Neetel Inside ニートノベル
表紙

Z軸を投げ捨てて
四谷

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 「……と、言うわけなんだよ」
 「吸血鬼になった上に吸血鬼の女の子と吸血鬼ハンターの女の子に迫られました、ってか。ハッ、中学生の妄想かっつーの」
 「ロリババアだと、貴様……。 !? 待てよ、『歳を取らない少女』に『女装少年』……これらを組み合わせると……五反田!」
 「『永遠におっさん化しない男の娘』ってか……やばい、世界が塗り替えられるぞ……!」
 「神田君!」
 「女装に興味はあるかい!?」
 「ないよ!!!」
 「……新橋、顔色悪いけど大丈夫?」
 「…………渋谷、俺もうこの世界がわかんないよ…………」
 「おーい四谷、死ぬな。生きろ、生きるんだ。まだ見ぬかわいこちゃん達がお前を待ってるぞ。きっと。来世辺りにでも」
 「そのフレーズ地味にトラウマだから止めろ……ていうか何でお前が知ってるんだ大塚」
 
 夏休みも既に中盤。
 記録的な猛暑が幅を利かせる中、俺達は無駄に広い五反田家に集まり、無駄に広い五反田の部屋で、各々無駄なくくつろいでいた。
 特にいつもと変わりない日常の一ページ……のはずだが、いつもと違う所があるとすれば。
 
 「……で、何でお前等彼女連れてきてんの?」
 無粋な発言をする新橋。
 俺から言わせてもらえば「お前も連れてくればいいじゃん」だが、
 「だから彼女じゃねーって!」と返される流れはもう飽きたので沈黙を続ける。
 
 いつもは野郎だらけの不毛の大地だが、今日はその中に色とりどりの花が咲き誇っていた。
 今日この場にいる女の子は……五人。

 「ああ、家に一人にしておくと……その、困ったことになっちゃうし、ね」
 「お邪魔させていただいてます、よよぎです! 真彦様の家に居候させて頂いております! 今後ともよろしく!」
 元気いっぱいに手を振り上げる猫娘に。

 「いや、移動手段」
 「お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! がいつもお世話になっています。メイドのアキと申します、お見知りおきを」
 背筋をきっちり伸ばして正座するメイドロボに。

 「ああ、外は暑いんでの。昼型のわしには厳しいのでお邪魔させてもらうわ。結城の保護者の御茶ノ水タエじゃ。たえちゃんと呼んで良いぞ」
 「寝るか死ぬかのどっちかにしなさい……あ、お邪魔してます、神田君のお世話をさせて頂いてる飯田橋です。よろしくお願いします」
 「なんでこの人達僕の行く場所わかるんだろう……」
 ベッドに寝そべる吸血鬼に、笑顔を振りまく吸血鬼ハンターに。

 「失礼します。えっと、全員コーラで大丈夫ですよね。よよぎちゃんだけ牛乳で」
 「ありがとクロメちゃん。こっち来なこっち。自己紹介」
 「あ、どうもみなさんこんにちは。クロメと申す者です……その、直己君の彼女、を務めさせてもらってます」
 少し恥ずかしそうに頭を下げる悪魔。

 
 新橋の彼女、ツンデレの大崎さんは来ていない。新橋が誘ってない以上来る道理も無い。もっとも、誘った所で来るかどうかわからないが。
 普段は目白のストーキングに勤しむ池袋先生も、今日は用事で来られないとの事だ。
 大塚が呼んでいないので荒川さんも来ない。代わりに俺がメールを送ったが、スッパリと断られた。
 余談だが、大崎さんと荒川さんは仲が良いらしい。あくまで余談だけど。
 
 「……人外組だな」
 ボソッと大塚が呟く。
 まあ、世界広しと言えどもこんなに人間外の女の子が揃う部屋も他には無いだろう。
 「やだなぁ大塚君、私は人間ですよ」
 「……果たして、殺人鬼は『人間』と呼べるのかのう」
 「どうやら……血管に極太空気注射を打ち聖水風呂に沈めた後に心臓を抉り取り銀の包丁でサイコロステーキのように細切れにしてルーマニア土産にされたいようね」
 「ルーマニアにそんな恐ろしいお土産は無いよ!?」
 「怖っ! 飯田橋さん怖っ! って言うか最近の女の子怖っ!」
 「ちょ、冗談に決まってるじゃないですか二人共!」
 オカルト関係に一通り詳しい大塚はすっかり吸血鬼組に溶け込んでいる。
 最近の女の子が怖い事には深く同意だ。特に……
 俺はアキちゃんを横目で眺める。


 「猫又、悪魔、吸血鬼……該当データが見あたりません、興味深いサンプルです」
 「ササササンプルって何!? 実験動物!? モルモット!? 電流!? 解剖!?」
 「大丈夫、大丈夫だよ、よよぎ」
 「アキ、初対面でサンプル扱いは無いだろう」
 「そうですね。ご無礼をお許し下さい」
 「い、いえ、私は構いませんが……えっと、アキさんは生物……じゃないですよね……?」
 「未来から来たメイドロボ、だってさ。クロメちゃんの世界にはロボットとか居なかった?」
 「いえ、全く……人間界は技術の進歩が凄まじいですね」
 「クロメ様の世界……?」
 「ああ。クロメは俺に召喚されて魔界から来たんだ」
 こちらはお互いに相手を注意深く観察し合っていた。
 無理もない。文字通り住む世界が違う方達が人間を挟んで未知との遭遇に至っている、と言った状況なのだから。
 「魔界には強大な力を持つ悪魔が住んでおり、人間が入るにはあまりに危険です。行き来するためには門を開く必要があります」
 「……ま、人外は入った所で死にやしないだろうけど」
 五反田が俺を一瞥し、フッと鼻で息を吐く。
 ああ、さっきの大塚の発言、俺も含まれていたのか……。
 「あの人は駄目です! 真彦様をトラックに突き飛ばし、殺害に失敗したら直接手を下そうとした残虐非道畜生野郎です!」
 「だから違うってば……」
 「騙されては駄目です真彦様! 今の内に殺っておかないと危険です!」
 長いしっぽをピンと立て、よよぎちゃんは俺に威嚇の姿勢を取る。
 彼女の勘違いは随分悪化してしまっているようだ。
 「四谷さんを殺すのは無理ですよ、多分……それこそ魔王級を呼んでこないと」
 クロメちゃんは乾いた笑いを漏らす。
 「ああ、四谷を殺すなら女の子の悪魔かロボットか吸血鬼か何かで囲んで袋叩きにするしか……」
 そこまで言った所で上野は何かに気付き、考え込んでしまった。
 んー、と軽く唸った後に口に手を当てる。そして一言。
 「……ご褒美じゃないか」
 ……まあ、そう言うとは思ったよ。
 「クロメちゃん、この男は常にエロい事しか考えてない変態だから近づいちゃ駄目だよ。むしろ俺以外の男に近づいちゃ駄目だから」
 「はいはい、わかってますってば」
 照れながらも優しく微笑むクロメちゃん。
 てっきり五反田は独りよがりのヤンデレになってると思いきや、問題無く相思相愛らしい。
 さっき男の娘がどうのかこうのか言ってたのは聞かなかった事にしよう。

 「へー、悪魔なんているんですか。私も結構対魔の知識はあったつもりなんですけどねー」
 「飯田橋さん、クロメちゃん狩ったりしないでよ?」
 「しませんしません、特に恨みも無いですし。吸血鬼の方が悪魔よりよっぽど悪魔ですよ、マジ悪魔です。死に絶えるべきですよ。神田君以外」
 「ああそういや神田も吸血鬼だったんだっけ。いいなー、俺もお前等みたいな人外的な力が欲しいわ」
 「四谷、クロメちゃん、よよぎちゃん、アキちゃん、たえちゃん、神田、飯田橋さん……は人間か。おいおい、半分が人間じゃないって凄いな」
 ……なぜ真っ先に俺を挙げる、五反田。
 部屋内は賑わい、あれやこれやと会話が飛び交っている。
 何だかんだでみんな異文化交流を楽しんでいる様子だ。

 「……ああ、超居心地悪りぃ……」
 「俺ちょっと頭痛くなってきた……帰ろっかな」
 目白+新橋の常識人コンビ以外は。
 
 「あの電波女も大概だが、正直俺、あまりオカルトの類は関わりたくねーんだよなー……」
 「俺、もっと現実的で退屈な日常の方が好きなんだよね……」
 部屋の隅でぐったりしている二人。
 良く考えれば当たり前だ。常識外の非日常が一つならともかく、三つ四つも並んでやってきたら常人の理解力では足りなくなるのも無理はない。
 どうやら、彼等二人のキャパシティは限界を超えてしまったようだ。
  


 「それにしても、四谷はなんなんだろうな、結局」


 大塚の呟きに、男子勢の口の動きがピタリと止まる。
 女の子達もそれに習って、口を閉ざす。
 和気あいあいとしていた部屋の雰囲気が変わる。
 みんな少なからず考えていた事だ……特に、付き合いの長い俺達、男共にとっては。
 
 「超能力者でも無い。妖怪でも無い。ロボットでも無い。悪魔でも、吸血鬼でも無い。
 でも……その力は既に人の域に非ず、だ」

 「おかしいのはそこだけじゃない。何で四谷だけこんなおかしな事に巻き込まれるんだ? 確かにクロメちゃんを召喚するときに四谷を呼んだのは俺だ。
 だけど……ここにいる全員、女の子に出会ったときにはいつも、『四谷が近くにいる』んだよ。これって、偶然にしては出来すぎて無いか?」
 五反田が続ける。
 
 「そう言えば……」
 「そう……だね」
 確かに、いつだってこいつらと女の子が出会うのは俺の目の前だった。まるで見せつけられるかのように、手の届く距離で。
 
 「――ああ、五反田。お前気付いて無かったのか」
 静かに意味深な台詞を吐いたのは、上野だった。
 「はぁ? いやだから、気付いてたんだろ五反田は。何がおかしいんだよ」
 目白が上野の発言を喧嘩腰に遮る。
 隣の新橋もさっきとは打って変わって真剣な表情をしていた。
 上野はあくまで冷静に。鉄面皮を維持したまま語る。
 
 「これまでの事は全部、『四谷が原因』なんだよ」

 部屋内が、沈黙に包まれる。
 男は自分の記憶を辿り、女の子は話についていけていない表情を見せる。
 「……それってどう言う事だよ、上野」
 真っ先に口を開いたのは、当人の俺だった。
 俺は他人同士をくっつけようとしたことなど、一度も無い。断言できる。
 
 「いや、違うな、悪い。正確に言うなら――


 『四谷がいなければ、出会っていなかった』んだ。これが正しい」
 


     

 「俺とアキが出会ったときの覚えてるよな、四谷」
 当然、鮮明に覚えている。
 「屋上に入れたのはお前のおかげ。そこでアキと出会ったのは……まあ、遅かれ早かれ見つかってただろうが……で、お前はどうしたんだっけ?」
 「俺は……アキちゃんがお前を攻撃してきたから、それを妨害した」
 「そして、アキを機能停止させ俺を助けた、だったよな」
 何一つ間違っていない。
 「お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! に私が攻撃を……? そんな事があったんですか。申し訳ございません」
 と、座ったまま綺麗に90度お辞儀をするアキちゃん。
 あの時にアキちゃんは初期化されたので、大立ち回りを演じたことは覚えていないようだった。
 ……アームロックは攻撃じゃないのだろうか?
 「ん、何でお前達屋上何かにいたんだ?」
 「四谷があの時いなかったら、俺は死んでいた。間違いなくな……改めて、ありがとう」
 五反田の疑問を完全に無視し、上野は続ける。
 そんなことより、と目が言っていた。

 「五反田がクロメちゃんを召喚する為に保険で呼ばれたのは。
 渋谷とよよぎちゃんをトラックから助けたのは。
 池袋先生が占いをやっている日時、駅前に目白を来させたのは。
 大塚と荒川さんを窮地から救ったのは。
 満月の夜、神田を山へと誘ったのは――

 ――誰だ?」

 「……」
 言葉が出てこない。

 「五反田はお前がいなければ親に隠れて悪魔召喚なんて危険な真似はできなかった」
 「確かに……誰が家に来ようと、四谷が来なければ魔導書を使うつもりは無かったな」
 五反田は眼鏡のずれを手で直し、俺を見る。

 「渋谷はお前がいなければトラックに撥ねられて死んでいた」
 「違いますよ! 確かこう、死ねぇー! って突き飛ばしてましたよ!」
 「言ってない言ってない。……うん、多分あの当たり方だと……僕なら死んでただろうね」
 渋谷はよよぎちゃんをなだめながら、俺へ苦笑する。

 「目白はお前がいなければ池袋先生には会わなかった」
 「ああ、物凄い迷惑だ。教育実習に来たのもストーカー行為の一環だしな。一生あの面を拝むことは無かっただろうよ」
 目白は軽く舌打ちをし、呆れた目を俺に向ける。
 
 「大塚はお前がいなければ荒川さんを守れなかった。下手すりゃ大塚まで死んでいたかもな」
 「……ああ、その通りだ。俺はいつだって、お前に頼りっぱなしだな」
 大塚は自虐的に笑い、俺に感謝の眼差しを投げかける。

 「神田はお前がいなければ……死ななかった。たえちゃんとも飯田橋さんとも、会うことは無い」
 「う、上野……その言い方だと四谷が僕を殺したみたいだよ……」
 神田は俺を気遣い、気にしてないような表情を俺に見せる。


 「おい、待て上野。俺は違うだろ? 俺はいつも通りに登校してきただけだぞ」
 と、そこで忘れていた奴がいた。
 呼ばれなかった最後の一人……新橋。
 そうだった。俺は新橋といつも通りに歩いていただけ……

 「ああ、そうだ。いつも通り『四谷の家の外で五分待たされて』、な。四谷がいなかったら、どうなっていた?」
 「!」
 「会わ……なかった。 おいおい、マジかよ……!?」
 俺は新橋と顔を見合わせた。
 新橋は驚愕の表情を浮かべているが、それを見ている俺も負けず劣らずの驚きようだろう。
 
 「良いか悪いかは別として、お前によって俺達の人生は確実に変化した。
 四谷……お前は一体、何なんだ」

 全員の視線が、俺へと集まる。
 その四方から向けられる眼差しは俺にはどこか冷たいものに感じられた。
 言葉を発しようとして、唾が喉に詰まる。
 「げほっ、ちょ……そんな注目しないでって! 知らねぇよ、俺だって!」
 軽く咳き込み慌てて弁解する俺。悪いことをしたわけでもないのに、随分と切羽詰まらされている。

 「狙ってやったんじゃねーって事は確かだろうよ。このバカが隠し事も嘘も得意じゃね―のは知ってんだろ」
 助け船を出したのは以外にも目白だった。この雰囲気を不快に思ったのか、その顔には怒りが見える。
 
 「それすらも……演技だとしたら?」
 
 ドン。
 目白が握り拳でカーペットを叩き、静かに立ち上がる。
 「上野……いいかげんにしとけよてめぇ」
 片手の間接を親指から綺麗に全部鳴らしながら、上野へと歩み寄っていく。
 「ちょ、ちょっと目白!?」
 「おい、止めとけ目白! 上野も言い過ぎだ!」
 神田と大塚の制止も聞こうとしない。あと二歩の所でアキちゃんが立ち上がり、その間に割って入った。
 「目白様、『ご主人様』に危害を加えるおつもりでしたらどうかご容赦下さい。代わりに私が受けます」
 「どけ」
 「どうしてもと仰るのなら……排除させていただく事になります」
 最悪の場合、殺す。
 アキちゃんの発言により、部屋内は張り詰めた雰囲気に包まれた。

 「止めろ、アキ」
 「目白、もういい。大丈夫だ」
 が、すぐにそれも収まる。
 上野と俺の発言により、両者は渋々ながら警戒態勢を解く。
 「……すまない、四谷、目白。……アキも。考えれば考えるほどわからなくなってな。今のは俺が悪かった」
 それを聞いた目白は踵を返して元の位置に戻る。
 「……ああ。ごめんな、メイドちゃんよ」
 「いえ、私の方こそご無礼をお許し下さい」 
 両者が腰を下ろしその場はどうにか収まった。
 俺達はまだしも、女性陣は相当居心地が悪かったのだろう。ベッドで寝ている御茶ノ水さん以外は各々安堵のため息をついていた。
 
 「まあ、確かに四谷についてはわかんない事だらけだね」
 渋谷の呟きに頷いたのは、他でもない俺。
 そう、自分でもよく分かっていないのだ。上野に分かるはずもないだろう。
 「四谷、お前の家族ってみんな怪力一族なのか?」
 五反田が俺に尋ねてくる。俺の返事より早く、大塚が先に答えた。
 「全員普通だよ、こいつ以外。家系も農民ばっかりで逸話も何もない……俺が前に聞いた」
 いつだったかは忘れたが、確かに前に聞かれた。勿論その言葉に嘘は無い。
 「身体検査は? ミオスタチン異常とか言われなかったか?」
 「いたって正常。にも関わらず非常に高い身体能力を持ち、学校の体力テストでは適度に手を抜いている」
 続く新橋の質問にも大塚が答えた。
 大塚は俺の強さに随分興味を持っていたらしく、一時期に俺の個人情報を物凄い勢いで調べていた過去がある。
 恐らく、俺の家族の次くらいに俺の事に詳しいだろう。

 「他におかしな所は無いな。強いて言うなら運命的出会いにこだわるほどロマンチストで、彼女いない歴=年齢って事くらいか」
 わざわざ言わなくてもいい事を言う大塚を殴りたくなる衝動に駆られるが、堪える。
 「あ、あと霊感が強い。前に素手で幽霊を撃退してた」
 新橋が随分昔の事を思い出していた。そんなこともあったっけ。
 「あの電波女ならわかるかもな。何でもお見通しみたいな顔してるし」
 すっかり元の調子に戻った目白は、笑いながら菓子を一つつまんだ。

 
 「呼びました?」
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!?」
 そして、落とした。
 目白の後には、何時の間にか池袋先生がちょこんと座っていた。いつも通り、ねっとりとした微笑を浮かべている。
 「おっ、おま、なななんでここに、い、何時からいやがった!?」
 「メイドの子に喧嘩を吹っかけて注目されてる時に窓からお邪魔して、ベッドの下に潜んでました」
 ……全く気付かなかった。
 周りの人間と人間以外が若干引いていることなど全く意に介さないあたり、底が知れない女人である。
 「用事が早く終わりましてね。四谷君の正体が知りたいのですか?」
 「本当にわかるのかよ!? えーっと……聞くよな?」
 皆を見回しながらの発言。真っ先に反応したのは、やはり大塚だった。
 「教えて下さい。俺は……どうしても知りたいんです。お願いします」
 大塚が深く頭を下げる。本来は、ここは俺が頼む所なのではないか。
 「力……ですか。四谷君の強さは手に入りませんが、あなたはまだまだこれからですよ、大塚君。
 ……さて、四谷君。この話にはあなたにとって厳しい事実が待っていると思われますが、それでも聞きますか?」

 厳しい、事実。
 それが何なのか、皆目見当もつかない。
 それはもしかしたら、俺という存在そのものを否定される材料なのかもしれない。
 でも。
 
 「聞き……ます」

 知らずに過ごすことなど、できない。
 そこに何があろうと。何が待っていようと。
 俺は……自分が何者なのか知りたい。知らなくてはならないのだ。
 
 「わかりました。もう後戻りはできませんよ。
 さて、どこから説明したらいいものか……あ、ではとりあえず最初に。
 先程大塚君が『彼女いない歴=年齢』と言いましたね。

 
 あれは間違いです」 

     

 ……と言われても、俺には彼女が出来た記憶など無いが。
 「え、四谷彼女いたの?」
 「いや……身に覚えが無いです」
 赤ん坊か幼児の頃に幼馴染みとでも付き合ったのだろうか。
 幼馴染みなんて縁の無い言葉だと思っていたが、もしかしたら忘れてただけのかもしれない。
 そうするともう少しで幼馴染みが転校してきて
 「あ、あれ、ひょっとして……たかふみくん? 私千夏(仮名)だよ、覚えてる? ホラ、昔二人っきりで遊んだじゃん! 久しぶりだね~。あっ……あのさ……前に私がたかふみくんに言ったこと……まだ覚えてる? わ、忘れてるならいいやっ! 思い出さなくていいからね!」

 「あーわかったわかった」
 大塚の挙手により、妄想の深層部までダイブしていたのが現実に戻される。厳しいと噂の現実へ、と。
 「あれだ。頭に衝撃を受けて記憶喪失になったんだよお前。その時に脳のリミッターが外れたんだろ多分」
 「いいえ、違いますねぇ。四谷君には正真正銘、彼女がいませんでしたよ」
 「……どうにも話に要領を得ねぇな」
 「まあ、お聞き下さい。女の子に縁のない四谷君はこれまでずーーーーーーーーーーっと純潔を守ってきたわけです。早い話が童貞ですね」
 
 ずしょ、と言う音が脳内に響いた。
 妖艶な笑みを浮かべた美少女に面と向かって『童貞』と言う矢印(じじつ)を心臓に突き刺された音に違い無いだろう。
 痛い。痒い。恥ずかしい。死にたい。
 「ふふふ、そう言うわけで私が貰ってあげますよ。お姉さんが可愛い童貞君をいただいちゃいます。そう言って彼女は俺のズボンのジッパーを咥えて口で下ろす。そこには既に限界近く張り詰めた俺の陰茎が下着を突き破る勢いで屹立していた。それを目の当たりにした彼女は得物を見つけた野獣のような顔をして、へぇ……童貞君の割には立派じゃないですか……中々楽しめそうです。一滴残らず搾り取ってあげるので覚悟して下さいね? と言い俺のパンツを」
 「上野、いいかげんにしとけ」
 「目白様、お兄ちゃ……きゃっ、ま、間違えました! 申し訳ありませんご主人様! に危害を加えるおつもりでしたらどうかご容赦下さい。代わりに私が与えます」
 言うや否やアキちゃんは上野の右手首を掴み、もう片方の腕を絡ませ始める。
 「アキ、冷めた目で俺をこの童貞って罵って……ぐああああああああああああ!」
 部屋に上野の悲痛な断末魔が響き渡る。
 「馬鹿はスルーだ。……で、童貞だから何なんだよ。自慢じゃね―が俺だって童貞だぞ」
 本当に自慢にならん、と小さく付け足す。
 「童貞が三十歳になったら魔法使いになるってジョーク、聞いた事ありますよね? あれ、実はあながち間違いってわけでも無いんですよ。処女と童貞には聖なるものとして神秘性が宿り、超常的な力を使えるようになる……と言う事を大袈裟に言ったものです」
 処女や童貞が昔から尊重されているのは聞いた事がある。魔法使いのジョークの方は有名すぎてネタにもならないが……なるほど、そんな理由があったのか。
 「大袈裟に言って『三十歳で魔法使い』なんですよね? でも四谷の年齢はその半分ちょいですよ。規模がおかしくないですか?」
 大塚の疑問はもっともだった。
 俺は紛れもなく十七歳だし、別に生活習慣の乱れで肉体年齢が上がってる事も無いし、精神年齢も別段高い方では無い。
 明らかに年齢と神秘性とやらが割に合っていないだろう。
 「それなんですけどね、その計算には前世の分も引き継がれるんですよ。神秘性は精神に宿り、肉体に浸透していくので」
 前世まで絡んでくるのか。話が大きくなってきたな。
 
 「四谷君。あなたの前世は童貞です」
 
 ざすっ、という音も聞こえてきた。
 まさか前世まで童貞だとは……どれだけ女の子に縁が無いのだ、俺は。
 「前世って普通職業とか何の動物か、とかだろ……何だ、前世は童貞って。イジメか」
 「でも……これで四谷の強さの秘訣はわかったね」
 「童貞か……確かに、力は他の手段で手に入れた方が良さそうだな。一生童貞で来世に強くなっても意味無いし」
 
 「甘いですよ、大塚君。一生くらいではそれこそ魔法使いがやっとです」

 「……へ?」
 大塚がぽかんと口を開ける。
 「『一生くらい』? って事は……まさか、その前世も童貞だったとか?」
 「そうですね、その前も童貞です」
 どしゅっ。
 「その前も」
 ざくっ。
 「そのまた前も童貞です」
 ぐじゅっ。
 「よ、四谷がどんどんダメージを受けてるよ……」
 神田の言うとおり、俺の心臓はもう回転する赤い矢印に四方八方から抉られていた。仮面ライダーの必殺技にこんなのがあったような気がするが、あまり覚えていない。
 「ちなみに大まかな例えで言うなら、百年で魔法使い、二百年で仙人ですね。五百年で精霊と言った所でしょうか」
 「……俺はどのくらい童貞なんですか?」
 恐る恐る尋ねる。帰ってきた言葉は――



 「千年です。神秘の大きさは三等級神聖存在に匹敵し、三等級神聖存在には高等精霊や聖人などが含まれる。早い話が――


 ちょっとした神様ですね」

 俺は、神だった。
 
 
 「神……四谷が?」信じられないと新橋。
 「え? 神? え?」何を言っているのかわからない様子の神田。
 「神様……だったんだ」素直に驚いている渋谷。
 「童貞神様じゃ……」五反田。死ね。
 「千年童貞様じゃ……」上野。殺す。
 「……何で無神論者の俺の友人に神が混じってやがんだよ……」頭を抱える目白。
 「神かよ……どうりで強いわけだ……ははっ」顔を引きつらせて笑う大塚。

 大袈裟に驚きほどしないものの、やはり全員にとって予想外だったようだ。
 勿論俺も、自分が神など考えたことすら無かった。 
 神って……神だよな。
 ざわめく俺達に構わず池袋先生は続ける。

 「四谷君が原因で出会いが発生するのは、恐らくその体から放出されている神秘性が人を引き付けるからでしょう。無意識下に人の出会いを誘発しているのです」
 そんな……事があったのか。
 「人じゃないのも混じってるけど」
 新橋が聞こえないように呟く。
 「待てよ……じゃ、何で四谷には出会いが無いんだ? その理屈で行くと、真っ先に誰か女の子と出会うはずなのに」
 五反田の疑問に俺ははっとする。
 そうだ。何で俺の周りだけ女の子が引き寄せられて俺だけ……?
 「簡単です。四谷君が女の子と結ばれる事になったら、その神秘性は失われることになる。四谷君の神秘性そのものが、それを許そうとしないのでしょう。
 だから、四谷君の周りには引き寄せられた君たち男の子が集まり、四谷君の代わりに出会いが訪れるわけです。私と進君のように、ね」
 池袋先生がそう話を結ぎ視線を投げるも、目白は目を顔ごと逸らす。
 「あー……まあ大体わかりました」
 大塚が肩を落とす。
 しかし、ここで疑問が一つだけ残る。
 もっとも、これが気になるのは俺だけかもしれないが。
 「じゃ……じゃあ、俺が女の子と出会う方法は」
 俺が尋ねると、池袋先生は僅かに哀れみの表情を見せる。
 
 「四谷君の神秘性は己の増幅を求めています。君はいわば、依り代。ただの生贄に過ぎないのでしょう。つまり――」

 ああ、俺は――

 「――女の子と出会い、結ばれる方法など……存在し得ないでしょう」  

     

 俺……四谷 孝文(よつや たかふみ)は至って平凡な人生を過ごしてきた。
 特別幸運でもなく、不幸でもなく。
 人並みに恵まれた環境の中で、
 人並みに努力をして、
 人並みな「異性と運命的な出会いをしたい」と言うやや乙女チックな夢を持つごく普通の高校生。
 そんな思いとは裏腹に、転校生と十字路でぶつかるなんて出来事は俺には起こらなかった。
 物置から出てきた本から悪魔の女の子が出てくるなんて事も。
 トラックに轢かれそうだった猫を助けたら女の子になって恩返しに来たなんて事も。
 偶然会った占い師の女性に運命の相手だと告げられるなんて事も。
 悪人達に追われていた女の子を助けてお近づきになるなんて事も。
 未来から美少女メイドロボがやってきて自宅に居座るなんて事も。
 事故で死んで吸血鬼になり女の子二人にどっちが面倒を見るかで揉められる事も。
 俺には、起こらなかった。

 そして――これから起こることも、無い。


 
 長いようで短かった夏休みも終わり、今日から登校日だ。
 9月になったからすぐに気温が下がることなんて事は当然無く、日差しの強さはまだまだ夏は終わらないとでも言いたげであった。
 「あのさ……四谷」
 「どうした?」
 「あまり池袋先生の言ってた事、気にすんなよ。本当だって証拠も無いしさ」
 新橋は随分と気を遣ってくれている。素直にありがたいと思う、が。
 「ああ、あの事か……別に、もう気にしちゃいないよ」

 
 あの日、池袋先生から告げられた事実に俺は打ちのめされ、俺の精神は存在意義ごと粉砕された。
 と言うのは言い過ぎだが、本格的に自殺を図ろうかと考える程度にはショックだった。
 ふらふらと家に帰り、風呂にも入らずベッドに潜って、寝た。
 夢なんて、何も見なかった。現実でも夢でも、俺はからっぽだった。
 次の日も飯も食わずに一日寝て過ごし、このまま死ねればいいのにと思ってたら母に叩き起こされた。
 無理矢理食わされた飯を口に入れたら、腹は減っているはずなのに、あまり味がしないように感じられた。それでも、全部食べた。
 我が家は三人家族で俺には兄弟がいない。俺が女の子と結ばれない事を考えると、我が一族は俺の代で途絶えてしまうわけだ。
 結婚して安心させてやることも孫の顔を見せてやることも、俺は両親にしてやれない。ひどい親不孝者だ。
 しかし、だからと言ってここで自殺するなんて事は愚の骨頂だろう。どう足掻いても親を泣かせる大馬鹿息子だ。
 
 
 これから先、未来永劫……俺に光り輝く未来は来ない。闇中の階段を上り続け、頂上にある奈落の穴から落ちるだけ。そしてまた生まれ変わって暗い階段を上り続けるのだろう。
 賽の河原で石を積み上げる子供のように。
 これまで千年続いてきたし、これから先何億年も何兆年もずっとずっと続くのだろう。
 それが俺の……運命なのだから。

 
 「……ならいいけどさ」
 「ああ、いいんだ」
 それっきり、俺達は何も喋らないまま学校の門をくぐった。
 こんな笑顔で、新橋を騙すことができたのだろうか。
 できてないんだろうな、きっと。こいつとは一年二年の付き合いでは無い。
 それでも新橋は、何も言わなかった。

 久しぶりに来る教室も、形容しづらいが……なんだかいつもと違って見える。
 色が無くなった、と言うわけでも無いが、どこかがぼやけているような。現実と夢の境界にいるような感覚だった。
 まるで、水中からのぞき込んでるような、ビデオカメラ越しに見ているような。前の場所とは、どこかが違う。
 直感的に、俺はもう前とは同じ学校生活を送れないだろうと言う事を理解する。

 「四谷」
 後から声をかけてきたのは目白だった。表情を見ると、何やら申し訳無さそうな顔をしている。
 「あー……その、すまなかったな。電波に変な事聞いちゃってよ。その・・…ありゃただの冗談だと。本人に伝えといてくれってさ」
 実に、わかりやすい嘘だった。俺はさっき新橋にこんな風に答えたんだろうか。
 目白の後ろでは、心配そうにしている神田と渋谷の姿が見える。
 「ああ、あの事か。全然気にしてねーって」
 そう答える俺の顔は、一体目白にどんな風に映ったのだろう。
 「…………っ」
 目白の言葉が詰まった。
 ああ、理解させてしまったようだ。互いに相手を気遣って嘘を言い合っていることを。俺がそれに気付いていることを。
 「……わりぃ」
 目白は下を向き、沈痛な面持ちで席へと戻っていった。
 「……ああ」
 その気持ちだけでもありがたいのに。謝りたいのはこっちの方なのに。上手く言葉が出てこなかった。
 優しさが痛い。心配をかけているのが情けない。ここから消えて無くなってしまいたかった。
 だが、本当に消えたら俺の友人達はどう思うだろうかと考えると、そんなことできるはずがない。
 
 そうだ。
 生きていても死んでも駄目なんだ、俺は。
 俺には一切の価値が無い。存在する事もしない事も許されない、純粋な負の存在なんだ。
 何が神だ。何が……

 気付けば、俺は泣いていた。机に突っ伏して、人目も憚らずに嗚咽していた。
 
 俺を、心配しないでくれ。
 俺を、気にしないでくれ。
 俺を、忘れてくれ。
 俺を、最初からいなかった事にしてくれ。 
 俺を、もう生まれ変わらないようにしてくれ。
 俺を――
 
 
 
 ――助けてくれ。

 
 
 「おい」
 乱暴に肩を揺する男が、一人。
 「屋上」
 大塚の顔に、俺への遠慮は一切無かった。

     

 開かなかったはずの屋上。
 そこだけ真新しい、穴の跡のような色をしたコンクリートの上に覇気の無い四谷と奥歯を噛みしめている大塚が立っていた。
 「で……何なんだよ、大塚」
 目を腫らした四谷は大塚に問いかける。
 大塚は腕を組んでいた。
 「お前、諦めるのか?」
 背景でけたたましく鳴いている蝉に負けじと、大塚は質問を被せる。
 四谷が何か言う前に、更に大塚は問答を続けた。
 「お前は運命とやらに負けるのか? お前はこれでいいやって投げ出すのか? 答えろよ」
 「……」
 四谷は、答えない。
 「答えろ」
 「……」
 四谷は、下を向いている。
 答えないのが、答えだった。
 大塚はそんな四谷を見て、肺の底から酸素を全て吐き出した。
 つかつかと四谷に近づく。
 「お前、いつからそんなに弱くなったんだよ、おい」
 大塚は目尻を引き攣らせて、四谷の目を見据える。
 蝉の鳴声で掻き消されそうなほどの声で、ようやく四谷は答えた。
 「……最初から俺は強くなんて無かった」

 右。

 大塚の拳が、四谷の顔面に刺さった。
 
 「! お……」
 「待て」
 飛び出そうとした渋谷を手で制する。
 「大塚の好きにさせてやれ」
 「……うん」
 
 思いっきり殴られた四谷に、反応らしき反応は無かった。
 口元だけ、僅かに動かす。
 「……ごめん、大塚」
 「ごめんじゃねえッ!」
 堪りかねたかのように声を荒げ、四谷の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。
 ドッ、と言う音が腹の辺りから響いても、四谷は少しも動かなかった。
 それでも大塚は四谷を殴る。疑う余地もなく、全力で。
 
 「ふざけんなこの野郎ッ!!」

 それはもう、ほとんど悲鳴だった。
 二撃、三撃と顔を打つ。
 動かない四谷を相手に拳を……いや、自分を叩きつけていた。

 「お前はなぁ! 強くて! 無敵で! 最強で! 誰にも負けなくて! お前は、お前は……」
 
 大塚の拳は濡れていた。
 血で。
 涙で。

 「お前は俺だ!」

 大塚の手首から嫌な音がする。

 「俺のイメージする、最強の俺なんだ!!」

 苦痛に顔を歪める。

 「大切な人を、 自分の手で守れて!」

 歯を食いしばる。

 「兄貴と……お前と……肩を並べられる……」
 
 それでも大塚の腕は、止まらなかった。

 「俺の、理想なんだ……」

 力無き腕が、四谷の頬に当たって、止まる。

 「ぐっ……ああ……畜生……」
 
 その拳は、痛かった。
 大塚に。
 渋谷に。
 五反田に。
 目白に。
 上野に。
 神田に。
 俺に。
 
 そして誰より……四谷に。

 
 
 「止めろ大塚」
 見かねた目白が屋上に出て、大塚を制止する。
 「目白……!」
 振りかぶる腕を掴み、それを眺める。
 「折れてる。もう殴んな」
 「邪魔をするな! こいつは俺が……」
 大塚は鬼気迫る表情で言うも、もう拳に力を入れるどころか動かすことすら困難だった。
 「俺もな、少し言いたい事ができた。こいつに」
 そんな大塚を目白は軽く突き飛ばし、四谷の真ん前に立つ。
 
 「四谷、さっきの話……ありゃ嘘だ。嘘が下手だな……俺もお前も」
 
 「目白……俺は……」


 と、そこで俺は上野に肩を叩かれる。
 「新橋、先行くぞ」
 「僕も……行かなくちゃ」渋谷が立ち上がる。
 「やれやれ、俺の出番か」五反田が重い腰を上げる。
 「四谷ぁ……」神田は泣きながらも、日光の下に出ていった。
 俺も……四谷に、言わなくてはならない。伝えなくては、ならない。

 「みんな……」
 屋上に、八人が集結する。

 「覗き見かよ、趣味悪いぞお前達……ああ、痛てぇ」
 大塚は俯きながら手首を押さえて言った。
 「悪い悪い、二人っきりで青春ドラマやってたからな。邪魔するのもアレかなー、って思って」
 俺は大塚の頭を軽く叩く。
 辛そうな表情の四谷を、全員が見ていた。

 「う、うっ……四谷ぁ……僕も手伝うから……諦めちゃだめだよ……僕は四谷に諦めて欲しくないんだ……!」
 神田は号泣しながら四谷を励ました。
 
 「俺の未来は変化した。四谷、お前の手によってな。これから先どうなるかなんて、決まっちゃいないんだ。 童貞の系譜は……ここで断ち切る!」
 上野は珍しく声を張り上げて諭した。
 
 「四谷、僕は君の優しさを知ってる。君が報われない世界なんて、僕は信じたくないよ。僕も……四谷の力になりたい!」
 渋谷は真摯な表情で伝えた。
 
 「彼女がいるって素晴らしいぞ。欲しいんだろ、彼女! 出会いたいんだろ! 俺が出来たんだ、お前にもできるさ! 来いよ、こっち側へ! 俺が連れて行ってやる!」
 五反田は親指で自分を指差し、微笑んだ。

 「俺は神って奴を信じてねぇし、運命なんてのも興味ねー。俺はあの話が大嫌いだ。ついでにあの女もむかつくし、泣かしてやりてぇ。だから……あの話を嘘に変えてやろうぜ、四谷ァ!」
 目白は拳で四谷の胸をドンと叩いた。

 「頼む……俺に見せてくれ。お前はこんなもんじゃ無いって。想像を遙かに超える奴だって……神の力なんか無くてもお前は無敵なんだって! 最強の俺の存在を証明してくれ!」
 大塚は振り絞るような声で、そう頼んだ。

 「四谷。俺が思うに、人は運命を変えられない。でも……お前はただの人間じゃない。神様だったら運命の一つや二つ……自分で創ってみせろ!!」
 と、そこまで言った所で俺は何か違う、と思った。
 
 ……そうだ。

 「いや……お前が人間でも神様でも同じ事だ!『四谷孝文』なら、不可能を可能にできるんだよ! お前の力を知らない奴等に教えてやれ! 『四谷孝文』の前で、神秘とやらがどれだけ無力なのかをな!」
 俺は本心を、四谷にぶつけた。

 そう……俺達は馬鹿だった。
 改めて考えて見ればわかるだろ、四谷の前に壁は意味を成さない事なんて。

 
 「みんな……ありがとう、気を遣ってくれて。でも……俺には無理だ。運命的な出会いも……もう諦めた。そう、俺には諦められる」





















 「わけ」




 






 「ねええええだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 一瞬、俺は空中を飛んだ。
 校舎の窓ガラスが何枚か割れ落ち、屋上のコンクリートにヒビが僅かに入る。
 天地が逆転して背中を床に打ちながらも、俺は笑みをこぼす。

 ……遅ぇよ、馬鹿。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」 
 警報の様な大音量で叫びながら、四谷は自分のワイシャツをビリビリバリバリと破きだした。
 数秒もしないうちにワイシャツは布の切れっ端になり、上一枚だった四谷は半裸で空を仰ぐ。

 「彼女欲しいに決まってんだろ!! 女の子と出会いたいに決まってんだろ!! 服借りるぞ!!」
 そう言って大塚のワイシャツを素早く脱がし、身に纏う。
 「痛てぇ! おま、何で破ったんだよ!?」
 運良くTシャツを中に着ていた大塚は至極もっともなツッコミを入れる。
 その表情は……心底嬉しそうだった。
 見れば俺達全員、八人もれなく笑っていた。

 「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
 そう言って四谷は柵に上り、風景を見渡す。
 「なんだ、助けはいらないのか?」
 五反田に対し、一言だけ呟いて四谷は跳んだ。

 
 
 「もう貰った」

       

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Neetsha