Neetel Inside 文芸新都
表紙

_Ghost_
まずい! もう一匹

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佐屋嬢は体を洗うとき、まず右腕から洗う。

佐屋嬢はうつ伏せで寝る頻度が多い。でも仰向けもイケる。

佐屋嬢はパンツを履くとき右足から入れる。

佐屋嬢は歯磨きは丹念に行うがそのあとのウガイはいい加減だ。

佐屋嬢はエロ系の書籍を押入れの奥に仕舞っている。

佐屋嬢はまだポエムに手を出していない。

佐屋嬢はお菓子のパッケージの中に煙草の吸殻を捨てている。

佐屋嬢はよく見たら、ポエムに手を、出していた。












________observe_________






一週間を彼女の観察に費やした。得られた結果がこれだ。
自分の頭の中に羅列した、些かは取引の材料に成り得るのではないかという情報を反芻。成果は、皆無と言って良かった。

何れも暴露されれば恥ずかしい類のものでは、ある。しかしそこ止まり。
暴露すべき手立てのない、当方が持っていても無意味な情報群。
当方が本当に欲して止まぬのは、突き付ければたちどころに観念せざるを得ないような、決定的ウィークポイント。
誰か、とか世間とか、を味方につけなくば成立しない生易しい秘密など、一向に求めてはおらぬ。
つまり。

人は死にたい生き物だから。その、普段は目を背け続けている個々人特有の”死にたい”を、見つけ出して突きつけて。そういう目的だ。

本当、腐っていやがる。死は肉体を腐らせるものだが、どうやらその精神性も等しく腐らせるものらしい。
腐り始めの体を、眺めて見下ろす。
半透明で、いまにも拡散しそうで、儚くて脆弱で。でも、生きていた頃の形を必死に反映しようと躍起になっているアクティブさも垣間見える。本当に身近な二律背反。
死にたいと生きたい。どちらにも傾けぬ中途半端。


もう、死んでいるのに死のうとしない己と。
もう、死んだって構わないと決意したあの時を忘れて今を生きる人類諸兄。

つまり生きたいのだ。それが本能なのだ。死にたいなど一時の気の迷い。人は生きたい。

なのに、死にたい生き物なのだ。
コンビニ感覚で死にたいと思い悩んでしまう、なにやら良くわからない生き物なのだ。
その、よくわからない生き物を把握して、掌握して。
よくわからない部分を有効活用して利用しなくばならない。
その為の潜伏期間。


なの、だが。





潜伏も長すぎれば毒となる。細胞分裂だってアレでしょ、最終的に飽きちゃったから止めちゃうんでしょ、生きるの。
まあ、端的に退屈になってきたという部分が大きいのだがね。
習慣は平気だが反復は苦痛のメカニズムって何だろう?
俺は勝手にこう思っている。習慣は喜びで、反復は苦痛なんだ。
食うとか、出すとか、寝るとか。それが喜びである必要性は皆無だ。しかしそれが苦痛であったらば正常な生命の運用に支障をきたす。だからそれは喜びに変換される。脳みそがそれを喜びと変換する。

”生きるために必要だからだ”

逆説、生きるために必要とされない物事は大体において否定される。

”生きるために不必要だからだ”

毎日の呼吸を面倒がる輩はいない。毎日の運動を面倒がる輩はいる。
極論だがね。
だが、その極論の上に今の己はいるのだから、多少の有り難味は主張しておかないとね、ダメでしょ。
うん、そう激しく脱線。
兎に角、佐屋嬢の”死にたい”が見つからない。



「見守っても見守っても変わらぬ日常。ぢっと手を見つめる」


手を、見つめる。恐らくきっと、この手を佐屋嬢の体に埋め込ませるような要領で突き出せば目的とする情報は得られるのだろう。無論、手に限らぬ。足でも舌でも、モラルが許すのならばイチモツだって構わない。
この生前とかいう輝かしい期間を反映させようと躍起になっている俺という霊体には、四肢の区別などない。骨も内臓も無くみな一様に、半透明なぶよぶよとした結局は存在しない、ナニカ。
泣けてくる。涙は流せないけれど。
本当、ド畜生な身の上だ。そこまでド畜生ならば、開き直ってド畜生な振る舞いに出てしまえば話も早いはずなのに。
それは出来ない。なぜかというと、そんなド畜生にはなりたくないと頑に反抗する自分がいるからだ。
今でも俺は、かつて生きていた俺というものの延長線上でいたいから。
なら、いろいろとね。実質的には縛られていなくても、縛られていなくちゃ俺という者が成立しないから。
最低限の決まりごとは守らないと、ダメなわけ。
そこに俺がいると俺自身に証明する為には、それが一番必要なわけ。
倫理でも道徳でも人倫でも法律でも約束でも何でもいい。
何せ生きていた当時はそのすべてに縛られていた。だから。
今も縛られないと、縛られていると仮定した行動を選択しないと。
俺は、俺ではなく、別のナニカに変質するわけで。
だからそう。
いわゆる。何? うん、ハハ(気ぜわしく体中をまさぐりながら)。そう、そのサ。うん。ね?
信念? とか? タッハ!(顔を真っ赤に染めるイメージで)額をぺチンをたたき照れ隠し。
そんな感じのものがあったりなかったり。思春期幽霊なわけです。

軽くふざけ気味だけれども、最近の俺にとっての最重要課題を今語っている感じだ。
まず、佐屋嬢に関する弱点探しの行き詰まり。

そして、自分自身という存在の希薄化。

そう、自分が薄まる。
なんというか、今こうして佐屋嬢の周囲を性質の悪いストーカーばりにうろつきまわっているわけなのだが。
実際問題、伊藤樹なる男児はそんなことしない人間なの。いや、死んでソッコー覗きを慣行したのは俺だけど。そこは精神状態を慮ってくれい。
兎に角、死んでからある程度の時間が経過して、自分のなかにあった数々のカオスが整合化されていくにつれ、浮き彫りになるのは生前との乖離だった。
死んでいるのだから当然ジャン、という意見もあろうけれども。
今の俺とかつての俺と、その違いは生きているか死んでいるか。それだけだ、というスタンスを崩せない以上、これ以上鬼畜になり下がるわけにはいかないわけなのさ。
伊藤樹が伊藤樹たる所以を、この生前の残り粕じみた風体にて立証せしめねばならぬ立場上避けては通れぬ命題な感じ。
誇りを亡くしてはならないのだ、俺は。じゃないと本当の意味で死んで消えるのだ、伊藤樹は。
でもこうして佐屋嬢の尻を執拗に追いかけまわしている時点で刻々と俺というシェアは消滅し続けている。
ならやめるか? 馬鹿な、やめたら目的が果たせない。ならば、紳士的な手段でもってもう一度計画を練り直すか? 馬鹿な、あれだけ必死で頼み込んだ己へ佐屋嬢がしでかしてくれた仕打ちをもう忘れたか。
奴ばらが鬼畜な振る舞いにでたのだから、当方もまた手段を同じくすればいいではないか。しかしそれでは伊藤樹が保てない。
保てない。
俺が俺を保てない。

ならどうすんのさ? 手詰まりと行き詰まりと。この袋小路は俺にとって文字通り、致命的な問題となる。もう死んでるけどネ。

「俺は、おれは一体どうすればいいんだっ!」


心底苦悩する。佐屋嬢をスネークしながら。










もし。この世に神様なんて存在がいたとして。こんな時問答無用に手を貸してくれるものなんじゃないのかなとか、思ったり。
勿論神様なんていない。だって俺は死んだ。最も神様を必要とする場面で、音沙汰なかった。
なのに、さ。
なんであのとき助けてくれなかったのって、血反吐を吐いて文句を言いたくなるくらい、ベストなタイミングで。

神は、舞い降り腐った。





「これください」



場所は釣具店、餌売り場。佐屋嬢がなにやら鬱屈とした表情で青イソメ(牙の生えた百足みたいな奇怪な生き物な)を購入していた。
鬱屈とした表情のままパックを胸に抱えて足早に帰宅。
わき目も振らず部屋に駆け込み施錠。誰がいるわけもないのに周囲を確認(まあ俺が窓の向こうから覗いているけどな)。
胸に抱えたパックを恐る恐る解放。うじゃうじゃと木くずのなかでうねる気色悪い生物。
相当に小為れていなければ正視することもままならぬそれを、一匹掴んで。
目線の高さへ、持っていく。
佐屋嬢の眼球に、青イソメのなんとも形容しがたい虫特有のなんかアレな生命の躍動感がまるまる映し出される。
それを目前に、先ほどまで鬱屈とした表情のままカパリと口を開き。あ、歯並びが良いななんて当方が現実逃避をしている隙も与える間もなく。



口中へ、決して食用として売られていないはずのそれを、口中へ。



じょぐりじょぐり。聞こえるはずもない咀嚼音が己の背筋から這い昇り後頭部をクリクリする。
逃げ出したい気分でいっぱいだった。
だって、あれを、え、なにしてんの彼女?
え、え?


先ほどまでのうっ屈とした表情から一転して、佐屋嬢の顔色は真白に変化。心底戦慄している。指先も足先もかすかに震えて見える。
当然だ、というかとっとと吐き出しなさい、何をトチ狂ってやがんのさ。
なのに、その顔色には、徐々に、徐々に。
血色が、静かに灯る焔の如くポツポツと、宿っている。

「っ・・・・・・・まずい・・・・・まぁっずいっ! まずいよぉ・・・・・・」

口元はふやけてだらしなく、目線は明後日。しかし表情は、きっと俺が初めて目撃する、佐屋嬢の恍惚。
本当の充足。












「・・・・・・・・・・・・・・」


取り合えず、言葉もなかったことだけは確かである。












       

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Neetsha