21才
第三回 黒田くんグデングデン
飲み会に誘われた。中学時代の同級生に。
第三回 黒田くんグデングデン
「いやぁ~、中学時代仲間内で一番バカだったお前が、まさか社長になってるたぁな」
耕太が、イタリアの高級スーツなんて着ていやがる若社長の背中を叩いて、笑いながら。
確かに、驚きだ。馬越は、間違いなくバカだった。ただ、今にして思えば、ガッツ石松とラサー
ル石井を足して3872で割ったような、どこか他人とは違うオーラというか、雰囲気を漂わせて
いたバカだった――気がする。
「大したことねぇよ。たまたまさ、運がちょっと背中を押してくれたんだよ」
成功した奴は、いつもこうだ。
“たまたまです”“運が良かっただけ”――
認めろよ。
「俺の力が、才能が、努力が、他より優れていたから勝てました」ってさあ。
万事それだけの話じゃないか。
社長でいるってことは、勝ち続けているってことだ。少なくとも、勝負の八割は勝っているんだ。
それを運だのなんだので片付けられたら、じゃあ、俺はどれだけ運がないんだってことになる……
惨めに、させんなよ。馬越。
「生中でいいか」
口では、これしか言えないけど。
「ああ、じゃあ一杯だけ」
一杯だけと、馬越は言った。
「今日、車で来ちゃってよ」
「あー、あのポルシェかあ。すっごい高いっしょ、あれ」
本日の紅一点、昔、俺が五日間だけ好きだった洋子。
なんでだか、洋子は皆のことに詳しい。女はそういうものなのか。
「んー、まあ、とにかく、事故るのも息ハー引っ掛かんのもシャクだしな」
馬越にしちゃ、慎重だ。
昔は、勢いに任せて屋上から飛び降りたりするようなガキだったのに……
「皆、変わるんだな」
ふと、言いたくなった。
「ん」
馬越が、鼻で。
「洋子はいつの間にか専門学校行って、いつの間にか保母さんになったっつうし、耕太も大学でな
んかサークルやってて、そんで新聞載ったりしたよな確か」
「ああ、蕎麦サークルな。俺ぁすっかり蕎麦の虜よ。あれほど素晴らしい食い物はないと断言した
いね。大体な、蕎麦はただの食い物で片付けていいもんじゃ――」
「へぇ、美味いのか?」
馬越が、少し経営者の顔を見せた。
「ああ、味にゃ自信あるぜ」
「ふうん……“大学生の作った蕎麦”か……いけるかもな」
「まあ、そんなに大量生産はできねぇから、今のとこはサークル内と、その周辺の人達だけで楽し
んでるんだけど」
「今のところってことは、将来的に生産量を増大させるプランがあるの?」
「うーん、その辺はまだ即答は……」
「もしもーし、商売の話は後で電話なりメールでしてくれー」
いや、マジで。
「…すっかり社長なんだなあ、馬越君。寂しいぜ」
俺は嘘くさく言った。
「いやいや、心は変わらん二十歳ですよ」
どうだかな。明らかに、普通の二十歳じゃねぇぞ。
だって、普通の二十歳のガキは、さっきみたいな、相手の奥深くまで見透かすような、鋭い眼を
持ってない。
きっと、経験を積んできたのだろう。あんな眼を若干二十歳にして身に付けた、俺には積みたく
ても積めないような、尊い経験を……
――だから、謙遜すんな。
「…ホント、馬越の変わりっぷりにはビックリだ」
そして、俺の変わらなさぶりにも。
俺は、自分でも驚くほど変わっていない。高校を卒業して、もう三年にもなるというのに、皆が
それぞれ着々とキャリアを積み上げ、進歩していき、自分より先に歩み始めているというのに。
急に、心が虚無に包まれた。
俺は何をしているんだ。
ああ、思い出してしまう。
今日は、楽しく酒を飲みに来たハズなのに。
思い出してしまう。
俺のダメっぷりが、友人達の前で、白日の元に晒されてしまう日が。
来てしまう。
気付いたら、俺は生中を一気飲みしていた。
そして座布団に顔を押し付け、大泣きしていた。
恥ずかしい俺。
恥ずかしい人生。
…風景が、揺らぐ……
かんっぺきに……潰れた。
気持ち悪すぎて吐き気も催さない。
「うう……あ……」
耕太に肩を貸してもらっている。
耕太は、本当にいいヤツだな……感謝しないといけないな……感謝を……
「…あ、う、洋子は」
なぜか、洋子のことが気になった……
「馬越が車で送ってくってさー、ポルシェで」
「あいつらできてんのか……?」
「それはないだろー、馬越、奥さんいるし」
「はあ……?」
知らなかった……
本当に、世界は、止まっていてくれない……
「まあ、式挙げてないみたいだから、無理もないな」
…いや。
仮に式を挙げていたとしても、果たして俺を呼んでくれていただろうか?
こんな、俺を……
…まあ、呼んでくれただろうけど、でも……俺は、いい気分で行けただろうか……
俺は、今の俺は……他人の……友達の幸せでさえも……素直に祝えない狭量な人間に成り下がっ
ているんじゃねぇか……?
もしそうなら、式になんて、もしこれからあるとしても、とても参加は……
「馬越は、今思うと、才能があったよな」
…やっぱ、思ったの俺だけじゃなかったか。
そりゃ、そうか。俺だけが気付く、なんて事柄、そうそうあるまい……こんな、凡庸な……
「…そのスゴイやつが、言ってたよ。お前が寝てたときに」
「…なんて……?」
「『黒田は、もうすぐ壁をぶっ壊しそうな顔になってる』って。どういう意味なのかは、よく分か
んなかったけど」
意味……か。多分、そのまんまの意味だろ……いつか俺は、我慢が限界に達して、きっと、店の、
壁、を………………
第四回に続く