Neetel Inside 文芸新都
表紙

和泉新斗物語
第八話「桜井明の休日」

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「私はあんまり髪が長いのは好きじゃないなぁ~。」
「え~、そう?長めも格好良いと思うんだけどなぁ・・。」
「私は断然ショート派かな~。」
「爽やかなのは、確かに格好良いよね~。」

下らない日常会話が聞こえる。
別に聞くつもりも無いし、聞きたくも無いけれど、聞こえてくるものは仕方無い。
昼下がりの学園の、ちょっとした女子高生達のお話だ。
広報部の部室は、そんな下らない会話で盛り上がっていた。

「ねぇ、明はどんな感じの男子がタイプなの?」

広報部部員が、あたしに話しかける。

「え、あたし?」

一人会話には参加せず、窓際の席で携帯電話で遊んでいたのだが、
どうやら下らない会話に巻き込まれてしまったようである。
友達付き合いというのは、実に面倒くさいものだ。
本当はこんな話には参加したくないのに、それなりに参加しておかなければならない。
その場の空気を壊してしまうのは、あまり良い気分はしないから。

「う~ん、別にこれといって好きなタイプとかは無いわね。」

あたしは場の空気を壊さぬ程度に、だが最低限の発言しかしない。

「え~、好きなタイプぐらいあるでしょ~?」
「そうよ、芸能人で言うと誰がタイプなの??」

部員達は、どうしても下らない会話を続けたい様子だ。
夏休みにわざわざ学園まで来て、何が嬉しくてこんな会話をしなければならないのか。
そもそも、あたしは誰が好きだとか、どんなタイプだとかの恋愛話は好きじゃない。
どうして女子高生ってのは、下らない恋愛話が好きなのだろうか。
あぁ、本当に下らない。

「本当にタイプなんて無いわよ。強いて言えば、好きになった人がタイプよね。」

あたしは本当に好きなタイプなんて無い。
髪が長かろうが、短かろうが、そんなことどうでも良いのだ。
男子なんて眼中にも入らないし、恋愛する気なんて、これっぽっちも無い。

「好きになった人がタイプかぁ~。上手く逃げたわね~。」
「本当本当。明にこの手の話はご法度だもんね~。」

解ってるのなら、こんな話は振らないでほしいものである。

「ごめんね、本当に興味無いの。」

あたしはそれだけ言って、視線を再び手に持った携帯電話の画面に移す。
これで下らない会話に巻き込まれずに済んだ。
そう安堵していたのだが、今日はそうはいかなかった。

「ね、明ってさ。」

部員の一人が、とても嬉しそうな表情であたしに詰め寄って来る。

「何よ?」

あたしは視線を携帯電話に固定したまま、面倒くさそうに返事をする。

「明って、和泉君のこと好きなの?」

何やら聞き覚えのある名前が登場した。
だが、その名前が登場するには相応しくない会話の流れで登場したようだ。
あたしは一瞬何の事か理解出来なかったが、すぐに会話を理解し、我に帰った。

「な、何言ってるのよ?そんな訳無いじゃない!」
「え~、本当?怪しいんだけどな~。」

まさかあたしが和泉君の事を好きだと思われていたなんて。
何故、そう思われているのかすら理解できないが。

「本当よ。あんな奴の事なんて、好きになる訳無いじゃない!」
「嘘~、だって怪しいんだもん。」
「ど、どこが怪しいって言うのよ・・。」
「ん~、何かいつも一緒に居るし。和泉君と一緒に居る時の明、楽しそうにしてるしさ。」

確かに、和泉君とはいつも一緒に居るかもしれない。
決してそれは好きだからとかじゃない。
今では忘れている人も居るかもしれないが、あたしは和泉君が童貞なのかどうかを調査するために、
和泉君と行動を共にし、彼を見張っているのだ。
傍から見れば、仲の良いクラスメイトに見えている、という事なのだろうか。

「べ、別に一緒に居るのは調査のためだし・・皆にもアイツを調査するって事は話したじゃない!」

確かに話したハズだ。
都会から転校して来た彼が童貞か非童貞かを調査すると。

「それは聞いたけど・・ねぇ?」
「うん。何かそれだけじゃ無いような感じがするんだよね~。」
「うんうん、そう言われてみれば、何か怪しいよね。」

こいつらは人の話を信用しないのか。
今にも掃除用具入れの中にある箒でこいつら全員の頭を、かち割ってやりたい。
まぁ、流石に逮捕されるのは嫌だから、脳内に留めておくけれど。

「ちょ、ちょっと皆、本当よ?本当にあんな奴のこと好きじゃないんだから!」
「何かムキになるところが怪しい~。」
「な、何言っんのよ!本当だってば!」

思わず、あたしは声を張り上げ、席を立ち上がる。

「だ、だって皆、よく考えて見てよ!?」

あたしは席を立つと、腕を組んだ姿勢を取る。
そして、教室内を歩き回りながら部員達に話しかける。

「和泉君とは、確かによく一緒に居るわよ。でも、それはさっきも話したけど、調査のためよ?
 だいたい、一緒に居るってだけで好きだとか何だとか、そんな訳無いじゃない?」

まるでどこぞの演説家のように、冷静を装って話す。

「それにさ、和泉君なんて、良い所無いじゃない?
 顔もパッとしないし、性格だって優柔不断でウジウジしてるし、スポーツだって別に普通だし。
 期末試験なんて、アイツ赤点だったのよ??
 あんな取り柄の無い地味な奴、このあたしが好きになる理由なんてこれっぽっちも無いじゃない??」

あたしは一人で喋り続ける。
部員達は無言であたしの話を聞いていたが、あたしの話が終わると口を開いた。

「そっかな~?私は和泉君良いと思うけどな。」
「な!?」

思わず変な声を上げてしまった。
それは、格闘漫画で主人公が敵に背後を取られたような声だった。

「良いと思うって・・和泉君の事を・・?」
「うん、そうだよ。」
「ちょ・・あんた大丈夫!?頭おかしくなっちゃったんじゃないの!?」
「そんな事無いよ、大丈夫。」

全く大丈夫じゃない。
あたしがさっき話したことに嘘は無い。
本当に和泉君の事は、何とも思っていない。
それどころか、いまいちな奴だとすら感じているのだ。
そんな和泉君の事を良いと言い出す部員を、あたしは本気で心配する。

「明こそ、よく考えてみなよ。」
「な、何をよ・・。」

他の部員達は、楽しそうな表情であたしを見つめている。
何がそんなに楽しいっていうのよ・・。

「和泉君ってさ、確かに取り柄は無いかもしれないよ?
 でも、何か優しい雰囲気出てるし、おもしろい人だし、私は和泉君みたいな人良いと思うな。」
「あ、あんた本気?頭爽やかになっちゃった・・?」
「私は大丈夫だってば。明こそ、ちゃんと考えてみなよ。」
「・・いくら考えても、あいつが良いなんて思えないわよ。」

くどい様だが、本当に何とも思わない。
むしろ馬鹿な事を言い出した部員の頭の方が気になるぐらいだ。

「でもさ~、何て言うか・・。」
「な、何よ?」
「和泉君と居る時の明ってさ、楽しそうって言うか、何か自然なんだよね~。」
「あ、それは私も思うよ!」
「思う思う~。」

今まで黙り込んで話を聞いて居た部員達も、会話に割って入ってくる。

「し、自然って何よ・・!?べ、別にアイツと居ても楽しくないわよ・・!?」
「明、顔赤いよ~。」
「な、な!?」

思わず頬に手を添える。
顔が赤いなんて、冗談だと信じたい。

「あ、赤くなんか無いわよ!っていうか・・本当に何でも無いんだってば!!」
「何でそんなに必死なの~?ますます怪しいな~。」
「あはは、本当本当~。」

あたしが反論すれば反論する程、部員達の疑いは深まっていくようである。
だからと言って、部員達の意見を肯定すれば、和泉君の事を好きだということになってしまう。
それだけは勘弁願いたいものだ。
本当に何でもないのだから。

「あ、あんた達ねぇ・・本当に違うって言ってるじゃない・・。」
「まぁ、明がそこまで否定するならさ。」
「そうだね、違うって事にしてあげてもいいけどさ~。」

部員達は渋々だが、あたしの主張を信じたのか大人しくなった。

「でも、ちょっとは良いなって思うでしょ?」

だが、粘り強い部員の一人は、まだあたしに攻撃を加える。
ここは適当に相槌を打ち、会話をただちに終了させるべきだと思った。

「・・そ、そりゃあさ。」
「うん?」
「・・ま、確かにちょっとは良い奴かもしれないけど・・。」

まぁ、冷静に考えれば別に和泉君は悪い奴では無い。
別に恋愛対象として見ていないだけで、友人としては良い奴だとも思うし。
でも、何だかこういった会話の流れでそれを認めるのは恥ずかしいものだ。

「明?聞こえないよ~?」
「い、和泉君は良い奴かもしれないわよ・・。でも、別に好きだとかそういうんじゃなくてさ・・。」

あたしが観念して、話し出した時。

「およ?」

部員の一人が気の抜けた声を上げる。
彼女の視線は、あたしでは無くあたしの後ろを捉えている。

「・・あんたねぇ、せっかくあたしが話してるって言うのに。一体何をそんなに・・。」

あたしが彼女の視線の先へと視線を移す。
すると、そこには爽やかな表情で、和泉新斗が立ちはだかって居た。

「な!?」

また変な声を上げた。
別に和泉君に聞かれてマズイ話はしていないハズだ。
だが、何故かひどく恥ずかしい気がするのだ・・。

「和泉君、どうしてここに?」

にこやかな表情の部員が和泉君に問いかける。

「あぁ、今日も補習でちょっと先生に呼ばれてね。
 ついでに、この教室の黒板消しを新調するように言われちゃったんだ。」

和泉君の両手には黒板消し。
どうやら、嘘では無いらしいが。
問題なのは、そこでは無かった。
一体、いつ頃からこの教室で、あたし達の会話を聞いていたのかだ。
さっきも言ったが、別に変な話をしていた訳では無いのだが、一応気になる。

「あ・・あんたいつ頃からそこにいるのよ・・?」
「え?ああ、ついさっきだよ?」

和泉君は笑顔で答えると、黒板消しを新品に取替えた。

「じゃ、僕はこれで。」

和泉君は教室を出ようとする。
だが、その時彼は何かを思い出したかのように、急にこちらへと振り返った。
そして、こう言った。

「そういえば明さ。」
「な、何よ・・?」
「さっきさ、何か僕がどうのこうのって話してなかった?」
「な!?」

頭がヒートアップする。
おかしい。
別に聞かれてマズイ話はしていないのだ。
だって、和泉君の事は好きじゃないってちゃんと言った。
ちょっと良い奴かもしれない、そうフォローしただけだ。
でも、何故か恥ずかしく、どう返答して良いか解らずに居た。

そうして居ると、部員が和泉君に声を掛けた。

「あぁ、あのですね~。」
「何?どうしたの?」
「明、あなたの事、とっても優しくて良い人だ!って言ってましたよ~。」

「・・な!?」

何を勝手なことを!
あたしは全くそんな事は言ってない!
しかも思ってもいないってば!

「へぇ、明がそんな事をね~・・。何かくすぐったいよ。」
「いや、ちょ、そんな事言ってな・・。」
「明にそう言ってもらえて、何か照れちゃうよ~。」
「い、いや、だからね和泉君。あたしはそんな事ね・・」
「まさか明が僕の事をそんなに良く思ってくれてたなんてね・・。」

人の話を聞かない。
さっきからヒートアップしていたせいもあってか、あたしの頭は何故か爆発寸前である。
笑顔であたしを見つめる和泉君にやたら腹が立ち、我慢の限界に来たあたしはついに叫んだ。

「あ、あんたね!ひ、人の話はちゃんと聞きなさいよ!
 べ、別にあんたの事なんて好きじゃないんだから!!
 っていうか、何とも思ってないんだから!勝手に変な勘違いとかしないでよね!この馬鹿!失せろ!溶けろ!!」


教室に静寂が訪れる。
和泉君どころか、部員達まであたしを見つめたまま、固まっている。

「あ・・いや・・今のは別に・・」

上手い言い訳が見つからない。
何だかとても恥ずかしい気分だ。
もう知らない。
もう知らないわよ?
もう知らないってば!

「あ~!もう知らないわよ!!」

あたしは鞄を和泉君に投げつけると、急いで教室を出た。
背後から、鞄どうするの~!だとか、あたしを呼ぶ声がするが気にしない。
とにかくダッシュで、教室から離れる。

おかしい。
和泉君の事なんて、何とも思ってなかったハズなのに。
部員達が馬鹿な話をしたせいだ。
何だか、やたらと恥ずかしい。
何故?この不思議な気分は何なの神様!?

ちょっと柄でも無いが、神様に聞いてみたりした。
でも、神様はあたしに何の返事もしてくれなかった。
いや、解ってたよ?

数分走り続けたあたしは、校庭のあたりで足を止めた。

「はぁ・・はぁ・・。」

暑い中ダッシュしたせいか、すごく息が上がってる。
顔も火照っている・・。
あたしは校庭のベンチに腰掛けると、空を見上げた。

気持ち良いぐらいの青空。
その青空の中にひとつ、ちょっと大きめの雲がある。
とても絵になるような構図である。
あたしはそんな綺麗な空を見上げながら、一人考えていた。

和泉君は、ただの友達。
部員達がからかって来たから、恥ずかしくなっただけ。
本当に、何でもない。
あたしは必死に自分に言い聞かせた。
っていうか、どうしてあたしがあんなに部員達にからかわれなくちゃならないのか。
また腹が立って来た・・。

綺麗な空に見える雲。
何だか、その雲にまで見下ろされ馬鹿にされている気がした。

「・・雲のくせに・・。」

あたしは地面に転がっていた石ころを拾い上げた。
そして、思いっきり息を吸い込むと、

「・・本当に、何とも思ってないんだからね!」

あたしはそう思いっきり叫ぶと同時に、右手に握り締めていた石ころを雲目掛けて投げ飛ばした。

二千六年、八月十七日。

あたし、桜井明がちょっと不思議な気分になった日の事でした。

       

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Neetsha