Neetel Inside ニートノベル
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ひつまぶし短編集
「わたしわたし詐欺」

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 とある日曜日のこと。僕はゆったり居間で過ごしていた。今日は2月13日で忌まわしきチョコレート業界の陰謀まであと1日なわけだけど、期待できた話ではないのでそわそわすることはない。言ってて悲しくなるのは気のせいだ。
 ちなみに、今はニュースを見ている。別にニュース好きというわけではない。この時間、つまり5時あたりにはいい番組がやっていないから消去法でそうなっただけの話。家事も落ち着いて小休止といったところだろう、母さんも居間に来て一緒に見ていた。
 ニュースは一通り最近の事件を伝え終えると今日の特集というコーナーに移った。画面に大きく特集テーマが表示される。今日のテーマはオレオレ詐欺のようだ。
「まだ引っかかる人がいるのね」
 母さんはテーブルに肩肘をついて呆れたようにそう言った。僕も全く同感である。どうしてこんなに引っかかるのだろうか。テレビで散々やっているのだからもうそろそろ学べと言いたい。人間の学習能力を疑いたくなる。あるいは詐欺なんて自分と関係ない別の世界の話だと切り離して、油断してしまっているのだろうか。どちらでもいいか。騙されてるって結果は変わらないし。
 特集はナレーションによるオレオレ詐欺の基本的な説明を終えると、どこからか入手したという詐欺の一部始終を録音したテープを流した。画面には再生しているテープレコーダーが映っている。
 その時、見ているのに飽きたのだろうか母親がテレビから目を外し、ねぇ、と声をかけてきた。
「そういえば、オレオレ詐欺っていうけどだったら犯人は全員男ばっかなのかしらね」
「まぁ、女でもいるんじゃないか?」
「でも、だったら自分のことオレって言わないでしょ。なのにオレオレ詐欺って言うのはおかしくない?」
「じゃあどういう名前だよ?」
「……わたしわたし詐欺?」
 残念ながら我が母にはネーミングセンスは無かった。
 言われてみれば確かにオレオレ詐欺のといったら男だけな感じがする。しかし詐欺は男性しかできない芸当では決してないから多分女性もいるだろうと思う。口で騙すなら女性の方が向いている気もするし。でも、だからって名称を変える必要はないと思う。
 喉が渇いたので冷蔵庫にジュースを取りに行くことにした。キッチンは別の部屋にあるのでいったん廊下に出なければならない。
 トゥルルルルルル。
 ドアを開けると、横で音がした。電話だ。うちは居間のドア付近に置いてある。昔は玄関や廊下にあったそうだが、あれって不便じゃなかろうか?
 飲み物を取るのは一旦保留にして僕は受話器を取った。本当はあまり取りたくなかった。だって僕の声はどうにも年寄りに聞こえるらしいから。
「もしもし」
「あ、わたしです。祐樹くんいらっしゃいますか?」
「僕だけど。って、え、誰?」
「祐樹くん? 分からない? わたしよ、わたし」
「いや、わたしって誰さ?」
「うーん、長い間会ってないもんね。でももうちょっとだけ思い出してみて。……やっぱり覚えてない?」
 一向に自分の名前を明かさず1人称だけを繰り返す。もしかしてこれは……。なんということだろう。わたしわたし詐欺は存在していた。その名前が公に認められるかはともかくとして、やはり女性の詐欺もあったのだ。分かったところで別に嬉しくもないけど。しかし、名前を調べてくるなんて最近の詐欺はすごいな。個人情報保護法は何処へ行った。ちゃんと守れよ。違反してるぞ。ていうか、だったら僕みたいな高校生じゃなくそこらへんの耄碌したジジババを狙えっての。僕は声こそ年老いているが、脳みそは今ちょうど絶頂期なんだ。あれか、名前だけわかってて年齢は分からないパターンか。もしかしたら表の表札でも見たのかもしれないな。だとしたら、相手は僕を親父か爺さんだと思ってるわけか。なら、くん付けはちょっとフレンドリーすぎやしないか? なんか援助交……ごほん。まぁ、呼び名なんて人それぞれだからこの際気にするまい。
でもさ、思い出してみてってナンパじゃないんだから。あ、この場合は逆ナンか? いや、それは別にいい。女性に変わったところで原理はオレオレ詐欺と同じ感じか。どうにか誰か僕の知人の名前を引き出すつもりらしい。名前を出したら、うんそうそう、と話を進めていくのだろう。これの対策としてはとにかく相手から名前を聞くまで下手に名前を出さないことだ。さっきテレビで言ってた。この場合は簡単な話で、素直に答えればいい。
「うん、わからん」
「そっか……。そうだよね。あ、ならもう結構です。失礼します」
 ガチャリと電話の向こうで音がした。切ったのだろう。
 こいつは騙せないと思ったのだろうか、ずいぶんと引き際が良い。まぁ、僕と先に進むか分からない会話をうだうだ続けていくよりはターゲットを変えた方がいいと思う。しかし、こんな簡単にかわすことができるのに皆なんで騙されるのだろうか。
 話したことで喉がますます乾きを訴えてきたので、僕は当初の予定通りキッチンへ行き甘いリンゴジュースで喉を潤した。
 
 翌々週のこと。その日友達がうちに来ていた。呼んだのは1人とはいえ、僕の部屋は狭いので居間に通した。今日は両親は買い物で出ているから居間で遊んでも大丈夫、というかそのために親が外に出てくれたのだった。とりあえずゲームをすることにした。
「なぁ、卒業アルバム見せてよ」
 2、3時間ゲームをした後、することが無くなったので友達が騒ぎ出した。嫌々だったが、しょうがなく持ってくることにした。実を言えば僕は最初恥ずかしいので最初は拒んだが、どうにも押し切られてしまったのだ。小、中学どちらのかは言っていなかったので、両方のアルバムを居間へ持って行った。今は高2でもうすぐ高3になる頃だから中学卒業はもう2年前。小学校は8年前か。時間がたつのははやいなぁ。
 卒業と言えばアルバムともう一つ卒業文集があるが、そっちを見せることだけは諦めさせた。見られたら僕はきっと世界で初めて恥ずかしさで死ぬ男になっていただろう。死因、恥死。試しに頭の中で書いてみたけど字面が嫌すぎる。
 僕がアルバムを持ってくると友達は小学校のアルバムには目もくれず、中学校の方を開いた。どうやら昔の僕を見たいのではなく可愛い子探しをしたかったらしい。
「お、この子いいじゃん!」
 友達が指さしたのは長い黒髪が綺麗な女の子。顔も整っていて学年で一番モテた。性格がおしとやかであったこともその要因の一つだろう。結局告白した奴は全員振られたわけだけど。もちろん僕も好きだったが、同じクラスの友達として話すくらいで一向に距離は縮まらないまま中学の3年間は終わった。彼女の名前は渡司ユカ。名前は珍しくカタカナだ。ちなみに名字の読みはわたし……って、あ。

       

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