醜すぎるアヒルの子
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死闘興行。それは地獄と呼ばれる、かの有名なヘルズゲート刑務所に入れられた囚人達が、任意で参加する闘技である。
銃器以外の武器が許され、囚人同士が殺しあう。勝てば賞金が手に入り、負ければ死を意味する。多数で登録してもいいし、単一で登録してもいい。賞金はそれによって大きく変わってくる。
客はそれを見て賭けをする。
観戦料も高いが、掛け金も凄まじい。
しかし一見の価値はある。
人の死を見ることのできる、人の生を感じることのできる、唯一の興行であるからだ。
囚人に残される道は少ない。
地獄の刑務所で死ぬか、選手として興行に出て死ぬか、または興行に出て勝つか、それしかない。もし勝ち続けることが出来れば、刑期を買い取り、自由と財をもって羽ばたくことができる。
興行はリスクを伴うが、しかし囚人にとっては又とないチャンスだと言えよう。
死と生と欲望と欲望が交錯する偉大なる興行。
それがこの…
<パンフレットより一部抜粋>
殺せ…
さぁ、敵を殺せ…
レイチェルよ、敵を殺せ…
敵を殺さねば、生きてはいけまい…
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ…
「さぁ、レイチェル 相手をころせぇ!」
メアリは叫んだ。
幾十の歓声が、ドームの中に響き渡る。全ての者たちが期待している、合法的殺人ショーを期待している。殺人をみんな嬉しがっている。楽しみに待っている。待っている!
殺せ殺せと、観客がより一層に熱を上げる!
「メアリ、でも、私は、そんなこと、したくない…」
レイチェルはメアリに乞うように言った。
「しなければ、あたし達に何の価値があるというの?」
メアリはレイチェルをいさめる。
「しなければ、ただの製糞機じゃない。あたし達は製糞機なのよ!」
ねぇ、聞いて
殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!
聞こえるでしょう? みんなあんたのエゲツナイ虐殺を楽しみにしてんのよっ!
メアリはそう言おうとしたが、なんとか飲み込んだ。
「ねぇ、レイチェル、あんたが人を殺すたびに、その脆い繊細な心を、爪で引っかかれて、痛み苦しんでいるのはよく分かる…
でもねぇ、そうしなければ、今日のパンは、そして昨日のパンは、一体どうして私とあなたの口に入ったのかしら? よく考えてみて…それは、人々を殺戮によって楽しませたから、神様からご褒美が与えられた結果でしょう?
そうよ、殺しによってあたし達が成り立っているのよ!」
う…
うおおおおおおお!
レイチェルは雄叫びを上げる。
「そうよ、レイチェル、もっと熱を入れて奮い立つのよ!相手を憎むのよ、憎んで憎んで憎むのよ!相手を憎みつくすのよ!あいつらはお前を化物だと思っている、そう想像して憎むんだ!」
うおおおおおおおおお! レイチェルは猛り狂う。
このドーム、コロセアムに登場した相手は五人、メアリの方はレイチェルと合わせて二人しかいない。
人数の上では圧倒的不利に見えるのだが、倍率はメアリ側のほうで圧勝だった。つまり、絶対に勝てる相手なのだ。今までにも勝ってきた、そんな弱い相手だ。
「殺せ、たった二人、女だけだ!なますにしろっ!」
相手の巨漢の一人が、叫び声を上げた。
「女を陵辱するんだ!ぶっ殺せ!」
ぶっ殺せぇ!!
それが烽火となった。
レイチェルは装着した巨大な鉄製の爪を翻すように、相手にたった一人、突っ込んでいった。
「いけぇぇぇぇぇぇ!レイチェル!!」
相手の巨漢含む、敵囚人達がレイチェルに襲いかかる。
レイチェルの恐ろしいスピード、巨漢の振り下ろす巨大な刃物。刃物と刃物が交錯する鋭い音がひびく。凄まじい戦闘が開始された。
馬鹿だっ!
こいつらは馬鹿なんだっ!
こんな奴らが、あのレイチェルに敵うはずがない。レイチェルは人間じゃない、化物なんだ!!
こんな奴らは、死ぬべきだっ、死ぬべきなんだっ!!レイチェルに殺されて、残酷に切り裂かれて、観客の慰め物になって消えろっ!!
メアリは心の底で叫んだ。
あたしの報酬となって、無残に死ね…
巨漢の蛮刀がレイチェルの傍らを掠めた時、男の腹はレイチェルの爪によって横に切り裂かれていた。
「ぎゃあああああああ!!」
内臓が幾つもの爪跡から飛び出して、踊り狂う。
男は泣き叫び、死に向かってもがき苦しむ!
いいぞぉ!!凄くいいぞぉ!! 観客は歓声を振り絞った。あの貴婦人でさえ、毎晩の楽しみを失った貴婦人でさえ、官能に慄いている!!
次に巨漢の顔を爪が食らいつく。ずたずたのザクロからは、果汁が迸る。レイチェルの体全身に浴びせかける。
生温かい血の雨が降りしきる。
始めからこうなる事は、目に見えていた。
巨漢はうめき声を上げながら、地に倒れこむ。その顔を、レイチェルは徹底して踏み潰す。グキョオ、という、人間の人生を表したような滑稽な音、生命の断末魔になった。
子分達は逃げ惑う。だがもう許されない、死しかない、こいつらには死しかない!
泣こうが足掻こうが喚こうが祈ろうが、もう死しか残されていない!
殺せ!レイチェル…!
相手としては、あまりにも弱すぎた。やつらは所詮ゴミに等しい相手だった。
ゴミにはゴミとしての賞金しか付けられていない。こんな奴らを幾ら殺しても、さほど儲からない。あまりにも少ない報酬。
「ねぇ、今日の報酬はたったのこれだけぇ?」
メアリは札束を指ではじいて不満を口にした。
換金所の男は笑みをこぼしながらメアリに言った。またいつもの病気がはじまった、と内心呆れながら。
「これだけって言うけどねぇ…
これだけでも安い車が買えてしまうくらい、大金だよ。大金、大金」
世の中には浮浪者があぶれ返っている。
ゴミのようにあぶれかえっている。
「まともに飯が食えねぇ奴が、多くを占めているというのにそれだけでも十分な報酬だよ…」
男は、首筋を伸ばした。
数年前に行った政策のつけが、現代の不景気に拍車をかけている。
街にはホームレスや失業者があぶれかえり、もう市民にはもう、活気さえ残ってはいない。
「政治家が企業の味方ばっかしてるからだろ。
でも選挙とかで選んでるのは、あんたら市民だ、プロレタリアだ。あんたらが悪いんだ。不景気はあんたらのせいだ!」
メアリはそう責めつつ、男に報酬の一部をこっそりと手渡す。
「ありがとう…」
「ふん、あの世間知らずの豚がもし訪ねたら、今回の報酬も、ちゃんと間違えて言っておくんだよ」
「お気の毒に…レイチェルちゃん。毎回 誤報ばかりを真実だと疑わずに…」
「なーに」
メアリは男の拳に手を重ね、顔を近づけて、
「レイチェルはマゾヒストだから、こうやってだまされるのが嬉しいのさ」
男は目線を逸らす。
「まぁ、バレねぇようにな
金は、すぐに銀行にでも振り込んだ方がいいと思うが…」
メアリは笑う。
「生札の手触りがたまんねぇのさ。
レイチェルには手渡し報酬だし、それに全額を数えるのは深夜だ」
二割をレイチェルに渡し、あとは全て鍵をかけたジュラルミンケースに入れて、睡眠薬でレイチェルを眠らせたあと、嘗めるように報酬の金額を一枚一枚丁寧に数えていく。この幸せときたら…、ドロレスのしょっぺぇ眼球を嘗める、あのロリコン野郎。
「それにしても
レイチェルちゃんによくバレないね…」
男は偽の金額証明書を一枚発行した。報酬自体が大分少なめに記載してある。レイチェルを信用させるための道具。
メアリは証明書を男の手からひったくった。
「豚は屠殺されるにも関わらず、ご主人様によくなつき、信じて疑わねぇもんだろ」
「よほど頭が悪いんだね」
「現代病だろ」
レイチェルの取分は賞金の半分と契約で決めている。
しかしいくらそれをごまかして、あたしが横領して掠め奪おうが、あいつは気づくこともない。この偽の証明書一つで簡単に信じ込んでしまう。あいつは本当にお人よしだ。甘い甘い人間のクズなんだ。奴隷だ。奴隷なんだ。
レイチェルとメアリは国が提供する、一流ホテルのロイヤルルームに宿泊していた。
勿論それは、興行によって得た報酬による賜物である。
メアリとレイチェルは共に犯罪者であり、ヘルズゲートに入れられた囚人である。
ヘルズゲート、すなわち地獄の門。
ホテルの部屋にメアリが戻ると、レイチェルは血だらけの姿で、ベランダから外を眺めていた。血が固まって、レイチェルの皮膚にこびり付いていた。
「レイチェルぅ、なにやってんのよ。 風邪、ひいちゃうよ?」
メアリは優しく声を掛ける。
「外を見てるの
地獄の刑務所が見えるでしょう…?」
「ふふん、どうしちゃったのよ、レイチェル。
そんなことは、どうだっていいじゃないのさ」
レイチェルは悲しそうな目をした。
「ううん、どうだってよくなんか、ないよ。私たちも、本当ならあそこで死ぬはずだったのだから…」
まぁ、暗い、暗い。暗いことこの上ない。その上、なんか気味悪いし。この血豚が、勝手に死んでろよ。
「なに言ってんのよ、私たちは生き延びているじゃない。
生きているだけで幸せなのに、そのことに感謝もしないで、そんな悲しいことばかり言って、駄目じゃない」
メアリは諭すように言った。
「私は、国家警察を殺した。 そして、ヘルズゲート行きが決定した。それは死刑に等しかった…
でも、そこで死ぬまで刑に服するか、興行に出るか、その二択を迫られた、そして…」
「あたしが声を掛けた」
メアリが挿む、
「あたしも、ほら、人を助けようとして、そうして人を殺してしまったから…。困ってる人を見ると、なんかもういてもたってもいられず」
ああ、寒いな、肌の下に、ゴキブリが這っているようだ…
レイチェルは何も言わなかった。そして
「あそこの海岸際に、囚人が歩いている。鉄骨を持って、汚染された海の際に…、延々と荷を運び続ける奴隷のように」
まぁ、感傷的なんだから。心で笑う。
秋じゃないのよ。
「仮に時間までに、運ぶノルマをこなせたとしても、待っているのは、劣悪なまでの、寒い鉄格子の部屋」
レイチェルは続ける、
「それに泥臭い水に、少量の肉骨粉(食事)が与えられて」
メアリは次第に苛立って、痺れをきらせてきて。そんな話は虫唾が走る。
「自業自得じゃん。
みんな希望すればこうして興行にでて、金儲けできるのにさ。それをしないのは、自分のせいじゃん」
「自己責任じゃん!!」
レイチェルは振り向いた。
「お風呂、入ってくるね」
「ああ、よく洗ってきな」
「みんな、弱い人達ばかりでしょう…」
去り際にほざいた。
なんて愚かなのかしら、レイチェルは本当に愚かな人間。今日のレイチェルの取り分を机に置いて、パーと遊び呆けたいわ。人生を楽しめないのは、その人の性格がすでにそう決まっているから。楽しめる人は、それは、あたしのような翼を持った天使だけ。それ以外は全てゴミクソなのよ。馬鹿だから、駄目なのよ。他人を利用しないから、駄目なのよ。
だって翼って、他人の人生の屍でしょ。
美しい美しい天使の翼。
銃器以外の武器が許され、囚人同士が殺しあう。勝てば賞金が手に入り、負ければ死を意味する。多数で登録してもいいし、単一で登録してもいい。賞金はそれによって大きく変わってくる。
客はそれを見て賭けをする。
観戦料も高いが、掛け金も凄まじい。
しかし一見の価値はある。
人の死を見ることのできる、人の生を感じることのできる、唯一の興行であるからだ。
囚人に残される道は少ない。
地獄の刑務所で死ぬか、選手として興行に出て死ぬか、または興行に出て勝つか、それしかない。もし勝ち続けることが出来れば、刑期を買い取り、自由と財をもって羽ばたくことができる。
興行はリスクを伴うが、しかし囚人にとっては又とないチャンスだと言えよう。
死と生と欲望と欲望が交錯する偉大なる興行。
それがこの…
<パンフレットより一部抜粋>
殺せ…
さぁ、敵を殺せ…
レイチェルよ、敵を殺せ…
敵を殺さねば、生きてはいけまい…
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ…
「さぁ、レイチェル 相手をころせぇ!」
メアリは叫んだ。
幾十の歓声が、ドームの中に響き渡る。全ての者たちが期待している、合法的殺人ショーを期待している。殺人をみんな嬉しがっている。楽しみに待っている。待っている!
殺せ殺せと、観客がより一層に熱を上げる!
「メアリ、でも、私は、そんなこと、したくない…」
レイチェルはメアリに乞うように言った。
「しなければ、あたし達に何の価値があるというの?」
メアリはレイチェルをいさめる。
「しなければ、ただの製糞機じゃない。あたし達は製糞機なのよ!」
ねぇ、聞いて
殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!
聞こえるでしょう? みんなあんたのエゲツナイ虐殺を楽しみにしてんのよっ!
メアリはそう言おうとしたが、なんとか飲み込んだ。
「ねぇ、レイチェル、あんたが人を殺すたびに、その脆い繊細な心を、爪で引っかかれて、痛み苦しんでいるのはよく分かる…
でもねぇ、そうしなければ、今日のパンは、そして昨日のパンは、一体どうして私とあなたの口に入ったのかしら? よく考えてみて…それは、人々を殺戮によって楽しませたから、神様からご褒美が与えられた結果でしょう?
そうよ、殺しによってあたし達が成り立っているのよ!」
う…
うおおおおおおお!
レイチェルは雄叫びを上げる。
「そうよ、レイチェル、もっと熱を入れて奮い立つのよ!相手を憎むのよ、憎んで憎んで憎むのよ!相手を憎みつくすのよ!あいつらはお前を化物だと思っている、そう想像して憎むんだ!」
うおおおおおおおおお! レイチェルは猛り狂う。
このドーム、コロセアムに登場した相手は五人、メアリの方はレイチェルと合わせて二人しかいない。
人数の上では圧倒的不利に見えるのだが、倍率はメアリ側のほうで圧勝だった。つまり、絶対に勝てる相手なのだ。今までにも勝ってきた、そんな弱い相手だ。
「殺せ、たった二人、女だけだ!なますにしろっ!」
相手の巨漢の一人が、叫び声を上げた。
「女を陵辱するんだ!ぶっ殺せ!」
ぶっ殺せぇ!!
それが烽火となった。
レイチェルは装着した巨大な鉄製の爪を翻すように、相手にたった一人、突っ込んでいった。
「いけぇぇぇぇぇぇ!レイチェル!!」
相手の巨漢含む、敵囚人達がレイチェルに襲いかかる。
レイチェルの恐ろしいスピード、巨漢の振り下ろす巨大な刃物。刃物と刃物が交錯する鋭い音がひびく。凄まじい戦闘が開始された。
馬鹿だっ!
こいつらは馬鹿なんだっ!
こんな奴らが、あのレイチェルに敵うはずがない。レイチェルは人間じゃない、化物なんだ!!
こんな奴らは、死ぬべきだっ、死ぬべきなんだっ!!レイチェルに殺されて、残酷に切り裂かれて、観客の慰め物になって消えろっ!!
メアリは心の底で叫んだ。
あたしの報酬となって、無残に死ね…
巨漢の蛮刀がレイチェルの傍らを掠めた時、男の腹はレイチェルの爪によって横に切り裂かれていた。
「ぎゃあああああああ!!」
内臓が幾つもの爪跡から飛び出して、踊り狂う。
男は泣き叫び、死に向かってもがき苦しむ!
いいぞぉ!!凄くいいぞぉ!! 観客は歓声を振り絞った。あの貴婦人でさえ、毎晩の楽しみを失った貴婦人でさえ、官能に慄いている!!
次に巨漢の顔を爪が食らいつく。ずたずたのザクロからは、果汁が迸る。レイチェルの体全身に浴びせかける。
生温かい血の雨が降りしきる。
始めからこうなる事は、目に見えていた。
巨漢はうめき声を上げながら、地に倒れこむ。その顔を、レイチェルは徹底して踏み潰す。グキョオ、という、人間の人生を表したような滑稽な音、生命の断末魔になった。
子分達は逃げ惑う。だがもう許されない、死しかない、こいつらには死しかない!
泣こうが足掻こうが喚こうが祈ろうが、もう死しか残されていない!
殺せ!レイチェル…!
相手としては、あまりにも弱すぎた。やつらは所詮ゴミに等しい相手だった。
ゴミにはゴミとしての賞金しか付けられていない。こんな奴らを幾ら殺しても、さほど儲からない。あまりにも少ない報酬。
「ねぇ、今日の報酬はたったのこれだけぇ?」
メアリは札束を指ではじいて不満を口にした。
換金所の男は笑みをこぼしながらメアリに言った。またいつもの病気がはじまった、と内心呆れながら。
「これだけって言うけどねぇ…
これだけでも安い車が買えてしまうくらい、大金だよ。大金、大金」
世の中には浮浪者があぶれ返っている。
ゴミのようにあぶれかえっている。
「まともに飯が食えねぇ奴が、多くを占めているというのにそれだけでも十分な報酬だよ…」
男は、首筋を伸ばした。
数年前に行った政策のつけが、現代の不景気に拍車をかけている。
街にはホームレスや失業者があぶれかえり、もう市民にはもう、活気さえ残ってはいない。
「政治家が企業の味方ばっかしてるからだろ。
でも選挙とかで選んでるのは、あんたら市民だ、プロレタリアだ。あんたらが悪いんだ。不景気はあんたらのせいだ!」
メアリはそう責めつつ、男に報酬の一部をこっそりと手渡す。
「ありがとう…」
「ふん、あの世間知らずの豚がもし訪ねたら、今回の報酬も、ちゃんと間違えて言っておくんだよ」
「お気の毒に…レイチェルちゃん。毎回 誤報ばかりを真実だと疑わずに…」
「なーに」
メアリは男の拳に手を重ね、顔を近づけて、
「レイチェルはマゾヒストだから、こうやってだまされるのが嬉しいのさ」
男は目線を逸らす。
「まぁ、バレねぇようにな
金は、すぐに銀行にでも振り込んだ方がいいと思うが…」
メアリは笑う。
「生札の手触りがたまんねぇのさ。
レイチェルには手渡し報酬だし、それに全額を数えるのは深夜だ」
二割をレイチェルに渡し、あとは全て鍵をかけたジュラルミンケースに入れて、睡眠薬でレイチェルを眠らせたあと、嘗めるように報酬の金額を一枚一枚丁寧に数えていく。この幸せときたら…、ドロレスのしょっぺぇ眼球を嘗める、あのロリコン野郎。
「それにしても
レイチェルちゃんによくバレないね…」
男は偽の金額証明書を一枚発行した。報酬自体が大分少なめに記載してある。レイチェルを信用させるための道具。
メアリは証明書を男の手からひったくった。
「豚は屠殺されるにも関わらず、ご主人様によくなつき、信じて疑わねぇもんだろ」
「よほど頭が悪いんだね」
「現代病だろ」
レイチェルの取分は賞金の半分と契約で決めている。
しかしいくらそれをごまかして、あたしが横領して掠め奪おうが、あいつは気づくこともない。この偽の証明書一つで簡単に信じ込んでしまう。あいつは本当にお人よしだ。甘い甘い人間のクズなんだ。奴隷だ。奴隷なんだ。
レイチェルとメアリは国が提供する、一流ホテルのロイヤルルームに宿泊していた。
勿論それは、興行によって得た報酬による賜物である。
メアリとレイチェルは共に犯罪者であり、ヘルズゲートに入れられた囚人である。
ヘルズゲート、すなわち地獄の門。
ホテルの部屋にメアリが戻ると、レイチェルは血だらけの姿で、ベランダから外を眺めていた。血が固まって、レイチェルの皮膚にこびり付いていた。
「レイチェルぅ、なにやってんのよ。 風邪、ひいちゃうよ?」
メアリは優しく声を掛ける。
「外を見てるの
地獄の刑務所が見えるでしょう…?」
「ふふん、どうしちゃったのよ、レイチェル。
そんなことは、どうだっていいじゃないのさ」
レイチェルは悲しそうな目をした。
「ううん、どうだってよくなんか、ないよ。私たちも、本当ならあそこで死ぬはずだったのだから…」
まぁ、暗い、暗い。暗いことこの上ない。その上、なんか気味悪いし。この血豚が、勝手に死んでろよ。
「なに言ってんのよ、私たちは生き延びているじゃない。
生きているだけで幸せなのに、そのことに感謝もしないで、そんな悲しいことばかり言って、駄目じゃない」
メアリは諭すように言った。
「私は、国家警察を殺した。 そして、ヘルズゲート行きが決定した。それは死刑に等しかった…
でも、そこで死ぬまで刑に服するか、興行に出るか、その二択を迫られた、そして…」
「あたしが声を掛けた」
メアリが挿む、
「あたしも、ほら、人を助けようとして、そうして人を殺してしまったから…。困ってる人を見ると、なんかもういてもたってもいられず」
ああ、寒いな、肌の下に、ゴキブリが這っているようだ…
レイチェルは何も言わなかった。そして
「あそこの海岸際に、囚人が歩いている。鉄骨を持って、汚染された海の際に…、延々と荷を運び続ける奴隷のように」
まぁ、感傷的なんだから。心で笑う。
秋じゃないのよ。
「仮に時間までに、運ぶノルマをこなせたとしても、待っているのは、劣悪なまでの、寒い鉄格子の部屋」
レイチェルは続ける、
「それに泥臭い水に、少量の肉骨粉(食事)が与えられて」
メアリは次第に苛立って、痺れをきらせてきて。そんな話は虫唾が走る。
「自業自得じゃん。
みんな希望すればこうして興行にでて、金儲けできるのにさ。それをしないのは、自分のせいじゃん」
「自己責任じゃん!!」
レイチェルは振り向いた。
「お風呂、入ってくるね」
「ああ、よく洗ってきな」
「みんな、弱い人達ばかりでしょう…」
去り際にほざいた。
なんて愚かなのかしら、レイチェルは本当に愚かな人間。今日のレイチェルの取り分を机に置いて、パーと遊び呆けたいわ。人生を楽しめないのは、その人の性格がすでにそう決まっているから。楽しめる人は、それは、あたしのような翼を持った天使だけ。それ以外は全てゴミクソなのよ。馬鹿だから、駄目なのよ。他人を利用しないから、駄目なのよ。
だって翼って、他人の人生の屍でしょ。
美しい美しい天使の翼。
血の匂いは、皮膚に染み込んだ血の匂いは、それは自身に背負わされた十字架だ。人を殺戮して、血が皮膚に染み渡って、体中が臭くて仕方が無い。
十字架を背負って生かされているんだ。
レイチェルは自身に染み付いた血の匂いに嘔吐をおぼえる。あの錆と毒が混ざったような鉄の悪臭に嫌悪をおぼえる。
地獄なんだ、ヘルズゲートを抜けても結局地獄なんだ。この世は全て地獄なんだ。いや、地獄がすなわちこの世なのかもしれない。我々は既に地獄に落ちて、その地獄がこの世界なのかもしれない。
もしかしたら、しかし、この血の匂いはもしかしたら、自分の体臭なのだろうか。血を浴びたから血の匂いがするのではなくて、本来の自分の匂いが、始めからこんなにも臭いのかもしれない。だとすれば、自分は腐った生ゴミに等しいのかもしれない。腐って唾棄されるべき生ゴミ。腐った野菜。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
レイチェルは喘ぎ声を上げた。
金タワシで全身を擦っているのだ。血の匂いを削り取ろうと、忌まわしき身体をこすっているのだ。
「いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ」
あちこち皮膚がやぶけ、リンパ液と薄く血が滲んで、ヌメヌメと光を反射する。血の匂いがまた一層強くなり、気持ちが悪くなる。自分の身体はこんなにも臭いものなんだ。
自分は、デモに関与し国家警察を殺し、ヘルズゲート行きが決定した。
ヘルズゲート行きは本来、第一級犯罪者に対して行われる処罰である。死刑が廃止され、変わりにヘルズゲートが設立されたのだ。
朝六時に起床し、肉骨粉(豚共の餌)と水が与えられ、七時から労働がはじまる。鋼材などを片道十キロの道のりを歩き、運んでゆかなければなければならない。それを一日で三往復するのがノルマである。鋼材の重さが相当なものだから、大抵は体がもたない。
夏は猛暑、冬は酷冷、汚染された海からは吐気を催す悪臭が立ち、休憩は昼食(肉骨粉)の一回きり。もしノルマがこなせなければ残業をし、定期的に見張りが車に乗ってやってきては鞭を振るう。
ヘルズゲートに送られたものは、一年ともたない…死の奴隷…
レイチェルは堅牢な肉体によって、七ヶ月は耐えていた。だがそのレイチェルさえ朽ちようとし始めたとき、メアリが声を掛けた。
ねぇ、あなた、可哀想に… 私が地獄から子犬のように拾ってあげる。
手続きをすれば、興行、コロセアムに誰でも参加できる。ヘルズゲートの狙いはむしろそれであり、だからこそ過酷な労働が付きまとう。近年ヘルズゲート行きの敷居が広くなったのも、その為である。少しで多くの参加者が欲しいのだ。
だが大抵の参加者は興行によって命を落とす。ほとんど生き残らない。報酬を手に幸せを掴むのは一部でしかない。マスコミは盛んに勝者ばかりにライトを浴びせ、多くの敗者を影においやる。その結果、死の現実をぼやかしている。ただし報酬は莫大で、強ければ本当に山を築ける。その金で、刑期を買い取ることができるのである。
レイチェルは現在、刑期を買い取るために戦っているのだが、本来ならすっかりその金額は満たされていて、シャバで幸せを掴める。
メアリの口が滑らか、というのもあるが、レイチェルのあまりにもなお人好しの性格と愚直さとが、その矛盾に目を向けさせない。本当は気づいているのかもしれないが、目を向けようとしていない。だから、ずっと戦い続けなければならない宿命に陥っている。人生が狂っている。
レイチェルは十字架を背負う、地獄の囚人だ。愚かで馬鹿という十字架を背負った、死の奴隷だ。人間のクズだ。人間のクズだ。
そうだ、レイチェルは人間のクズなんだ。
十字架を背負って生かされているんだ。
レイチェルは自身に染み付いた血の匂いに嘔吐をおぼえる。あの錆と毒が混ざったような鉄の悪臭に嫌悪をおぼえる。
地獄なんだ、ヘルズゲートを抜けても結局地獄なんだ。この世は全て地獄なんだ。いや、地獄がすなわちこの世なのかもしれない。我々は既に地獄に落ちて、その地獄がこの世界なのかもしれない。
もしかしたら、しかし、この血の匂いはもしかしたら、自分の体臭なのだろうか。血を浴びたから血の匂いがするのではなくて、本来の自分の匂いが、始めからこんなにも臭いのかもしれない。だとすれば、自分は腐った生ゴミに等しいのかもしれない。腐って唾棄されるべき生ゴミ。腐った野菜。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
レイチェルは喘ぎ声を上げた。
金タワシで全身を擦っているのだ。血の匂いを削り取ろうと、忌まわしき身体をこすっているのだ。
「いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ」
あちこち皮膚がやぶけ、リンパ液と薄く血が滲んで、ヌメヌメと光を反射する。血の匂いがまた一層強くなり、気持ちが悪くなる。自分の身体はこんなにも臭いものなんだ。
自分は、デモに関与し国家警察を殺し、ヘルズゲート行きが決定した。
ヘルズゲート行きは本来、第一級犯罪者に対して行われる処罰である。死刑が廃止され、変わりにヘルズゲートが設立されたのだ。
朝六時に起床し、肉骨粉(豚共の餌)と水が与えられ、七時から労働がはじまる。鋼材などを片道十キロの道のりを歩き、運んでゆかなければなければならない。それを一日で三往復するのがノルマである。鋼材の重さが相当なものだから、大抵は体がもたない。
夏は猛暑、冬は酷冷、汚染された海からは吐気を催す悪臭が立ち、休憩は昼食(肉骨粉)の一回きり。もしノルマがこなせなければ残業をし、定期的に見張りが車に乗ってやってきては鞭を振るう。
ヘルズゲートに送られたものは、一年ともたない…死の奴隷…
レイチェルは堅牢な肉体によって、七ヶ月は耐えていた。だがそのレイチェルさえ朽ちようとし始めたとき、メアリが声を掛けた。
ねぇ、あなた、可哀想に… 私が地獄から子犬のように拾ってあげる。
手続きをすれば、興行、コロセアムに誰でも参加できる。ヘルズゲートの狙いはむしろそれであり、だからこそ過酷な労働が付きまとう。近年ヘルズゲート行きの敷居が広くなったのも、その為である。少しで多くの参加者が欲しいのだ。
だが大抵の参加者は興行によって命を落とす。ほとんど生き残らない。報酬を手に幸せを掴むのは一部でしかない。マスコミは盛んに勝者ばかりにライトを浴びせ、多くの敗者を影においやる。その結果、死の現実をぼやかしている。ただし報酬は莫大で、強ければ本当に山を築ける。その金で、刑期を買い取ることができるのである。
レイチェルは現在、刑期を買い取るために戦っているのだが、本来ならすっかりその金額は満たされていて、シャバで幸せを掴める。
メアリの口が滑らか、というのもあるが、レイチェルのあまりにもなお人好しの性格と愚直さとが、その矛盾に目を向けさせない。本当は気づいているのかもしれないが、目を向けようとしていない。だから、ずっと戦い続けなければならない宿命に陥っている。人生が狂っている。
レイチェルは十字架を背負う、地獄の囚人だ。愚かで馬鹿という十字架を背負った、死の奴隷だ。人間のクズだ。人間のクズだ。
そうだ、レイチェルは人間のクズなんだ。
そうだ、レイチェルは人間のクズなんだ。
メアリの方は闘技場の応援席で殺し合いを眺めていた。
二人の囚人が刃物を手に殺しあっている。観客はそれを眺めて野次を飛ばしている。
おい!!もっと残酷に殺しあうんだ!!なんてつまらない試合だ!!お前らは我々の金で生かされている犬畜生なんだ!!ころせ!!ころせ!!ころせぇ!!
二人とも極悪そうなツラはしていない。カタギの一般市民という風体だ。
ヘルズゲートの口は大きくなったから、きっとつまらない犯罪(生活などに困り)を犯し送られてきたのだろう。
この熱狂はフランスのギロチンの再来だ!と思う。死という悦楽に全ての観客は魅せられている。死は残酷で芸術的で美しいから、魅せられてもそれは仕方ない。
二人の囚人は屁っ放り腰で、与えられた剣を振り回しては、恐れおののき引き下がり、また自分が傷つかずに相手だけを傷つけようと振り回す。少しでも自分に傷がつくと、あひひゃあああああああああ、などと喚き、泣きながら後ろに下がる。観客はそれを見て怒っている。人間のゴミだと怒っている。殺されてもいいから殺せと怒っている。
このコロセアムでは、銃火器以外の武器は認められている。選手が少なくなると、人対人の代わりとして、一方に猛獣が用いられる場合もある。だがそれはあまり面白くない。人間がライオンに殺されて内臓を貪り食われるのは妙味だが、ライオンが人間に殺されたとしてもなんの趣も感じられない。不感症さながら臭汚い唾液が出てこない。
あんな連中くらいなら…レイチェルだったら一瞬で肉塊にさばいてしまうだろうに。そして内臓や脳みそや目玉を飛び散らせて、人間ではないような死にかたをして、面白おかしくみんなを楽しませてくれるだろうに。面白おかしく。
そうだ、レイチェルは人間ではないんだ。醜悪な怪物なんだ。鬼女なんだ。化物なんだ。
レイチェルは、本当に醜悪な化物なんだ!!!
過去、独裁国家の一つに、戦争兵器として優生学やバイオ遺伝子操作、ありとあらゆる研究がなされていた。そして、不可能とされた人間とチーターの組合わせが成功していた。
知能は人間、肉体的能力はチーターをほこるものが誕生していたのである。
人間でもそうだが、血が薄くなれば薄くなるほど、ハーフのように強く美しい子供が生まれやすくなる。正しい神の意思によって。
人間とチーター、血は明らかに異質なもの。大きく薄まりすぎた。結果、壮絶な亜種が誕生した。見栄えは研究の成果によりほとんど人間だったが、中身は全然違っていた。強すぎた。ありえない組合せは化学反応を起こし、亜人という神の兵器を完成させた。
卍の兵士率いる国が、本来ならあっという間に占領され敗北していたはずだったにも関わらず、粘りに粘れたのはこの亜種によるおかげだと考えられる。最終的には亜人達はあの極寒の地で、ナパームによって骨の髄まで温熱され、全員この世から消え失せ、ハイルは自殺、素晴らしき演説に幕がおりた。敗戦。 と、されているのだが。
そうして時間の中で、亜人は歴史の中で戦車部隊と取って代わり、闇に葬られるはずだったのだ・・・
しかし終戦から数年後、大きく隔てた大国のスラムに、奇異な子供が現れ出した。異常なまでの身体能力を持った子供が、たびたびに現れた。だが犯罪の極楽に紛れ、すぐに影を潜めた。森の中に隠された数本の木のように何事もなかったかのように。
亜人は知能が高く、警戒心が強い。すぐに姿を暗ませてしまうのである。
だがある時、国家警察と市民デモ隊が衝突するという出来事がおこった。
警察は銃器を使用して沈静をはじめ、金(価値)のないゴミ共の虐殺をはじめた。価値がないから、殺しても構わない。報道によってデモ隊を悪くすれば、それで済むんだ、と。
デモ隊は鳥のように的にされ、数千人という人間が唾棄すべき玩具として壊された。
だが、予想外に警察隊にも八百数人の死亡者が出ていた。
武器を持たぬ市民が、なぜそこまで鍛え抜かれた国家警察を殺すことができたのか、不気味であった。報道ではデモ隊も武装していたことになっている。そして卑劣で矮小なデモ隊が、小汚い奇襲をかけて国家警察を陥れたのだと報道された。解決の糸口はそうすることで円滑に治まる。納得がいく。理屈に適う。
大量に検挙される男たちの映像に、一人だけ少女が混ざる。
レイチェル
そう、あの化物。あの化物が俯いて…
コロセアムの歓声が熱を上げる。
メアリははっと視線を戻す。
一人の男がついに一人の男の肉体を切り裂き、相手を押し倒し、そのまま馬乗り、滅多ざしにしている。
馬乗りにされた男の顔が醜形な踏み潰されたトマトのようになり、それはもう人間の顔ではなかった。
それでも男は手を止めていない。刺し続ける。泣きながらやめない。震えながら怯えながらやめない。狂いながらやめない。
脳と血がジュースのように、劣悪なストロベリーシェイクになっても、もう全然やめない。
観客はみんな喜んでいる。 凄い愉悦だ!興奮的だ!とても興奮的だぞ!
メアリも野次を飛ばした。 いいぞぉ!芸術的だぞぉ!クリムトの絵画より芸術的だぞぉ!
レイチェルの掛金は現在上がりすぎている。対戦相手が中々見つからない。勝ちすぎている。化物だから勝ちすぎている。内心ではひっかかっている。 さぁ、どうしましょ?
お~、お~、お~、お~、お~、お~、お~
ついに審判が止めに入る。
勝利を手に男は笑っていた。本当に嬉しそうに喜んでいた。
やったぞおおおおおおお! 感涙して両手を挙げて賞賛を浴びて射精するくらい、エクスタシーだった。勝ったんだ、勝ったんだ、勝ったんだ!これで生きることができる。人殺しはなんて楽しいんだ!!エドヴァルドの絵画より、これが本当の死の喜びだ!! 現実という事実という達成感だ!!金が手に入る!!人を殺したから金が手に入る!!こんな一杯血を浴びて、勲章だな!!みんな、俺をもっと応援してくれ、讃えてくれ褒めてくれ。
男は顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。
この男もどうせすぐに殺される。ぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃに。その間だけ、ホテルで幸せな自己愛(マスターベーション)に浸れるぜぇ、 おめでとう!! メアリは盛大な拍手を送った。
ナレーションの声、
「さぁ、次の対戦相手はぁ!!」
そろそろ戻るかねぇ。
メアリは席をあとにした。
「待望の有望新人、特殊最強陸軍、元フォビズム機兵隊の…」
メアリは購買でクリームを購入して、エレベーターのボタンを押した。
メアリの方は闘技場の応援席で殺し合いを眺めていた。
二人の囚人が刃物を手に殺しあっている。観客はそれを眺めて野次を飛ばしている。
おい!!もっと残酷に殺しあうんだ!!なんてつまらない試合だ!!お前らは我々の金で生かされている犬畜生なんだ!!ころせ!!ころせ!!ころせぇ!!
二人とも極悪そうなツラはしていない。カタギの一般市民という風体だ。
ヘルズゲートの口は大きくなったから、きっとつまらない犯罪(生活などに困り)を犯し送られてきたのだろう。
この熱狂はフランスのギロチンの再来だ!と思う。死という悦楽に全ての観客は魅せられている。死は残酷で芸術的で美しいから、魅せられてもそれは仕方ない。
二人の囚人は屁っ放り腰で、与えられた剣を振り回しては、恐れおののき引き下がり、また自分が傷つかずに相手だけを傷つけようと振り回す。少しでも自分に傷がつくと、あひひゃあああああああああ、などと喚き、泣きながら後ろに下がる。観客はそれを見て怒っている。人間のゴミだと怒っている。殺されてもいいから殺せと怒っている。
このコロセアムでは、銃火器以外の武器は認められている。選手が少なくなると、人対人の代わりとして、一方に猛獣が用いられる場合もある。だがそれはあまり面白くない。人間がライオンに殺されて内臓を貪り食われるのは妙味だが、ライオンが人間に殺されたとしてもなんの趣も感じられない。不感症さながら臭汚い唾液が出てこない。
あんな連中くらいなら…レイチェルだったら一瞬で肉塊にさばいてしまうだろうに。そして内臓や脳みそや目玉を飛び散らせて、人間ではないような死にかたをして、面白おかしくみんなを楽しませてくれるだろうに。面白おかしく。
そうだ、レイチェルは人間ではないんだ。醜悪な怪物なんだ。鬼女なんだ。化物なんだ。
レイチェルは、本当に醜悪な化物なんだ!!!
過去、独裁国家の一つに、戦争兵器として優生学やバイオ遺伝子操作、ありとあらゆる研究がなされていた。そして、不可能とされた人間とチーターの組合わせが成功していた。
知能は人間、肉体的能力はチーターをほこるものが誕生していたのである。
人間でもそうだが、血が薄くなれば薄くなるほど、ハーフのように強く美しい子供が生まれやすくなる。正しい神の意思によって。
人間とチーター、血は明らかに異質なもの。大きく薄まりすぎた。結果、壮絶な亜種が誕生した。見栄えは研究の成果によりほとんど人間だったが、中身は全然違っていた。強すぎた。ありえない組合せは化学反応を起こし、亜人という神の兵器を完成させた。
卍の兵士率いる国が、本来ならあっという間に占領され敗北していたはずだったにも関わらず、粘りに粘れたのはこの亜種によるおかげだと考えられる。最終的には亜人達はあの極寒の地で、ナパームによって骨の髄まで温熱され、全員この世から消え失せ、ハイルは自殺、素晴らしき演説に幕がおりた。敗戦。 と、されているのだが。
そうして時間の中で、亜人は歴史の中で戦車部隊と取って代わり、闇に葬られるはずだったのだ・・・
しかし終戦から数年後、大きく隔てた大国のスラムに、奇異な子供が現れ出した。異常なまでの身体能力を持った子供が、たびたびに現れた。だが犯罪の極楽に紛れ、すぐに影を潜めた。森の中に隠された数本の木のように何事もなかったかのように。
亜人は知能が高く、警戒心が強い。すぐに姿を暗ませてしまうのである。
だがある時、国家警察と市民デモ隊が衝突するという出来事がおこった。
警察は銃器を使用して沈静をはじめ、金(価値)のないゴミ共の虐殺をはじめた。価値がないから、殺しても構わない。報道によってデモ隊を悪くすれば、それで済むんだ、と。
デモ隊は鳥のように的にされ、数千人という人間が唾棄すべき玩具として壊された。
だが、予想外に警察隊にも八百数人の死亡者が出ていた。
武器を持たぬ市民が、なぜそこまで鍛え抜かれた国家警察を殺すことができたのか、不気味であった。報道ではデモ隊も武装していたことになっている。そして卑劣で矮小なデモ隊が、小汚い奇襲をかけて国家警察を陥れたのだと報道された。解決の糸口はそうすることで円滑に治まる。納得がいく。理屈に適う。
大量に検挙される男たちの映像に、一人だけ少女が混ざる。
レイチェル
そう、あの化物。あの化物が俯いて…
コロセアムの歓声が熱を上げる。
メアリははっと視線を戻す。
一人の男がついに一人の男の肉体を切り裂き、相手を押し倒し、そのまま馬乗り、滅多ざしにしている。
馬乗りにされた男の顔が醜形な踏み潰されたトマトのようになり、それはもう人間の顔ではなかった。
それでも男は手を止めていない。刺し続ける。泣きながらやめない。震えながら怯えながらやめない。狂いながらやめない。
脳と血がジュースのように、劣悪なストロベリーシェイクになっても、もう全然やめない。
観客はみんな喜んでいる。 凄い愉悦だ!興奮的だ!とても興奮的だぞ!
メアリも野次を飛ばした。 いいぞぉ!芸術的だぞぉ!クリムトの絵画より芸術的だぞぉ!
レイチェルの掛金は現在上がりすぎている。対戦相手が中々見つからない。勝ちすぎている。化物だから勝ちすぎている。内心ではひっかかっている。 さぁ、どうしましょ?
お~、お~、お~、お~、お~、お~、お~
ついに審判が止めに入る。
勝利を手に男は笑っていた。本当に嬉しそうに喜んでいた。
やったぞおおおおおおお! 感涙して両手を挙げて賞賛を浴びて射精するくらい、エクスタシーだった。勝ったんだ、勝ったんだ、勝ったんだ!これで生きることができる。人殺しはなんて楽しいんだ!!エドヴァルドの絵画より、これが本当の死の喜びだ!! 現実という事実という達成感だ!!金が手に入る!!人を殺したから金が手に入る!!こんな一杯血を浴びて、勲章だな!!みんな、俺をもっと応援してくれ、讃えてくれ褒めてくれ。
男は顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。
この男もどうせすぐに殺される。ぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃに。その間だけ、ホテルで幸せな自己愛(マスターベーション)に浸れるぜぇ、 おめでとう!! メアリは盛大な拍手を送った。
ナレーションの声、
「さぁ、次の対戦相手はぁ!!」
そろそろ戻るかねぇ。
メアリは席をあとにした。
「待望の有望新人、特殊最強陸軍、元フォビズム機兵隊の…」
メアリは購買でクリームを購入して、エレベーターのボタンを押した。