Neetel Inside ニートノベル
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炎上作番デスマチセブン
第一話 序

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 赤坂未尽は憤慨した。必ず、かの無知蒙昧の上長を除かなければならぬと決意した。

 一週間前、SI課の課長、甲本から言い渡されたのは、人手不足であるプロジェクトへの人員補充としての出向であった。
 数年前に発生した世界同時不況の影響で開発案件が激減する中、「仕事があるだけでもありがたい」という雰囲気が醸成されている社内では、端から端まで見渡せるほどガランとしている。赤坂は詳しくは知らないが、某大手銀行のシステム刷新に多くの人員が割かれているらしい。
 そのような状況でも、赤坂は自社で数人規模のプロジェクトの一員して働いていた。Webの販売管理システムを構築するこのプロジェクトは、一時期傾きかけたこともあったが、メンバのがんばりや上長の手助けなどもあって、納品も終えて運用・保守の段階に移行していた。顧客からの無茶な言い掛かりがない限りは、このプロジェクトはひとまずひと段落ついたといっていいだろう。
 しかし、平穏は長く続かない。4月に人事刷新が行われ、今まで見事な手腕でプロジェクトを管理していた吉田課長が異動になり、替わりにやってきたのが元総務部「部長」、現職「課長」の甲本だった。
 甲本は胸糞悪い笑みを浮かべ、ドブ川のような腐臭を吐き出しながらいった。
「昔の知り合いからどうしてもと頼まれてね。ちょっと遠いけど」
 頭のねじが緩んでいるせいで距離感覚までおかしくなったのか。甲本から渡された資料によれば、自宅から現場までの距離は「ちょっと」という表現は宇宙を引き合いに出して比較しないと整合性が保てないくらいの論理矛盾をはらんでいる。片道電車2時間で30分徒歩というのは、自身の正常性と眼球の機能を何度も疑ったほどだ。
「はあ。で、この案件はどんなものなんでしょう」
「Javaだよジャバ。Webでパパッとやるシステムだって」
「パパッてなんですか。フレームワークは使ってるんです?DBは?」
 具体的な単語をだすと甲本は露骨にいやな顔をした。彼にはプログラム開発経験がほぼない。システムエンジニアですらないのだ。
「具体的なことは現場に行ってから聞いて。あと、今やってるプロジェクトの持分はちゃんと誰かに引き継いどいてね。まあそんなにたいしたことないだろうけど」

 現場の士気を下げる考えうる限りの言葉をくさい息とともに吐き散らしたあと、甲本は会議室からドスドスと音を立てて出て行った。
 一方で赤坂は、頭を抱えていた。
「ヤバイ。この案件はヤバ過ぎる」
 渡された資料からは、巧妙に隠されているからなのか、不穏な雰囲気は感じ取れない。エンドユーザも大企業で、顧客も有名なIT企業である。
「だが・・・!」
 赤坂は、甲本を問い詰め切れなかったことを後悔した。開発のことを何も知らない人間に詳しい話を聞いたって無駄、彼のいうとおり現場に行ってから聞けばいいという考えが心の底にあったのかもしれない。しかし、やっておかなければならなかったのだ。徹底的に問い詰めて、言質を取らなくてはならなかった。彼がわからなければ、彼を通じてわかる人間に話をさせるべきだった。
 後の祭りであった。
 もう少し詳しい話を聞きたいと甲本に話しても、さっきので全部だよ、詳しい話は現場で聞けって言っただろ、安本さんのおしりって丸くて可愛いよね、などというばかりで取り合ってもらえない。
「さすがの未尽もこの失態は猛省・・・・・・!」
 あほな事をいって現実逃避するしかなかった。

 さまざまな不安を抱えたまま、出向先現場への出社日当日を迎える。
 出向先の会社ごとに割り振られたテーブルへ向かうと、同じ会社の人間に挨拶をした。
「おはようございます。今日からお世話になります赤坂です。よろしくお願いします」
 よろしくー、おうー、など、ぱらぱらと返事が聞こえる。だが、一人としてこちらを向いたものはいなかった。
 赤坂は、一番近い席にいたひとつ年上の先輩、依代文乃に声をかける。
「依代さん、ですよね。おはようございます。あの、サブリーダーの吉良さんってどちらにいらっしゃるんです?」
ああ、それなら。と依代は言う。

「三日前から出てきてないね」

 現場に到着した赤坂未尽を待っていたのは、想定外の絶望であった。


つづく







     


       

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