第六話
結局、僕たちは今、全国チェーンのありふれたファミレスで夕食をとっている。
僕の住んでいるあたりのような田舎で、ライブの終わった後のような時間にやっているのは居酒屋かファミレスぐらいしかないのだ。
それにしても、彼女は、よく喋る。
ライブハウスで見た彼女のあの横顔からは想像もできないほど、彼女は快活によく喋った。もうすでに30分以上も彼女は話し続けている。しかし、おかげで僕は彼女についていくらか知ることができた。兄弟はいないこと、両親とはあまりうまくいっていないこと、半年ほど付き合っている彼氏がいること、よくライブハウスに来ていること、好きな作家は三島由紀夫と阿部公房なこと、学校はサボりがちなこと。と、まぁ、とにかく彼女は自分のことをひたすら話し続けたのだ。
僕は、その間、一つも自分の話をしなかった。ただ彼女の話を聞き、彼女という人間を少しでも多く知ろうとしたんだ。そして彼女も、その間僕のことを何一つ尋ねなかった。彼女はもしかしたら分かっていたのかもしれない。僕には話すべき話なんて何もないことを。僕がまったくのからっぽだってことを。
それでも彼女は、ときどき僕へ質問を投げかけるようなそぶりを見せた。そして、それを思いとどめるとき、彼女の顔に、あの、ライブハウスで見た横顔の影がちらつくような気がしたんだ。
食事を終え、彼女の一方的な演説が一段落したところで、僕らは席を立った。
結局彼女は頼んだカルボナーラにはほとんど手をつけなかった。
割り勘にしようとする彼女を押し切り、会計を済ませて出てきたところで彼女に尋ねてみた。
「今、ダイエット中なの?」
彼女はばつが悪そうに苦笑いしながら言った。
「へへ、まぁ、そんなとこかな」
目をそらした横顔は、怖いほど透き通って見えた。
帰り道の別れるところまで一緒に歩いて、僕は言った。
「帰り、暗いから気をつけてね。」
「大丈夫、家、すぐそこだから。」
別れ際、彼女はほんの一瞬だけ、今までのどの表情とも似ていない、とても優しい表情をした。それは本当に幻のようなものだったけれど、僕はその刹那、何か大きな感情に自分が飲み込まれていくのを確かに感じていた。
ギターを背負って家までの道を歩きながら、僕は、彼女のその笑顔のことを想った。でも、本当に頭から離れなかったのは、その直後に見える、あの彼女のからっぽの横顔だった。