Neetel Inside ニートノベル
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真実と選ぶべきこと

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「なんなんだよ一体……」
 一人で帰り道を歩く。夜の帳が降り始め、道に車の通る音が鳴る。
「僕のせい、かよ」
 病室から出ていくとき二人は何も言わなかった。振り向きもせず、既にもうかかわりはないと言っているようだった。
 僕が、すべての元凶? 友達を作ったから? そんな馬鹿な話があるか。異常だろうが普通だろうが、関係を持ったから殺されるなんてストーリーは駄作にも程がある。
 一緒に遊ぶって約束したのになぁ。なんでこんなことになったんだろう。って僕のせいなのか。
 少なくともあいつらはそう思ってる。
「そうだね。けれど事の顛末はまだこれで終わりじゃないんだよ」
 続く道の先。街灯の真下に人が立っていた。
 僕は顔を上げる。
「やぁ、久方ぶりだね」
 見知った顔。服で高校生だとわかる。だが僕が知っているのは中学の頃だ。
「……お前」
 綿貫に引っ付いていたちびキャラと同じ苗字の奴。違う高校に行って分かれたはずだったかつての友人と言うやつ。
「いつも妹の方がお世話になってるよ」
「妹……? ってことはあいつはもしかして」
「そうそう僕の妹だよ。飛び級ってやつ。表面上は一応年齢詐称してみてるらしいけど見た目はごまかせないよねぇ」
「マジかよ……」
 久方ぶりの再開で、しかも衝撃の事実を聞いた。いつもなら飛び上がるところ。
 だが今に限っては至極どうでもいいことでげんなりする以外なかった。
「『完全に普通であることは普通じゃない』」
 また聞き覚えのあるセリフだ。心に刻まれているセリフ。
 今度は引用ではない。
「お前の言葉だったな」
「うん。ようやく気付いたみたいだから」
 楽しそうに無垢じゃない笑みを浮かべるのは相変わらずだ。
 あの時。僕を初めて普通ではないと言った彼が、懐かしいと言えるほどいい思い出にあふれていたかは分からないが久しい彼が今ここに立っている。
 偶然みたいなそぶりで、狙ったように現れた。
 こういう奴だったなと思いだす。漫画や小説の登場人物さながらタイミングを押さえる男だった。気持ち悪いほどに。いや、男と言うにはあまりに体格も細く顔も童顔で中性的か。
 今目の前にいるのは必然と言えるかもしれない。もしかしたらあの日僕に言った言葉は今日のための合言葉だったのかも。というのは考えすぎも良い所だが、そう考えさせるのがこいつなのだ。
 彼は影をたゆらせる。
「――僕は君に真実を教えに来てあげたんだ」
 夕凪は僕に、そう言った。

     

「僕のせいで死んだっていうアレか」
「そうだよ。では君は動機には気づいているのかな?」
「僕が……友達になったからだろ。つながりを持ったから」
 二人が声をそろえて言った一言だ。
 でもあざ笑うかのようにへらへらと一笑された。
「あんな言葉を鵜呑みにしたの? らしくないなぁ。本当にそれだけなら千堂さんや榊田くんもお互いを殺し合っているはずじゃないか。気付かないかい? 君が友達になった。異常とはいえ本当にそれだけで人は人を殺せるものだと思うかい?」
「知ったことじゃないよ。僕は人を殺さない。殺人者の気持ちなんて分からない」
 殺してなんかたまるか。だからもしかしたら人殺しなんてのはそれだけの理由でできるかもしれないじゃないか。
「分からない、ね。でも間接的にはやっぱり君のせいなんだよ」
 なんだ、お前も結局僕をいじめに来たのかよ。と話の流れに少しいじけてくる。
「言いたいことがあるなら言えよ。今更隠し立てする間柄でもないだろう」
「ああ。わかったよ」
「で、動機とやらはなんなんだ?」
 人を殺すほどの理由。命を一つ奪えるだけの理由だ。
「綿貫さんはね、君に恋していたんだよ」
 なのに夕凪が告げたのは、どこかの平和ボケした学園アニメのよう。
「何……言ってるんだ?」
 殺害とは似ても似つかない色の単語に驚いた。
「聞こえなかったのかい? 彼女は君が好きだったんだよ」
「悪い、何事もすぐに受け入れられるほど頭が柔軟じゃないんだ。人を殺す理由が僕を好きだから? 頭大丈夫か?」
 夕凪は無邪気そうに笑う。
「あっはは。君に頭を心配されるとはねー。でもさ、『誰でも持っているもの。ただ人よりねじ曲がっているだけ』彼女はそう言ってなかったかな?」
 最後に綿貫に会った時言っていた。だがなぜ知っている? そもそも当事者ではないのにすべてを知っているという言いよう。榊田や千堂とつながりがあるわけでもないだろう。
「なんで知ってるんだそんなこと」
「なんででしょーね?」
「知るはずがないだろう」
「とはいえ見当は付きそうなものだけどね。簡単な話さ。妹の知ることは全て僕も知っているただそれだけのことだよ」
 女の方の夕凪か……。ということはあいつはあの時聞き耳を立てていたということになる。それともこいつに命令されたのだろうか。いずれにしても僕らの知っていることは知っていると考えた方が良いだろう。どいつもこいつも僕とはレベルが違う。
「成程、僕の周りは異常だからけか」
 自嘲する。
「ははは、納得してもらえたようで何より。でもさ、君はちょっと誤解してるよ」
「誤解も何もまだ何も納得できてない」
 そう、夕凪は友達になったくらいで人は殺さないと言った。なら人を好きになったくらいでも、また人は殺せないんじゃないのか。僕はそう思った。
「だろうね。でも根本から違うよ」
 しかし夕凪は話し出す。
「何がだ」
「異常だって、人間だ」
 彼は言った。
「人間らしく生きているし、家族がいるし、学校に行くし、勉強する。失敗すれば後悔する。成功すれば喜ぶ。感激すれば泣く。嫌なことをされれば怒る。そして、恋だってする」
「でも僕たちは泥沼の恋愛劇を演じたわけじゃないんだ。人を殺すほどのことはしてない」
「だから誤解してるっていうんだ。普通の人間ならそりゃたかが嫉妬程度で殺人までは行かないだろう。普通は」
「異常、だから」
 結局はそこにつながる。
「そうだよ。僕らは普通と同じく人間だ。ただ表現や制御が異常なだけなのさ。ゆえに友達になったなんていう現象じゃあ人は人を殺さない。でも、感情では人は人を殺せるんだよ」

     

「結局は君を独り占めしたかったってだけの話なんだよね」
「そのために殺したって……。榊田や千堂も殺すつもりだったって言うのか?」
 確かに榊田は襲われた。生きているけれど。
「いやいや、綿貫さんもそこまで馬鹿じゃあないよ。ただ、完璧でもなかった。計画はあくまでも理想論だったんだ。僕から言わせてもらえれば詰めが甘いどころの話じゃあないよ」
「お前まで遠巻きに話すなよ」
「と言うことは他の人もそうなのかな? 君の友達と言ったら千堂さんか榊田君ぐらいなもんだけどね。僕らみたいなのは婉曲的なのが好きなのかも。……なーんてね。わかった」
 さて、と一拍はいる。
「国原さんの死に様はひどいものだったね。まるで男に殴られたみたいに。例えば榊田くんみたいなさ。女の子だったらもっと楽な殺し方もあっただろうに」
 夕凪はわざわざ名前の所を誇張した。
「千堂さんも災難だったよね。昔と同じように身近な人物が、しかもやっと手に入れた友人が死んでしまうなんて。君も過去を聞いたんじゃないかな? 綿貫さんから」
 今度は千堂。しかも今度は事件の中心とは関係ない事柄で、更に言えば解決済みだ。
「端的に話すって言ったばかりだろ」
 だから? と語気を強めて言う。今日の僕は冷静さが足りない。いや、並みの人間ならば友人を失った後のこれではカリカリするのも自然だ。今回は死んだわけではないけれど、無くなった。しょうがないんだ。
「おっと、失礼。いつものクールな君ならもう分かると思ったんだけどね。いや、高校の時は伝聞でしか聞いてないからかつての君、というべきなのかな?」
 わざとらしく目を丸くする。こういうところが嫌だった。達観して上から嘲り笑っている感覚は慣れない。ただ言っていることはいつも正しかった。だからこそ更に嫌だった。
「要はさ、国原さんが死に、犯人として榊田君が疑われ、この事件を君が千堂さんの過去を知る機会にすることで彼女と疎遠にさせることができれば君は独りぼっちになる。そこに自分が入っていけば自分が君の隣に立てる」
「な……」
「全く一石三鳥だよねー。ボロありまくりだけど」
 適当も過ぎる推理だ。でも、あの綿貫ならしていてもおかしくないと思ってしまう。とはいえそれは計画と呼べるレベルの代物なのか。
「ところが君は千堂さんの過去を受け入れてしまった。それが想定外その一。そして、榊田くんが思ったよりも君たちのことを考えて動いてしまったこと、これがその二。想定外っていうか予測しておけよーって感じだけど、やっぱり他人の心を分かりきってないのが僕達だから仕方ないのかな。んで、結論を見てみれば成功したのは国原さんを殺すっていう序盤も序盤の所だけだったんだよね。まぁ君の見立ても間違ってなくてさ、最後は榊田君を殺そうとして殺しきれなかったってのは知ってるよね。じゃあ――」
「ちょっと待てよ」
「ん、なんだい?」
「榊田が僕たちのことを考えて動いたっていうのは、綿貫はあたかも榊田は僕たちのことを放って自分のために動くと予測していたみたいじゃないか」
 考えてみればやはりそこから狂っている。榊田は特に格闘技で有名でもない。殺害方法が男に殴られたように偽装されていたとはいえ、どうして榊田が疑われる? あの高校に通っていて男であるという条件下だったら、僕含め容疑者はいっぱいいるはずだ。
 榊田が自ら濡れ衣を着ようとでもしない限り。
「あはは。そういう質問ができるくらいには頭が冷えたみたいだね。確かにまだ説明していなかったよ。答えるならそうだな。君たちがどうでもいいというよりはもっと優先するものがあると思っていたのさ」
 どうせこの事件にかかわれる人物など少ない。あらかたの予想はつく。
「もしかして」
 夕凪の顔がぱあっと明るくなった。ひどく幼く見えるほどに。
「そうそう。いやぁ、やっぱり落ち着けば君はすごいんだよ。やれば聡明なところは相変わらずだね。嬉しい限りだ。これで普通を気取ってるんだから――いやオーバースペックじゃなきゃ気取れないか。話を戻すとさ、彼女は自分のために動いてくれると思っていたんだ。何を根拠にして? という疑問が次に浮かぶよね」
「また好きだったとか言うんだろ?」
「いやいや、まさにその通り、正解だよ。榊田くんは綿貫さんのことが好きだった。とはいっても恋愛感情ではないかもしれないけど、庇ったのならやはり恋愛感情の方を僕は推したいね。少なくとも放っておけないって気持ちはあったんじゃないかな」
「確かにあいつは悪い奴じゃないけどさ」
「わざわざ君たちの前に現れて、これ以上深入りしないように脅迫した。脅迫っていうか、君たちが危ないと知っていたからだろうね。更にこれは同時にさも犯人かごとく振る舞った、って意味もある。その後は結局刺されてしまったわけだけれど。刺されるってことはつまりその時は綿貫さんと相対する立場にあったって事かな? となるとその時点までは相対する立場には居なかったってことになる。もちろん綿貫さんが真実を知るものを消すためにやったって可能性もあるけれど、それはちょっと考えにくい」
「まぁ、消すためだったらもっと早くに殺されてるだろうな。僕に脅迫をかけた時には知っていないと脅迫する理由はないし、そうなると殺すまでに時間が空き過ぎている」
「うんうん。で、そうやって君たちも綿貫さんも裏切らずに渡ってきた彼は良い人だ。そして事件時の彼の振る舞いから、綿貫さんを庇っていたってことも考えられないかな?」
「考えられないこともない。でも、確証なんてない」
「それはそうさ、僕の推理だから。ちなみに、その想定に加えて何故彼が真相をいち早く知りえたのかって疑問への答えを足すとさ、やはりあのタイミングしかなかったと思ってるんだ」
「あのタイミング?」
「そう。あの日榊田君が殺害現場を見たのは偶然じゃないと僕は思っているんだよ。綿貫さんはあえて見せることで罪をかぶってほしかったのさ。好意を逆用してね。だから綿貫さんの計画はそこまでは上手くいっていたことになる」
「まさか……」
「でなければなんで学校の外からでも見えうる校庭で殺す理由があったんだろうね? 犯人からすれば目撃者を出す危険性があるのに。でも逆に目撃者を出すという目的ならあながち間違った行動ではないよね。ま、信じる信じないは君の自由。裏付けをとってみてもいいと思うよ」
 裏付けなんて綿貫に聞くくらいしかないだろう。できるはずがない。
「でもそれなら」
「うん?」
「なんで僕のせいになるんだよ」
 そして、やはり行きつく先は同じになってしまう。もはやそこだけが引っかかっていると言ってもいい。過程はどうであれ綿貫が犯人には違いないのだから事件の真相をより密に知ることなど実はさして意味はない。
 でも自分に責任があったと言われれば無視できない。
「ああ。ちょっと語弊があったね、ごめん。君に罪はないと思うよ。でも君は罪な男なのさ」
 夕凪は僕の方へと近づいてきた。そして意地悪な微笑をしつつ下から僕の顔を覗き込む格好をとる。
「君は孤独ってどれほどつらいか知ってるかい?」
 知らないだろう? と付け足しているような言い方だ。
「なんだよいきなり」
「誰とも話さない、誰とも遊ばない、誰ともかかわらない。何をしても一人、何をしても自由、何も言われることはない。生きていようが死んでいようが関係ない。人並みの感情はあるけれど話せる友人はいない仲間はいない先輩はいない後輩はいない家族はいない。そんな孤独が分かるかい?」
「分かるわけないだろ」
「だよね。君は普通になったからこそ回避したんだからさ。けどね、孤独はさみしいものだよ。僕や君が想像できないほどに。ちなみに僕には妹がいるから大丈夫。あいつも変な人とお友達になれる気があるから。綿貫さんとかさ。と言っても君と比べてしまうと足元にも及ばないけどね。」
「お前のことはともかく、孤独についてはそうだな。わかりようがない。千堂の過去を知って多少は何が起きているか知っているつもりだけど、本当の気持ちは本人にしかわからないだろ」
「僕もそう思うよ。でさ、そんな最中、もし救いの手を伸ばしうる人がいたなら。もう好きになっちゃってもおかしくないんじゃないかな? 普通なら自分のことを好きになってくれる人なんていっぱいいる。少なくとも両手の指を超える数はいるはずだ。あ、当人が気付いて居ない人も含めてだよ。だけどさ、異常は違う。恐らく綿貫さんにとっては人生で初めてだったんじゃないかな。異性に普通に接してもらえるなんて。普通に話して、普通に答えて貰えて。そう考えてみるとなんかわかるよね。誰にも譲りたくないって思うのも、ゆえに既に君が居場所を見つけてしまったのが気に食わないのも当然だ」
 知らぬうちに道に人気は無くなっていた。街灯にも電気が付き、いよいよ夜になったのだ。
「綿貫さんも榊田君に好かれているんだから罪な女かもしれないね。もっとも彼の場合は孤独を救うというよりはシンパシーなんだろう」
「……」
「孤独を共有するものとして、ね」
「千堂の方を好きになりそうなものだけどな」
 本当に綿貫のことを榊田が好きだったかはともかくとして、好きになるのならより身近にいた方がいいと思う。
「そりゃ君、本命がいると分かってる人に好意を抱くのは野暮ってものだろ。例え好きだったにしろ、彼が彼なりに抑えて消してしまってもうないだろうね」
「それで全部か」
 関係したこと、じゃない。好きになられたことが悪かった。言いたくもないセリフだが多分本当なんだろう。最重要の証人を欠く今、確かめようもない。
「そうだよ。まぁ綿貫さんの言葉に関してもこれ以上説明はいらないだろうしさ。彼女を殺したのが誰かとかは僕はもう言わないよ。当然、客観的に見れば彼女は自殺なわけだし」
「……ああ」
 出てきた声は返答というより何かが抜けたような音だった。
 分かってるよそんなこと。どれだけ鈍感だってわかる。夕凪は証明問題の残り最後の一文だけ残して僕に手渡したのだ。馬鹿にしないでほしい。
 ――いっそ馬鹿だったら良かった。
 綿貫の言葉。「あなたにばれた時点で私の負けだから」という言葉の意味。彼女が死を選んだ意味。
 唇をかみしめる。彼女は分かっていたんだ。異常だけれど、僕の心の、その部分だけは分かっていた。
 僕は普通で普通で、どうしようもなく普通だから。
 あんな形で送られた好意を決して許せないことを。

 そうして彼女は失恋し。
 こうして僕は、彼女を殺したのだ。

     

「さて……」
 夕凪は若干の距離を置いて目の前に立って、両手を広げた。まるで分かれ道にある標識のようだ。
「で、君はどうするんだい? 千堂さんや榊田君とよろしくやるか、普通らしさを磨いて普通の世界になじんでいくか。君ならどちらも難しいことじゃないはずだ」
「……悪いけど、さっき千堂たちには切られたばっかりだよ」
「君も鈍いな。彼女たちは全て知っているよ。そのうえで、君を拒絶したんだ」
「知っていようが知っていまいが、友達じゃなくなったんだ。どうしようもない」
「違うな、嫌われたと思っているならそれは違う。彼女たちに失礼だと僕は思うね」
「僕のことを思ってとかか? まさか」
「その通りだよ。君が異常に戻らないよう、二度と君が悲しまないよう自分の心が切り裂かれる痛みに耐えながら言ったことじゃないか」
 だったとして有難迷惑もいいところだ。
「ただの勝手な想像だ」
「再三言うけど、信じるも信じないも勝手だ。ただ、かつての友として言わせてもらうならそろそろけじめをつけるべきだと思う」
「けじめってなんだよ。僕は今回の事件だってちゃんとケリをつけてきた。どいつもこいつも僕に特別を求めすぎなんだ。普通であって何がいけない。普通じゃかったとしてだからなんだ。やることはやってきたんだよ」
「いいや、違うね。枝葉は綺麗にまとまっていても意味がない。これは根幹の話なんだ。いくら他にどんな優れたことがあっても僕の言いたいことは決して変わらないよ」
 じっと、彼の視線が僕を刺す。
「君はさ、どっちつかずなんだよ。千堂さんはそれを境界にいると言ったそうだけれど、違うね。たださまよっているだけだ。分かれ道の前でうろうろしているだけなのさ。どちらに行こうと標識の前で足踏み状態。表現を借りるなら境界という中途半端なんだよ。皆が皆自然と迷うことなく道を選んで行く中で立ち止まれるのはすごいことかもしれない。けど分ったろう? 今回のことは中途半端な君が招いたことだ。異常も普通もまぜっこに考えた結果がこれだ。水と油は混ぜるべきじゃないよ。普通と異常じゃ不味いだけだ。わきまえた方が良い。僕たちはゴミのように分別すべきなんだ」
 どいつもこいつも自分をゴミだのゴキブリだの卑下が過ぎる。
「もしも君が覚悟を決めて彼女たちの元へ戻るならきっと受け止めてくれるはずだよ。でも例え真の意味での普通へとなりきっていっても責めはしないだろう。そこまで思ってくれる友なんてなかなか居ないよ。もちろん厚意を知った今でさえ好意を切り捨てられるというなら僕もそれでいいと思う。いずれにせよ決断の時だ」
「何を決めるんだよ」
「もう立ち止まってちゃだめだってこと。何のために僕が出張ってきたと思っているんだい」
「嫌がらせのためじゃないのか」
「ははっ、なかなかの皮肉だね。そうやって逃げていて楽じゃないだろう?」
「僕は逃げてなんかいない。お前らからはそう見えても違うんだ」
 どいつもこいつも勝手なことばかり言う。
 僕は普通だから、どうしようもないのに。
「ほら『普通だから』って言い訳するのはやっぱり良くないんだよ」
「なっ……?!」
「やっぱり当たった? やったぁ。千堂さんほどじゃないけど僕も力があるのかな? ……なんてね。君のような人間の考えることなんて簡単にわかるさ」
 どいつもこいつも心までのぞいてくるのか嫌になる。
「僕のような異常の考えることは異常には分かるってか」
「いいや? 友達のことくらい分かるって言ってるのさ」
「……お前恥ずかしい奴だな」
「なら、君のお友達はもっと恥ずかしい奴だね」
「あいつらはお前みたいなこと言わないぞ」
「どうだろう? 言わないだけでしょ。中学卒業してからあってない僕でさえ君の頭の中程度は読めたんだ。まして彼らなんかは言うまでもないんじゃないかな? まして千堂さんは読心術の持ち主だ」
「かもな。全部、知られてたのかも」
 千堂については否定する方が難しいと思う。
「そろそろいい加減、君だって彼らの気持ちに気付いてあげなよ」
「……分かるわけ、ないだろう」
 心を読むなんて能力僕にはない。
「もしも君が彼らの立場だったなら、今回の事件を起こしたような異常にあふれる場所に友達を置いたままにしておけるのかな? 落ち着いてみなよ。君は分かるだけの能力は持ってる。君が『普通だから』という言い訳をして見過ごすふりをしなければ、みんなの気持ちに気付けていたかもしれないんだよ。こじつけと言えばそうだろう。でも僕はこれも君の罪だと思う」
「僕の罪?」
「立ち位置は曖昧で、しかも何も見ない聞かない気付けないふり。結局君は何かを失うのが怖かったんだろう。選んでしまえば絶対に取り返しのつかないことができるから」
「……かも……しれない」
「だからこそ今終止符を打つべきなんだよ。選ぼう。普通と異常、君はどっちをとるんだい?」
 選ばなかった、というのは言う通りかもしれない。選ばなければ現状維持になると思っていたから。
「はぁ、これほど露骨な誘導もないな」
 聞こえるほどのため息を吐く。わだかまりを吐きだしたのだ。
「どこがさ? 良心的な二択じゃないか」
「いいよ。わかった」
 得意げに答えてやる。どうせ今更選択肢なんてない。
「僕は普通だよ」
「そうかい」
「普通に友達が大事だから、そのためなら僕は何にでもなるさ」
 もともと一択。好意があろうとなかろうと、友達を切れるわけがないんだ。
「解ったよ」
 夕凪は腕を上げて人差し指を突き出した。指さしたのは僕が来た方向。病院の方角。
「じゃあ行くわ」
 踵を返し背中を向ける。こいつに見送られるとは、思ってなかったな。それ以前こんなタイミングで出てくると思わなかったんだけど。
「いってらっしゃい」
「あ、そうそう」
 いざ向かおうとする瞬間、僕は思い出したように振り向いた。
「どうしたの?」
「僕のことを思ってくれる友人っていうのは、お前も込みの話でいいか?」
「……勝手にしなよ」
 相も変わらない企んだ笑顔で夕凪は言う。今に限って言えば照れ隠しかもしれない。だったらいいなと思う。
「ん、勝手に入れとく」
「全く、罪な男だね」
 耳にはそう聞こえたが、もう振り返らない。
 千堂はまだ居るだろうか。面会時間は大丈夫だったっけ? まぁ何とでもなるだろう。駄目なら日を改めればいいだけの話だ。
 僕には――いや僕達には、明日がある。

       

表紙

近所の山田君 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha