Neetel Inside 文芸新都
表紙

和泉新斗物語
第十一話「新学期」

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まだ暑さが残る、九月初頭。
夏休みという長き安らぎの日々は終わりを告げた。
今日からついに、新学期が始まる。
まさに悪夢以外の何物でもない新学期が。

「また毎日この道を歩くんだな・・。」

眠い目を擦りながら、僕はいつもの通学路を歩いていた。
相変わらず舗装すらされていない砂利道は、歩き辛いものだ。
僕は転校初日、この道を歩きながら様々な不安を感じていた。
あれから数ヶ月、僕もすっかりこの町での生活に慣れ親しんでいる。
それなりに友人と呼べる人達も居るし、変人達への免疫力も大分付いた。
あとは頑張って勉強さえすれば、ストレスは溜まるものの、極力平凡な生活が送れそうだと思っていた。

そう、あの縁日の日までは・・。

「はぁ・・。」

縁日の日の出来事を思い出すだけで、胃が痛い。
昨晩大量に飲んだ胃薬も、今の僕には効果を表さない様だ。
どうして、あんな事になってしまったのだろうか。

僕は、何も悪い事をしている自覚は無かった。
明の事は普通に友人だと思っていたし、何も特別な感情は無かった。
一緒に遊んでいれば確かに疲れるが、それは逆に考えると飽きないし、楽しいと思うこともあった。
そしてそれは、明だけじゃなく、他の皆に対しても同じ気持ちだった。

当然、神無さんにも。

「はぁ~・・。」

僕はため息を漏らす。
きっと転校初日よりも、一回り大きなため息だ。
今日、僕は学校で神無さんに会うことになる。
僕は彼女にどんな態度を取れば良いのだろうか。
今まで通り、自然に友人として振舞って良いのだろうか。
それでは彼女を傷つけてしまう気がしてならない。
だからって素っ気無い態度や、冷たい態度を取ることも出来ない。
それに勿論、明に会うことも気まずい。
明にだって、どんな態度を取れば良いのか解らないのだ。
明には自然に振舞おうか。
いや、それもまた妙な事になりそうだ。
全く、幾ら考えても答えなんて出やしない。
きっとこんな出来事も、青春と呼べる物なのかもしれない。
でも、こんなに辛い思いをしなければならないのなら─────。

青春なんて、要らない。
僕は本気でそう思っていた。

考え事をしていると時間が経つのは早いもので、気が付けば僕は学園に到着していた。
校門前で足を止め、僕は神無さんのことを考えていた。
他人から見れば、校門と睨めっこしている変人に見られるかもしれないが仕方無い。
神無さんのことを考えると、どうしても校門をくぐる事が出来ないのだ。
僕が教室に入れば、隣の席である神無さんとは必ず接近する事になる。
簡単に言えば、逃げ出せない状況だと思う。
別に逃げるつもりも無いが、どうも今後の事を考えると憂鬱になる。
本当に、自分の情けなさに腹が立ってくるものだ。

僕が一人校門前で唸っていると、無情にも学園は予鈴を鳴らした。

「あ、このままじゃ遅刻だな・・。」

本当はこのまま家に帰りたい気分だが、そうもいくまい。
そしてこのままここに居ても、ただ遅刻になるだけだ。
だったらもう中へ入ってしまった方が合理的というもの。

「はぁ・・もうどうにでもなってくれ・・。」

僕はやる気のない声で一人そう呟くと、予鈴に背中を押されるように校門をくぐった。


「おはよー。」
「あ、おはよ~。」
「夏休みどうだったー?」

教室中は、そんな社交辞令的な挨拶で盛り上がっていた。
今日から学校が始まるっていうのに、どうして皆元気なんだか。
本当に変わり者だらけである。

「うっす!和泉!」

そんな一人暗いムードの僕に話しかけて来たのは、予想通り春日だった。

「ああ、おはよ。」

僕はそっけなく返事をすると、自分の席に着いた。
神無さんは、まだ登校していないようである。

「おいおい、何でそんなにテンション低いんだよ?」
「別に・・。」
「別にじゃねーよ。つかお前縁日の日、結局勝手に帰っただろー?心配したんだぜ?」

そうだった。
春日はあの縁日の日の事は知らないのだ。
だから普段と変わらない態度で僕に接してくる。
春日は何も悪くないし、関係も無いんだ。
春日にそっけない態度を取るのはいけない。

「あ、あぁ、ごめん。縁日はさ、丁度花火の前ぐらいに早く帰れって親から電話があってさ・・。」
「本当かよ~?」
「本当だよ。連絡せずに帰っちゃってごめん。」
「・・まぁ良いけどよ。あーいうのはもう勘弁してくれよ?」

春日はそう言うと、自分の席へ戻った。
僕は何とも言えないが落ち着かない気分で、教室中をきょろきょろと見回していた。

無意識のうちに、明のことを探していたのかもしれない。

僕が明の席の方へ視線を移すと、そこには広報部の部員と話す明の姿があった。
明は、いつもと変わらないのだろうか。
僕が明を見つめながらそう考えていると、僕の視線に気づいたのか明は、

「あ、ちょっとごめん。」

話していた広報部の部員にそう言い残すと席を立った。
そして明はそのまま真っ直ぐに、僕の席へと歩み寄って来たのだ。

「・・おはよう。」
「おはよ。」

一応僕が挨拶を投げかけると、明はいつもと変わらない様子でそれに答えてくれた。
何だか複雑な気持ちである。

「あのさ。」
「な、何?」
「あたし、この間の事は気にしてないの。」
「・・う、うん。」
「だからさ、あんたも変に意識するのは止めない?」
「え?」
「お互い普通にしときましょうよ。その方が、お互い楽だと思うの。」

明の言う通りだ。
縁日の日の出来事は、無かったことには出来ない。
だが、お互いが気にしないでおこうと了承し合えば、幾分か気持ちは楽になる。
僕は悩む事無く、明の提案を受け入れた。

「ああ、うん。僕もその方が良いと思ってたんだ。」
「そうよね。じゃあ、そういう事でお願いするわ。」
「わかった。」

明はそう言うと自分の席へ戻り、再び広報部の部員との話に花を咲かせた。
明は縁日の事を気にしていないという事は無いだろう。
ただ、僕の事を気遣って気にしていない振りをしてくれているんだろうと思った。

僕がふと教室の入り口に目をやると、そこには丁度登校して来た神無さんの姿があった。
相変わらず、猫を腕に抱いての登校である。
流石猫少女、新学期になっても習慣は変わっていないようだ。

って、今はそんなことはどうでも良い。
今問題なのは、神無さんにどう接して良いのかという事だ。
神無さんが近づいてくる。
一歩、また一歩彼女が近寄ってくるたびに、僕は何とも言えない圧迫感に押しつぶされそうになる。
どうしてこんな思いをしなければならないんだろうか。
遠くから、明が僕を見つめていた。

きっと、心配してくれているんだろうと思う。

僕が視線を神無さんに移すと、彼女はそれに気づいて視線を下に落とした。
避けられているのだろうか、無理も無いけれど。
彼女は俯いたまま、僕の隣の席に付いた。

何か、何か話さなくちゃ。
そうは思うものの、どう声を掛けて良いのか解らない。
こんな時、恋愛漫画や恋愛小説の主人公は一体どうするんだろうか。
あ、ちなみにこれは恋愛物では無いと一応言っておくが。
いや、今はそんな事を考えている場合じゃ無いんだ。

神無さんは全く僕の方は見ず、ずっと腕に抱えた猫を見つめている。
その横顔は、とても悲しそうで、寂しそうだった。

早く、何か声を掛けないと。
この登校直後は非常に声を掛けるのに適している。
あまり時間が経ちすぎると、もっともっと声を掛けるのは難しくなる。
必死に言葉を探す僕だが、上手い言葉が見つからず、ただ時間だけが流れていく。

「くそ・・。」

本当に自分が情けない。
いくら自覚が無いとは言えど、僕のせいで彼女は傷ついているというのに。
その彼女を目の前にして、何も出来ないなんて。
僕は拳を握り締め、自分を憎んだ。

そうこうしている間に、朝の会が始まる時間になる。
勢い良く教室のドアが開かれると、担任の美人教師が教室に現れた。
そういえばこの先生、未だに名前知らないな。
無名の担任は教卓に着くと、まだ騒がしい教室に向かって声を上げた。

「はいはい、皆静かに~。」

担任の声が響くと、生徒達は渋々会話を止め、担任の声に耳を傾ける。

「え~っと、皆おはよう。今日から新学期ね。」

そんな決まり文句な挨拶は止めてほしい。
僕は今、それどころでは無いのだから。

「まだ暑さが残るけど、皆気を引き締めていくように。」

もう良いから。
お前の話なんて僕は聞いていないのだ。
そのお喋りな口に飲み込まれて死んでしまえ!

「え~っと、それから連絡事項があります。」

連絡事項なら仕方無いよな・・。
新学期早々の連絡事項とあって、流石に僕もメモの用意をする。

「来週の月曜日は、ついに待ちに待った体育祭です。」

そう言うと担任は体育祭の事が書かれたプリントを配布する。
待ちに待った体育祭・・?
僕はそんな行事があるなんて事すら、聞いたことは無い。
しかももう来週かよ。

「来週の体育祭に備え、今日はこの時間に体育祭の班決めをしたいと思います。」

配布されたプリントを見ると、詳しく内容が書かれていた。
体育祭はクラス対抗で行われる。
そして各クラスの中でも、細かい班が作られる。
一班は五人編成で、各クラス二十五人で五つの班が編成される。
そして、班ごとに参加する競技などは別。
各競技ごとに一位から点数が与えられる。
最終的に、クラス内の全ての班の持ち点を合計し、その数値の高いクラスから順位がつくというものだ。

・・実に下らない。

こんなゲーム感覚なんかにしなくても、やる気のある奴は燃えるだろう。
そして、僕のようにやる気のない生徒は消極的にしか参加しない。
どうしてわざわざこんなに面倒くさいことをするのか、やはり謎な学園である。

「とりあえず、班はくじ引きで決めるから。席順に引いていって頂戴~。」

担任がそう言うと、一番前の席から順番にくじを入れた箱が回ってくる。
そしてその箱は、僕の前にも姿を現した。
僕は箱の中に手を入れながら考える。

今、僕に必要な事は何だ?
そう、神無さんとは別の班だと嬉しい。
別に避けるつもりは無いが、今のまま彼女と打ち解けることは出来ないと思うから。


僕はただそれだけを願いつつ、くじを引いた。


それから数分経つと、クラス全員がくじを引き終えたのか結果が発表される。
僕の引いた数字は七番だ。
五番ごとに区切られ、頭からA班、B班というカウントなので、僕はB班という事になる。

黒板に各班のメンバーが書き出される。
そして、僕はそのメンバーを見て驚愕した。

春日翼、和泉新斗、桜井明、神無藍、朽木弥生。

「ちょ、これはひどい!」

僕は思わず呟いた。
神無さんと気まずい状況だと言うのに、このメンバーは何だ。
まるで神様の嫌がらせかと思う程の展開じゃないか。

「班、一緒だな~。」
「い、和泉君、い、一緒だすね。」

春日と朽木が僕の席へと集まってくる。
あぁ、やっぱりこうなるのか。

「和泉君、班一緒みたいだからよろしくね。」

明は何事も無いように振る舞いながら、僕に言う。
僕らの間では、縁日の事は気にしないように、と決まったのだから。
僕も必死に冷静を装って返事をした。

「あぁ、よろしく。」

僕は神無さんにどう声を掛けようか迷っていた。
流石にこの状況で、彼女を放置するのはまずい。
彼女以外には挨拶したんだから。

「か・・かっ・・・」

僕は必死に声を掛けようとするが、声が出ない。
あぁ、何かもう死にたいぞと。

僕が一人テンパっていると、

「藍ちゃん、班一緒ね。」

と、明が彼女に声を掛ける。
春日、朽木も一斉に神無さんに視線を移し、それぞれに挨拶する。

「神無もよろしくなー。」
「か、か、神無さん、よ、よろしくだす・・。」

「あ、は、はい・・。二人供、よろしく・・。」

神無さんは戸惑いながらも言葉を返す。
次は、おそらく僕が挨拶する順番なんだろう。
僕がもじもじしていると、明に背中を叩かれた。

「・・ほら。あんたも挨拶しなさい。」
「・・え・・。」
「彼女をこのままにしておく気?」
「いや・・。」
「だったら!」
「・・解ったよ。」

明に押された僕は、渋々彼女に声を掛けた。
彼女の顔を直視することは出来ないので、少し斜めを向いた状態で。

「・・か、か、か、神無さん、よろしく。」

彼女に声を掛けると、彼女は複雑そうな顔で僕に返して来た。

「は・・はい・・。い、和泉君もよろしく・・。」

良かった。
明のおかげとは言え、何とか彼女に声を掛ける事が出来た。
気まずい事に変わりは無いが、僕と彼女の問題で班を重くする事は出来ないから。
何とかいつもの雰囲気を作ろうと、必死だった。

「あのさ、神無さん。」
「・・は、はい?」
「あ~、その。」
「・・はい?」
「たっ、体育祭、頑張ろうね。」

何だか告白する訳でも無いのに、僕は緊張していた。
足が震えるぐらいに。

「・・はい。が、頑張りましょうね。」

彼女に小さいが、笑顔が戻る。
決して心からの笑顔ではないだろう。
いくら、その笑顔が作り物だったとしても。
今の僕に、これほど嬉しい物は他には無かった。

すこし元気が出た僕は、班のメンバーに向かって言った。

「せっかくやるんだし、体育祭。何が何でも、優勝しような!」
「和泉、お前随分やる気じゃね~かよ。」
「当たり前だろ?探検部の意地見せてやろうぜ?」
「言うね~。仕方ねぇ、皆頑張ろうぜ!」

春日が腕を振り上げる。
少しわざとらしい動作なのだが、今日は大目に見ておくことにした。

僕は心の中で、神無さんに言った。

「ごめん、上手く言えないけど、とにかく少し待って。」

彼女に聞こえる訳は無いのだが、僕の気のせいだろうか。
彼女は少し嬉しそうに、頷いてくれた気がした。

       

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Neetsha