Neetel Inside 文芸新都
表紙

和泉新斗物語
第三話「探検」

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僕らは、深い山に居た。

そこはまるで時代が昔のまま止まったような、何か現世とは切り離されたような、そんな感じがする暗い山だ。
今にも狼の鳴き声でも聞こえてきそうな、そんな深くて暗い山に、僕ら四人は居た。


春日翼率いる探検部、そんな理解不能な部活動に参加してしまった事がそもそもの失敗だった。
二人しか居ない部活動の部長春日翼は、嬉しそうな笑顔で僕に話しかけた。

「空気が綺麗で歩いてるだけで爽やかな気分になるだろ?来てよかっただろ?探検!」

気の弱そうな少年が隣で言った。

「部長、和泉先輩を巻き込んで、本当に良かったんですか・・?」

少年の名は郷田徹 (ごうだ とおる)。
ごっついのは名前だけだ。
春日もこいつも、名前と本体にギャップがありすぎる気がする。
見るからに大人しそうで、七三分けに眼鏡、典型的なガリ勉タイプのルックスだ。
春日率いる探検部に所属する、一年生の後輩である。

「何言ってんだよ徹、和泉は喜んでるぜ、なぁ?」
「あ、あぁ。」

僕はやはり例によって相槌を打つことしか出来ない。
こいつとはまともな会話は成立しない、早くも僕はそう確信していたから。

「どうでも良いけど、ここ、さっきも歩いてない?」

後ろから聞こえるのは女の声。
その声の主は、あの童貞少女である。
彼女の名前は桜井明(さくらい あかり)。
ルックス通り、名前も可愛い。

黙っていたら間違いなく学校でもアイドルになれるであろう、そんな彼女だが性格に難あり。
いきなり自己紹介をしている僕に「童貞ですか?」と訊ねたり、春日にノートを投げつけたり、いきなり人を見て笑ってきたり。
頭がおかしいのは一目瞭然である。
そんな彼女が何故ここに居るのか?
それは今日の放課後、探検部が活動を始めるほんの数分前のことである。


春日に指定された山に向かって歩いている途中、僕は背後から呼び止められた。

「和泉君。」

その呼び声に振り返ると、そこに明は居た。

「あ・・昨日の・・・何か用?」
「和泉君、まだ私の質問に答えてくれてなかったよね?」
「質問・・童貞かどうか・・ってやつ?」
「うん、そうそう!で、童貞なの?非童貞なの??」

童貞なの?非童貞なの?
ってそんな可愛い笑顔で聞かれても困る。
そもそも何故必要以上にそんなことを僕に問いかけてくるのかが理解できない。

「あのさ、桜井さんだったっけ?どうしてそんなことを聞くの?」
「あ、明で良いよ。っていうか、明って呼んでもらえる?苗字はくすぐったいのよ。」
「・・じゃあ明、どうして僕にそんなことを聞くの?」

そう聞くと、彼女はゴソゴソと鞄から紙切れを取り出し、僕の前に広げて見せた。

「・・し、新聞?」
「そう、新聞。これは新都学園広報部によって作られた、新都新聞よ!」

何故か自信満々に広げられた新聞。
彼女が広報部で、新聞を作っているのであろう、ということが見抜けた僕は主人公に向いているようだ。

「その新聞と僕が童貞かどうか、一体何の関係があるんだ?」
「その見出しを良く見てみなさい。」

彼女に言われるがままに、新聞の見出しに目を向ける。
するとそこには大きく、こう書かれていた。

新都学園男子生徒童貞率 100%!!

「何だ・・これ・・?」
「あんた字が読めないの?書いてある通りよ、この学園の男子は全員童貞なわけ。」
「全員童貞って・・」
「信じられない?でもこれは我が広報部による完璧な調査のもとに、完成した調査結果よ。微塵の狂いも無いわ。」

自信満々にくだらないことを語るこの少女は、きっと知能指数が低いのであろう。

「いや、全員童貞なのはわかったよ、で、どうしてそれが僕に関係あるの?」
「何?この記事読んでそんなことも理解できないの?和泉君、本気で馬鹿なのね。」
「・・・・」
「良いわ、教えてあげる。」

別にもうどうでも良い。だが、お前に馬鹿扱いはされたくない、ただそう思っていた。

「都会から田舎の新都学園に転校してきた男子生徒。田舎の男子と都会の男子の違いを調べたいわけよ。
 田舎と都会にどんな違いがあるかはわからない。ただ新都学園の男子生徒は全員童貞だから、
 田舎者と都会者のあんたとの違いを調べるには、まず童貞かどうか、そこが重要なのよ!」

明は僕を指差してそう言う。
流石田舎者だと思った。
仮にも年頃の女の子が、そう何度も何度も童貞童貞と言うなよ、と突っ込みたくなったが我慢しておいた。

「田舎と都会を比べたいのはわかったけど・・人にいきなり童貞かとか聞くのは非常識なんじゃないのか?」
「黙りなさい、都会者に人権は無いわ。」
「無茶苦茶なことを言わないでくれ・・。」
「どうでもいいから、童貞なの?非童貞なの??」
「君が広報部でそんなに情報に自信を持って記事が書けるなら、僕本人に聞かずとも調べられるんじゃないの?」

僕の中では決まったセリフだった。
まだ転校してきたばかりだし、誰にも童貞だとは言っていない。
僕が口をわらない限り、明に僕が童貞だとバレることはありえないからだ。
これで明は諦めて帰る、そう思っていたのだが・・・。

「そうね、じゃ、調べさせてもらうわよ。」
「どうやるのか知らないけど、どうぞご勝手に。」

そう言い残し僕は山へ向かう、すると何故か明もついて来る。

「何でついて来るんだよ?」
「あんたを調べるからよ。童貞かどうかわかるまで、あんたから離れないから。」

僕はとてつもない失敗発言をしてしまった十秒程前の自分を、本気で縛り上げたいと思った。

そして明に見張られつつ、春日率いる探検部と合流し、探検のためこの山に立入ったは良い。
だが、どうやら迷ってしまったようである。
それは同じところを通ったという明の発言、それとそこら中に残されている僕ら四人の足跡から推測はつく・・。

「いや、迷ってねーよ、こっちで良いんだよ。」
「でも、ここ何回も通ってるわよ?あんた本当に道わかってるの・・?」
「うっせーな、探検部の部長の俺が道に迷うワケないだろ!そもそも何でお前が一緒に居るんだよ!」
「和泉君を見張ってるの。別にあんたに用があるわけじゃないから、気にしないで。」

春日と明のやりとりは、いつも喧嘩腰である。
きっと仲が悪いのであろう。

「先輩たち、喧嘩してる場合じゃありませんよ・・そろそろ日も暮れてきましたし、帰った方が良いんじゃないですか・・?」
「ん?徹、帰りたいなら勝手に帰っていいぜ、帰れよ。」
「そ・・そんなぁ・・僕、塾があるのに・・」

春日は徹に容赦ない言葉を浴びせる・・・徹は涙ぐんでいる。
いや、むしろ泣いている。

「春日、お前一体どこに向かってるんだ?」

僕が尋ねると春日は満面の笑みで、

「俺の一番のお気に入りの場所さ、来てみればお前も気に入るさ。」

と言った。
こんな山奥にお気に入りの場所があるなんて、やはり新都町の住民のことは理解できない。
山に入ってはや二時間。
いい加減散歩には飽きたし、そろそろ脚も悲鳴を上げようとしている。

「なぁ、春日、迷ってるんじゃないのか・・?もう続きは明日にでも・・・」

僕がそう言った瞬間、春日はいきなり走り出した。

「お、もう着くぜ!この坂を上りきればもうすぐだからよ!お前ら全員早くこいよ!」

全く元気な奴だ。
僕ら三人は呆れつつも、春日の後を追った。

僕らはいきなり開けた場所に出た。
ここはどうやら山頂にあるちょっとした休憩場所のようだ。
ここからは絶景、なんて言葉では片付けられない、夢でも見ているかのような、とても美しい景色が見えた。

「へぇ・・。」
「な?すげー景色だろ?ここから、新都町が一望できるんだぜ」
「本当?すごいな、これは・・。」

僕はただ驚くことしかできなかった。
この前まで都会に住んでいた僕には新鮮すぎるものだった。


「あれが学園、あそこに見えるのは自然公園だな。んであっちは新都湖、あの赤い屋根は俺の家だ。」
「春日の家はどうでも良いよ。」
「はいはい、そうですか。でもよ、本当にすげぇ良い眺めだろ?」
「あ、ああ。確かに春日が気に入るワケだよ。」
「だろ?お前も気に入っただろ??」
「ああ。」

町の全てが見える、ビルの屋上から見つめる汚れた都会の風景とは違う。
何か懐かしさを覚えるような、暖かい眺めだ。

「探検の楽しさがわかったろ?」
「いつもこんな気持ちになれるなら、探検部も悪くないね」
「いつでもなれるぜ!だからお前は探検部に入れ!な?」

この時の僕は感動で気がおかしくなっていたのか、なんと僕は

「そうだな、入ってみるか。」

なんとなく入ってみても良いか、なんておかしな考えを起こし、春日にそう言ってしまったのだ。
よくよく考えると探検部に入らなくても景色の良い場所には行ける。
ここに来るのに探検部に入る理由は無いのだが。
とにかくこの時の僕は感動のせいで、よく頭が回っていなかったのだ。

「よーっしゃ!決まりだな!お前は今日から探検部部員だぜ!」

嬉しそうに叫ぶ春日。
そして春日なんて無視して景色を見続けている僕ら三人。
夕日に照らされた明の横顔はもう夢みたいに可愛かったのは、おいておこう。
塾の時間に間に合わない、と泣いている徹も今は見ないことにしておく。

田舎に来たことを、いや、新都町に来たことを改めて実感した。
きっとこの町にも良いところはある。
もう卑屈になるのはやめて、前向きに生きていこう。
そう思うことができた。

「よし、じゃあそろそろ帰ろうぜ。」

春日の一言をきっかけに、僕らは山を降りだした。
まだ目に焼きついているあの茜色の景色。
僕はこれからこの新都町での生活に、希望を持つことができた。

僕の新都町での人生は、まさに今、始まったばかりだ。

       

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