Neetel Inside 文芸新都
表紙

Orange Juice
第十話

見開き   最大化      

第十話

僕の高校の学園祭は、一般的な学園祭同様、週末の二日間で行われる。しかし、一般に公開されるのは日曜のみだ。そのため、土曜日の学園祭は内輪向けの出し物が中心に行われ、クラスごとのバンドの予選も、この日に行われる。一学年8クラスづつ計24クラスのうち、上位6クラスが日曜日の決勝に駒を進めることができる、らしい。
「水口君、そんなことも知らずに今まで練習してきたの?」
「はぁ、、まぁ。」
僕は毎年、自由に出入りできる日曜は、さっさと家に帰ってしまっていたのだ。だから、バンドの決勝のことなんて知るはずもない。
「まぁ、だから、外部の人に聞いてもらいたいんだったら、なんとしてでも予選は通過しなきゃだめ、ってこと。わかった?」
小林はなにやら意味ありげに笑いながら僕に言った。僕が中途半端な表情を浮かべて返答に困っていると、池田が後ろから僕の肩に手を回しながら話しかけてきた。
「そ、し、て、決勝でベスト3になれば、なんと!後夜祭で演奏して学園祭のトリを飾ることができる、ってわけだ!だから、もちろん狙うは優勝だけど、最低でもベスト3には入りたいところだよな!!」
そんな、学園祭特有の異常なハイテンションで喋り続ける池田の話を、僕はぼーっと聞き流していた。

例年と変わりのない開会式が終わり、僕は退屈な出し物の延々と続く体育館を抜け出して、屋上に来ていた。僕らのバンドの出番は午後のわりと遅い時間からだったので、それまでには十分すぎるほどに時間が余っていたのだ。
金網にもたれかかってゆっくり煙草をふかしていると、不意に屋上のドアが開いた。教師が来たのかと思い、僕があわてて隠そうとしていると「まぁまぁ、そんな焦るなって」という声がドアの方から聞こえた。

「クラスの席にいなかったからさ。どうせこんな事だろうと思ったよ」
やってきたのは、保坂だった。
保坂もおもむろに煙草を取り出し、火をつけた。二人ともしばらく何も話さず、ただぼんやりと煙草をふかしていた。吐き出した煙の先には大きな量感のある雲が浮かび、空が高く感じられる。そんな青空と湿気を感じる生暖かい風が、夏の到来が近いことを予感させていた。
かなりの時間が無言のまま過ぎたあと、おもむろに保坂が話し始めた。
「あの、さ。歌詞、やっぱり変えてよかったな。」
「え?何だよ突然」
「なんつうか、さ、俺は好きだぜ、あの歌詞。」
「‥‥‥、ありがとう。」
それから、再び二人の間には沈黙が訪れた。

「まぁ、じゃあまたあとでな。まずは予選突破目指して頑張ろうぜ。」
煙草二本分の時間が流れた後、保坂はそう言い残して屋上を後にした。


それから僕たちの出番までの約二時間、少しずつ高まっていく緊張の波を感じながら、僕は屋上から町を見渡していた。自分の家、頭を駆け巡るメロディーを聞いたあの川原、いつも練習をしていたスタジオ、そこから程遠くない場所にあるファミレス、そして、彼女の家。そうして、教室で小林に声を掛けられた時から始まったこの数ヶ月の出来事と、そしてなにより、彼女の優しく、寂しい笑顔を思い出した。


そろそろ時間だな。行くとするか。


僕は屋上を後にして、楽器を取りに教室へと向かった。するとそこにはすでに他の三人は揃っていて、池田と小林には、どこ行ってたんだ、遅い、と口々に文句を言われてしまった。ごめんごめん、と謝りつつ僕らは体育館へ向かう。


一バンド一曲の演奏はどんどんと進んでいき、既に僕らは舞台袖に待機し、演奏は次の番となっていた。僕は何度もギターのチューニングを確認し、次から次ににじみ出てくる手汗をしきりにズボンでぬぐっていた。池田もさっきまでのハイテンションとはうってかわって明らかに緊張していた。真っ青な顔をして、何度も指の運びを確認する姿は哀れにさえ思えてくるほどだった。小林も今さっきから黙りどおしで、ひざを細かく震わせていた。まぁ、保坂の無口はいつもどおりだったが。そして、前のバンドの演奏が終わり僕たちはステージへ上がった。


結果から話してしまおう。この日の僕たちの演奏は最悪だった。僕の声の伸びもいまいちだったし、なにより、全員の演奏がバラバラで、グルーブが全く感じられない演奏だった。練習してきたものの一割も出し切れてない、そんな感じの最悪の演奏だった。ステージから降りた後、僕たちは最悪の結末を予感し、俯き、皆無言のままだった。


そして、すべてのバンドの演奏が終わり、しばらくして得点が集計され、決勝進出バンドの発表の時間になった。悔しいながら、正直、呼ばれない事も十分予想しながら、放送に耳を傾けた。


「それでは、これより、決勝進出バンドの発表をおこないます。」

「一年三組、‥‥‥、二年一組、‥‥‥、二年七組」
次々と遠くから歓声が上がる。発表は一年生から順にされていき、既に半数が発表された。ちなみに、僕の所属するクラスは三年六組で、呼ばれるなら、次か次の次ぐらいだろう。
「‥‥‥、三年三組」
今までよりずいぶんと近くの席から歓声が上がる。
呼ばれるなら、次だ‥‥‥



「三年五組」





終わった。
隣のクラスから上がったひときわ大きな歓声の中、僕はそう思った。
(たくさん練習したけど、本番であれじゃあ仕方ないよな‥‥)

そして一呼吸おいて、最後の一組が発表された。








「‥‥、三年六組」



えっ?
僕は自分の耳を疑い、まわりを見渡した。すると、そこには椅子から立ち上がって大きなガッツポーズをつくり、雄たけびを上げている池田の姿と、隣には手で口元を押さえて、目を大きく見開いている小林の姿があった。
(あぁ、何とか予選通過できたのか。よかった‥‥‥。)
心の底から安心して、息を吐き出していると、隣から小林の涙声が聞こえてきた。
「ほんっ、、と、よかっ、た、よぉ‥‥、」
しゃくりあげるほどに涙をぼろぼろ流しながら、僕にしがみついてきた。
「もう、だめ‥‥、かと、おもっ、、て、た」
涙をすすりながら小林は続ける。
「あんなにっ、れんしゅうっ、した、のに、こんなんで、終わっちゃうなんて、やだっ、て、おもっ、て‥‥」
もう一度強く僕にしがみつき、強く顔を押し付けた。
少ししてから顔を上げ、小林はこういった。
「でも‥‥、ほんとに、よかった‥‥。へへっ!」
泣きはらした赤い目で、小林は今まで見たどんな表情よりも曇りのない笑顔で僕に笑いかけた。次の瞬間、思わず僕は小林の体を両手で抱きしめていた。
「‥‥‥、ちょ、、水口、くん?」
「あっ、ごめ‥‥」
しばらくしてから発せられた小林の言葉で我に返り、僕はすぐに腕を解いた。


無意識であんなことをしてしまった事を後悔しながら、なんとなく気まずい気持ちで隣に座っていると、小林が話しかけてきた。
「あの、さ、明日の学園祭、その子は来るの?」
「その子、って?」
「水口君が、片思いしてる女の子。」
「だから、そういうんじゃないんだって‥‥」
僕の言葉を遮るように小林が言う
「い・い・か・ら、来るの?来ないの?」
「まぁ、誘ってもないから、来ないんじゃないかなぁ‥‥。」
「はぁ?誘ってない?ばっかじゃないの!?」
「なんだよ‥、小林には関係ないだろ」
「そりゃ、そうかもしんないけど、さ‥‥」
それきり、小林は俯いてしまい、もう話しかけては来なかった。


そうして学園祭一日目は終了し、僕たちのバンドは無事予選通過を果たした。

       

表紙

T+W 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha