気合が入った所で、千堂が立ちあがる。
「さぁ、次の時間は正念場だぞ。といってもお前はすることはないがな」
「え?」
正念場? 初耳だが、一体どういう言うことだろう。
「え?ってお前、聞き込みの話だよ」
「んなこといってたな、昨日」
聞き込み、と聞いてから理解する。
千堂が昨日の朝、意味不明な言動を残したまま教室へと入って行ったのでそのままになっていた話。さらには同日片づけてきた彼女自身の問題もあり、僕の脳みそは思い出すのにワンテンポ遅れをとってしまったみたいだ。
今さっき意気込んだばかりだが。そんなすぐに大舞台があるとは思わないだろう。
結局昨日は千堂も僕も聞き込みなど全くしないで帰ったものだから尚のこと。
「アレは放課後にやるんじゃないのか?」
「残りはそんな感じになるだろうけどな。まずはおおよそを片づけてしまおう」
また具体的なところは濁したままの遠巻き極まりないセリフだ。だんだんとしびれを切らしそうになってくる。何故単刀直入に言わないのか。
「おおよそって? 次は全校集会だから、確かに今日休んでいる人以外は全員集まるだろうけど、先生が話してる前で堂々と聞き込みでもするつもりか?」
「うん、そうだ。……というといい加減私がおかしいやつだと確信されそうだから言わないが、一言ヒントを出すならば、私は非合理的なことが嫌いな性分だということだ」
「は?」
「あくまでヒントで答えではない。けれど、人間として最低限以上の推理力を持っているお前ならばそのうち導ける問題だろう」
そんなことを言われてもまるで解らない。
「そうかい、俺としてはここでスパッと解説する方がよっぽど合理的だと思うが」
「なるほど、私が説明すればこの瞬間は合理的に事が済むだろう。けれどな、それにはちゃんとした理由がある」
「なんだよ」
「私が“今”お前に教えてしまうと、支障が出る可能性があるのだ」
「今?」
「そう、だからこそ私はこうして濁す」
「だったらそもそも一切を黙っていればいいんじゃないのか?」
なぜわざわざ詳しく教えられないことを話に出すのだろう、というごく当たり前の疑問。流石に僕が考え込むのを嬉々として見るためではあるまい。
「それはそれで支障が出るのだ。ほうら、ますます解らなくなってきただろう?」
なるほど、現在の僕のこの“わけがわかっていない状況”には意味があるらしい。同時に、今僕が何を言っても教えないと言っているのだろう。
「もちろんだ。僕の脳みそを舐めてるんじゃないだろうな」
「それでいいのだ。解るべき時に解ることが重要だ。まぁ、どうせ次の時間には解ることなのだから急くこともないだろう」
「ああ、解ったよ。解らないことがよおく解った」
さ、冷静に大好きなミートボールを食べる作業に移ろう。
境界
終わりへの開始
「だが、可哀想な可哀想なお前の為にもう一つヒントをやろうじゃないか」
どうせヒントにもならないヒントなのだろうが、もらえるものはもらっておこう。
「それはありがたい」
「ほら、今日の私はどこか変わった所はないか?」
千堂は自分を見せつけるように胸を張る。ついでにドヤ顔である。で、変わった所て言ったか? はぁ、やっぱり僕の欲しいようなヒントではないらしい。
「ほらほら」
ふふんと機嫌よく鼻を鳴らしている。なんだかまともに答えるのもアホらしい。
「あー、あれですか。胸のサイズが大きくなりましたか?」
「はぁっ?!」
折角なのでセクハラをしてみると、思った以上の反応。
高い裏声をだして、両手で上半身を隠しだした。顔は真っ赤。加えて、じりじりと椅子を後ろにずらして僕から離れようとする。
「きゅ、急に何を言い出すのだ。不健全極まりないぞ! 冗談の域を超えているぞ! こんな不埒なやつだったとは……。やはりお前は社会的に不能にする必要がありそうだ!」
「ほう。やれるもんならやってみなよ」
「なっ?!」
何故か今日の僕は強気である。何故だろう。
「できないんだろう? で、実際どうなんですか。そこんとこ」
追撃すると、耐えきれなくなったのか目を強くつぶってぶるぶると震えだした。今にも破れそうなほどにきゅっと服を握っている。
「あのー、千堂……さん?」
黙っていればよかったものを、耐えかねて話しかけた。だが、それが起爆剤になったらしい。
「どうでもいいだろうが! もっと、明確に解る部分があるだろう!」
千堂はカッと目を見開いて――両手を振りかぶったかと思うと机にむかって振り下ろした! これほどまでに机というのは爆音を出せるのかと思うほど強力な音が教室に響く。
二つの弁当がかたかたと揺れ、中身をこぼしそうになっていた。
「うぇあっ?!」
驚きのあまり、口に運びかけていたミートボールをおとす。バラバラと箸もどっかへ行ってしまった。
けれどがっかりする余裕はない。なぜならば。
まるで獣のような目つきでこちらを睨んでいるから。コワイデス、千堂サン……。
はぁ、はぁと言う息が獰猛さを示している。これ以上茶化せば生きて帰れはしないだろう。いや、それは誇張にしても無事では済むまい……。
「どうどうどう。オーケーオーケー、落ちつこう。悪かった。主に僕が悪かった」
「全面的にお前が悪い!」
喋るたびにどんどん処刑台へ足を進めている気がしてならない。もう正解を言う以外に道はないな。流石にこれ以上勿体付けたら今度は弁当が宙を舞うだろう。残りのミートボールまでサヨナラだ。その次は僕自身が舞うかもしれない。
「うん、うん。解ってる解ってるから。 アレだろ、アレ」
さて。“いつもと違う所”なんて今更言われるまでもなく実は朝から気付いていた。気分転換かと思って、さらっと流してはいただけだ。
これだけの激しいアクションを起こしたらまず壊れてしまうだろうものが壊れていないのは、今日彼女がそれを身につけていないから。
「……眼鏡、だろ?」
いつもならぐるぐるしたレンズで隠されている少し釣り上がった大きな目を見ながら僕は言った。
どうやら正解だったようで、一瞬千堂の顔がゆるんだが――。
「解ってるなら最初から言え!」
はぁ、そう簡単には許してもらえそうにもないみたいだ。こうなるなら初めから答えとけば良かった。
ていうか。決意を決めた神妙な雰囲気はどこへ行ったんだ。一瞬で消え去ってしまったぞ。僕の切ないモノローグをどうしてくれる。お前だってそれを察しただろうが。
まぁ、重苦しい雰囲気を続けたって良いことはない。何事も少し気が緩んでいるくらいがちょうどいいのだ。いっぱいいっぱいではいざというときに対応できない。臨機応変できるだけのゆとりが必要とは言える。ぴんと張った糸は集中力はあっても耐久性には欠ける。
さぁ。
一応ここで平穏編は終了にしよう。もう十分に休んだ。次は解決編、になればいい。まさかのデットエンドだってあるだろう。まぁ、所詮素人の探偵ごっこなのだから、ただ二人の高校生がわめいているだけの日々になることが一番濃厚ではある。
けれど。どんな結末が待っているにせよ結末のない結果に終わるにせよ、行動は無意味ではないはずだ。
決めつけて、僕らは教室を出る。
昼休み終了の鐘は、僕たちがどうあろうと関係なく、プログラムされた今までとまるでかわらない音色を奏でている。
どうせヒントにもならないヒントなのだろうが、もらえるものはもらっておこう。
「それはありがたい」
「ほら、今日の私はどこか変わった所はないか?」
千堂は自分を見せつけるように胸を張る。ついでにドヤ顔である。で、変わった所て言ったか? はぁ、やっぱり僕の欲しいようなヒントではないらしい。
「ほらほら」
ふふんと機嫌よく鼻を鳴らしている。なんだかまともに答えるのもアホらしい。
「あー、あれですか。胸のサイズが大きくなりましたか?」
「はぁっ?!」
折角なのでセクハラをしてみると、思った以上の反応。
高い裏声をだして、両手で上半身を隠しだした。顔は真っ赤。加えて、じりじりと椅子を後ろにずらして僕から離れようとする。
「きゅ、急に何を言い出すのだ。不健全極まりないぞ! 冗談の域を超えているぞ! こんな不埒なやつだったとは……。やはりお前は社会的に不能にする必要がありそうだ!」
「ほう。やれるもんならやってみなよ」
「なっ?!」
何故か今日の僕は強気である。何故だろう。
「できないんだろう? で、実際どうなんですか。そこんとこ」
追撃すると、耐えきれなくなったのか目を強くつぶってぶるぶると震えだした。今にも破れそうなほどにきゅっと服を握っている。
「あのー、千堂……さん?」
黙っていればよかったものを、耐えかねて話しかけた。だが、それが起爆剤になったらしい。
「どうでもいいだろうが! もっと、明確に解る部分があるだろう!」
千堂はカッと目を見開いて――両手を振りかぶったかと思うと机にむかって振り下ろした! これほどまでに机というのは爆音を出せるのかと思うほど強力な音が教室に響く。
二つの弁当がかたかたと揺れ、中身をこぼしそうになっていた。
「うぇあっ?!」
驚きのあまり、口に運びかけていたミートボールをおとす。バラバラと箸もどっかへ行ってしまった。
けれどがっかりする余裕はない。なぜならば。
まるで獣のような目つきでこちらを睨んでいるから。コワイデス、千堂サン……。
はぁ、はぁと言う息が獰猛さを示している。これ以上茶化せば生きて帰れはしないだろう。いや、それは誇張にしても無事では済むまい……。
「どうどうどう。オーケーオーケー、落ちつこう。悪かった。主に僕が悪かった」
「全面的にお前が悪い!」
喋るたびにどんどん処刑台へ足を進めている気がしてならない。もう正解を言う以外に道はないな。流石にこれ以上勿体付けたら今度は弁当が宙を舞うだろう。残りのミートボールまでサヨナラだ。その次は僕自身が舞うかもしれない。
「うん、うん。解ってる解ってるから。 アレだろ、アレ」
さて。“いつもと違う所”なんて今更言われるまでもなく実は朝から気付いていた。気分転換かと思って、さらっと流してはいただけだ。
これだけの激しいアクションを起こしたらまず壊れてしまうだろうものが壊れていないのは、今日彼女がそれを身につけていないから。
「……眼鏡、だろ?」
いつもならぐるぐるしたレンズで隠されている少し釣り上がった大きな目を見ながら僕は言った。
どうやら正解だったようで、一瞬千堂の顔がゆるんだが――。
「解ってるなら最初から言え!」
はぁ、そう簡単には許してもらえそうにもないみたいだ。こうなるなら初めから答えとけば良かった。
ていうか。決意を決めた神妙な雰囲気はどこへ行ったんだ。一瞬で消え去ってしまったぞ。僕の切ないモノローグをどうしてくれる。お前だってそれを察しただろうが。
まぁ、重苦しい雰囲気を続けたって良いことはない。何事も少し気が緩んでいるくらいがちょうどいいのだ。いっぱいいっぱいではいざというときに対応できない。臨機応変できるだけのゆとりが必要とは言える。ぴんと張った糸は集中力はあっても耐久性には欠ける。
さぁ。
一応ここで平穏編は終了にしよう。もう十分に休んだ。次は解決編、になればいい。まさかのデットエンドだってあるだろう。まぁ、所詮素人の探偵ごっこなのだから、ただ二人の高校生がわめいているだけの日々になることが一番濃厚ではある。
けれど。どんな結末が待っているにせよ結末のない結果に終わるにせよ、行動は無意味ではないはずだ。
決めつけて、僕らは教室を出る。
昼休み終了の鐘は、僕たちがどうあろうと関係なく、プログラムされた今までとまるでかわらない音色を奏でている。