Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼女は彼女で彼女でなく
彼女らは新神でお隣さんである

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 帰宅後とはオアシスタイムの終了と等価であって、つまりそれは再びサディスティック伊紙とレイジー鏡のダブルボスのいる、ある種ワンダフルな空間に戻ってきたことを指し、こんな感じでいかつい漢字表記を避けて横文字を多用してみても、当然ながら現状はそのまま悲惨一直線なのだ。
 どううまく表現して印象をプラスに変えても、現実は変わらない。

「おお、帰ってきたか! なぁ僻美、腹減ったんだけど」
「わ、わかっ、た。い、今作るから待って、て」
 早速ロングガール、もとい長女こと伊紙さんが亭主関白の親父のように喋る。あれ、英語間違った? 漢字を直訳するだけじゃ成り立たないのか、難しいな。じゃあ何ていう? エルダ―ガール? いや、これは年を取ってる感じがして言ったら殴られるな。
 それはさておいて、今更ながらこの家において男は俺のみである。また、これも今更ながらそれにも勝る男らしい女がこの世の中には生息している。せめて絶滅危惧種であって欲しい。いやそれだとワシントン条約で保護されちゃうから、あずかり知らぬ所でほどほどまで繁殖していて欲しい。
 ――なんて言う切ない願望、略して切望は叶えられることは無く、目の前に現存しているのでこうやって多少の文字の羅列で現実逃避してみている。いや、逃避しなければならない程悪い人ではないんだけれど、でもそんな伊紙さんにガン見されていらならばそうせざるを得ないのだ。別に悪いことしてないと思うんだけど。
「おい」
 ずい、と相手を噛み殺しそうな猛獣の視線を保たれたまま、こちらへと近づいてきた。
「は、はい」
 たじろく俺に対して、まだまだ近付いてくる。鼻と鼻が当たるほどに。風景的に言えば、無害な生徒がヤンキーに虐められてる図だ。
 しかし、存外、話としては脅しの部類ではなかった。
「僻美に何か変なこと、してねぇだろうな」
「へ?」
 裏声が出る。
「さっき外行った時、何か僻美にちょっかいかけてないだろうな、って聞いてんだよ!」
 今度は首を絞めてきた。やれやれ、日本語が一回通じなかっただけで肉体言語ですか。って、余裕もない。酸素、酸素が足り……がく。
 現世とさようならしかける瞬間、絞める腕がとかれた。反射的に息を吸おうとするが、それ以前に肺にたまった空気が出てむせかえす。
「な、なにもして、ないですよ」
 ちゃんと息をする前に、げほげほと咳き込みながら答えた。そうでもないとまたすぐに絞められそうだったからだ。
「本当か」
「ええ、神に誓って」
「本当に本当だな? どこにも触れてないな?」
「いや、本当ですって。大体、俺にそんな度胸があるわけないじゃないですか。
「そうか、なら、いい」
 伊紙さんは案外素直に俺の言葉を受け止めて元いたリビングのソファーに戻って行った。
「何かしていたら庭に埋めていた所だ」
 なんて危なげなセリフが聞こえなかったような、聞こえたような。
 朝方そこに座っていたのは鏡だったが、どうやら他の所に行ったらしい。
 ちなみに、リビングとキッチンは続いているので僻美には俺が虐められる光景が見えていただろうけれど、見て見ぬふりをしていたのだろう。あるいは、姉の活発な姿にまだ憧れを抱いて見ていたのかもしれない。流石にそこはあずかり知らぬ領域と言うやつだ。
「僻美」
「な、なに? おにいちゃ、ん」
「今晩の夕飯楽しみにしてるわ」
「う、う、ん」
 なんて、適当にコミュニケーションを図ってみたけれど、やはり心の内が読めるわけではない。
 しばらく床に転がって息を整えた後、俺もソファーに座った。
「失礼します」
「おう」
 先客にである伊紙さんに断って座る。三人が座れる大きさなので、真ん中一つを開けて二人が座っている構図だ。右を見るとけだるそうに肩肘をついてテレビをぼおっと見ている様子がうかがえる。
 黙っていれば、綺麗なのに。そう思った。
 それを言うなら鏡もそうなのだけれど、この姉妹は性格で損をしている。まぁ、もし性格が良ければこうして俺が一緒に過ごすなんていう隙もないので良いのか悪いのかわからない。と言うと、まるで伊紙さんに締め上げられるの大好きみたいなマゾ男の称号を頂きかねん供述に聞こえるが、断じて違う。……とも言い切れないか。というのも俺は一人っ子で、兄妹に憧れがなかったわけじゃないとそういう意味で。
 だから、実際こういう瞬間は好きだし、だから新神三姉妹が嫌いなわけは無いのだけれど――。
「何見てんだテメェ!」
「ぐえ」
 それでもやっぱりマゾではないので、こういうスキンシップは止めていただきたいと思う。さっき酸素を補給したばかりなのに、脳はまた補給支援要請をしている。あがいても力の差でほどける訳は無かった。むしろその運動によって余計苦しくなる。だからまたあがいて苦しみを助長すると言う負のスパイラルに陥った。
「気持ちワリーんだよ!」
「い、いや、たまたま見てただけ……」
「そんなことアタシが知るかああああ」
「それはちょっと不条理だと……がっ……」
 結局その要請は届かないままで、俺はオチてしまった。
「ありゃ、やりすぎちまったか。うん、じゃあぽーい」
 なんていうおどけた声が聞こえたのが最後。
 これは後で僻美から聞いた話だ。確実に原因は伊紙さんなのだけれど、本人は反省など微塵もなかったようで、晩飯ができたときもまだ寝ていた俺を乱打で起こそうとしだしたらしい。
「オラオラオラオラ! 飯だっつーの!」
「晩御飯できたのに起きてくれないなんて、さーちゃんはそんな子だったのね。もうすねちゃう!」
 とかいって、鏡もワルノリしてたらしい。
 確かにそれで起きた時もあったように思うが、きっとすぐに次の拳で再び夢の中へ帰って行ったので意味は無かった。
 実際は僻美にやさしく起こされることで目覚めたのだった。そこだけは覚えているので、知らぬ間に身体やら顔やらが痛くなっているという摩訶不思議を味わった。とはいえきっと伊紙さんが何かしたんだろうことはすぐ予想がつくけれど。
「お、おはよ、う」
「うん、おはよう。あれ、今何時?」
「も、もう八時だ、よ」
 正しくはこんばんはだった。でも既にカーテンは閉まっていたので、起きたての頭では外の明るさはイマイチつかめない。なのでオウム返ししたのだ。
「嘘?!」
「ご、ご飯食べよう、よ」
「あ、ああ」
 思考の再起動時間もくれないらしく、今度は耳につんざく怒号があった。くらくらする頭にぴしゃりと冷水をかけるように発するのはもはや定番ヤンキー22歳。むしろ熱湯かもしれなかった。イメージ的な意味で。
「おい、飯冷めんだろーが!」
 朝ごはんが遅かったので昼飯は無く、オチていたためにそう感じないがもう夕飯時である。男だけならば遅くても無理やり食べるのかもしれないが、というか俺だけだったならそうしたのだが、そこら辺は女らしくできるだけ食事の量は抑えるみたいだ。
 まぁ、いい。豪華絢爛な御飯が食べられるのだ。一日二食になろうが一食になろうが、いつもの飯に比べれば遥かにいい。遥かの二乗くらい良い。もしもこれを一日三食食えたなら幸せすぎて死んでしまうかもしれない。幸せ太りという言葉はあるが、幸せ死と言うのは無いだろう。でも新しいな、これ。ある種最上の死に方なんじゃなかろうか。そうか、母さんは俺を殺さないためにあんな質素なご飯を……ってやっぱりこのポジティブには無理がある。
「さーって、ご飯ご飯」
 伊紙さんが怖いので、未だに曇っている頭をその時出せる全力でもって働かせて席に着いた。でも、俺が起きるまで待ってくれていたということはそれなりに優しさはあるのだろう。姉御と呼ばれそうなこの人には仁義のほうが向いてそうだけれど。
 そして、いただきますである。
 三人がそろって手を合わせる。慌てて俺も合わせる。
「いただきます!」
 元気よく、小学校低学年のような感じで号令をかけた僻美に続いて鏡と伊紙さんが繰り返す。
「「いただきます」」
「いただきます」
 一人遅れたいただきますを終えて俺は箸を持った。目の前には信じられない食物が並んでいる。
「な、なんだ。この眩い光を放つ肉の塊は」
「そ、それはハンバーグだ、よ」
 もちろん光り輝いているのは俺フィルターを通した時の話で、実際は肉汁が少し流れているだけである。それで十分美味さは伝わりそうだ。
 ハンバーグとかね。もうね。頭を抱えて、このすばらしさについて語りたいところだけれど、伊紙さんにどやされるので止めておく。しかし、心の中で称賛しまくるのは当たり前だ。声なき声である。寿限無のように長ったらしく形容しまくりたいところ。摂取したタンパク質はきっと今日食らったダメージを回復するのに役に立つことだろう。
 と、心の中ではしゃぎまわっている俺に対して、三人は一言もしゃべらない。そういう教育を受けてきたのだろうか。僻美はいいとして、残り二人はイメージに合わなかった。だから良い悪いということを論じることができるわけではないが、単につまらない。
 よって、話し始めてしまった。俺が。
「あのう」
 ぎろり。
 ああ、なんか猛獣の目がこちらに向いた気がする……。けれど諦めるものか! ってそんな熱血になるほどの理由も性格も持ち合わせていないんだけどね。やっぱり黙っとこう。
 そんなわけで鶴の一声のように、だが声を発するまでもなく視線で持って、制圧されてしまった俺だった。
 再び沈黙が続く。シーンという音がしそうなほど。けれど、喋るわけにはいかない。怒られてしまうもの。怖いんだもの。
 だが、意外にも次に沈黙を破ったのは伊紙さんだった。
「なんだよ、気になるな」
「え、喋っていいんですか?」
「まぁ、いいさ」
 良い方からして好ましくは無いようだが、喋っていいらしい。
 まぁ、話したいことはそれほど大したことでもなくいつでもいい内容だからあとでもよかったんだけど。後回しにするとまたいつオされるかわからないから言っただけだし。
 でも、言えるなら言っておくか。多分、鳥肌ものだろう。気色悪いとか言って殴られるかもしれない。それでもいい。というか、もう殴られ過ぎてて痛いんだか気持ちいいんだかわからない……ってこれはやばいな。要は痛覚がマヒしてるってことだ。
 というわけで、今言うのが一番いいと思う。
「いや、ありがとうございます」
「は? 何がだ」
 俺がそう言うと、素っ頓狂な声を上げた。予想外だったらしい。まぁ、予想できたものでもないだろうけど。
「今日は、色々と」
「あ、ああ」
「なんやかんや騒がしかったけど、悪くなかったし。こんな美味い飯にもありつけたし」
「お、美味しければよかっ、た」
「うん。良かったらまた来てください」
「良いってことよ。なぁ、僻美」
「う、うん。全然。私の方こそありがと、う」
 なんて感じで、温かい雰囲気でまとめてみた。似つかわしくは無いけれど、たまにはこういうのもいいじゃないか。いや、喧嘩するほど仲がいいみたいなそういう感じなのかもしれない。普段べたべたしてないけれど、通じ合ってるとか分かり合ってるとか。そういう――

「ん? 僻美、ありがとうって、コイツに何かしてもらったのか?」
 ん? あれ。おかしいぞ。
「い、いや。色々、だ、よ」
「いつ?」
「か、買い物の時か、な」
 何これ。何このアットホームなエンドを迎えようとしたのに、デットエンドに行きそうな流れ。なんかそろそろ俺に矛先が向きそうな予感が……。いや、この予想は当たってほしくないなー。って思うと当たるんだよなー。授業参観の時、見栄で手は上げたはいいけど分からなくて、当たるなーって思うときほど当たるの法則みたいな。
「てめぇ、何もしてねぇって言ったじゃねえか! 嘘つきやがったな! シバキ倒す!」
 俺の胸倉が持ち上げられた。いっぱいいっぱいに引っ張られた布が助けてと悲鳴を上げているように感じる。
「してませんてば!」
「なら僻美が嘘ついてるってのか?」
「いや、そういうわけでなく」
「やっぱり嘘じゃねぇか!」
「伊紙さんが思うようなことは何もしてませんて!」
「じゃあ思うようなこと以外は何かしたんだな?!」
「あらー、さーちゃんのえっち」
「母さんの真似はすんな! しかもそのセリフはすごいいいそうだからやめろ!」
「おい、鏡と話してんじゃねぇ。まずはアタシの話、ケリつけろ!」
「だからなんもしてませんて! なぁ、僻美」
「う、うん。変なことはされてない、よ」
「ほ、ほらしてないって!」
「黙れ! お前がそうやって言わせてるだけかもしれないだろう。この野郎!」
「痛い!」
 なんていうやりとりで、静かな晩飯(予定)は騒がしくなった。
 こうして、新神三姉妹との休日はおしまいである。
 なんてらしい終わり方だろう。ウルルン滞在記のような感動的終わり方なんて到底無理なところとか。まぁ、今日が終わっても隣に住んでるからお別れではないんだけどさ。
「あ、やべ。またやっちまった。おーい起きろー」
 ゆすられても、流石に二度目は起きられなかったらしく、起きた時にはもうすでに太陽は昇っていて新神三姉妹は隣の家に帰って行った。
 

 でもって両親帰宅の後日談。オチではないけれど。意識のスイッチの話で言うなら既に何回か落ちたけど。
「さーちゃん、なんでそんな怪我してるの? っていうより青あざ?」
「分かんだろ、流石に。伊紙さんだよ、伊紙さん」
「おい、お前。いくらなんでもいきなりそんなハードなプレイはお父さんどうかと思うぞ!」
「ええ?! まさかさーちゃんってばそんな趣味があったの? いや、お父さん。それを悲しむ前に、まずは伊紙ちゃんをゲットしたことをお祝いしなくちゃ! さーって今日は奮発してUFOでも作りましょうか!」
「そうか、そうだな! 伊紙ちゃんはいいお姉さんだぞ。おめでとう!」
「はぁ、もう勝手にしてくれ……」

       

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Neetsha