Z軸を投げ捨てて
信濃
走る。走る。加速する。人を脱ぎ捨て風になる。
揺るぎない決意。友達の思い。それらを胸に秘め、野を駆け山を駆け街を駆け、世界を駆けていく。
目標なんて無い。ただ自分の中の沈んでいた何かを爆発させるように、ひたすらにプレスティッシモであり続ける。
目に映る風景は、全てが全て輝きに満ちていた。今までの人生の中で、世界がこんなに美しいと思ったことは無かった。
そんな夢で溢れかえったような現実の中で……
私は、出会いを探していた。
私……信濃 優花(しなの ゆうか)は至って平凡な人生を過ごしてきた。
特別幸運でもなく、不幸でもなく。
人並みに恵まれた環境の中で、
人並みに努力をして、
人並みな「異性と運命的な出会いをしたい」と言うやや乙女チックな夢を持つごく普通の高校生。
そんな重いとは裏腹に、私に出会いはやって来なかった。
やって来ないのなら、どうするか。
答えは簡単だ。私の方から出向いてやればいい。
そう! 家の中で自分の境遇に嘆き呪詛を唱えながら死んだように生きるよりは!
自分を信じて諦めずに何か行動した方がマシってもんでしょ!
でも走って解決するかって言われたら……別問題かもね!
私は自分でも少々ヤケになっている気はする。それでも全力を出すのは……楽しかった。
ひたすら前に走り続け、壁があったらそれを乗り越えた。
壁があったら、避けて通ってはいけない。
壁如きに負けては、運命なんかには逆立ちしたって勝てはしないと思ったから。
私は目前にそびえる駅ビルの側面を軽いステップで駆け上がり、駅ビルの頂上に立つ。
……あはは。さすがに少し疲れちゃった。
ビルの頂上から見る景色もまた震えるほどの絶景だった。
太陽は私の心のように燃えたぎり、空は私の心のように爽やかな青の一色だった。
眼下で動き回る人や車達はもまた、私の心のように絶え間なく動いている。
自分を変えれば、世界も変わる。
そういうことなのかもしれないって……ふと、思った。
さてさて。
やはりと言うべきか何と言うべきか、ただ走るだけでは流石に出会いなどありそうもない。
前に曲がり角で男の子とぶつかってた友達はいるけど、私が加減を間違えたら相手は挽肉になりかねないから却下。
そもそも、女の子と出会いたいから町中を暴走する私みたいな馬鹿な男の子なんていそうにないしね。
どうしようかな……。
少し風景を堪能した後、一つの結論に至った。
私が悪い人に襲われそうになっていたら、誰か助けてくれるかもしれない。
……あはははは。古典的だね。
でも、誰も助けてくれなくても、ちょっと威嚇すれば大事には至らないだろうし。
よし、やってみよう!
とりあえず何でもチャレンジの精神で私は柵をジャンプで跳び越す――
……ところで、私の容姿って助けて貰うに値するのかな……そもそも襲われないなんて事は……
――ガッ。
あ。
足に柵を引っかけてしまい、私は頭から真っ逆さまに落ちていった。
先程とは違う方向に風になって行く私。
手を思いっきり伸ばしても、ビルの壁面までどうにも届かない。
うわあ、お腹の辺りがキュッとする。
この高さで頭からは……どうだろう。死んじゃうかも。
うーん……みんなに心配かけたくないなぁ……。
ここまできて死ぬわけにはいかない。やりたいことがあるのに。せっかく世界に色が戻ったのに。
何とか回転して、足から落ちることができれば……。
そこまで考えた時、地面はもう目の前だった。
でも私は諦めな――
とても強い衝撃が、私を襲った。
と思ったら全然そうでもなかった。
――?
私は、誰かに受け止められたようだ。
ほっと一安心。
はあー。生きててよかったよー。
……あれ? 何であの高さから落ちた私を受け止められたのかな……?
そっとまぶたを開き、受け止めてくれた人の顔を見る。
特別顔が良いわけでもスタイルが良いわけでもなかった。
けど、私をしっかりと受け止めているその姿に。
自分の胸が一回大きく高鳴るのを、私は確かに聞いた。
そっと優しく下ろしてくれた男の子は何故か今にも泣きそうな笑顔をしていて、私は思わず声をかける。
「だ、大丈夫ですか!?」
ポケットからハンカチを取り出し、彼に手渡す。
「そ、そちらこそお怪我はありませんでしたか!?」
彼も同じくポケットからハンカチを取り出し、私に握らせた。
そこで初めて、今自分が泣いてる事に気が付いた。
お互いのハンカチで涙を拭き合う私達。一通り拭き終ると、急にこの状況がおかしくなったのか、彼が笑い出す。私もつられて笑ってしまった。
「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
一通り笑い合った後、先に切り出したのは私の方だった。
そう言った直後に自分から先に名乗るべきだと気付き、慌てて付け足す。
「私、信濃 優花って言うんですよ。良かったら、少し話でもしません?」
彼は人なつっこい笑顔で私に答えた。
「どうも初めまして、地上に降りてきた女神のようなお嬢さん。僕の名前は――」