Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
4月16日3時間目

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 人には、向き不向きってものがある。
 じゃあその向き不向きがどこで決まるかって言えば、やっぱり生まれたときだろう。
 努力の天才なんて言葉があるけれど、実際は努力したってどうにもならないことのほうが多い。むしろ、努力をしたばっかりに余計結果が悪くなることだってある。
 今日の僕は、まさにそうだった。
 生を受けてから12年、中学1年になった今でも何かあるとすぐに気分が悪くなる。
 別に体力不足なわけでもないし、調べてもらったところどっかが悪いわけでもないんだけれど、いつもそうだ。
 ただでさえ四月は季節の変わり目で体調が悪くなるのに、シャトルランで7点を取ろうと思ったのがいけなかった。
 65回目で倒れこむ僕の姿は、女子達にどう映っただろうか。
 別段気になってる娘がいるわけでもないんだけれど。そもそも、この中学に来た小学校の同級生の中で、同じクラスになった奴は一人もいないし。
 体育の神庭先生は、よく気持ち悪くなることを予め伝えておいたのに心配してくれた。
でもこの何かが喉までせり上げて眩暈がする感覚はもう慣れっこだから、かるーく立ち上がって保健室へと歩いていく。
 校舎へと続く通路を抜けて、1年と3年の下駄箱の先。
 保健室の前に提げてあるプレートには『離席しています』と書かれているけど、ただ寝るだけだし問題はない。
「失礼しまーっす」
 いないと書かれているのに、つい扉を開けながら挨拶をしてしまう。
 小学校の保健室で6年間叩き込まれた癖は、抜けるものじゃない。
「はーい」
 え?
 ……ああ、そうか。
 返事にちょっと驚いたけど、よく考えたら誰か生徒がいたって別に不思議じゃないのだ。
 中に入ると、女の子がひとり椅子(病院とかにあるくるくる回る奴だ)に座っていた。
 そこそこ長い髪の毛をポニーテールにしていて、顔はまあそこそこかわいい、部類に入るんじゃないかと思う。
「あ、寝る、ならどうぞ。怪我の手当てはちょっとできない、けど」
「え、あ、じゃあ寝させてもらいます」
 そう言うと、女の子は立ち上がって、ベッドのカーテンを引いてくれた。
 ……でかっ!
 座っていたせいで気づかなかったけど、ものすごく脚が長い。そして、シルエットが細長い。
 僕がおととい計って、154.6cm。それに対して、多分10cm以上は違う。
 ……しかも、靴の色が緑ってことは、僕と同じ学年か。凄すぎる。
 見たことないから隣のクラス(学年が3クラスで2組だから、どっちだって隣だ)なんだろうけど、今までよく気づかなかったな、こんなでかい人に。
「えっと、寝ないの?」
 気分が悪いのも忘れて驚いていたけど、言われた途端に吐き気が襲ってくる。
「いやごめん、寝る寝る」
「ねるね」
「えっ?
あ、そっちのベッドで寝るのか」
「いやいや、そうじゃなくて。
やっぱ分かりにくい、か。うん……」
 ……ああ。
「そういうことね」
 分かってみれば、そのなんていうか、まあ面白くないこともない、ような。
「えーと、その、ごめん忘れて」
「了解」
 正直ちょっと立ってるのが辛いので、顔を赤くしている女の子をスルーしてベッドに倒れる。
 どれだけ気分が悪いときでも、何故かこうすれば大抵気分がよくなるから不思議だ。
 で、10分ほど寝れば直っている。今日もそのパターンだろう。
 「おやー、すみ」
 ひとり呟いて、そのままするっと意識が飛んだ。

     







 目を覚ますと、やっぱりだいぶ気分はよくなっていた。
「あ、起きた?」
 あれ、保健の先生が帰ってきてる。
 30代後半ぐらいかな?そこまで若くはないけど、姿勢がいい。背筋がとってもピンとしている。
「大丈夫ー? 3時間目が終わるまで寝ててもいいからね」
 時計を見ると、あと10分ほど3時間目は残っていた。
「大丈夫です。だいぶ気分よくなったんで」
 ベッドから起き上がり、上靴を履く。
 シャトルランの音がまだ聞こえてくる。102回目か、凄いな。
 僕もあれぐらいできたらいいのに。
「はいじゃあカード書くから、名前とクラス教えて」
 この学校では、保健室を利用すると利用カードってものを渡される。
 なんだか図書室みたいだけど、これを担任に渡さないと欠席扱いになるらしい。難儀だ。
「戸田淳平、クラスは1年2組です」
「とだ……じゅんぺいはどう書くの?」
「えーっと、さんずいに……なんだろ」
「あ、さんずいね。これ?」
 一旦ボールペンを置いて、シャーペンで書かれた字は……『潤』だ。
「それじゃないです」
「あら。じゃあ他にさんずいの付く『じゅん』っていうと……」
「こうでしょ?」
 悩んでいる先生の隣から、あの子がペンを取るとさらさらと書いていく。おお正解。
「これです」
「あーこれね。全然出てこなかったわーごめんなさい。
そうか、2組ってことは奈美ちゃんと同じクラスだもんね。分かって当然か」
「……同じクラス?」
 そんな馬鹿な。気づかないはずがないぞこんなでかいの。
 いや待てよ。確か今、奈美ちゃんって呼んだな。
ってことは、
「今西……奈美?」
「そう、だけど」
うちのクラスの出席番号の1番で、入学式からの不登校。
担任の妹尾先生が毎回「今西奈美、は……欠席」と言っているから、なんとはなしに名前を覚えてしまったけど、現物を見たことはなかった。
こんなにでかかったのか。
「えーっと、よろしくお願いします」
 何故か頭を下げてしまった。
「あ、はいこちらこそ」
 今西も返してくる。
 …………なんだこの空気。
「はい、カード」
 くすくす笑いながら、先生がカードを手渡してくれる。
「どうする?もう帰って着替えとく?」
「あー、いいです鳴るまでいます」
 先に着替えちゃうと、みんながわいわい着替えてる中で、なんか気まずいのだ。
 あと4分。なんとなく、時計を見てチャイムが鳴るのを待つ。
「……座れ、ば?」
 今西が声をかけてくる。
 確かに、椅子はひとつ空いている。けど、今西が座っている椅子と割と近いのだ。
 でも、
「いや、いいわ。このまま立ってる」
 そこに座るってのは、ちょっと気恥ずかしい。
 別に教室では普通に女子と隣に座ってるし、今更気にすることでもないんだろうけど……なんか、ね。
「さっきまで寝てたのに?」
「……座ります」
 椅子を引き寄せて、少し距離を取って座る。
 誰も喋らなくて、先生が何かの書類をめくる音だけが部屋に響く。
 これが破られるまで、あと1分、50秒、40秒、30秒、20秒、10秒、5、4、3、2、1、0……10秒後。
 ちょっと遅れているみたいで、21秒後にチャイムが鳴った。
 外がわっと騒がしくなる。
「じゃ、戻ります。ありがとうございました」
「はーい。お大事に」
「……お大事に」
 二人の声を背に、僕は保健室を出た。

       

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