撃機、NATOコード『タイラント』よ。
 この機体を倒せたなら許してあげるわ。
 ――倒せたなら、ね』

 同じ頃、ブリーフィングルームでは部隊のメンバー達が集まっていた。
正面に掛けられたペーパーディスプレーには『彼』と仮想敵との戦闘の様子が映し出されている。
「彼、どうやら怒らせちゃったみたいね」
壁にもたれ掛かって画面を眺めていた少女が言った。
「『倒せる筈の無いもの』と戦わされている事に気づいているのかしら?
 ――まあ、いい薬にはなるでしょうけれど」
「でも、隊長もヒドイ事するよねー。
 新入りがやる気無くしちゃったらどうするつもりなんだろ?」
その隣に立っている少女が、陽気な声で尋ねる。
「さあ、どうするのかしら」
彼女は肩をすくめてみせた。
 向かい側に立つ小柄な少女2人は、緊張した面持ちで戦いの行方を見守っている。
「……」
何やらボソボソと呟く長髪の少女。
その表情は前髪に遮られてよくわからない。
「頑張って……くださいっ!」
もう1人――短髪で幼い顔立ちの少女は、苦戦しているらしい『彼』に向けて必死にエールを送っている。
勿論、その声が相手に届いている筈も無いのだが……。
 『彼』の機体の持っている小銃に、最後の予備弾倉が装填される様が映し出された。
「そろそろ弾が尽きるわ」
彼女はそう言ってため息をついた。
この先の勝負は目に見えている、といった調子で。
「とんだ茶番だったわね。
 先に上がって新入りを出迎えてくるわ」
壁から離れると、彼女は何気なく周囲を見回した。
そして、いつの間にかメンバーが1人欠けている事に気がついた。
「津山曹長、佐ノ川准尉を見なかったかしら」
隣にいる少女に尋ねる。
津山は左右を見回した後、首を傾げた。
「あれれ?
 いつの間にかいなくなってる……」
「屋久准尉、鹿屋曹長はどう。
 彼が出ていく姿を見なかったの」
彼女は、部屋の向かい側にいる2人にも尋ねた。
「……」
長髪の少女――屋久はフルフルと首を横に振った。
「あの、佐ノ川さんなら少し前に出て行きましたけど。
 『用事ができた』とか何とか言ってたような……」
短髪の少女――鹿屋が言った。
少女は少し考え込むような素振りを見せ――やがてため息をついた。
「また余計な真似を……」
「あの、高城さ……いえ、高城少尉。
 じ、准尉を責めないであげて下さい。
 き、きっと、放っておけなかったんだと、お、思います」
鹿屋がオドオドとした口調で言うと、高城は少し睨むような目でそちらを見た。
彼女が、はっとしたように口をつむぐ。
「あぁ――っ、これだから男ってのは大嫌いなのよ!」
彼女は吐き捨てるように言うと、部屋を出て行った。

 「くそっ!
 こんな豆鉄砲みたいな装備で勝てるかよ!」
『彼』は思わず正面のディスプレイに向かって怒鳴っていた。
嫌と言うほど弾丸を命中させたにもかかわらず、敵機は何食わぬ顔でこちらに攻撃を浴びせ続けている。
メイン武装、サブ武装ともに残弾ゼロ。
そのどちらの攻撃も、相手に大した損傷を与える事はできなかった。
『だから言ったでしょ。
 『この機体を倒せたなら許してあげる』って』
画面に映る少女は、そう言ってこちらに笑顔を向けた。
 ――なんて意地の悪い奴なんだ。
そんな事を思いながら、『彼』は唯一の武装になってしまった大型ナイフを腰部ポケットから取り出した。
といっても、この得物が使用できる間合いまで近づける筈も無い。
事実上の手詰まりだった。
『いい加減降参したらどう?
 さすがに白旗揚げた兵士を撃つような外道じゃないから安心しなさい』
彼女はニコニコと笑みを浮かべたまま、彼に忠告した。
しかし、本当にそれで収めてくれるようには感じられない言い方だった。
誘いに乗るな――地獄を見る事になるぞ。
『彼』の本能が、そんな警告を促している。
「悪いけどさ……」
『彼』は歩みを止め、敵を正面に捉える形でナイフをまっすぐ構えた。
「俺は人に言われて諦めるようなのが、昔から嫌いなんだよ」
『ああ、そう。
 それは残念だわ』
彼女は呆れたようにため息をついた。
『一度くらいは『死んで』みたらいいかもしれないわね』
不謹慎な言葉を躊躇いなく口にした途端、彼女の顔が冷たい表情へと変わる。
戦闘モード。
一言でいうなら、この表現がぴったりだと彼は思った。
敵機が今まで抱えるようにして保持していた機関砲を持ち上げると、彼に向かって構え始める。
今突っ込めばどうにかなるかもしれないという考えが一瞬浮かぶ。
が、それには距離が長過ぎる。
「くそっ、どうにかして近付けないか……!!」

       

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