禁術師
第三話 煌剣の戦姫
『第二次神魔戦争』、と呼ばれるこの戦争(メイラの中でだけだが)。
一昔前の『神魔戦争』との大きな違い、それはまだ『魔王』側の存在を大々的には知られていないということだ。宣戦布告のようなこともせず、だから国民はまだその戦争の存在を知らない。神国のトップである『神徒』二人はつい最近何かが起こっているということを体験したものの、それでもまだ敵がはっきりしていない。二人は、敵は四人――メイラとルゥラナとレクシスとメルミナ――だと思っている。
このことはメイラたちからしてみれば大きなアドバンテージで、奇襲をかける絶好のチャンスといえた。けれどそのアドバンテージは意外にも脆いもので、時間の経過と共に内通者の存在はだんだんと明るみに出てしまう。だからメイラたちは否が応にも、すぐに奇襲を仕掛けざるを得なかった。
そしてそのための作戦会議に移る。話し合うのはメイラたち四人+シノイとリリーだ。一応この『神官』二人は幹部として扱われているようだ(二人の努力の甲斐あって、他にも数名の『神官』が仲間についている)。場所は、シノイの仕事部屋となった。
「……で、さっそく本題に入りたいんだけど……。実はもう、どんな作戦でいくか決めてたりするんだよ」
「……何のための作戦会議なんだ」
「形式的な、というよりも流れ的な感じで、かな」
あっけらかんという表情になるルゥラナ。他の四人は苦笑いといったところか。
「じゃあ、先に日時を言っておくね。『神官』さんたちは日にちを知ってると思うけど、次の『定例集会』の時が作戦決行の日……にしようとあたしは思ってるの。るーくんとかは『定例集会』って知ってるかな?」
「名前から判断するに……『神官』だとかが集まる日ってことか?」
「そう。一年に二回あって、神国中から『神官』さんが『神徒』さんの所に集まるイベントなんだよ。何をするのかは知らないけど、まあそれは作戦には影響しないからいいとして。とにかくそこで、シノイさんとかリリーさんたち『神官』さんに騒ぎを起こしてもらいたいの」
「……というのはどういうことなのかな。僕たちがそこで暴れればいい、と?」
「それならできるけれど。というよりも大歓迎っ!?」
「うん。向こう側の『神官』さんが『神徒』さんたちに加勢できないように、できれば拘束ないしは戦闘不能にしてもらえると助かるかな。……で、騒ぎを起こしてもらってる隙にあたしたち四人もそこに侵入して、それで『神徒』さんたちと決着をつける。大雑把に言うとこんな感じかなぁ」
ちょっと分かりにくいかな、と付け足しておく。
「まあ、詳しい事は追々話すとして。シノイさんとかリリーさんとかの『神官』さんたちの本分というのか、役割は本来事後処理に関係する事だから、この作戦はあくまで大義名分――分かるかな?『神徒』さえもこの改革に賛成した、っていう事実が必要なの。だから、皆にも“戦う”っていう形はいるわけなの。あたしだけで戦争を終わらせたって、ただの自己満足になっちゃうもんね」
「……わざわざ難しく聞こえる言葉を選ばなくてもいいんだぞ」
「むっ、あたしじゃないもん、だってこれは『禁術師』さんの受け売りだし」
結局お前の肩書きに『禁術師』は入ってるのか入ってないのかどっちだよ、とつっこみそうになるルゥラナ。話が脱線するので訊かない。今はまだ魔法書の形態だが、それでも会話(?)はできるということだろうか。
「――まあなんだかんだ言っても、あたしが言いたいのは一つだけなんだよ」
最後に付け足すような感じで話す。
「がんばろうね、ってこと」
「……だな」
メイラが、皆に微笑んだ。
……というのが、あたし、メイラが『禁術師』さんから聞いた表向きの作戦。実際は、あたしの動きに関してはこれとだいぶちがっちゃうみたい。“四人で侵入”だなんて言ったけど、行動するのはバラバラの予定だし、それに何より『神徒』さんたちと決着をつけるのはあたしとるーくんだけでする予定だもん。予定が狂ってそうもいかないという可能性も無きにしも非ずだけど、予定ではそのつもり。あたしに『禁術師』さんは詳しく教えてくれなかったからよく分からないけど、何か考えがあるみたい。……何なんだろう。
この後で、あたしはるーくんとレクシスさんとメルちゃんに、本当の作戦を伝える。作戦はこうだ。レクシスさんとメルちゃんは、侵入してからは『神官』さんたちと同様に敵を掻き乱す。ただし、二人は別々に行動すること。……たぶんこれには『禁術師』さんの何らかの意図があるんじゃないかと思う。で、その間にあたしとるーくんが『神徒』さんに突撃、と。騒ぎが起きればどこかに隠れるように仲間の『神官』さんたちに促されて、たぶん『神徒』さん二人はどこかに隠れちゃうんだろうけど、そこは気合で探し出す(というのは嘘で、メルちゃんに場所を探ってもらってから侵入する)。
……まあ、なーんて暗躍してるみたいに言ったところで、あたしが言いたいのはあくまで一つだけ。がんばろうね、ってこと。うん、それだけ。
一昔前の『神魔戦争』との大きな違い、それはまだ『魔王』側の存在を大々的には知られていないということだ。宣戦布告のようなこともせず、だから国民はまだその戦争の存在を知らない。神国のトップである『神徒』二人はつい最近何かが起こっているということを体験したものの、それでもまだ敵がはっきりしていない。二人は、敵は四人――メイラとルゥラナとレクシスとメルミナ――だと思っている。
このことはメイラたちからしてみれば大きなアドバンテージで、奇襲をかける絶好のチャンスといえた。けれどそのアドバンテージは意外にも脆いもので、時間の経過と共に内通者の存在はだんだんと明るみに出てしまう。だからメイラたちは否が応にも、すぐに奇襲を仕掛けざるを得なかった。
そしてそのための作戦会議に移る。話し合うのはメイラたち四人+シノイとリリーだ。一応この『神官』二人は幹部として扱われているようだ(二人の努力の甲斐あって、他にも数名の『神官』が仲間についている)。場所は、シノイの仕事部屋となった。
「……で、さっそく本題に入りたいんだけど……。実はもう、どんな作戦でいくか決めてたりするんだよ」
「……何のための作戦会議なんだ」
「形式的な、というよりも流れ的な感じで、かな」
あっけらかんという表情になるルゥラナ。他の四人は苦笑いといったところか。
「じゃあ、先に日時を言っておくね。『神官』さんたちは日にちを知ってると思うけど、次の『定例集会』の時が作戦決行の日……にしようとあたしは思ってるの。るーくんとかは『定例集会』って知ってるかな?」
「名前から判断するに……『神官』だとかが集まる日ってことか?」
「そう。一年に二回あって、神国中から『神官』さんが『神徒』さんの所に集まるイベントなんだよ。何をするのかは知らないけど、まあそれは作戦には影響しないからいいとして。とにかくそこで、シノイさんとかリリーさんたち『神官』さんに騒ぎを起こしてもらいたいの」
「……というのはどういうことなのかな。僕たちがそこで暴れればいい、と?」
「それならできるけれど。というよりも大歓迎っ!?」
「うん。向こう側の『神官』さんが『神徒』さんたちに加勢できないように、できれば拘束ないしは戦闘不能にしてもらえると助かるかな。……で、騒ぎを起こしてもらってる隙にあたしたち四人もそこに侵入して、それで『神徒』さんたちと決着をつける。大雑把に言うとこんな感じかなぁ」
ちょっと分かりにくいかな、と付け足しておく。
「まあ、詳しい事は追々話すとして。シノイさんとかリリーさんとかの『神官』さんたちの本分というのか、役割は本来事後処理に関係する事だから、この作戦はあくまで大義名分――分かるかな?『神徒』さえもこの改革に賛成した、っていう事実が必要なの。だから、皆にも“戦う”っていう形はいるわけなの。あたしだけで戦争を終わらせたって、ただの自己満足になっちゃうもんね」
「……わざわざ難しく聞こえる言葉を選ばなくてもいいんだぞ」
「むっ、あたしじゃないもん、だってこれは『禁術師』さんの受け売りだし」
結局お前の肩書きに『禁術師』は入ってるのか入ってないのかどっちだよ、とつっこみそうになるルゥラナ。話が脱線するので訊かない。今はまだ魔法書の形態だが、それでも会話(?)はできるということだろうか。
「――まあなんだかんだ言っても、あたしが言いたいのは一つだけなんだよ」
最後に付け足すような感じで話す。
「がんばろうね、ってこと」
「……だな」
メイラが、皆に微笑んだ。
……というのが、あたし、メイラが『禁術師』さんから聞いた表向きの作戦。実際は、あたしの動きに関してはこれとだいぶちがっちゃうみたい。“四人で侵入”だなんて言ったけど、行動するのはバラバラの予定だし、それに何より『神徒』さんたちと決着をつけるのはあたしとるーくんだけでする予定だもん。予定が狂ってそうもいかないという可能性も無きにしも非ずだけど、予定ではそのつもり。あたしに『禁術師』さんは詳しく教えてくれなかったからよく分からないけど、何か考えがあるみたい。……何なんだろう。
この後で、あたしはるーくんとレクシスさんとメルちゃんに、本当の作戦を伝える。作戦はこうだ。レクシスさんとメルちゃんは、侵入してからは『神官』さんたちと同様に敵を掻き乱す。ただし、二人は別々に行動すること。……たぶんこれには『禁術師』さんの何らかの意図があるんじゃないかと思う。で、その間にあたしとるーくんが『神徒』さんに突撃、と。騒ぎが起きればどこかに隠れるように仲間の『神官』さんたちに促されて、たぶん『神徒』さん二人はどこかに隠れちゃうんだろうけど、そこは気合で探し出す(というのは嘘で、メルちゃんに場所を探ってもらってから侵入する)。
……まあ、なーんて暗躍してるみたいに言ったところで、あたしが言いたいのはあくまで一つだけ。がんばろうね、ってこと。うん、それだけ。
そして『定例集会』当日。僕、シノイとリリーさん、そして他の仲間の『神官』数人が打ち合わせをしてから、『定例集会』が行われる首都の城へと入る。
この町は、首都だけあってやはり大きい。神国内では一番に発達しているにちがいない。正門から町へと入ると、家が比較的綺麗に立っていて、整備(?)が行き届いているのが一目で分かる。治安も良いという噂だ。
そして僕らは城の客間のような所で集まる。客間などといっても、そこはやはり流石というべきか、とてもじゃないが僕らの町にあるような“そこそこ”豪華な部屋ではなく、まさに“豪華絢爛”、圧巻だと言える場所だ(過去に数回来ている)。集まった『神官』は十五人。その中でこちらの陣営に味方しているのは僕とリリーさんを含めて五人。少々厳しい数字だが、それでもこちらは機先を制する。なんとかなるだろう。
さて、『神徒』がやってくるまでに片をつけておくことにしようかな。あの二人が来てしまっては、僕といえども厳しい。メイラちゃんにもそうするように指示されているから問題は無い。
僕の近くにいるのは男三人、か。なるたけ剣と銃は使いたくないから、今回のメインは魔法。……まあ使えないことはないとは思う。あとは近接戦闘ってところだろうか。
……いや、そんな甘いことは言ってられない立場かな。僕らはどうしようもなく『悪』なんだから、今更『善』の行動をするというのも馬鹿げている。それこそまさに都合が良すぎる。そんな覚悟で改革をしようだなんて、なんていう偽善なんだか。
僕はまず、こっちに対して背を向けている一人を背後から横へと蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたその男は突然の奇襲にどうすることもできず、そのまま壁へとぶつかる。そして蹴り飛ばした勢いをそのままに反転し、呆気に取られている残り二人に対して、片方には小型手投げナイフを二本ほど急所を外すように投げ、もう一人にも同様に急所を外して銃弾を三発ほど打ち込む。撃ち終わると、さっき蹴り飛ばした男にも一発銃弾をぶち込む。……まず三人。残りは――七人。
ナイフ二本と銃弾を三発ぶち込まれた男二人が倒れるのを皮切りとして、残りの七人も臨戦態勢に入る。大柄な武器は持ち運びが不便なため持っている人は見受けられない。大体が剣だとか、そういうの。武器を持っていない人は魔法がメインなんだろう。
だが、この場にいる『神官』たちは判断を間違っている。確かに最初に動いたのは僕だったけれど、それでも敵が一人とは限らないのだから。他にも裏切り者がいるかもしれないということを疑った方が良かったんだ。
次に動いたのはリリーさんだ。彼女も他の『神官』たちに倣って細剣を取り出すふりをして、既に抜剣している。そして近くの女の『神官』二人を難なく斬り伏せる。残りは――五人。
ここまで人数が拮抗したら、もうこちらのものだ。残りの仲間の『神官』三人がそれぞれ一人ずつに奇襲をしかけ、僕とリリーさんも一人ずつを仕留める。これで残り――零人。
いくら戦闘能力に長けた『神官』とはいえ、奇襲に強い人間はいない。奇襲とは相手の虚を突くのが狙いであり、同時に精神的な揺さぶりをかけることもできる。そんな精神状態で、こちらとまともに戦えるわけもない。
「さて、あとは君たちに任せるとしようかな……」
『魔王』様の働きに期待させてもらうとしよう。
城の中が、外から見ても分かるぐらいに騒がしくなってきた。おそらく先に騒ぎを起こしてもらったシノイたちの働きだろう。これでメイラの作戦の第一段階は完了だ。
「……じゃ、今度はレクシスさんとメルちゃん、お願いね。二人はとりあえずバラバラの所から侵入すること。いろんな場所で牽制してほしいからね。で、少ししてからあたしとるーくんも侵入するよ。『神徒』さんたちの位置は地下……で間違いないんだよねメルちゃん」
「そういう“情報”が入ってますから、多分そうだと思いますよ」
「ん、おっけー。二人は今度は兵士の撹乱を頑張ってね。無事に帰ってきてね」
「それこそ私が君に言いたいことなのだけれどね。メイラちゃんは無理をし過ぎる。一応自分がまだ八歳だということを自覚しておくように」
「あはは、気に留めておくね」
多分留めもしないんだろうな、と思う。だからこそ、俺がこいつについておかなければいけないというわけだ。ストッパーとしての役目、それが俺の役割。
「じゃ、メルちゃんたちはもう行きますね」
「うん、頑張ってねー」
そして二人がこの場から去った。……なんだか二人きりというのも気まずい(相手は八歳児だが。いかん、これではまるで俺がロリコンみたいじゃないか)。そんな雰囲気など意にも介さないような風貌でいたメイラだったが、俺が何かを気にしているような素振りに気づいたらしく、「どしたの、るーくん?」なんて訊いてきた。
「るーおにーちゃん、って呼んでほしいのかな?」
「違えよっ!」
どんな勘違いだ。「あはは、冗談だってば、るーくん」だなんてからかってくる。……こんな八歳児はありえない。
「ま、あたしたちも準備をしとこっか」
「……そうだな」
そして俺たちもその場を去った。
この町は、首都だけあってやはり大きい。神国内では一番に発達しているにちがいない。正門から町へと入ると、家が比較的綺麗に立っていて、整備(?)が行き届いているのが一目で分かる。治安も良いという噂だ。
そして僕らは城の客間のような所で集まる。客間などといっても、そこはやはり流石というべきか、とてもじゃないが僕らの町にあるような“そこそこ”豪華な部屋ではなく、まさに“豪華絢爛”、圧巻だと言える場所だ(過去に数回来ている)。集まった『神官』は十五人。その中でこちらの陣営に味方しているのは僕とリリーさんを含めて五人。少々厳しい数字だが、それでもこちらは機先を制する。なんとかなるだろう。
さて、『神徒』がやってくるまでに片をつけておくことにしようかな。あの二人が来てしまっては、僕といえども厳しい。メイラちゃんにもそうするように指示されているから問題は無い。
僕の近くにいるのは男三人、か。なるたけ剣と銃は使いたくないから、今回のメインは魔法。……まあ使えないことはないとは思う。あとは近接戦闘ってところだろうか。
……いや、そんな甘いことは言ってられない立場かな。僕らはどうしようもなく『悪』なんだから、今更『善』の行動をするというのも馬鹿げている。それこそまさに都合が良すぎる。そんな覚悟で改革をしようだなんて、なんていう偽善なんだか。
僕はまず、こっちに対して背を向けている一人を背後から横へと蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたその男は突然の奇襲にどうすることもできず、そのまま壁へとぶつかる。そして蹴り飛ばした勢いをそのままに反転し、呆気に取られている残り二人に対して、片方には小型手投げナイフを二本ほど急所を外すように投げ、もう一人にも同様に急所を外して銃弾を三発ほど打ち込む。撃ち終わると、さっき蹴り飛ばした男にも一発銃弾をぶち込む。……まず三人。残りは――七人。
ナイフ二本と銃弾を三発ぶち込まれた男二人が倒れるのを皮切りとして、残りの七人も臨戦態勢に入る。大柄な武器は持ち運びが不便なため持っている人は見受けられない。大体が剣だとか、そういうの。武器を持っていない人は魔法がメインなんだろう。
だが、この場にいる『神官』たちは判断を間違っている。確かに最初に動いたのは僕だったけれど、それでも敵が一人とは限らないのだから。他にも裏切り者がいるかもしれないということを疑った方が良かったんだ。
次に動いたのはリリーさんだ。彼女も他の『神官』たちに倣って細剣を取り出すふりをして、既に抜剣している。そして近くの女の『神官』二人を難なく斬り伏せる。残りは――五人。
ここまで人数が拮抗したら、もうこちらのものだ。残りの仲間の『神官』三人がそれぞれ一人ずつに奇襲をしかけ、僕とリリーさんも一人ずつを仕留める。これで残り――零人。
いくら戦闘能力に長けた『神官』とはいえ、奇襲に強い人間はいない。奇襲とは相手の虚を突くのが狙いであり、同時に精神的な揺さぶりをかけることもできる。そんな精神状態で、こちらとまともに戦えるわけもない。
「さて、あとは君たちに任せるとしようかな……」
『魔王』様の働きに期待させてもらうとしよう。
城の中が、外から見ても分かるぐらいに騒がしくなってきた。おそらく先に騒ぎを起こしてもらったシノイたちの働きだろう。これでメイラの作戦の第一段階は完了だ。
「……じゃ、今度はレクシスさんとメルちゃん、お願いね。二人はとりあえずバラバラの所から侵入すること。いろんな場所で牽制してほしいからね。で、少ししてからあたしとるーくんも侵入するよ。『神徒』さんたちの位置は地下……で間違いないんだよねメルちゃん」
「そういう“情報”が入ってますから、多分そうだと思いますよ」
「ん、おっけー。二人は今度は兵士の撹乱を頑張ってね。無事に帰ってきてね」
「それこそ私が君に言いたいことなのだけれどね。メイラちゃんは無理をし過ぎる。一応自分がまだ八歳だということを自覚しておくように」
「あはは、気に留めておくね」
多分留めもしないんだろうな、と思う。だからこそ、俺がこいつについておかなければいけないというわけだ。ストッパーとしての役目、それが俺の役割。
「じゃ、メルちゃんたちはもう行きますね」
「うん、頑張ってねー」
そして二人がこの場から去った。……なんだか二人きりというのも気まずい(相手は八歳児だが。いかん、これではまるで俺がロリコンみたいじゃないか)。そんな雰囲気など意にも介さないような風貌でいたメイラだったが、俺が何かを気にしているような素振りに気づいたらしく、「どしたの、るーくん?」なんて訊いてきた。
「るーおにーちゃん、って呼んでほしいのかな?」
「違えよっ!」
どんな勘違いだ。「あはは、冗談だってば、るーくん」だなんてからかってくる。……こんな八歳児はありえない。
「ま、あたしたちも準備をしとこっか」
「……そうだな」
そして俺たちもその場を去った。
変態たるこの私、レクシスの担当は真正面だった。つまりは、正面から敵の撹乱を狙ってくれ、とのことだった。なんとまあ、随分と荷が重い役目なことだ。
とまあそんなわけで、城の入り口へと着いた。城内で何か異常事態が起きているからといって、都合よくそこに兵士がいないなどということもなく、当然ながら兵士は立っていた。五人ほど。
(……むしろ普段よりも多いぐらいではなかろうか。非常事態だからこその措置、ということなのだろうかな)
そうは言っても、役目は役目だ。こなさないわけにはいかない。つかつかと五人の方へ近づく。当然、向こうもこちらの接近に気づく。
「おい、そこの男、止まれ。城の中に何か用か?だとしたら悪いが今日は『定例集会』だ、入れるわけにはいかない。また後日に来てもらうことになる」
つかつかと、私は歩く。
「おい、止まれと言って――」
そして彼との距離が一メートルを切ったところで抜剣する。いたって自然な、当たり前と言わんばかりの流れるような動き――と自分で賞賛してみるとしよう。ただし、“抜剣”という表現は少し違うかもしれない。この刃物の正確な名前から言うならば、“抜刀”こそが正しい。“双剣”ならぬ“双刀”。とある異国の島国から伝わったと呼ばれるこの刃物は、一般に流通している剣とは違う。両刃ではなく――片刃。そして細く――なおかつ剣よりも軽い。この刃物は、その島国では刀、と呼ばれているそうだ。
そのまま私は自然な流れで刃を返し、“峰打ち”をする。そうすれば斬れることもなく、気絶だけを狙える。斬れなくて敵を倒せるのかとも思うかもしれないが、刃を返した刀というのは鈍器に等しい。つまり、長い鈍器で殴られたようなものだ。手加減せずに殴ったので、相手はそのまま倒れこむ。――弱い。所詮は、こんなもの。
残りの四人も、難なく“殴り倒す”。最後の一人を終えると、場が静かになる。なんだか空しい気持ちになるが、それでも私には役目がある。個人的な理由で、他の皆に迷惑をかけるわけにもいかない。
正面を見据えると、門がある。見るからに頑丈そうだ。噂によれば、魔法耐性があるという特注の素材で城の門というのはできているそうだ。だから、魔法による破壊は不可能。ならば選択肢は一つ。
(――圧倒的な物理的ダメージによる、破壊)
再度刀の刃を返す。そして門に向かって一閃。傍から見たら一本の線が空中を奔ったかのように見えたことだろう。
――そして門に人が通れるぐらいの穴があく。そのまま中へと足を踏み入れる。とりあえずたまたま近くにいた兵士を二名ほど昏倒させてから一息をつく。
(そういえば、こうやってまともな実戦をするのも数年ぶりか)
兵士が三人来た。難なく昏倒させる。休憩を終え、城内へと進んでいく。
(……とはいえ、やはり私に本気を出させることができる人間もここにはいない、か。……シノイならば役を果たせたかもそれないけれど、願っても叶わないだろう。彼は“仲間”だ)
兵士が七人ほどやって来た。もちろん、なんなく倒す。
(あるいはルゥラナ君、あるいはメイラちゃん。そしてメルちゃんならば、可能性はある――)
歩みを止める。どこに向かっていたのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。少し開けた場所にいる。
(――囲まれた、か)
ざっと三十人といったところか。
今来た道の方からと向かおうとしている方から、だいたい半々で十五人ずつぐらい。
(……くだらない)
人数を揃えて何になる?私を止めたいなら、そう――私に相応しい人物を用意するべきだ。実に、くだらないことこの上ない。
全員を昏倒させる。無残にも兵士が辺りに転がっている。
(まあ、いくら私でも疲れないことはないか……)
少し汗をかく。たいしたことは無い、所詮はその程度。この程度の人間では障害にすらならない。再び一息をつく。すると、見知った顔がやって来る。
「あ、レクお兄ちゃん」
やって来たのはメルちゃんだった。別々の所から入ったというのに合流してしまったようだ。それほど進んでいたということだろうか。
「――って、きゃっ!なんですかこの兵士の方々の無残さは。レクお兄ちゃん、張り切りすぎですよ」
「いやまあ、成り行きというか、なんというかね。しょうがないだろう、向こうから襲ってきたんだから」
別に嘘ではない。襲われて仕方ないことをしてるのは私の方だが、襲ってきたのは向こうだ。返り討ちなんだから向こうとて文句は言えまい。
「ところで、私に何か用かな?」
「用なんてないです、たまたま出会っただけですから。こっちがなんだか騒がしかったもので」
トコトコと近づいてくるメルちゃん。倒れている兵士を踏んだりしないように意識しているようだ、そういうところは優しい。
「とはいえ、実際はそうでもないんだよね」
「……なんだかとても失礼なことを考えてませんか?」
「気のせいだよ。私はいつも失礼なことを考えている」
「失礼じゃないですか」
「かもしれないね」
と言いつつ、私をナイフで刺そうとしていたメルちゃんの腕を体の前で止める。ナイフの切っ先と私の体との距離は残り数十センチ。なおもメルちゃんは力を強める。
「……あの、メルちゃん」
「なんですか?」
笑顔だ。可愛い。
「その笑顔とこのシチュエーションとの組み合わせは怖いことこの上ないのだけれどね」
「そうですか?昔、メルちゃんはいつも笑ってるほうがいい、って教えてくれたのはレクお兄ちゃんじゃなかったですか?」
「んー、教えた記憶があると言えばあるね」
メルちゃんが手を振り払って距離を開ける。いつの間にか分からないが、左手にもナイフを持っている。
「……ええと、私には状況が掴めないのだけれど、何か気に障ることでもしたかな?」
「いつもしてますけど、別に今回はそれが理由というわけでもないですよ」
そういうのが理由でない、か。だとしたら、他にどんな理由があるかだけれど、はたして。
「レクお兄ちゃん、知ってますか?」
「ん?何をかな」
「メルちゃん、レクお兄ちゃんが大好きなんです」
「ここでまさかの告白っ!?」
一体どういう会話の流れなのだろうか。全く脈絡がない、なさすぎる。襲うことと好きだということにどんな共通点があるということなのか。
……いや、襲うことと好きだということ?そうか……忘れていた。彼女は、普通ではない。物心付いた時からの、洗脳と呼べる教育。“殺し”を植えつけられた彼女。そんな彼女なら、“好き”ということが“殺意”へと繋がったとしてもなんら不思議なことではない。感情を知らない彼女は、全てが“殺し”へと繋がる。当然の、帰結。
「……なるほど。だったら、メルちゃんはこれは知っているかな?」
「何をですか?」
「私も、メルちゃんが大好きなのだよ」
「知ってます」
……不公平だ。
「ですがまあ、こうやって真面目に言われたのは初めてです。嬉しいです。殺したくなってきました」
「初めてか、それは何よりだね」
「メルちゃん、きちんと両想いだと分かって今はとっても幸せなんです。ですからこの幸せな気持ちのまま、さっさと殺していいですかレクお兄ちゃん?」
「できることなら遠慮願いたいところなのだけれどね……」
本当に私は幸せ者だ。こんな可愛い女の子に告白されているのだから(注:九歳)。だから、私もそれに応えないわけにはいかないというものだ。それが礼儀だと私は思う。
「しかしその愛の告白、受けて立とう」
つくづく自分が馬鹿だと痛感できてしまう。
とまあそんなわけで、城の入り口へと着いた。城内で何か異常事態が起きているからといって、都合よくそこに兵士がいないなどということもなく、当然ながら兵士は立っていた。五人ほど。
(……むしろ普段よりも多いぐらいではなかろうか。非常事態だからこその措置、ということなのだろうかな)
そうは言っても、役目は役目だ。こなさないわけにはいかない。つかつかと五人の方へ近づく。当然、向こうもこちらの接近に気づく。
「おい、そこの男、止まれ。城の中に何か用か?だとしたら悪いが今日は『定例集会』だ、入れるわけにはいかない。また後日に来てもらうことになる」
つかつかと、私は歩く。
「おい、止まれと言って――」
そして彼との距離が一メートルを切ったところで抜剣する。いたって自然な、当たり前と言わんばかりの流れるような動き――と自分で賞賛してみるとしよう。ただし、“抜剣”という表現は少し違うかもしれない。この刃物の正確な名前から言うならば、“抜刀”こそが正しい。“双剣”ならぬ“双刀”。とある異国の島国から伝わったと呼ばれるこの刃物は、一般に流通している剣とは違う。両刃ではなく――片刃。そして細く――なおかつ剣よりも軽い。この刃物は、その島国では刀、と呼ばれているそうだ。
そのまま私は自然な流れで刃を返し、“峰打ち”をする。そうすれば斬れることもなく、気絶だけを狙える。斬れなくて敵を倒せるのかとも思うかもしれないが、刃を返した刀というのは鈍器に等しい。つまり、長い鈍器で殴られたようなものだ。手加減せずに殴ったので、相手はそのまま倒れこむ。――弱い。所詮は、こんなもの。
残りの四人も、難なく“殴り倒す”。最後の一人を終えると、場が静かになる。なんだか空しい気持ちになるが、それでも私には役目がある。個人的な理由で、他の皆に迷惑をかけるわけにもいかない。
正面を見据えると、門がある。見るからに頑丈そうだ。噂によれば、魔法耐性があるという特注の素材で城の門というのはできているそうだ。だから、魔法による破壊は不可能。ならば選択肢は一つ。
(――圧倒的な物理的ダメージによる、破壊)
再度刀の刃を返す。そして門に向かって一閃。傍から見たら一本の線が空中を奔ったかのように見えたことだろう。
――そして門に人が通れるぐらいの穴があく。そのまま中へと足を踏み入れる。とりあえずたまたま近くにいた兵士を二名ほど昏倒させてから一息をつく。
(そういえば、こうやってまともな実戦をするのも数年ぶりか)
兵士が三人来た。難なく昏倒させる。休憩を終え、城内へと進んでいく。
(……とはいえ、やはり私に本気を出させることができる人間もここにはいない、か。……シノイならば役を果たせたかもそれないけれど、願っても叶わないだろう。彼は“仲間”だ)
兵士が七人ほどやって来た。もちろん、なんなく倒す。
(あるいはルゥラナ君、あるいはメイラちゃん。そしてメルちゃんならば、可能性はある――)
歩みを止める。どこに向かっていたのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。少し開けた場所にいる。
(――囲まれた、か)
ざっと三十人といったところか。
今来た道の方からと向かおうとしている方から、だいたい半々で十五人ずつぐらい。
(……くだらない)
人数を揃えて何になる?私を止めたいなら、そう――私に相応しい人物を用意するべきだ。実に、くだらないことこの上ない。
全員を昏倒させる。無残にも兵士が辺りに転がっている。
(まあ、いくら私でも疲れないことはないか……)
少し汗をかく。たいしたことは無い、所詮はその程度。この程度の人間では障害にすらならない。再び一息をつく。すると、見知った顔がやって来る。
「あ、レクお兄ちゃん」
やって来たのはメルちゃんだった。別々の所から入ったというのに合流してしまったようだ。それほど進んでいたということだろうか。
「――って、きゃっ!なんですかこの兵士の方々の無残さは。レクお兄ちゃん、張り切りすぎですよ」
「いやまあ、成り行きというか、なんというかね。しょうがないだろう、向こうから襲ってきたんだから」
別に嘘ではない。襲われて仕方ないことをしてるのは私の方だが、襲ってきたのは向こうだ。返り討ちなんだから向こうとて文句は言えまい。
「ところで、私に何か用かな?」
「用なんてないです、たまたま出会っただけですから。こっちがなんだか騒がしかったもので」
トコトコと近づいてくるメルちゃん。倒れている兵士を踏んだりしないように意識しているようだ、そういうところは優しい。
「とはいえ、実際はそうでもないんだよね」
「……なんだかとても失礼なことを考えてませんか?」
「気のせいだよ。私はいつも失礼なことを考えている」
「失礼じゃないですか」
「かもしれないね」
と言いつつ、私をナイフで刺そうとしていたメルちゃんの腕を体の前で止める。ナイフの切っ先と私の体との距離は残り数十センチ。なおもメルちゃんは力を強める。
「……あの、メルちゃん」
「なんですか?」
笑顔だ。可愛い。
「その笑顔とこのシチュエーションとの組み合わせは怖いことこの上ないのだけれどね」
「そうですか?昔、メルちゃんはいつも笑ってるほうがいい、って教えてくれたのはレクお兄ちゃんじゃなかったですか?」
「んー、教えた記憶があると言えばあるね」
メルちゃんが手を振り払って距離を開ける。いつの間にか分からないが、左手にもナイフを持っている。
「……ええと、私には状況が掴めないのだけれど、何か気に障ることでもしたかな?」
「いつもしてますけど、別に今回はそれが理由というわけでもないですよ」
そういうのが理由でない、か。だとしたら、他にどんな理由があるかだけれど、はたして。
「レクお兄ちゃん、知ってますか?」
「ん?何をかな」
「メルちゃん、レクお兄ちゃんが大好きなんです」
「ここでまさかの告白っ!?」
一体どういう会話の流れなのだろうか。全く脈絡がない、なさすぎる。襲うことと好きだということにどんな共通点があるということなのか。
……いや、襲うことと好きだということ?そうか……忘れていた。彼女は、普通ではない。物心付いた時からの、洗脳と呼べる教育。“殺し”を植えつけられた彼女。そんな彼女なら、“好き”ということが“殺意”へと繋がったとしてもなんら不思議なことではない。感情を知らない彼女は、全てが“殺し”へと繋がる。当然の、帰結。
「……なるほど。だったら、メルちゃんはこれは知っているかな?」
「何をですか?」
「私も、メルちゃんが大好きなのだよ」
「知ってます」
……不公平だ。
「ですがまあ、こうやって真面目に言われたのは初めてです。嬉しいです。殺したくなってきました」
「初めてか、それは何よりだね」
「メルちゃん、きちんと両想いだと分かって今はとっても幸せなんです。ですからこの幸せな気持ちのまま、さっさと殺していいですかレクお兄ちゃん?」
「できることなら遠慮願いたいところなのだけれどね……」
本当に私は幸せ者だ。こんな可愛い女の子に告白されているのだから(注:九歳)。だから、私もそれに応えないわけにはいかないというものだ。それが礼儀だと私は思う。
「しかしその愛の告白、受けて立とう」
つくづく自分が馬鹿だと痛感できてしまう。
ナイフが空を切る音が二つ続けて聞こえた。
(――速い)
この間投げられた時とは速さが違う。段違いのスピード。
受け止める――は不可能。となれば避けるか弾くかの二択だったが、私は直感で、正確には嫌な予感に従って回避を選ぶ。そして当たる事の無かったナイフは近くの壁に刺さる――“刺さらなかった”。ナイフは壁を抉るかのようにして進み、そのままどこかへと飛んでいった(のだろう)。後に見ると、綺麗にナイフの大きさの穴が壁にあいている。
(おいおい、一体どんなことをしたらただのナイフが壁を突き破るというんだか……)
「ふふ、なんだか不思議そうな顔をしてますね」
と、そんな私の意図を読み取ったのか、メルちゃんが甲斐甲斐しくも解説をしてくれる。分かっていてもどうしようもない、と自信を持っているからだろう。
「メルちゃんの司力は『情報』です。『対価』は自らの“情報”。だからメルちゃんには過去の全ての情報がないわけですね」
「……だからあの帝国にいた理由も分からない、というわけか」
いつだったか、メルちゃんは過去の記憶がないと言っていた。私はそんな彼女に心配を寄せたものだったが、その時の彼女は心配はいらないと言って聞かなかったものだった。その時は疑問に思ったものだったが、なるほど、自分で原因は分かっていたから心配はいらないと言っていたというわけなのか。納得できる。
「『対価』の中では比較的に大きいものでしょうね。擬似的に存在の抹消と同等の効果が現れるわけですから。『禁術師』さんのように“後”も“先”もではなくて、“後”だけですから、生きる方からすれば希望があっていいですけれど。……まあそんなわけで、この『情報』というのは非情に使い勝手がいいわけです。応用性の高さ、それが自慢です。物も者も、全てのモノは等しく情報を内包していて、それに干渉する力――全てのモノに対しての天敵なわけです。例えばこの間の“人間の情報への干渉”、例えば今の“ナイフの情報への干渉”といった具合にですね。より詳しく言ってあげるなら、さっきのナイフはあらゆるモノの頂点に立つ存在に仕立て上げていたんです。当然、壁なんてあって無きに等しいんですよ」
毅然とした態度で、彼女は話す。大人びて聞こえる――それはあながち間違いでもないんだろうと思われる。『情報』を司る彼女は、情報の入荷量が普通の九歳児のそれとは比べ物にならない。色々を知っているから、態度は子供ではない(同様の理由でメイラちゃんも大人びているのだと思われる。あちらの場合は、扇の中の人格から色んな情報を受け取ったのだろう)。
「ただまあ、流石はレクお兄ちゃんです、真正面からじゃナイフを投げたって避けられてしまいますね。メルちゃん、これでも頑張って修行したつもりだったんですけれど。――でしたら、こんなのはどうでしょうか」
そう言うと、彼女が右手に持っていたナイフが“消える”。フッ、と見えなくなる。――分かる、消えたのではなく見えないだけ。存在の情報を、極めて小さくしただけ。
メルちゃんは、傍から見るとナイフでも投げるかのような動作をする。別に空気を切るような音もしないから、本当にそう見えてしまってもおかしくない。だが違う、彼女は投げている。横に体を反らして少し後、今度は後の壁から何かが当たったかのような音が聞こえた。そこには何も見えない。ただ、壁が傷ついているように見えるだけ。
「……信じられないね。驚きだ」
「それはメルちゃんも言いたいんですよ……。見えてないはずなんですけど」
「それはまあ、メルちゃんの動きから軌道を予測してだね」
「無茶苦茶な……」
――それは君にこそ相応しいんだけれどね。
見えないだけではない、モノとして見えないのだ。周囲への影響が、限りなく小さいという状況。モノが迫っているとすら感じられない。存在が、薄い。これはあまりにも――驚異的だった。
だけれど、今ので確信が一つ生まれた。
「情報の改変は一つまで。二重の改変は不可能――なんじゃないかな」
「今の一手でそれを見破りますか……。流石も流石ですね」
今のナイフは、さっきのように壁を突き破るようなことはなかった。わざわざその情報まで消す必要は本来ならないはずなのに、それでも消えてしまっていたという事実。つまりは、複数の情報の改変が不可能ということ。
「ですがまあ、それが分かったところでどうしようもないでしょうけれど」
と言って、今度は複数のナイフを投擲する。見えないが、そこに確かにそれは存在する。存在せずとも、そこには存在している。
――彼女の言うとおりだとは思う。軌道はなんとなく読めるとはいえ、そう何度も何度も投げられてはいつかはボロが出る。それに今度は何本投げているかは予測できない。元暗殺者の彼女は、攻撃動作など見える“存在”ではない。今回だって私は彼女が四本ほどのナイフを投げたかのように見えたというのに、実際に避けてみてから背後の壁を見てみると、そこにあったのは九個の傷跡。一つはさっきのものだから、八本。彼女は八本のナイフを投げていたのだった。こっちが、無茶苦茶だと言いたいくらいだ。
けれど弱音を吐いている場合でもない。ひとまずは戦闘が続行できないほどに――斬る。そして滑るように前へと前進する。その動きがあまりにも自然で、メルちゃんの対応が数瞬遅れた。その隙に一気に間合いを詰めて、そして峰打ちで――斬る。その軌道は寸分違わずメルちゃんの体を捉え、避ける事もできずに、右の刀で一閃。体を捉えた。
――そして、“私の刀が折れる”。
「なっ――」
砕け散った右の刀の破片が宙を舞う。その光景が、なんだかとてもゆっくりに目に映った。折れた刀を捨てて下がる時に、今度は目に映るナイフが投げられる。頂点の存在が襲い来る。
――三本。
刹那の間に考え、どうにかして最適な回避行動をとる。できるだけましなダメージにするために。
右腕と左足に掠める。あまりにも鋭利なそれは、むしろ不思議なほど痛みを感じさせない。ほどなくして、じんわりと痛みが湧き出てくる。そうなって初めて、この傷は、掠めたというよりはなんとか致命傷は避けていた、というレベルのものであると理解できた。左足の傷はまだ問題ない、立てる。だが右腕は動かない。どんな傷になっているかなんて見たくないが、血が腕を伝わって手の先の方まで流れてくる。壁を背もたれにするようにしてなんとか立ち続ける。
「ふ、ふふ……なんとまあ規格外な力なことだね……」
刀が皮膚に触れたまさにその瞬間に、刀の強度を落とされた――存在のランクを最低にされた。結果として、当然のように折れた、と……。正直、そこまで応用性のある司力だとは思っていなかったのだけれど甘く見ていたようだ。当然の報いだ。
「さて、ではレクお兄ちゃん。最後にメルちゃんに何か愛のメッセージはありますか?」
笑顔だ。可愛く、そして――悲しい顔。
「……メルちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「そんな顔をしちゃいけない。君は――いつも笑っているべきだ」
「――っ。……ですね、ごめんなさい」
彼女はナイフを四本取り出し、そして。
仰向けに、バタリと倒れた。
「そ、んなっ……これって……」
「そう、“君のナイフだよ”」
今私がもたれている壁は、彼女が“見えないナイフ”を投げて刺さった場所だ。おそらくは刺さっているだろうナイフを、おそらく私は投げた。それだけのこと。投げる方でさえ、その存在を感じられないナイフは今メルちゃんの胸に刺さっているはずだ。
血が流れて重くなった体を駆使して、彼女に近づく。心臓よりもやや下から血が滲んできていることから、その辺りに今も刺さっているのだろう。
そして私は宣告する。けじめをつけるために。
「私の勝ちだ、メルちゃん」
(――速い)
この間投げられた時とは速さが違う。段違いのスピード。
受け止める――は不可能。となれば避けるか弾くかの二択だったが、私は直感で、正確には嫌な予感に従って回避を選ぶ。そして当たる事の無かったナイフは近くの壁に刺さる――“刺さらなかった”。ナイフは壁を抉るかのようにして進み、そのままどこかへと飛んでいった(のだろう)。後に見ると、綺麗にナイフの大きさの穴が壁にあいている。
(おいおい、一体どんなことをしたらただのナイフが壁を突き破るというんだか……)
「ふふ、なんだか不思議そうな顔をしてますね」
と、そんな私の意図を読み取ったのか、メルちゃんが甲斐甲斐しくも解説をしてくれる。分かっていてもどうしようもない、と自信を持っているからだろう。
「メルちゃんの司力は『情報』です。『対価』は自らの“情報”。だからメルちゃんには過去の全ての情報がないわけですね」
「……だからあの帝国にいた理由も分からない、というわけか」
いつだったか、メルちゃんは過去の記憶がないと言っていた。私はそんな彼女に心配を寄せたものだったが、その時の彼女は心配はいらないと言って聞かなかったものだった。その時は疑問に思ったものだったが、なるほど、自分で原因は分かっていたから心配はいらないと言っていたというわけなのか。納得できる。
「『対価』の中では比較的に大きいものでしょうね。擬似的に存在の抹消と同等の効果が現れるわけですから。『禁術師』さんのように“後”も“先”もではなくて、“後”だけですから、生きる方からすれば希望があっていいですけれど。……まあそんなわけで、この『情報』というのは非情に使い勝手がいいわけです。応用性の高さ、それが自慢です。物も者も、全てのモノは等しく情報を内包していて、それに干渉する力――全てのモノに対しての天敵なわけです。例えばこの間の“人間の情報への干渉”、例えば今の“ナイフの情報への干渉”といった具合にですね。より詳しく言ってあげるなら、さっきのナイフはあらゆるモノの頂点に立つ存在に仕立て上げていたんです。当然、壁なんてあって無きに等しいんですよ」
毅然とした態度で、彼女は話す。大人びて聞こえる――それはあながち間違いでもないんだろうと思われる。『情報』を司る彼女は、情報の入荷量が普通の九歳児のそれとは比べ物にならない。色々を知っているから、態度は子供ではない(同様の理由でメイラちゃんも大人びているのだと思われる。あちらの場合は、扇の中の人格から色んな情報を受け取ったのだろう)。
「ただまあ、流石はレクお兄ちゃんです、真正面からじゃナイフを投げたって避けられてしまいますね。メルちゃん、これでも頑張って修行したつもりだったんですけれど。――でしたら、こんなのはどうでしょうか」
そう言うと、彼女が右手に持っていたナイフが“消える”。フッ、と見えなくなる。――分かる、消えたのではなく見えないだけ。存在の情報を、極めて小さくしただけ。
メルちゃんは、傍から見るとナイフでも投げるかのような動作をする。別に空気を切るような音もしないから、本当にそう見えてしまってもおかしくない。だが違う、彼女は投げている。横に体を反らして少し後、今度は後の壁から何かが当たったかのような音が聞こえた。そこには何も見えない。ただ、壁が傷ついているように見えるだけ。
「……信じられないね。驚きだ」
「それはメルちゃんも言いたいんですよ……。見えてないはずなんですけど」
「それはまあ、メルちゃんの動きから軌道を予測してだね」
「無茶苦茶な……」
――それは君にこそ相応しいんだけれどね。
見えないだけではない、モノとして見えないのだ。周囲への影響が、限りなく小さいという状況。モノが迫っているとすら感じられない。存在が、薄い。これはあまりにも――驚異的だった。
だけれど、今ので確信が一つ生まれた。
「情報の改変は一つまで。二重の改変は不可能――なんじゃないかな」
「今の一手でそれを見破りますか……。流石も流石ですね」
今のナイフは、さっきのように壁を突き破るようなことはなかった。わざわざその情報まで消す必要は本来ならないはずなのに、それでも消えてしまっていたという事実。つまりは、複数の情報の改変が不可能ということ。
「ですがまあ、それが分かったところでどうしようもないでしょうけれど」
と言って、今度は複数のナイフを投擲する。見えないが、そこに確かにそれは存在する。存在せずとも、そこには存在している。
――彼女の言うとおりだとは思う。軌道はなんとなく読めるとはいえ、そう何度も何度も投げられてはいつかはボロが出る。それに今度は何本投げているかは予測できない。元暗殺者の彼女は、攻撃動作など見える“存在”ではない。今回だって私は彼女が四本ほどのナイフを投げたかのように見えたというのに、実際に避けてみてから背後の壁を見てみると、そこにあったのは九個の傷跡。一つはさっきのものだから、八本。彼女は八本のナイフを投げていたのだった。こっちが、無茶苦茶だと言いたいくらいだ。
けれど弱音を吐いている場合でもない。ひとまずは戦闘が続行できないほどに――斬る。そして滑るように前へと前進する。その動きがあまりにも自然で、メルちゃんの対応が数瞬遅れた。その隙に一気に間合いを詰めて、そして峰打ちで――斬る。その軌道は寸分違わずメルちゃんの体を捉え、避ける事もできずに、右の刀で一閃。体を捉えた。
――そして、“私の刀が折れる”。
「なっ――」
砕け散った右の刀の破片が宙を舞う。その光景が、なんだかとてもゆっくりに目に映った。折れた刀を捨てて下がる時に、今度は目に映るナイフが投げられる。頂点の存在が襲い来る。
――三本。
刹那の間に考え、どうにかして最適な回避行動をとる。できるだけましなダメージにするために。
右腕と左足に掠める。あまりにも鋭利なそれは、むしろ不思議なほど痛みを感じさせない。ほどなくして、じんわりと痛みが湧き出てくる。そうなって初めて、この傷は、掠めたというよりはなんとか致命傷は避けていた、というレベルのものであると理解できた。左足の傷はまだ問題ない、立てる。だが右腕は動かない。どんな傷になっているかなんて見たくないが、血が腕を伝わって手の先の方まで流れてくる。壁を背もたれにするようにしてなんとか立ち続ける。
「ふ、ふふ……なんとまあ規格外な力なことだね……」
刀が皮膚に触れたまさにその瞬間に、刀の強度を落とされた――存在のランクを最低にされた。結果として、当然のように折れた、と……。正直、そこまで応用性のある司力だとは思っていなかったのだけれど甘く見ていたようだ。当然の報いだ。
「さて、ではレクお兄ちゃん。最後にメルちゃんに何か愛のメッセージはありますか?」
笑顔だ。可愛く、そして――悲しい顔。
「……メルちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「そんな顔をしちゃいけない。君は――いつも笑っているべきだ」
「――っ。……ですね、ごめんなさい」
彼女はナイフを四本取り出し、そして。
仰向けに、バタリと倒れた。
「そ、んなっ……これって……」
「そう、“君のナイフだよ”」
今私がもたれている壁は、彼女が“見えないナイフ”を投げて刺さった場所だ。おそらくは刺さっているだろうナイフを、おそらく私は投げた。それだけのこと。投げる方でさえ、その存在を感じられないナイフは今メルちゃんの胸に刺さっているはずだ。
血が流れて重くなった体を駆使して、彼女に近づく。心臓よりもやや下から血が滲んできていることから、その辺りに今も刺さっているのだろう。
そして私は宣告する。けじめをつけるために。
「私の勝ちだ、メルちゃん」
「――きゃはっ」
「……?」
メルちゃんが、起き上がる。そしてゆっくりと立ち上がった。メルちゃんの傷は――消えていた。さも何事も無かったかのように、跡形も無く。そんな“傷”なんていう情報は無かったかのような、そういう光景。
「いいですいいです、実にいいですよ、あなた。彼女を倒す光景はまさに圧巻でしたよ。こんな興奮、私は何時振りに味わったことでしょう。きゃはっ」
一歩後ずさる。体ではない、心がだ。
感じたのは恐怖。なんだか得体の知れないモノを相手にしているかのような――不気味さ。まるでヒトの情報そのものが、何か間違ってしまっているかのようで。いてはいけない何かが、いるようで。恐怖を隠すこともできず、おずおずとこう尋ねる。
「君は――何だ」
「“何だ”と来ましたか。そう訊かれたら、何て答えたらいいんでしょうね。ですがまあ――そんなことはどうでもいいじゃないですか。私はメルちゃん、そういうことにしておきませんか?」
「それは――無理な提案だね」
「そうですか、残念です」
まるで残念とも思っていない表情。人間としてではなく、モノとして何かが間違っている。それがひしひしと伝わってきてしまう。
この、“まるでヒトが変わってしまったかのような”状態に当てはまる現象は、過去に何度か体験したことがある。
二重人格。一つのモノに二つのモノが入るという異常で非常な存在。それが相応しいように感じられた。けれど、それは違うと直感が告げる。コレは――そんな存在ではない。
「……ですが、一応私という存在を形容するなら、そうですね……“争い”の象徴ってところでしょうか。つまるところ、私は本来なら存在しない存在なんですよ。どう言うと分かり易いんでしょうか、思念だけの存在、とでも言うんでしょうかね。それがこの“彼女”の体を乗っ取っていると考えれば簡単かもしれませんね」
「……なるほど、後付けの存在か。ということは、メルちゃんは存在するということなのだろうね」
「ええ。彼女は彼女です。言ってしまえば、私という存在はウィルスみたいなものです。他人に寄生してしか存在できない存在。ただまあ――随分と強いウィルスですけれど」
いつの日か、この存在はメルちゃんを消し去るということだろう。今はメルちゃんの力が弱まったから出てきてしまったということだろうか。
となると、メルちゃんを打ち負かしてしまったのは失敗だったと言えるかもしれない。いつかはこうなることだったとはいえ、そのきっかけを作ってしまったのは間違いなく私なのだから。それに、この存在は自らを“ウィルス”と称している。つまり。
「一度現れると、その後は――」
どちらかが消えるまで、進行する。だが、ウィルスの方が力が随分と強いから、何もしなければ消えるのはメルちゃんの方。
(どうすれば……)
何もしなければ死ぬ病気なら、薬を投与すればいい。外部から干渉してやればいい。だが、その方法は今回の場合はあるのか。薬となれる治療法は存在するのか。
「きゃはっ、もしかしてこの体を彼女に返す方法でも思案してたりします? でしたらそんなの無駄ですよ、私を消したければ、私を存在ごと殺さないと」
「……“今回のように”?」
昔もこの存在は存在した時期があったということを言いたいのだろうか。
「だとしたらなぜ――この時期、タイミングで“発症”した」
「さっきも言ったじゃないですか、私は“争い”の象徴だって。大きな争いの兆候があれば、私は現れます。そう、戦争のようなものでも起きれば」
「――っ」
『神魔戦争』。『第二次神魔戦争』。
なるほど、そういうことか……。つまり『神魔戦争』の謎の一因は――。
「現れる、と言っても、別に新しい人に発症するわけじゃないんですよ。こう見えてこの彼女、何年生きていると思います?この彼女の体は、大昔から変化しないんです。ずっと昔から、はるか昔から、この彼女は時折私を発現させてきた。争いの度に、です。ですから、あなたが思っているのは少しずれている気がします。私は、現れたり消えたりを繰り返す存在。この彼女は、だから発症者というよりも相棒みたいなものなんですね」
情報の書き換え。情報の更新。死ぬ事は無く、常に一定の存在。発現から考察するに、殺したぐらいでは恐らくいつかまた現れる。情報を操り、“死”さえもなかったことになる。信じがたいが、究極の不老不死。
「ところで聞いてくださいよ、私の愚痴を。つい数百年ほど前だったですね、久しぶりに私が出てこられたんですけど、なんとその時、戦争の当事者たちは話し合いで解決しちゃおうとしたんです。困りますよね、そういうのは。争いの長さだけ私は存在できるというのに、まともに争わないだなんて。そしてなんと、今回もそれが再び行われようとしてるじゃないですか。これは私としては大変嫌なことなんです、ご立腹です」
やはり、メイラちゃんは話し合いによる解決を狙っているのか。それをこの存在がどうやって知ったのかは不思議だが、彼女もメルちゃんなのだから“情報”を司るということなんだろう。もしくは“争い”の象徴としての勘なのかもしれない。知る術も無いし、別に知ろうとも思わない。
「そんなわけで分かると思うんですけど、こんなところで油を売ってる暇は無いんですよ、今から私は争いの炎でも灯しにいこうとしてるんですから」
彼女の手が私の腕に触れる。数メートルの距離は離していたというのにだ。
(位置座標の――変換っ!?)
「ですからほら、私のためにもさっさと“消えて”くれません?」
メルちゃんのものとは違う、悪意に満ちた笑顔が視界に映った。
「……?」
メルちゃんが、起き上がる。そしてゆっくりと立ち上がった。メルちゃんの傷は――消えていた。さも何事も無かったかのように、跡形も無く。そんな“傷”なんていう情報は無かったかのような、そういう光景。
「いいですいいです、実にいいですよ、あなた。彼女を倒す光景はまさに圧巻でしたよ。こんな興奮、私は何時振りに味わったことでしょう。きゃはっ」
一歩後ずさる。体ではない、心がだ。
感じたのは恐怖。なんだか得体の知れないモノを相手にしているかのような――不気味さ。まるでヒトの情報そのものが、何か間違ってしまっているかのようで。いてはいけない何かが、いるようで。恐怖を隠すこともできず、おずおずとこう尋ねる。
「君は――何だ」
「“何だ”と来ましたか。そう訊かれたら、何て答えたらいいんでしょうね。ですがまあ――そんなことはどうでもいいじゃないですか。私はメルちゃん、そういうことにしておきませんか?」
「それは――無理な提案だね」
「そうですか、残念です」
まるで残念とも思っていない表情。人間としてではなく、モノとして何かが間違っている。それがひしひしと伝わってきてしまう。
この、“まるでヒトが変わってしまったかのような”状態に当てはまる現象は、過去に何度か体験したことがある。
二重人格。一つのモノに二つのモノが入るという異常で非常な存在。それが相応しいように感じられた。けれど、それは違うと直感が告げる。コレは――そんな存在ではない。
「……ですが、一応私という存在を形容するなら、そうですね……“争い”の象徴ってところでしょうか。つまるところ、私は本来なら存在しない存在なんですよ。どう言うと分かり易いんでしょうか、思念だけの存在、とでも言うんでしょうかね。それがこの“彼女”の体を乗っ取っていると考えれば簡単かもしれませんね」
「……なるほど、後付けの存在か。ということは、メルちゃんは存在するということなのだろうね」
「ええ。彼女は彼女です。言ってしまえば、私という存在はウィルスみたいなものです。他人に寄生してしか存在できない存在。ただまあ――随分と強いウィルスですけれど」
いつの日か、この存在はメルちゃんを消し去るということだろう。今はメルちゃんの力が弱まったから出てきてしまったということだろうか。
となると、メルちゃんを打ち負かしてしまったのは失敗だったと言えるかもしれない。いつかはこうなることだったとはいえ、そのきっかけを作ってしまったのは間違いなく私なのだから。それに、この存在は自らを“ウィルス”と称している。つまり。
「一度現れると、その後は――」
どちらかが消えるまで、進行する。だが、ウィルスの方が力が随分と強いから、何もしなければ消えるのはメルちゃんの方。
(どうすれば……)
何もしなければ死ぬ病気なら、薬を投与すればいい。外部から干渉してやればいい。だが、その方法は今回の場合はあるのか。薬となれる治療法は存在するのか。
「きゃはっ、もしかしてこの体を彼女に返す方法でも思案してたりします? でしたらそんなの無駄ですよ、私を消したければ、私を存在ごと殺さないと」
「……“今回のように”?」
昔もこの存在は存在した時期があったということを言いたいのだろうか。
「だとしたらなぜ――この時期、タイミングで“発症”した」
「さっきも言ったじゃないですか、私は“争い”の象徴だって。大きな争いの兆候があれば、私は現れます。そう、戦争のようなものでも起きれば」
「――っ」
『神魔戦争』。『第二次神魔戦争』。
なるほど、そういうことか……。つまり『神魔戦争』の謎の一因は――。
「現れる、と言っても、別に新しい人に発症するわけじゃないんですよ。こう見えてこの彼女、何年生きていると思います?この彼女の体は、大昔から変化しないんです。ずっと昔から、はるか昔から、この彼女は時折私を発現させてきた。争いの度に、です。ですから、あなたが思っているのは少しずれている気がします。私は、現れたり消えたりを繰り返す存在。この彼女は、だから発症者というよりも相棒みたいなものなんですね」
情報の書き換え。情報の更新。死ぬ事は無く、常に一定の存在。発現から考察するに、殺したぐらいでは恐らくいつかまた現れる。情報を操り、“死”さえもなかったことになる。信じがたいが、究極の不老不死。
「ところで聞いてくださいよ、私の愚痴を。つい数百年ほど前だったですね、久しぶりに私が出てこられたんですけど、なんとその時、戦争の当事者たちは話し合いで解決しちゃおうとしたんです。困りますよね、そういうのは。争いの長さだけ私は存在できるというのに、まともに争わないだなんて。そしてなんと、今回もそれが再び行われようとしてるじゃないですか。これは私としては大変嫌なことなんです、ご立腹です」
やはり、メイラちゃんは話し合いによる解決を狙っているのか。それをこの存在がどうやって知ったのかは不思議だが、彼女もメルちゃんなのだから“情報”を司るということなんだろう。もしくは“争い”の象徴としての勘なのかもしれない。知る術も無いし、別に知ろうとも思わない。
「そんなわけで分かると思うんですけど、こんなところで油を売ってる暇は無いんですよ、今から私は争いの炎でも灯しにいこうとしてるんですから」
彼女の手が私の腕に触れる。数メートルの距離は離していたというのにだ。
(位置座標の――変換っ!?)
「ですからほら、私のためにもさっさと“消えて”くれません?」
メルちゃんのものとは違う、悪意に満ちた笑顔が視界に映った。