Neetel Inside ニートノベル
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〜あなひだ・わたみぎ〜
Phase 12<ENDING>

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OUTSIDE(12)

***ミサキ:@自室パソ前 なう***

 わたしは推敲を終えると、今回分を投稿した。


 あのあと、アキからの返答は一切なくなった。
 メラトニンを注射してもらっても、お酒を飲んでも、アキが現れることはなくなった。
 結局、プロジェクトは頓挫してしまった。
 研究員さんたちはがっかりしていた。
 ヒカリは泣いてた。
 おじさんはわたしたちみんなを慰めてくれた。でも、おじさんもやっぱりかなりがっかりしたみたいで。

 もちろん、アキのブログの更新も、小説の更新もなくなってしまった。


 それでもわたしは信じていた。
 胸に手を当てると、奥のほうになにか暖かいものを感じるから。
 アキと知り合うまでは、感じたことのなかった、まあるいぬくもり。
 わたしが小説を書くと、それがなんだかうれしそうにはずむ気がする。
 悲しいことのあった日は優しく揺れて、慰めてくれるような気がする。


 ――だからわたしは、ひとつのアイデアを実行に移すことにした。


 アキとわたしが入れ替わったときの画像と、会話しているときの画像をDVDに焼いてもらって、何度も何度も見た。
 そして知った。アキは左利き、ローマ字入力。入力速度は一分間96文字程度。
 こめかみをひとさし指でこつこつやる癖があるらしい。
 わたしよりは低い声で、ぶっきらぼうだけどおちついてゆっくり目にしゃべる。

 アキはおそらく、ムリに躯体を動かしてわたしをかばおうとしたことで、神経回路を酷使し、ショートさせてしまったのだろうということだ。
 だったら、もう一度作る。
 アキとおなじことやって、もう一度こんどはわたしが、アキの神経回路、作ってあげる。
 アキはいきてるから。
 だって言ってた。
『こいつだけは失えない』て。
 そのアキが、死んでいるわけなんかない。
 アキは生きている。言葉をつむぐことさえできなくなっても、絶対に、わたしのなかで。


 だからわたしは。


 文字入力を、ひらがな入力からローマ字入力に変えた。
 そうしてタイピングを率先して引き受け、小説もローマ字入力で書くようにして、入力速度一分間96文字を達成した。

 日常生活では極力左手を使うようにした。
 投げていたペン習字を再開。提出ぶん以外は左手でお手本をなぞった。
 最初のうち、書類を書いたり人前でごはんを食べるときはさすがに右にしていた。
 けれど、一年たつころには左でもあまり違和感がないレベルになっていた。

 こめかみを指で叩くクセは、ヒカリに教えてもらったんだけど、なじみすぎてヒカリが驚くくらいになった。
 ヒカリが微妙な悲しそうな顔をするから、ふたりでいるときは極力出さないようにしているけど、うっかりしたときにやってしまう。

 すこし低い声でゆっくりめに話すようにした、アキみたく。
 ひとりになったらあの、ちょっとぶっきらぼうなでも優しい口調を真似て、独り言なんか言ってみたりして。

 投稿こそしないけど、自分なりに考えて、アキの小説の続きを書いてみた。もちろんローマ字入力で、文体も真似して。


 そうしながら、今回のこととアキへのキモチを、小説として書き上げた。
 その小説は、投稿してみたらなんと、驚くほどの好評を得て。
 今やわたしはNyaatNovelのさえない奴から、五人の人気作家の一人になってしまっていた。


 その作品『あなたの左手わたしの右手そして秘密のチャット室』は次回で、最終回。
 ヒロインの美沙は、自室で一人、秋人への想いを小説としてつづっている。
『会いたいよ、アキ』
 そのシーンを書きながら、わたしも涙をこぼしていた。

 会いたいよ、アキ。
 会いたいよ。
 会いたいよ。

 お願い、返事をして――

 そのときわたしの左手が勝手に動いた。

『ミサ』

 どき、とした。
 とっさに力を抜く。身を任せるように。

『ミサ』

 間違いない。
 これはわたしの意志じゃない。

 わたしは右手で打ち込んだ。
『アキ? アキなの?』
 左手が動いた。
『ああ』

 わたしは泣いていた。目の前のディスプレイが見えなくなった。
 アキの左手が涙をふいてくれる。
 すると今度はわたしのものじゃない涙があふれてきた。
 わたしは右手で涙をふいてあげる。
 アキの左手が震えながらタイプする。

『話したかった ずっと』
『真っ暗で何も見えなくて ミサの気持ちだけ感じられて』
『ミサの手が伸びてきて 目を開いて 手をとってくれた』
『お前がいっぱい手をとってタイピングさせてくれた だから手が動くようになった そうだろ?』

「そうだよ。わたしがアキのリハビリしたの。
 だってアキがわたしをおいて死ぬわけないもの。
 ねえアキ、声も、出る?」
 喉からかすれた吐息が出てくる。まだ声にならないけど、わたしは確信した。これはアキがしゃべろうとしたものだ。
「無理しないで、またショートしちゃったらいやだから」
 すると左手がすばやくタイプした。
『大丈夫。言ってみてくれ。
“ずっと会いたかった”て』
 わたしは言った。
「“ずっと会いたかった”」
 すると、ちょっと低い声がゆっくり、それを繰り返して言った。
 左手がタイプする。
『こうなってわかった。もう離れたくない、ミサ』
『だから俺はこんな俺たちをまるごと受け止めてくれるやつを探す。そして一緒にしあわせになろう』
「きっとむずかしいよ? だってわたし女の子だし、アキは男の子だよ」
『同じやつを探せばいいさ。この広い世界、どっかにいる』
「婚期逃したらセキニンとってよ(笑)」
『もち。それとユズキ博士に連絡とってみないか? プロジェクト再開してもらえるかもしれない。そしたらまた違う展望があるかもしれない』
「わかった。あしたにでも、ヒカリに話してみるね」

       

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