Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
彼であるが故に

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 ガルのおかげで襲撃者達は全滅した。
 コトダマ使い同士の戦い。数多くの戦場を渡り歩いてきたラドルフでも、あれだけ戦闘に特化した特性を持つコトダマ使い同士の戦いはこれまで遠巻きに1回見ただけだった。2回目である今回は、まさに自分がその戦いの当事者の一人として関わってしまった。そして、そのうちの一人をラドルフは手にかけてしまった。味方であるはずのガルを…。仕方がなかった、と言ってしまえばそれまでだがそれで割り切れるほどラドルフは冷徹な男ではない。傭兵としては失格なのかもしれない。彼の師ならば何ら動揺せずに、生き残った街の住民達の警護をしただろう。しかし、それでもラドルフは彼自身の意思で、二人の死に対して深く悲しみを抱いた…。
 襲撃によって住民の数は半減してしまった。しかしそれを守るはずの騎士や、自警団員達の総数は1/5以下に減っていた。貴族や領主たちが逃げ出して、指揮系統が整っていないなまま戦闘を行ったのだから無理もない。だが、たとえそうだとしても今いる住人達は守らなくてはならない。この戦いで英雄といわれても過言ではないガルの弔いすらままならず、ラドルフ達は来るかどうかもわからない襲撃者達の増援に備えて警備していた。
 悲しみや後悔が頭の中で渦巻いている中、ラドルフは街の警備をしていた。警備をしながら考えることはガルとムーヌのこと。二人に対する認識の甘さ。噂なんぞを鵜呑みにし、勝手にムーヌをコトダマ使いだと勘違いしてしまったことへの後悔。彼女が探していたのはガルの理性を完全に取り戻す方法だったのだ。皮肉にも彼女が死ぬことで、一時的にガルの理性が戻ったようにも見えたが、それもコトダマを使用して無くなる寸前だった。コストには大きく分けて2種類ある。肉体の一部を取られる物理的なコスト、心の一部を失う精神的なコストだ。ガルは後者だったのだろう。
 もはやラドルフに許されるのは、ガルが死んだときにまだ彼の心の形が保たれていたことを祈るだけである。
 そして襲撃から約半日が経ったところで休憩の合間を縫って、ガル達の弔いと感謝の言葉を告げるためにラドルフは遺体置き場へと向かった。敵と味方に分かれ安置されている遺体置き場。その中でかぶせられているはずの布がはがされていた。例のコトダマ使いの男の死体である。
「まさか―!」
 そう呟いて、ラドルフは短剣を握り辺りを警戒しながらその遺体のそばまで歩み寄った。ガルによって首を握りつぶされた男の死体にわずかだが刃物を使って何かを取り出したような跡があった。
「禍紅石を…!」
 ラドルフは舌打ちをすると、ガルの死体を確かめるために味方の遺体が集められている方に移動した。見たところ全ての死体に布がかぶせられており、異常はないように見えた。どれがガルの遺体かわからないので、ひとつひとつ確かめようとラドルフが腰をおろして布をめくった瞬間、そこから少々離れた位置の遺体にかけてあった布がめくれ覆面をした小柄な人影がものすごい速さで出口に走っていった。
「――な!待てこの…!!」
 ラドルフはとっさにダガーを持ってない左手で懐の投げナイフを使おうとしたのだが、まだ技の反動で左腕が上手く動かなかった。しゃがんだ体制で無理やり投げナイフを投げようとした挙句、左手が動かなかったことでラドルフは大きくバランスを崩して前のめりに倒れた。ラドルフはすぐさま起き上がって出口を睨みつけるものの、不審人物の姿はもうすでに見えなくなっていた。さっき逃げていった人物が隠れていた場所を見ると、案の定首の部分を刃物で切り裂かれたガルの遺体があった。
「くそったれがぁー!!」
 怒りのこもった咆哮と共に、壁に右拳を叩きつけるラドルフ。たとえその拳がどれだけ痛もうと、今のラドルフの心の痛みには比べるべくもなかった。

その後騒ぎはあったものの、結局禍紅石を奪った侵入者が捕まることはなかった。しかしガルがコトダマ使いを倒したせいなのか、その後新しい襲撃事件の噂は聞かなくなった。戦闘特化型のコトダマ使いを失うということは国家規模の損失であるため、所属不明のコトダマ使い達も慎重になっているのかもしれない。
 その状況とは裏腹に、国家間の情勢は悪化の一途をたどっている。国家間でさまざまな交渉があったらしいのだが、そのほとんどが裏目に出てしまい、もはや戦争が再開するのは時間の問題となっていた。まあ、考えてみたら自然な流れではある。もともと休戦していた理由が大地震における人的被害と、農作物へのダメージがなによりも大きかったのだ。3年経ち、ミラージュの支援によって国力が回復した今、戦争をしない理由が無いのだ。一般市民達も度重なる襲撃事件を完全にキサラギ共和国のせいだと思っている。故郷を、仲間を、家族を失った人々が憎悪をもって戦争を始めるだろう。無論共和国も似たような状況だろうが…。
 ラドルフとしてはそんな意味のない戦争に関わる気はさらさらなかった。勿論ガルやムーヌの仇をとるために、所属不明のコトダマ使い達を追いかけるという選択肢もあったのだが、残念ながらラドルフにはそんな力も余裕もない。今は安全な地域に逃れることが最優先事項である。
 契約期間を終えたラドルフは、報酬を受け取ると荷物をまとめてジーノと共に街を出た。その荷物の中にはちゃっかりとあのコトダマ使いが使っていたガントレット(右手のみ)が入っていた。

       

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