「あんたがずーっと誰とも付き合わなければいいのに」
少女はそっと囁く。天井に伸ばした手は空しく虚空を撫でながらゆっくりと体の方へ戻って行く。薄暗い室内に、少女の吐いた煙草の紫煙が揺れた。
「それくらいなら、高望みでも何でもない」
感情のこもっていない、平坦な声。実際少女は無表情にベッドに横たわり、どこを見るでもなく、ただ煙草を味わっているだけ。時折窓の隙間から流れ込む冷気に身を震わせて、ベッド脇のテーブルに置いた灰皿へ灰を落としていた。今朝まではこんな気持ちじゃなかった、少女が独白する。ただその気持ちに自分でも説明が付けられず、苛立たしげに新しい煙草に火をつけては吸い、火をつけては吸いを繰り返していた。
「メール読まなきゃよかった」
昼頃、届いたメール。アドレス帳の一番めに登録した相手からのメールに、心が少し浮つきながらも急いで開く。そこに書かれていたのは意中の先輩と付き合えることになった事と、相談相手をしてやった自分への感謝の気持ち。少女は酷く落胆し、「諦めさせるつもりだったのに」と、自らの目論見の失敗に苦笑した。
その後の授業は、受ける気が起こらなくて帰ってしまった。腹立たしいような悲しいような、どうにもできないもやもやとした気持ちにため息をつきながら。夕方、そんな気持ちにしてくれた相手から体調を心配するメールが届いた。返信をしようと苦心したが、どうにも悪態をついてしまい、結局止める。何もする気が起きず、帰ってきた時の格好のままベッドに横たわった。それからずっと、煙草を吸ったりぼんやりとするだけ。
「明日あんたの顔見る勇気ないよ」
きっと嬉しそうな、幸せそうな色を残した顔で「昨日は大丈夫だった?」と聞いてくる。容易に想像できるから、余計苦しかった。酷い事を言ってしまいそうで怖かった。それでもずっとこのままなんて出来るわけがないと、少女自身が一番よくわかっていた。
最後の煙草を吸い終えると、少女はしぶしぶ立ち上がり風呂の支度をする。煙草の匂いを落とすため。それでも、部屋には煙草の煙が充満し、朝起きた頃にはまた体に染み付いてしまっているだろう。
「あー、また怒られちゃうなぁ……」
心配そうに、自分を見つめる彼女の姿が少女の目に浮かぶ。「煙草なんて吸っちゃだめだよ」と、手をしっかり握りながら。
そう言う所が好きだったけれど、所詮お友達だ、そう言い聞かせて煙草の空箱を握りつぶし、ゴミ箱に投げ捨てた。