Neetel Inside 文芸新都
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COLLAPSERS
二、プリンのような香り

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 放課後。
 丹下は机の中の教科書類をカバンに押し込み、部活に行ったり下校する生徒の波をかき分けて、一組へ向かった。
 篠原は廊下に立っていた。彼は人より背が高く、加えてその風貌から人の顔をなかなか覚えることのできない丹下でも彼だとすぐに分かった。彼は行き交う人の波を右から左へ、左から右へと首を動かしながら物珍しそうに繁々と見ていた。
 やはり彼は変わった人だ、とあらためて丹下は思った。
 丹下は彼に近づいて、声をかけた。
「よう、待った?」
「うお、びっくりした」篠原は言った。「もうこんな近くまでおったんか、全然気付かんかった」
「それは俺が小さすぎて見えなかった、って事か?」
「うん、そういうこと」
 丹下は篠原の足のすねに小さく蹴りをかました。「いてっ」



 この学校には、北と南に二つの体育館がある。
 北にある体育館は比較的新しく、塗装された床はつややかな光沢をもっている。置かれている器具もほとんどは体育の授業や部活に使われるものだけで、無駄なものはなく、それが清潔な印象を与えている。広いステージがあるので、朝の集会や入学式などの諸行事ではよくこの体育館に集まることが多く、生徒たちにとって馴染みの深い体育館となっている。
 一方、南にある体育館はこれ以上ないほどに老朽化している。中に入ると、発生源不明の妙に甘ったるいプリンのような香りが出迎えてくれる。塗装の剥げた床は誰かさんの流した汗でまんべんなく黒ずみ、ひび割れた窓ガラスはガムテープで補強され、去年やその前の年の運動会のスローガンが書かれたプレートが無造作に置かれていた。地震がきたら倒れてしまうんじゃないかと誰もが心配になっているが、実際に取り壊して新しい体育館をつくる話も進められているらしい。
 バドミントン部は、そんな古びた南体育館で活動をしている。
 ――はずなのだが。



「あれ? 誰もおらんぞ」
 どこからか発する謎の臭いに鼻をつまみながら、南体育館の中を覗いた篠原が言った。
 丹下も中を覗いてみる。ダンス部らしき人々は存在するが、確かにバドミントンラケットを持った人もいなければ、コートも準備されていない。
「今日はやってないんじゃない?」
「いや、平日ならいつもやってるはずなんやけど……」
「じゃあ、もうちょっと待ってみようか」
 二人は待つことにした。



 二十分後。
 バド部の人たちは相変わらず現れなかった。体育館の中では、ダンス部が音楽に合わせて踊っていた。二人はそれを見ていたが、もしかしたらダンス部を見学しに来た人と勘違いされてしまうかもしれないと思ったので、校舎のてっぺんに止まっているカラスや竹箒で落ち葉を掃いている用務員の方に目をそらした。バド部の人たちが活動しているはずの空間では、ダンス部の流す音楽が鳴り響いているだけだった。
 篠原はたまりかねて口を開いた。
「なあ、部室に行ってみん?」
「あ、行く?」
 部室棟はこの体育館のすぐ横にある。部室に行けば案外部の人が誰かいるかもしれない。二人は部室棟の方へ歩いていった。



 部室棟は二階建ての建物で、運動場が近いのでサッカー部やラグビー部など主に外で活動する部活が部室を構えている。バドミントン部の部室は二階にあった。
 窓の中を見ると電気は消えていて、人の気配は感じられなかった。扉をノックしてみた。返事はない。鍵が閉まっているかもしれないが、寝起きの人のようなやる気のない声で「失礼します……」と声に出しながら一応扉を開けてみた。
 するとどうやら鍵は開いていたようで、中の部屋が露わになった。棚の上には大量の雑誌やシューズが陣取っており、床に敷かれた畳の上では誰かが飲み物でもこぼしたのだろうか、大きなシミが広がっている。黄色いゴミ袋の中にはボロボロでほとんど骨組みだけになったシャトルが詰め込まれ、ダンボールの中には折れ曲がったラケットが十本ほど突き刺さっている。そして全体的に汗臭い。まるで南体育館の弟子とも言えるような衛生状態だった。
 中には誰もおらず、鍵は棚の上に置かれていた。
 突然篠原は靴を脱いで、畳の上にあがった。
「何しとん」丹下は尋ねた。
「いや、棚の中に『北斗の拳・完全版』があったから、それを読もうと思って……」
「そんな勝手なことして大丈夫なんか?」
 丹下はこれでも比較的常識をわきまえた人で、篠原の非常識な行動に少し呆れていた。しかし強く注意をすることは苦手で、彼の行動を止めるまでには至らなかった。



 不意に後ろから誰かの声がした。
「あ、もしかして新入生?」
 丹下は振り向いた。篠原はマンガを取り落とした。
 声の主は細い目をした、天然パーマの男子だった。
「あの、すみません、バド部の人ですか?」丹下は言った。
「ああ、そうだけど」
「二人で見学しに来たんですが……って何やってんのお前」
 篠原はぴょんぴょん片足を持って跳ねている。
「あ、足にマンガが……」
「そのマンガ、結構重たいからね」天然パーマの人はさらりと言った。
「僕はバド部の副部長をやってる、二年の北市です。よろしく」
「今日は部活の方はされていないんですか?」
「ああ、生憎だけど今日はやらないんだ。というより、ここ一週間ずっとしてないね」
「一週間って……何か謹慎処分でも受けたんですか?」
「いや、何も問題は起こっていないよ。問題があるとすれば、僕らのやる気かな」
 北市はそう答えた。どうやらこの部活、何か怪しい雰囲気だぞ、と二人は思った。



「明日はちゃんと部活をやると思うから、明日の放課後に来るといいよ。多分みんな暇してるだろうから、呼べば集まると思うし。とにかくまた明日ね。」
 帰るとき、北市は二人にこう言った。
「何か、すごいいい加減な部活やったな」篠原は言った。
「けど、やる気がないからやらないっていうのは、すっぱりしてて良いと思ったよ。見習いたいぐらいに。ああいうの結構好きだな」
 丹下はすっかり感銘を受けていた。


 

       

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