日常生活の取り留めもない会話の収集
男は女の事なんてわからないし女は男の事なんてわからないという件
五月某日。午後一時八分。とある学校のカフェテリアにて。
これは、どこの誰だかわからない、男の子とその先輩の会話です。
「はあ……」
「溜め息をつくな。溜め息を」
「あ~……すみません」
「どうしたの? 横山」
「いや、別に何でもないっすよ……」
「そんなわけないだろ!」
「え? わかるんですか?」
「いや、何で溜め息をついたのかはわからんけど……。まあ、溜め息をつくという事は何かしら理由があるからだろ。だから溜め息をつくんだろ」
「おー! やっぱ、先輩、すげー! 尊敬します!」
「褒めても飯は奢ってやらん」
「ちぇっ……」
「どうしたの? 横山? 何か悩みでもあんの?」
「まあ、別に悩みってわけでもないんすけど……」
「何だよ……男のくせにウジウジすんな」
「いや、ウジウジなんかしてないっす!」
「なら、溜め息をつくな」
「……」
「溜め息をつかれると、こっちまで溜め息をつきたくなる」
「そんなもんなんすか? 伝染するんですか? 溜め息って」
「さあな。そこまではわからん」
「……」
「……」
「先輩……」
「なんだ?」
「……女って……眉毛が無いものなんですか?」
「なんだ? それがお前の悩みか?」
「いや、だから悩みじゃないですって! で、どうなんすか? 実際……」
「は? 何言ってんだ、お前? そんなわけあるか。どこに眉毛なしの女子が歩いてるよ?」
「いやですね……俺の彼女の話なんですけど……」
「何だよ! お前の彼女、眉毛ないのか? こえーな! おい! 今、ここに連れてこいよ! 写メ撮るし!」
「いや、さすがに外に出てる時は眉毛ありますよ!」
「え……? ……ああ、そういうことか。化粧ね! 化粧してる時は眉毛があって、してない時は眉毛が無いと、そういうことか?」
「はい。そうです」
「しかし、化粧で眉毛を描くにしても少しぐらいは元の眉毛があるんだろ?」
「ええ、あることはあるんですが……。ほぼ無いに等しいんですよね。あいつの」
「どんな感じだよ? イメージが湧かん」
「あいつが寝てるところを写メしたやつがあります……」
「おう! 見せてみろ!」
「……はい」
「どれ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……横山」
「何すか?」
「お前の彼女……名前なんて言ったっけ? ……ミホだったっけ?」
「はい」
「これが……ミホ……なの?」
「はい」
「そうか……」
「はい」
「……」
「……」
「いや……これは……なんて言うか……その……」
「やばいでしょ?」
「……」
「やばいですよね?」
「……携帯ありがとな。返すわ……」
「あ……はい」
「ね? やばいでしょ?」
「横山……」
「はい!」
「ミホには眉毛がほぼ無い! 化粧してないと怖い! という事はよくわかった」
「はい」
「しかし、どうして、その……。ミホに眉毛がないという事実についてお前が悲観する必要があるんだよ?」
「いや別に悲しんでるとか、そういうのじゃないですけど……」
「じゃあ、何なんだ? 何か不満でもあるのか?」
「不満って言うか……なんて言うか……」
「はっきりしない奴だな。お前は何が言いたいんだ?」
「うーん……」
「お前がここで何か言い分を言わないと私も答えようがないだろう? 全部吐いちまえ! 安心しろ。ミホには何も言わねーから」
「マジですか?」
「おう! 私が嘘ついた事が一度でもあるか?」
「ですよね」
「おうおう! 大船に乗ったつもりでいろ! ……で、何なんだ? ミホに眉毛が無い事に対してのお前の言い分は」
「はい」
「……」
「おかしくないですか?」
「あん? まあ、おかしいっていうか……眉毛なかったら怖い事は確かだな。普通にビビるんだろうな」
「そういう事じゃないんです」
「あん? どういうことだ?」
「だって、外では、ミホの奴、ちゃんと化粧してるんですよ? 眉毛もバッチリ描いてるし」
「おう」
「でも、俺の部屋にいる時は、化粧落としちゃうんですよ? せっかくキレイに描いていた眉毛も消しちゃって……」
「おう」
「それって……おかしくないですか? 俺の前ではキレイな顔を見せてくれないわけって? 眉毛無しでいれるわけって? 外面ばっかイイ格好しちゃってさあ……ミホ……もう俺に気がないのかなって? 浮気でもしてんじゃね? って……」
「なるほどなあ……」
「まあ、そういう事です……」
「……」
「……」
「横山」
「なんすか?」
「ちょっと、こっち来い!」
「なんすか?」
「……」
「……」
「とりゃ!」
「イテッ! ……なんすか? 先輩? なんでチョップするんすか? マジ、イテ~……」
「横山」
「あー! もう! なんなんすか?」
「お前は、全く女子の事をわかってない!」
「は? どういう事ですか?」
「自分で考えろ! 自分で!」
「はあ~? わけわかんね~」
「横山、これだけは教えてやる」
「……はい」
「お前さあ、ミホが浮気してるんじゃないかって疑ったよな?」
「え? ああ、まあ……その可能性もあるのかなって……」
「馬鹿野郎! そんなことはないぞ!」
「え~? なんでそんな事言えるんですか?」
「だから、自分でそれは考えろって言ってるだろう?」
「わけわかんねーっす」
「つまりだな……。ミホは浮気なんかしてない。っていうか、横山! お前、ミホから相当好かれてるぞ。もっとわかりやすく言おう。お前はミホから信頼されてる」
「は? なんでそうなるんすか?」
「はい! それは、自分で考える! 考える!」
「ちぇっ! 先輩は相変わらず意地悪女ですね! だから、モテないんですよ!」
「あ! 横山、そういうこと言っちゃう? あ~言っちゃうの?」
「なんすか?」
「ミホにバラすぞ! 横山が言ってたこと……」
「うわあ~。それだけは勘弁してください!」
「どうしようかなあ」
「マジでお願いします!」
「……」
「……ん?」
「……」
「先輩?」
「あ!」
「うわ! なんすか? いきなりデカイ声出して」
「藤井君だ! 藤井君! うわあ~! やっぱりカッコいいなあ」
「はは……先輩はイケメン見るとすぐこれだよ……」
「藤井く~ん! 私に気付いて! 気付いて! 気付いて! キスして!」
「……キメ~」
「……おい! 横山、今なんか言ったか?」
「いいえ、別に……」
「そうか……。ああ、それにしてもいいなあ~。藤井君は素敵だな~。どうしたら、私に振り向いてくれるんだろう?」
「……まずは普段の男口調なんとかしろよ」
「おい! 横山!」
「だから、何も言ってないですって! 空耳ですって……」