ある日の学校――
梅雨時。
その日も雨降りだった。
水の滴る音がそこら中に広がる。
そして教室の、頬杖を突いている一人の生徒――
とは程遠く離れた、玄関の傘置き場の近く。そこに、今日も彼等は集っていた。
「今日もアイツは来なかったのか」
『居候』のとある猫は言った。
「あの娘……いじめられてるのかしら」
隣の三毛猫はため息混じりに言う。
「あぁ…俺達猫からしてみりゃ全く分からん。悲しいことだ」
紳士的な黒い猫は言う。
「お前はどうなんだ、そこの飼い猫」
名を呼ばれて首輪をした猫は、ため息をついた。
「俺の主人も最近元気がないんだ」
多分、俺の主人も……
何度かそう思ってしまった、しかし、すぐに思いを打ち消して来た。
「そうか……人間って…わかんねぇな」
居候は暗くなった。少しの沈黙。
その沈黙の間、どの猫も一人で考え事をしていたに違いない。
「……少し考えたら、ちょっと分かってきたような気がする。
あそこの傘は、主人の雨をかぶる為だけにいるようなもんだ。けど、人間はそうじゃない。
人間は複雑な組織を作る。いろんな欲が、闇が、そこに潜んでると思うんだ」
紳士猫は沈黙を破った。
「結局、人間達には、彼等が振りまいた『雨』を被る『傘』になる存在が要るって事ね」
三毛猫が相槌を打つ。
「そうだとしたら、この世は悲しいなぁ」
居候は相変わらずブルーのままだった。
湿った沈黙が続いた。
「……大丈夫だよ」
飼い猫はその湿った『空気』を振り払った。
皆、その飼い猫に耳を傾けた。
「雨だって、止まない雨はないよ。どんな嵐でも、いつかは止む。
それに、どれだけ水をかぶったって、時間が乾かしてくれる。
明日には、多分、乾いてるはずさ。そうじゃないか? むしろ、俺はそれを信じたいよ」
どの猫も誰もが、その言葉をかみ締めた。
「…いい飼い猫だな。せいぜい主人を、ちゃんと「乾かして」やるんだぞ。
俺は野良だから分からないが、多分、それがお前に出来る最高の仕事だ」
紳士猫が言った。
その日の夕方。まだ、雨は降っていた。
今日も飼い猫の主人には元気がなかった。
ふと、飼い猫は、自分の言った言葉を振り返って思った。もし、時間でも癒せないような傷があったとしたら――
考えたら怖くなった。多分、それは悲しいことだろう、でも…
「…大丈夫さ、どんなに酷い雨でも、止まない雨はない」
そう、遠くから声をかけてあげた。聞こえるはずもないその声を、まじないのように。
すると、主人が、なんとなく、こちらを見たような、そして、
「明日があるさ」
そんな独り言が、聞こえたような、そんな気がした。
……明日はどうやら晴れるらしい。飼い猫はそう勝手に決め付けた。