Neetel Inside 文芸新都
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 頭が痛い。

 なにから考えれば良いのか分からないけれど

 何を考えたところで全て意味を成さない事だけは分かる。


 

 
 偽りの挨拶、偽りの笑顔、偽りの言葉、偽りの体。私には世界の人々全てが偽りに振り回されて
生きているようにしか思えない。皆、人の顔色を伺い、言葉も、服装も、ましてや思想や音楽まで
自分を捻じ曲げようとする。だが、捻じ曲げるのは悪いことではないと思う。私も振り回されている
一人に他ならないからだ。初めて捻じ曲げたのは、おそらく小学生の時だったであろう。


 私には姉がいる、今でも当たり障りの無い距離を置いている。仲が悪いというわけではない、姉の
結婚式に出席もすれば、年に二回は必ず母と姉夫婦と食事する機会を設けている。子供の頃に些細な
喧嘩はした事はあるが、それはどこの家庭でも同じだろう。
 幼稚園の時に、私はよく姉と俗に言うお人形さん遊びをした。人形はどれも女の子を模ってあり、
フリルの可愛らしい服装をしていた。
 もっと男の子らしい遊びをしたほうが良いとは誰も私に言わなかった。私は姉とするお人形さん遊び
がとても楽しかったし、幼いうちは男女の隔てがあまりなかったのだろう。

 小学生に上がっても、私たちのお人形さん遊びは暫くつづいた。しかし、私が二年生になった頃には姉
もそろそろお人形遊びという年頃では無くなっていたし、親も口うるさくなる時期だったのであろう。
そんな中でも私はまだお人形遊びというものに未練があり、人形を姉から譲り受け部屋で一人で遊びをする
ようになった。

 ある日、友達が家に遊びに来てテレビゲームをしていた。私は内向的な性格だったので、外で遊ぶよりも
部屋の中でする遊びの方がずっと好きだったので、テレビゲームをたくさん持っていた。
 ゲームソフトを漁っているときに、友達が人形のしまってある箱を開けた。中にはいつもどおり僕の
遊んでいるお人形さんが並べられていた。

 「ねえ、これ××のお姉ちゃんの?」
 「ううん、これはボクの人形だよ。これが一番のお気に入りのナナちゃんでこっちが…」

 私は、得意げに自分の人形の名前を彼に紹介しようとし始めた。その時だった。

 「だっせー。男はこんなのじゃ遊ばないんだぜ!」

 彼はその場でゴロゴロおなかを抱えて回り始め、耳を劈くような大声で笑っていた。
 私は意味がわからなかったが、とにかく涙が溢れてきた。泣いている事もはずかしかったし、泣きながら
居間に向かって走って逃げた。その後はずっと泣いていてよく覚えていないが、どうやら母が友達に事情を
説明して、帰ってもらったらしい。母は泣いている私に「もうお人形は卒業しようね」と言った。友達に笑
われた事も恥ずかしかったし、母に男が人形遊びをしたら変なのだ、と教えられた事、二つ重なり私は夜に
なっても布団に入りながら泣き続けていた。
 夜中、こっそりと居間の押入れにしまわれた人形の箱を開け、いけないと言われていたけど人形を見て
考えてみる事にした。やっぱり男が人形遊びをするのは変なのか、と。
 蓋を開けると私の涙はピタリと止んだ。人形達を見て安堵したのでは無い。あるべき筈の人形、ナナちゃん
が居なかった。悪い夢か何かだ。箱をそっと元に戻し、布団に戻った。酷く嫌な、予感がした。

 翌朝、箱の中身をもう一度確かめたかったが居間には母も姉も居たので押入れには近づけなかった。仕方無しに
学校に行き、何事もなく授業が終わった。でも、私は一日中ナナちゃんの行方について考えていた。どうか
昨日箱にナナちゃんが居なかったのは夢であって欲しいと願い続けた。


 帰り道の途中、公園から耳を劈く大声が聞こえてきた。

 
 「昨日××の家いったらこんなので遊んでやがんの。きもりわりい」


 頭が真っ白になった。嫌な予感は当たっていた。彼はベンチの上に高々と立ち上がり、手にはナナちゃんを
乱暴に握り締めていた。ベンチの周囲にいるクラスメイトは彼と人形を見比べながら手を叩いて、気持ち悪い
と笑った。
 私はそんなに悪いことをしたのか、と思った。それ以上にナナちゃんが指差されて気持ち悪いと言われている
のはもっと腹が立った。それでも、僕はそこでただ声を出さない様になく事しかできなかった。

 「お前もよくそんなの触れるな、気持ちわりぃ。」

 ベンチに立っている彼がそういわれると、人形を周囲のクラスメートに放り投げた。

 「やめろよ!きもちわりぃ、お前にパス!」

 そういって、人形をサッカーボールのように足で蹴りあい、踏み、最後は一斉に「わーっ」と、大声を出して
、皆走って公園を出て行った。私は陰に隠れてやり過ごし、彼らが見えなくなってから急いでナナちゃんの所へ
駆け寄った。
 直視したくなかった。右足がもぎ取れ、左脚は完全に体と分離していた。右腕は辛うじて繋がっていたが、もう
指が分からなくなるほど手は潰れている。頭はありえない方向を向いき、フリルの洋服も、酷く汚れ解れている。
 私はハンカチにそれらを大事に包みランドセルにしまい、足取りもおぼつかないまま家へ帰った。

 家につくと、テーブルの上に「学業成就」と書かれた見慣れないお守りが二つ置いてあり、母がその一つを私の
ランドセルにつけた。

 「そうそう。お人形さん達は、親戚の子にあげちゃったからね。」

 母のこの言葉の本当の意味を知ったのは、それから5年後くらいの事であった。

 布団に入ってからハンカチを開き、バラバラになった人形を眺め、考えた。他の人形達は居なくなった。しかし
形はどうであれナナちゃんだけは僕の所に残ってくれた。そう、自分を慰めつつ彼女の背中を撫でた。やっぱり僕は
どうしても人形が好きだ。人形を守る為なら、自分を曲げれば良いんだ。幼いながらに漠然とそのようなことを考え
僕は周りに同調することを覚えた。
 翌日から、ナナちゃんを母が絶対に普段開かない、習字セットの奥にしまい、人形を気にする素振りを一切しなかった。
本当は殺してやりたいくらいに憎かった、ナナちゃんを馬鹿にした奴らとも親しく振る舞い、新しいゲームが発売されると
皆、彼女の一件を忘れたように私とゲームの情報交換をした。
 今では、彼が人形に乱暴したことは許せないが、一日、人形を外に持ち出してくれた事に関してはとても感謝している。
26歳になった今でも、毎朝欠かさずナナちゃんに挨拶をしてから会社に行けるのだから。

       

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