Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
関所にて

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 交通の要である関所の駐在騎士たちが全滅しているこの状況に、ラドルフ達は絶句していた。異様な光景だった。何人かは、まるで体が爆発したようになって死んでいる。コトダマ使いによって殺されたのは間違いないだろう。見たところ血は乾ききっているためついさっきの出来事というわけではないようだ。死体がそこまで腐敗していないことを考えると、1日経っているかいないかというところだろうか。そのあまりの光景にミハエルは嘔吐した。死体を見ることに慣れていないミハエルにとって、この光景はあまりにもむごすぎた。数多くの戦場を渡り歩き、こういったものに耐性のついたラドルフでさえ嫌悪感があった。
 だが、いつまでもこうしてはいられないだろう。近くの町でこの惨状を報告しに行かねば、後々厄介なことになるかもしれない。このことを国に知らせ無かったことがばれたら国家反逆罪、下手をしたら犯人にされてしまう可能性だってある。妙な誤解を受ける前に行動を起こさなくてはならない。
「歩けるか、ミハエル?」
 ラドルフはそっとミハエルの肩に手を置こうとした。
「動くな!!」
 後ろから響く大きな声にラドルフは反射的に戦闘態勢を取ってしまった。
「貴様が関所の連中を殺したのか!!」
 騎士の小隊長であろう人物が怒鳴り散らした。数は30前後、3個分隊の集まった小隊といったところだろうか、やたら弓兵の割合が多い気もする。戦闘特化のコトダマ使いを排除するための人数としてはやや心もとない人数だ。
「貴様!一般人を人質にするつもりか!!」
「は?」
 おそらくミハエルのことなのだろう。さっき以上に憤慨する騎士にラドルフは腹が立ってきた。
「ふざけんな!こいつは俺の雇い主だ!!」
「戯言を…。そのような言い逃れが通ると思うなよ!ノア殿、お願いします!」
「なにが戯言だ!この無能…」
「薄汚い罪人が…黙りなさい」
「――ッ!!」
 急に声が出なくなる。どこかで聞いたことのある声に、ラドルフは目を見開いて驚いた。
(この人を見下したような声は…!)
 そう彼女は、禍紅石を奪った強盗どもを操って店の外に引きずりだしたコトダマ使いである。
「ああ、あと動いてもだめよ。面倒だし」
 ラドルフは体ピクリとも動かせなくなった。それを見た騎士どもが弓を構える。
(ちょ…!声も出せずに、からだも動かせない状態ってことは言い訳もできずに殺されちまうじゃねーか!!)
 ラドルフの頭の中で死のイメージが広がっていこうとしたその時に、ミハエルが叫んだ。
「待って…下さい!この人が…言っていた…こと…は本当です」
 まだ完全に嘔吐感が抜けていないのか、とぎれとぎれに話すミハエル。流石の騎士たちも、そんな状態で庇おうとするミハエルの様子を見て、弓を引くのをためらった。
「ゲロ男、それは本当?正直に言いなさい」
「本当…です」
 そう聞いたノアと呼ばれるコトダマ使いは、くるりと振り返って小隊長らしき男に話しかけた。
「ねえ、もういい?意味ないみたいですし」
 心の底からしんどそうに言うノアの姿を見て、前見たときの冷たく、見下したような女のイメージがラドルフの中で一気に変わった。ただのの面倒くさがりだろう。
「むう、そうですな。では護衛のものを付けるので先に帰っていてもらえますか?」
「ええ、わかりました。もういいわよそこの傭兵さん」
 そう言われた瞬間、ラドルフの体は自由に動かせるようになった。声も出るようだ。
「早とちりして申し訳ない。怪我とかは大丈夫かね?」
 この言葉にラドルフは小隊長の男に掴みかかった。
「ふざけんな!早とちりで殺されてたまるか!!」
「す…すまない。最近こういった無差別な襲撃事件が多くて少しカリカリしていたんだ」
「そんなもん知ったことか!」
 今にも殴りだそうとしているラドルフに剣先がつきつけられる。
「そのくらいにしてもらおうか」
 凛とした声が響く。身分の高そうな、明らかに一般の兵士とは違う雰囲気を持った若い男が睨みつけている。
「こちらにも非があったことは認めよう。しかし、それ以上隊長に無礼を働くようなら…!」
 ラドルフは軽く舌打ちをして小隊長殿を解放した。かわりに若い男を睨みつける。
「何様だ!くそったれが!!」
「少なくとも、ノア殿の罪人というキーワードに反応する者に対して、名乗る名など無いな」
 ラドルフは気おされて黙り込んでしまう。
「所詮は薄汚い傭兵か、言い返せもしないとは誇りすらないのか?生きやすいものだな。うらやましいよ」
 そう笑いながら、その男は俯いたラドルフの横を通り過ぎていった。誇りという言葉に、ラドルフの怒りは急速に冷めてゆく。
 ――誇り?
 ――そんなもの何の役に立つ?
 ――そんなことをほざくことができるのは
 ――生きることに余裕がある連中だけだ。
 ラドルフは顔を上げた。一度怒りで沸騰していた頭は、今では嘘のように冷静で冴えわたっている。そう、ここで騎士どもといさかいを起こしても、何の得もありはしない。あのノアというコトダマ使いが近くに来ている以上、隠し事は効かない。隠していることをすべて話せ、と言われればアウトだろう。ひとまずここから不自然にならないように離れなくてはいけない。
「大丈夫ですか?」
 ミハエルが近寄ってくる。まだ足取りが危ない感じだ。
「ああ、すまない大丈夫だ。そっちこそ平気か?」
「ええ…。なんとか」
 これはここを離れて、死臭のしない場所へ連れて行った方がよさそうだ。ミハエルには悪いが、都合はいい。
「悪いが俺の依頼主がこの様なんでな。もう行っていいか?」
 小隊長殿に訪ねたが、随分おびえていらっしゃる。さっきのでビビってしまったのだろうか?かわりにさっきの若い男が答える。
「さっさと失せろ。居ても邪魔なだけだ」
 勝ち誇った言い方に思うところはあったラドルフだが、男と目を合わさずに荷馬車に乗り込むことにした。ミハエルは荷台で休ませ手綱はラドルフが握った。急ぐ心を押さえてラドルフ達は関所を後にした。

     

 予想外の出来事だった。所属不明のコトダマ使いが村を襲っているとは聞いていたが、まさか国が管理している関所を襲撃するとは思いもよらなかった。認識が甘かった。そのせいで騎士共に顔まで覚えられてしまった。何か対策を立てなければ取り返しがつかないことになりかねない。ミハエルには悪いがさっさと割り切ってもらわなくてはならない。
 あの関所を通過して30分、いまだに俯いたままのミハエルにラドルフは話しかけた。
「あんまりああいった死をまっすぐに見ない方がいい」
 その言葉にミハエルは顔を上げ、ラドルフを見る。
「ああいった死?」
「自分とはまったく関係のない者の死だよ。あそこで見て考えるべきことは、どうしたら自分がこうならないかの対策のみだ。死んだ連中の痛みや苦しみを理解してやることじゃない」
「そう…かもしれません、ですが…!」
「考えてもみろ。お前ら商人だって、大きな負債を抱えて夢破れた奴らなんていくらでも見てきただろう?そしてこれからもそういう奴らを見ることになるだろう。いちいち同情してたらキリがないぞ。それを見てすべきことは我が身を振り返り、同じようにならないよう気をつけることだけじゃないのか?」
 ミハエルはそれが正しいことは理解していた。しかし、それでも必死に食い下がった。
「ですがお金と命では全然違いますよ!商人たちの破産と、兵士たちの…人間の死では…!!」
「違わないな。奪われるものが変わっただけで、状況は全く同じだ」
 語気が強くなってきたので、ラドルフは一度大きく息を吐いて落ち着こうとした。
「俺のような傭兵も騎士たちも命を奪ったり、奪われることが仕事だ。商人たちはそれが金に変わっただけだろう?これを割りきっておかないと、いつか…奪われることになるぞ」
 ミハエルは無理やり自分の背筋をまっすぐに直して、目を細めながら空を見上げた。
「そう…ですね」
「なら今やるべきことを考えようや」
「とりあえず、情報が欲しいですね。このまま無闇に進んでまたあんな現場に、最悪襲撃しているところにバッタリ遭遇なんてことだけは避けないと」
「ふむ、それでどこに向かう?」
「ここから半日もしない所に町があります、そこで情報を集めましょう」
「関所から一番近い町か…大丈夫なのか?」
「関所が襲われてまだそんなに経っていませんから、警備は十分でしょう。なにより近くにさっきのノアというコトダマ使いがいるなら向こうも手を出しにくいでしょうし」
 ラドルフとしては、あのコトダマ使いからはできるだけ距離を取りたかったがこの際仕方ないだろう。情報収集が最優先だ。二人は進路をややずらしその街へ向かうことにした。
「この所属不明のコトダマ使いって、やっぱりキサラギ共和国のテロなんですかね?」
「襲われている場所全てに軍事的な意味があるかどうかにもよるが…。まあどちらにせよ今頃国の中枢は対応に大忙しってところだろうな」
「最悪、また戦争になるんですかね?」
「停戦から3年、互いに国力も回復してる頃合いだしな」
「また地震による大災害で両国ともに戦争続行不可能になんてならないでしょうしねぇ」
 そう3年前、クレスト皇国とキサラギ共和国をまたいだ大地震があった。主戦場は壊滅。農作物にも多大な被害が出て戦争どころではなくなったのだ。もともとこの2つの国の争う理由は、宗教的な要因によるところが大きい。相手を打倒したところで得られるものは信仰心が満たされるのみである。信仰心が満たされて死んでいける民たちは、ある意味幸福なのかもしれないが、支配者層の連中は当然そんなことを望んではいない。信仰は所詮下々を制御するための手段であり、求めるものは富と権力なのだから無理をして国が滅びることだは避けなくてはならない。故に互いに停戦条約を結び宗教国家ミラージュの仲介と支援もあって今の平和が保たれているのである。
「さて、これからどうなるのかねぇ」
 そうつぶやくラドルフの心の中では、後悔と不安が渦巻いていた。

       

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