Neetel Inside 文芸新都
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_Ghost_
一日目! その1

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____________________1 DAY______________________________________



「ネコうざい」
起床一番、加納後輩の挨拶がこれだった。どうにも可及的速やかに化け猫を退治してこいやグズとの遠回しなお達しらしい。
「あ、待って、待って。てかなんで目が覚めて最初に見えるのがアンタの顔なん? え、一晩中そこにいたん?」
ベッドからむくりと上半身を起こし、寝癖に乱れた髪をガシガシしながら不機嫌そうに聞いてくる。
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・」
加納後輩の顔色がなんというか、とても廃れた感じに変化した。大津波から逃げ出す途中、ウンコを素足で踏んじゃうとこんな表情になるのではなかろうか?
スマン、いい例えが浮かばない。
「あー、あんさ。なんつーか、普通に犯罪と違う? そこナチュラルにやられちゃうと、こっちにも相応の対処っつーか塩どこだっけかな」

「嘘嘘、嘘ですよーぅ。朝一番に加納さんの顔が見たくて飛んできちゃったんですよーぅ」

殊更にライトな口調で誤魔化しにかかる。こんな下らない理由で消されたらたまらない。
「あー、まあそれでも不法侵入っつーか、あー、眠い。もういいや」
ボスッ、と音を立てて枕に顔をうずめる加納後輩。うむうむ、なんとか誤魔化せた。この結果に満足する。だって、そりゃあ?
口さえ開かなければ見ていられる顔じゃないの、とか思って寝顔見ていたら夜が明けたとか。普通じゃない。
嫌だなあ、何か変な病気なのかな俺。こういう些細な不具合から思いもよらぬ重病ってプロセスがテレビの常道だし。
まあもう死んでるから大丈夫か。こういうとき、人生終了者は強いよね。
って、そんなことよりさ。
「加納さん? アナタ今眠いとか抜かしてますけど、学校はいいんですかー?」
「あー、起きるよ起きっから、後五分な」
「そんなベタなこと言っちゃってぇ、お前絶対寝続けるだろ? お前はそういう駄目女だもんな」
「死ね。お前に私の何が分かるってんだ。いいから黙って消えろ。うるさくて眠れねぇ」
「ははあ、寝ちゃう? ここで寝ちゃう? いいの? ガッコ遅刻するよ? 君、なんだかんだいって昨日ガッコサボったでしょ? そういうこと繰り返しているとね、ガッコ様も黙っちゃいないんだよ? 知らない? テイガクとかタイガクとか、怖いよ?」
「ああああ! 横でぐっちゃらぐっちゃら煩い! お前あんま舐めたことばっかしてるとホント容赦しねーからな!」

ガバッ! と起きて窓際におかれた小瓶を手にする加納後輩。
ガチャリ! と前触れ無く開く部屋のドア。
スパァーン! そして一拍だけ間をあけて、鳴り響く打撃音。

「夕子! アンタいつまで寝てんの!」ガシガシと足音荒く加納後輩に肉薄し、彼女の頭をそりゃあ爽快な音を立てて打ん殴った、巨大な中年女性。
「痛い! ちょっと! 朝一でなにかましてくれちゃって 痛っ! ポカポカ好き勝手してンじゃねーぞこのババァ! 痛っ! テメェよほど私を児童相談所に走らせた 痛っ! いい加減にしやがれぶっ殺すぞこ 痛いっ! ちゃ、ちゃんと、お、起きたじゃんか、なんでそんなボコスカすんだよぅ」
「アンタが生意気だからよ。早く着替えて下に来る! 分ったっ!?」
腰に手をあてて、仁王の表情。
「・・・・・・・・はい」
「フンッ」
勝った、という満足顔でズンズン去っていく、たぶん彼女の母親。

「ワ、ワンダフルなお母さんダネ」俺に他に何と言えと?
「糞、糞、糞、糞っ! 絶対老後にいじめてやる。今に見てろよあのババァ」
どうやら受けたショックから一時的に視界から俺がアウトした模様。彼女は自分の世界へ閉じこもる。それでも自動的に制服へ着替え始めるあたり、まあ律儀な性格なのだろう。お、今日のパンティはピンクか。こりゃあ明日はホームランだな。
「って何見とんだコラァッ!!!」
「おやこれはこれは、どうも失礼しまして」
ウフフ、と笑いながらフェードアウトした。








 

「それにしても、君の母親はなんというか、デカいね」
単純に身長の話だ。たぶん、俺とそんなに変わらない。あんなに立派な骨格から、この貧弱な骨格が出てきたとは、まったくこの世はミステリィ。
「ハッ! あんなん大したこっちゃねーよ。間接さえ決めれば私の勝ちだ」あ、こいつ俺と同レベルだ、と思った。
「お前にはそんな、埒もない話をする前にやることあンじゃねぇの、先輩様よぉ」
格好の悪いところを見られた反動か、はたまた単なる生来の性格の悪さからか、俺の弱いトコをつつこうとする後輩。
「そうですね。朝一でお母さんにリンチされた哀れな後輩を慰めるという、大事な大事な使命がございましたですね」
「死ねよマジで。え、なに、そんなんしてて楽しい? 人の嫌がることして楽しいんだ? だったらお前は人間としてオカシイよ、最低限の人倫も持ち合わせない精神的な貧者だよ、このサイコパスッ! お前がなんで死んだ後も現世にいるのかやっとわかったよ、天使も死神もお前を嫌って誰も迎えを寄越さないからだよっ! お前の居場所は天にも地にもなくて、だからそんなトコにぷらっぷらだらしなく浮かんでんだなっ! どうだい誰からも拒絶された感想は、永遠の一人ぼっちライフはさぞや楽しいんだろうねぇっ!」
「お、おまえそういう、普通に鬱る事いうのやめてよ・・・・・」
俺は繊細なのに。
「ハアッ!? 先に嫌がらせかましてくださったンはどこの伊藤先輩でしたっけねぇっ!?」
「はい、ここの伊藤先輩です。ごめんね」
「チッ。マジ最悪の朝だ」
フン、と短く嘆息して・・・あっ、めちゃくちゃ”勝った”って表情してる。正直彼女の母親にそっくりだったという直截な感想は、言わないのが吉なんのだろうなぁ。
「あ、加納後輩! 今浮かべてるその勝ち誇った顔、君の母親が今朝見せた、君を殴り倒したあとに見せた表情と瓜二つだよっ!」
勿論、いらんことを言うのがこの俺の専売特許なれば、ここは譲れない。

「おいコンビニ寄ってこうぜ。あじしおでもお前が消えるか実験がしてぇ」
「そんな非人道的な・・・・・おや? あれは君へのお客さんですかね?」

ちなみに所は登校道で、周囲にはちらほらと同じ学校の生徒が散見される状況。こんなとこで、かくも盛大に騒げば(しかも周囲には加納後輩の奇矯な行動としか見受けられない)注目を集めるだろう。そこに、知り合いがいたってまあ、オカシクはない。
ゾロゾロと、五、六人の花乙女たちが加納後輩へ向けて進軍中。そこに注意を促すと加納後輩、あからさまに唾棄の表情。
ああ、うまくいってない感じの人たちなんだろうなぁ。
「加納っちぃぃ、なに朝っぱらから一人で叫んでんのぉ? あ、もしかしてもしかしなくても見えちゃってるん? うそーこわーい」
キャーン、コワーイ。と、わざとらしさ満開の黄色い悲鳴のシュプレヒコールが続く。あまりの古式ゆかしき典型的作法に俺もびっくりだった。
「なんというか、伝統に忠実そうな方々ですねぇ加納さん」
いやー、カビ臭い。しかし同時に興味深くもある。
加納後輩はといえば、俺に対し”死ねよ”という目線を一つよこしてから対他人戦モードへ。

「いや、別にそんなんじゃねーからさ。あ、私もう行くから」
「えええっ!? そんなんじゃないんだって皆ぁ!! じゃあさ、じゃあさ、さっきまで一体なんで一人でブツブツしてたのぉ?」
「いや、別に」
「えぇぇー! 気になるぅ! ねぇ皆ぁ!!」
キーニーナールーゥ。
「エクセレンツッ! これぞ日本が世に誇れない、でも憚らない地味いじめ」
地味いじめとは、ニュースとかに取り上げられるべくもないどこにでもある、誰にでもある、小さくて細かくて些細で有り触れた無数の、組織の中の誰かに必ず降りかかる不快な現象のことだ。これがエスカレートすると自殺とか事故死とか他殺とか、見栄えの良い事件性に発展する。
まあ糞に変わりはないのだが。
まったくそんな糞行為をする糞女学生は一体どんな顔だ、と加納後輩を取り囲む集団を一瞥してみると。







「あれ? あの女子生徒、俺の妹に良く似ているのだが・・・・・アレ?」
その集団の中の奥、腕を組んで加納後輩を冷たく見下ろす女子生徒。その、顔が、どこからどう見ても、いやいや。
まさか、そんな、ウチの文乃に限っていじめなんて・・・。
「ねぇフーミンもさぁ、あんだけ上機嫌に独り言抜かしといてなんでもないとか、おかしいと思うよねぇ?」
フーミン!? お前よりにもよってそんなあだ名で呼ばれてたのか文乃!
あ、いやいや、あれはうちの文乃じゃないからサ。なんとでも呼べばいいよマジ。
「フーミン呼ぶな。私にゃ伊藤文乃って立派な名前があんの」
確定でしたド畜生。

「しかしそれにしても」

しかしそれにしても。

「あんだけ盛大に一人芝居しちゃってくれてたんだから、どういうことかキッチリ納得できる説明くらい、欲しいところだよねぇ」





お前なにいじめっ子なんてしてんだ妹よ・・・・・。

       

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