新都学園には、毎週一回。
朝、全校生徒が体育館に集まり、学園長先生(52)既婚、円形脱毛症の演説を聴く、という学校行事がある。
実にくだらない行事だが、学校行事をサボルのは主義ではないので、出席する。
そんなこんなで朝からテンションが下がり気味の僕だった。
しかもそんな日に限って、事件が起こったりするのはもうお約束だ。
いきなりだが、学校の七不思議。
それは様々な学校に存在する。
僕が通う新都学園にも、例によって七不思議は存在していた。
「ねね、ウチの学園の七不思議知ってる?」
朝っぱらから妙に嬉しそうな明に問いかけられたのは、そんなくだらない話題だった。
「いや、知らないけど。っていうか、別に知りたくもないし。」
「仕方ない、そんなに聞きたいなら教えてあげるわ。」
「いや、だからさ・・。」
「そんなに急かさないで、ちゃんと順を追って教えてあげるから。」
こいつは僕の言葉が聞こえていないようである。
明の話によると、学園に存在する七不思議のうち、六つはすでに解明されているそうだ。
流石田舎の学園。
暇人だらけだからであろうか。
生徒に解明されてしまった六つの不思議が哀れに思える。
解明された六つの謎は動く人体模型、階段の段数が変わる、とか有り触れたものばかりだった。
別に何のおもしろみもないハズの話、なのに何故か明は妙に嬉しそうである。
ここまでニコニコしている明を見るのは初めてである。
かなり可愛いが、ちょっと不気味だ。
「でね、なんと、最後の不思議がついに正体を現したのよ!」
明は拳を握り締め、天井に向かって掲げた。
だがちょっと待て。
今七つ目が発覚した、ということは昨日までは学園六不思議だったのか。
「明、それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃないわ、最後の不思議の内容、聞きたい?」
「いや、遠慮しとくよ。」
「そんなに聞きたいの?仕方ない、教えてあげるからよく聞きなさいよ。」
僕は拳を握り締め、明への怒をそっと堪えた。
何でも最後の不思議の内容は「人形男」というらしい。
深夜誰も居ない学園で人形を片手に不気味な笑みを浮かべながら校内を徘徊しているとか。
ただの変質者で片付いてしまいそうだが、そうはいかないらしい。
学園は放課後部活が終わって教師が帰宅すれば、門もドアもすべて鍵で閉ざされてしまう。
つまり外部からの進入は不可能なのだ。
朝、教師が学園に到着した時も、鍵はいつもちゃんと掛かっているらしい。
ということは、人形男は常に学園内に生息し、どこかに潜んでいる、という結論に至ったらしい。
誰も入れない夜の学園での目撃情報がある、という時点でおかしいということに気付かないのは流石である。
「どうせただの噂話だって、人形男なんて馬鹿らしい。」
「馬鹿らしいかもしれないけど、気にならない?この広報部にさえ確保されていない男なのよ!捕まえてみたいと思わない?」
「激しく思わない。」
「OK、決まりね!さっそく人形男を捕まえましょう。」
「お、おい、僕はやらないって・・。」
「春日~、探検部の出番よ!」
明が春日に事情を説明する。
春日と明は仲が悪い。
だがこの手のおもしろい話には乗ってくる。
そうなると僕も巻き込まれてしまう。
この恐怖のコンボはもはや避けることはできないのである。
「明、だいたい何で僕を誘うんだよ?」
「和泉君が童貞か非童貞か発覚するまで、見張るって言ったじゃない。」
「いや、そうだけど。」
「だからあたしが行くところにはあんたも来る必要があるのよ。」
明が僕に着いてくるのは勝手だ。
だが僕が明に拉致される筋合いは無い。
「いや、僕がついていく理由はないから、僕は行かないよ。」
「は?何でよ。」
「行きたくないから。」
そこまで言った僕は明から渾身のグーパンチを受け、意識を失った。
時間は深夜零時を回ったばかり。
僕は今、学園の前に居る。
そう、人形男捕獲部隊の一員に加えられてしまったからである。
ちょっと待て、僕は朝から今まで気絶していたコトになる。
いくらなんでもありえない話だが、新都町ではありえないことはない。
ウダウダ言ってても仕方ないので、まずメンバーを紹介しよう。
捕獲部隊のリーダーは桜井明、広報部部員である。
次に副隊長の春日翼、探検部部長。
隊員一、僕。
隊員二、兼荷物持ち、郷田徹。
隊員三、猫少・・いや、神無藍。
隊員三、神無藍?
「ちょ、何で神無さんがここに居るの?」
僕が問いかけると笑顔で神無さんは答えた。
「さ、さっ、桜井さんに呼ばれたから・・。」
「あ、明、どういうこと?」
「ん?いや、藍ちゃんっておもしろそうだし、あんた仲良いんでしょ?だからついでに呼んだの。」
桜井明、自己中の神様である。
「はいはい、話はそこまでだぜ、三人とも。」
春日が割って入る。
「徹、例のモノを出せ。」
「は、はい。」
徹が鞄から取り出したのは、学園の鍵だった。
「お、おい、何でそんなの持ってるんだよ。」
「馬鹿か和泉。今日進入するのに必要だから、職員室から盗んでおいたに決まってるだろ。」
「・・・僕は知らないぞ。」
世間では期末試験直前だというのに、盗みを働いてまでこんな馬鹿なことをしているのは、広い世界でも僕らぐらいだろう。
そう考えると急に虚しくなって涙が溢れそうになったので、考えるのは止めた。
「よし、開けるわよ。」
明が鍵を回し、門をゆっくり開けると、さび付いた音が辺りに響き渡る。
「行こうぜ、皆。」
春日の掛け声とともに、僕らは夜の学園へ。
人形男とやらが出現するという魔の地域に足を踏み入れた。
夜の学園内は思った以上に暗くて不気味だった。
徹が持参した懐中電灯三本は、僕、春日、明が持ち、照らしながらゆっくり前へ進む。
この広い学園の中から人形男とやらを探し出すのは、激しく疲れそうである。
無論、そんな変体男がこの学校に存在すれば、の話だが。
「出てこーい、人形男~!」
「や、やめてよ桜井さんっ・・・。」
明が叫んで神無さんが止める。
こうして見るとこの二人、全く対極のタイプだ。
一人はおっとり系、大人しいキャラなのに。
もう片方ときたら、ツンデレのデレも無い、ただのツンキャラである。
デレが無いと萌えないよ、と言いたかったが殴られそうなので飲み込んだ。
「藍ちゃん、怖がってるの?あなたも我が捕獲部隊の一員なのよ?弱音を吐いちゃ駄目!」
「で、でもぉ・・」
「でもぉ・・じゃないの!シャキっとしなさいよ!」
「う・・は・・はいぃっ!」
いじめだよ、明。
神無さん、泣きそうじゃないか。
ほら、猫の哀も彼女の腕で震えてる。
明に。
「いねーな、人形男。」
「そんなの居るワケ無いじゃないですか、噂でしょ。」
春日にやや突っかかり気味の徹。
流石に期末試験直前に拉致されているのだ、いくら徹でも不満はあるだろう。
そんなまったりした状態で夜の学園内を徘徊していると、明が何かを見つけたようだった。
「ん・・あ、あれ!」
明が指差した先、そこは体育館であった。
完全に締め切られたハズの渡り廊下の扉が開き、体育館が見えている。
この渡り廊下の扉は教師が下校時に必ず閉めている。
では何故この扉が開いているのか?
それは僕ら以外の何者かが今、学園内に居るということである。
「冗談だろ・・。」
「何?和泉ビビってるのか?」
春日が僕を煽ってくる。
正直、何も無いと思っていただけにちょっとビビっている。
だって仕方ないじゃないか、夜の学園に人形男、しかも密室と来たもんだ。
普通の高校生なら・・・・いや、僕以外、普通な人種が居ないことを忘れていた。
「ここに居ても仕方ないわね、中に入るわよ!」
明隊長が先頭を歩き、体育館の中に入っていく。
まったくたいした女だ。
僕らは体育館に入り、辺りを懐中電灯で照らしつつ、巡回する。
夜の体育館が学園内より不気味なのはお約束だろうか。
一通り回ったあと、何も発見できなかった僕らは体育館の中心に集まっていた。
「何も無いわね。」
「おもしろくねーな。」
「な、な、何も無くて良かったじゃないですかっ・・」
「そうですよ、先輩達は無茶しすぎなんです。」
静まり返った体育館、響き渡るのは僕らの声だけだ。
だが、僕らが疲れから一瞬会話を止めたその瞬間、奥の方から不気味な笑い声が聞こえた。
沈黙を切り裂く不気味な笑い声が。
「・・ちょ・・今の・・。」
僕しか気付いていないのだろうか、不安ながらも話してみる。
「ああ、確かに聞こえたぜ。」
「聞こえたわね、あの奥からみたい。」
そう言うと春日と明は笑い声がした方向へまっすぐ歩いていく。
僕と神無さんと徹はその後ろを。
普通、僕と春日が先頭を歩くべきなのだろうが、明なので関係無い。
声がした方向へまっすぐ進むと、そこには体育倉庫と書かれた扉があった。
学校の怪奇現象で体育倉庫、完璧すぎるホラーシチュエーションだ。
正直僕は帰りたい。
いや、春日と明以外はそう思っているハズだ。
神無さんなんて僕の服の裾を掴んでいる・・可愛いな畜生。
「開けるわよ?春日はそっちから。」
「お前の指図は受けたくないが、今はのってやるぜ。」
春日と明はそれぞれ扉の左右に回り込み、構えた。
「おい、何する気だよ!」
「何って、蹴破るのよ、それっぽいでしょ?」
「冗談だろ?流石にそりゃヤバイよ!」
「あーもう男のくせに!邪魔しないでっっっ!!!」
明はそう叫ぶと僕を突き飛ばし、春日と同時に体育倉庫の扉を蹴破った。
激しい音を鳴らしながら扉は無残な姿となる。
そして明が体育倉庫の中へ、懐中電灯を向けて叫んだ。
「動くな!人形男!」
「ヒィっ!」
懐中電灯の先、怯えた男の声。
そこに居たのは、新都学園の学園長先生(52)既婚、円形脱毛症だった。
「え・・学園長・・?」
僕らが声を揃えて唖然としていると、学園長は涙ぐんだ目で僕らを睨み、こう言った。
「こ、怖かったじゃないか!一体何事かと思ったじゃないか!!こんな時間に何してるんだ!!!」
「え、いやあたし達は人形男を捕まえようと・・学園長の方こそ何を、って・・あーーーっ!!」
明が大声を上げ、学園長を指差す。
明が示す先には、大量の美少女フィギュアがあった。
「・・?」
言葉を失う僕らを尻目に、学園長は慌てた様子で言う。
「あああ!見ないで、見ないでーっ!」
学園長の後ろには、大量の美少女系、萌えフィギュアがあった。
スクール水着からセーラー服、巫女にナースに猫耳メイドなど、とにかく幅広い、山のような数のフィギュアがあった。
「フィギュア・・怪しい笑い声・・ってことは!あんたが人形男の正体だったのね!?」
馬鹿な。
形は違えど本当に人形男が存在したなんて。
それを明が捕らえたなんて、もうこの学園で出来ないことは何も無いんじゃないかと思う。
「どういうことか、話してもらいましょうか?」
明が詰め寄ると、学園長は観念したのか、人形男に至るまでの経路を話してくれた。
妻がオタク嫌いだということ、家にあった大量のフィギュアを捨てられそうになり、とっさに学園に隠した。
夜な夜な自分のコレクションを整理しに忍びこんでいるところを、深夜まで学園で寝てしまっていた広報部員に目撃されたのがことの始まりらしい。
学園長は故意に人形男騒動を引き起こしたワケではない、どうかこの事件は無かったことにして欲しい、そう明に頼んだ。
だが明は、
「嫌よ。あんたのせいで無駄骨おったじゃない。絶対に許さないんだから。」
それだけ言い残すと明は懐中電灯を学園長に投げつけ、ご立腹な様子で帰ってしまった。
僕らも泣きながら謝ってくる学園長を哀れみながらも、それぞれの帰路についた。
翌日。
校門には多くの人だかりができていた。
登校ついでに人ごみを覗き込むと、そこには広報部の新都新聞が掲載されていた。
一面記事は、
「★人形男の正体はフィギュアマニアのキモオタ学園長★」
と掲載され、そこにはフィギュアを前に泣き喚く学園長の写真もあった。
ご愁傷様・・、学園長。
学園長を不憫に思いつつ、僕は新聞の隣で笑顔で新聞を宣伝している明が鬼に見えた。
広報部部員、桜井明。
ひょっとしたら奴はこの学園で一番恐ろしい存在なのかもしれないと僕は思った。
それと言い忘れていたが、普段からだらけていたことと、深夜まであんな馬鹿なことをしていたこととが重なってか、
僕の転校後初の期末試験がとても悲惨な結果となったのは、言うまでもない・・・。