sneg、始めました。
【ニ】08.雨と共に
ジトジトと小さな水の粒が降っている。
「嫌な天気だよなぁ、暑くなってきたし」
後頭部をかき混ぜながら陽介が近づいてきた。
「時期が時期だしな」
ここ最近断続的に降る雨。
本格的に梅雨入りするのはもう少し先だろうか。
「上田くん、行くわよ」
部長から声がかかったので、コントローラーを握り直し、ゲームに集中する。
テスト期間が終わったぐらいからか、部長との距離が少し変わっていた。
部活中、ゲームをプレイしている時以外、話をしている気がする。
その内容がゲームについてというのは高校生の放課後としてどうかと思うが、面白い話が多い。
美少女ゲームという一点においては陽介の方が詳しいだろう。それは間違いない。
けれどゲーム全般という大きな括りに置いて、藤崎麻子という人物は群を抜いた知識を持っている。
俺は言うに及ばず、時折話に混ざってくる、俺へオタク文化を植え込んだ陽介さえも、その知識には関心を寄せていた。
そういう話が出来るようになった事のみならず、一番変わったと思うのは、部長が笑うようになった事だろうか。
以前は本当に物静かな、そこに在るという表現がしっくり来る佇まいだった。
存在はしているが、近づく事は躊躇われる。そういう雰囲気。
それはやはり日本人形のようで、闇を黒く染め上げたような長い髪がさらにそう見せるのだと思う。
何度も話しかけた事もあった。返事は返ってくるものの、返事に返事を返す事を躊躇うような言葉が並んでいるのが当たり前。
とっつきにくい、それとも少し違う。近寄りがたいとも別。
けれど、もうそんな事を考えなくていい。
入部した時から解けずにいた、ただ一つ問題は、既に解決していた。
休みの日だというのに出かける気は毛頭無い。用が無いとかじゃなくて、気力が無い。
雨空と同じように俺の心は晴れていないのだ。
「……これは俺には合わん」
南おねえさん声の幼馴染みルートをプレイし終わっての感想を、寝転がって芸術科モノの四コマ漫画を読んでいる陽介に伝える。
「だろうなぁ。復讐モノだし」
あまり気分の良ろしくないシーンが続いていた。
女性キャラが泣きながら、しかも複数相手になんて辛いだけで、息子もだんまりを決め込んでいる。
俺は甘酸っぱく爽やかなのが好きなのだ。
きみあるなら朱子に甘やかされ、ナギサのなら夏生とイチャついて、マギウスならセーラと学園を出て暮らす。君のぞなんて事故が起こらず絵本展に行けるルートがベストだと決め付けている。
それでも気になる作品なら余程の事がない限りコンプリートを目指してしまうのは、エロゲプレイヤーとしての意地なのだろうか。
「まぁ、あれだ。そのゲームは気に入ったキャラが居れば、だいたいのルートでヘコむ」
陽介は金城先輩に呼び出されるまで、俺が顔を歪めながらプレイを続ける姿を眺めてニヤついていた。
目に見える程の変化を感じさせずに、少し前から断続的に降っていた雨は変わったらしい。何日か前に梅雨に入ったそうだ。
自販機からビンを取り出して思う。この自販機で飲み物を買っている人を見た事がない。けれど、数日見ない間にケースに空のビンが埋まっていた。
ここの近くにニ年以上通っている部長曰く、コアなファンが居るから無くならない、らしい。
コアな一人とやらに成り果て、喉を潤わせていると、露出の多い衣装を着て金髪とおバスト様を揺す折笠が現れた。
「……やっぱり本場の方はビン入りコークがお好みで?」
アメリカとイギリス、日本までは覚えている。他はフランスとかだったっけ。
「私はファンタ派。もちろんオレンジね」
生憎俺はその、もちろん、に同意する事は出来ない。
「グレープも美味いぞ」
ビスクドールのような透明な肌の顔を歪ませて行う、有り得ない、というジェスチャーは、さすが。様になっている。
「体育館で練習か? 応チ部も大変そうだなぁ」
通称、応チ部。正式名称は、応援団・チアガール部、だったか。スタイルの良さがそのユニフォームでより際立っていて目のやり場に少し困る。
「まぁ、ね。日本の湿気はキチィキチィ」
日本生まれ日本育ちの癖に。そんな野暮な言葉は飲み込む。
「上田くんも結構飲みに来るの?」
まるで馴染みの居酒屋のようにここの自販機を言われて、思わず噴出しそうになった。
「近所だからな」
「あー。あの部長さん、美人だよねぇ。……実際のとこ、どうなのよ?」
「どうと言われても」
昼飯を減らされる程度に顔を合わせているのだから、折笠からのみという意味で、こういう話は慣れている。
「ここ最近よく笑ってるな」
「いや、そういう事じゃなくて」
空のビンで突っ込まれ、そのままビンを受け取ってしまう。
「上田くんもたまには運動しなよー」
後から来たのに先に飲み終えた折笠は、落ちるような速さで階段を降りていく。
時間が無いならわざわざこんなとこにまで来なければいいのに。
自販機の横に置いてある黄色いビールケースのような箱に空のビンをニ本挿し入れならが、暇な時にでも差し入れをしてやろうと思った。
すでに0時を少しを回っている。布団に潜り込んで雨音を子守唄にして微睡んでいた。
そんな微睡みを壊したのは携帯からの電子音。
「……部長?」
こんな遅くに一体何の用事だろうか?
しかしボタンを押して携帯を耳に当てると電話は既に切れていた。
充電器に携帯を挿して薄い布団をかけ直し、再び目を瞑ると水が窓を叩く音に混じって微かに違う音が耳に入る。
その音が一階から聞こえているのに気付いたのは再度目を開けてからだ。
階段を下り玄関に向かう。鳴っていたのは、チャイム。
覗き穴から確認しても、外はただ暗いだけで何も見えない。
念のためにと、鍵とチェーンを外し、扉を開ける。
「嫌な天気だよなぁ、暑くなってきたし」
後頭部をかき混ぜながら陽介が近づいてきた。
「時期が時期だしな」
ここ最近断続的に降る雨。
本格的に梅雨入りするのはもう少し先だろうか。
「上田くん、行くわよ」
部長から声がかかったので、コントローラーを握り直し、ゲームに集中する。
テスト期間が終わったぐらいからか、部長との距離が少し変わっていた。
部活中、ゲームをプレイしている時以外、話をしている気がする。
その内容がゲームについてというのは高校生の放課後としてどうかと思うが、面白い話が多い。
美少女ゲームという一点においては陽介の方が詳しいだろう。それは間違いない。
けれどゲーム全般という大きな括りに置いて、藤崎麻子という人物は群を抜いた知識を持っている。
俺は言うに及ばず、時折話に混ざってくる、俺へオタク文化を植え込んだ陽介さえも、その知識には関心を寄せていた。
そういう話が出来るようになった事のみならず、一番変わったと思うのは、部長が笑うようになった事だろうか。
以前は本当に物静かな、そこに在るという表現がしっくり来る佇まいだった。
存在はしているが、近づく事は躊躇われる。そういう雰囲気。
それはやはり日本人形のようで、闇を黒く染め上げたような長い髪がさらにそう見せるのだと思う。
何度も話しかけた事もあった。返事は返ってくるものの、返事に返事を返す事を躊躇うような言葉が並んでいるのが当たり前。
とっつきにくい、それとも少し違う。近寄りがたいとも別。
けれど、もうそんな事を考えなくていい。
入部した時から解けずにいた、ただ一つ問題は、既に解決していた。
休みの日だというのに出かける気は毛頭無い。用が無いとかじゃなくて、気力が無い。
雨空と同じように俺の心は晴れていないのだ。
「……これは俺には合わん」
南おねえさん声の幼馴染みルートをプレイし終わっての感想を、寝転がって芸術科モノの四コマ漫画を読んでいる陽介に伝える。
「だろうなぁ。復讐モノだし」
あまり気分の良ろしくないシーンが続いていた。
女性キャラが泣きながら、しかも複数相手になんて辛いだけで、息子もだんまりを決め込んでいる。
俺は甘酸っぱく爽やかなのが好きなのだ。
きみあるなら朱子に甘やかされ、ナギサのなら夏生とイチャついて、マギウスならセーラと学園を出て暮らす。君のぞなんて事故が起こらず絵本展に行けるルートがベストだと決め付けている。
それでも気になる作品なら余程の事がない限りコンプリートを目指してしまうのは、エロゲプレイヤーとしての意地なのだろうか。
「まぁ、あれだ。そのゲームは気に入ったキャラが居れば、だいたいのルートでヘコむ」
陽介は金城先輩に呼び出されるまで、俺が顔を歪めながらプレイを続ける姿を眺めてニヤついていた。
目に見える程の変化を感じさせずに、少し前から断続的に降っていた雨は変わったらしい。何日か前に梅雨に入ったそうだ。
自販機からビンを取り出して思う。この自販機で飲み物を買っている人を見た事がない。けれど、数日見ない間にケースに空のビンが埋まっていた。
ここの近くにニ年以上通っている部長曰く、コアなファンが居るから無くならない、らしい。
コアな一人とやらに成り果て、喉を潤わせていると、露出の多い衣装を着て金髪とおバスト様を揺す折笠が現れた。
「……やっぱり本場の方はビン入りコークがお好みで?」
アメリカとイギリス、日本までは覚えている。他はフランスとかだったっけ。
「私はファンタ派。もちろんオレンジね」
生憎俺はその、もちろん、に同意する事は出来ない。
「グレープも美味いぞ」
ビスクドールのような透明な肌の顔を歪ませて行う、有り得ない、というジェスチャーは、さすが。様になっている。
「体育館で練習か? 応チ部も大変そうだなぁ」
通称、応チ部。正式名称は、応援団・チアガール部、だったか。スタイルの良さがそのユニフォームでより際立っていて目のやり場に少し困る。
「まぁ、ね。日本の湿気はキチィキチィ」
日本生まれ日本育ちの癖に。そんな野暮な言葉は飲み込む。
「上田くんも結構飲みに来るの?」
まるで馴染みの居酒屋のようにここの自販機を言われて、思わず噴出しそうになった。
「近所だからな」
「あー。あの部長さん、美人だよねぇ。……実際のとこ、どうなのよ?」
「どうと言われても」
昼飯を減らされる程度に顔を合わせているのだから、折笠からのみという意味で、こういう話は慣れている。
「ここ最近よく笑ってるな」
「いや、そういう事じゃなくて」
空のビンで突っ込まれ、そのままビンを受け取ってしまう。
「上田くんもたまには運動しなよー」
後から来たのに先に飲み終えた折笠は、落ちるような速さで階段を降りていく。
時間が無いならわざわざこんなとこにまで来なければいいのに。
自販機の横に置いてある黄色いビールケースのような箱に空のビンをニ本挿し入れならが、暇な時にでも差し入れをしてやろうと思った。
すでに0時を少しを回っている。布団に潜り込んで雨音を子守唄にして微睡んでいた。
そんな微睡みを壊したのは携帯からの電子音。
「……部長?」
こんな遅くに一体何の用事だろうか?
しかしボタンを押して携帯を耳に当てると電話は既に切れていた。
充電器に携帯を挿して薄い布団をかけ直し、再び目を瞑ると水が窓を叩く音に混じって微かに違う音が耳に入る。
その音が一階から聞こえているのに気付いたのは再度目を開けてからだ。
階段を下り玄関に向かう。鳴っていたのは、チャイム。
覗き穴から確認しても、外はただ暗いだけで何も見えない。
念のためにと、鍵とチェーンを外し、扉を開ける。
「……」
長く黒い髪を濡らしながら俯いている部長が、そこに居た。
長く黒い髪を濡らしながら俯いている部長が、そこに居た。