彼女の悲鳴を聞きながら、俺は札束の枚数を数えていた。ひい、ふう、みい……うん。額はきっちり揃っている。バッグを開けると、札束を乱暴にしまう。
ふと、彼女の方へと目をやった。数人の男たちに囲まれ、服を剥がされて泣き叫ぶ彼女――先輩の姿は、見ていて悲しくもあり、嬉しくもあった。正確にはざまあみろと言ったところか。
なあ、先輩。弟のように思っていた後輩に身体を売られてどんな気持ちだ? はっぱを買うための金づくりに利用されてどんな気持ちだ?
一瞬、先輩と目があった。涙の溜まった瞳は様々な負の感情がごちゃまぜになって淀んでいるように見えた。そんな目をする先輩は初めてだ。まあ当り前か。
先輩、高校のときから付き合っている彼氏がいるもんな。来週には式を挙げる予定だもんな。こんな汚れた男どもに犯されて、まともな精神でいられるわけがない。
なあ、先輩。こんな俺を許してくれるかい? 高校生のときはさ、やんちゃなことをしても先輩は最終的に許してくれた。「はんせいしてまーす」って軽い言葉でも、「しょうがないわねぇ」って言って許してくれた、姉のような先輩。俺の大好きな先輩。今度のことも「はんせいしてまーす」って言えば許してくれるかい?
ひたすら、心の中で先輩に問いかける。返事が返ってくることはない。当たり前だ。たとえ声に出して言ったとしても男たちの声にかき消されるだろうし、先輩の口も今は醜く汚らしいもので塞がれているから返事はできない。
昔を思い返す。楽しかった高校時代。いや、楽しかったのは高校二年の途中までか。たしかその頃に先輩には彼氏ができたっけ。それから、俺は駄目になった。
つまるところ、ただの嫉妬だった。俺は部活をやめた。先輩と彼氏が一緒にいるところを見たくなかったから。俺は先輩のことを一人の女として見ていたけど、先輩は俺のことを弟のような後輩として見ていたのだ。一人の男としてではなく。
しばらくして先輩は卒業した。進学先は地元の大学だった。彼氏も一緒だ。せめてどこか遠くの場所に行って欲しかった。俺の近くで愛し合われると、狂いそうになるから。
嫌な日々が続いた。進路も決まらないまま、いつしか俺も高校を卒業していた。先輩が心配してメールや電話をくれた。嬉しいが、それ以上に苦しかった。その頃から、先輩を忘れられない自分に嫌気がさしてきた。
俺は当てもなく一人で家を出て、知らない街で暮らし始めた。先輩を忘れたくて空いている時間はバイトに費やした。働いて寝る日々の繰り返し。しかし先輩は幾度となく俺の夢の中に現れた。俺はどうにかなってしまいそうだった。
次第に疲労が蓄積されて、働くのがつらくなり、いくつも掛け持ちしていたバイトの数を減らした。暇な時間が増えた。でも、俺にはやることがなかった。空虚な日々だった。
気づけば俺は薬物に手を出していた。ガラの悪い同僚に勧められたからだったと思う。
とにかく、これなら先輩を忘れられると思った。実際、薬物の快楽に溺れている間は先輩を忘れることができた。でも、ほんの僅かな間だけ。完全に忘れることなどできない。
当然のように薬物を使用する回数が増えた。時間がもっと欲しかったが薬物を買う金が必要だったからバイトを減らすこともできなかった。生活費を切り詰めて、できるだけ薬物に金を割けるようにしてきた。身体はやつれ、バイトの同僚からは奇異の目で見られるようになった。
避けられないものが一つある。禁断症状だ。この苦しみからも逃れるために、自然の薬物の使用回数は増える。気づけばバイト代では足りなくなるまでになっていた。
先輩が結婚するという知らせが届いたのも、この頃だった。
チャンスだと思った。先輩という呪縛から解放されるための、そして薬物を買う金を手に入れるための、絶好のチャンス。俺は――大好きだった先輩を売った。
事が済んだのか、男たちは俺に礼を言って立ち去っていく。部屋の中には俺と先輩だけ。
薬物にレイプ。まるで女子高生が好む携帯小説だ。そんな人生よりも、漫画やアニメによくあるラブコメのような日々を送りたかった。今の俺がそんなことを言っても滑稽なだけか。
虚ろな目をして横たわる先輩に近づき、見下ろす。なんとも醜い姿だ。俺はこんな人に縛られていたのだ。でもそれも今日で終わりだ。
「先輩、ご結婚おめでとうございます」
それだけ言うと俺は部屋から立ち去った。もう、頭は薬物のことしか考えていなかった。