ラドルフ達が街を出て3日、たき火をはさんで二人は座っていた。ラドルフは街を出るときにかっぱらってきた、あのコトダマ使いが使っていたガントレットを念入りに調べていた。見た目は少しばかりごつく感じるが、その割には随分と軽い。強度に関しては、自警団員の剣撃をこのガントレットのみで受け止めていたことからも、かなり丈夫な部類だと考えられる。何の素材でできているかはラドルフにはいまいちわからなかったが、これだけ優れたものならば作ることのできる者も限られてくるだろう。それを特定することで、所属不明のコトダマ使い達の情報も得られる可能性がある。直接奴らを追うと命に関わるだろうが、あいつらの情報を国に売るだけでも結構な儲けになるのではないか、と考え始めるラドルフ。今の所持金では関所を通ることはできても、おっさんのいる街に行くまでに路銀は尽きるだろう。せめて馬でもあれば話は別なのだが、生憎とそんなものを買うだけの金がラドルフ達の手元にはない。今は金を手に入れるために、仕事探しとこのガントレットのことを調べる必要がある。ならば、行き先はおのずと決まってくる。
ラドルフは急に袖口を引っ張られ、思考の中から引き戻された。
「ん?どーした、ジーノ?」
相変わらずの無愛想な表情で、ジーノは板に描いた文字を指差した。
つぎ もくてきち どこ ?
その質問を見てラドルフは笑顔を作りながらながらジーノの頭をなでた。ラドルフはジーノに戦闘訓練だけでなく、傭兵として生きる方法も教えている。そのおかげか、情報の重要性やその情報を早く得られることがどれだけ大切かをジーノは理解し始めているようである。そのことが無性にうれしかったラドルフは、ついつい顔が緩んだ。
「そうだな。先に目的地を知り、そこがどんなところか知っておくのはいいことだ」
ポンポンとジーノの頭を叩くと、ラドルフは真剣な顔で話し始めた。
「次の目的地は、ここから1週間ほど歩いたところにあるルグレンって街だ。製鉄や合金技術、金属加工が発達してて、この国で武器や防具を作るならここが最もいいだろうな」
無表情のままだが、ジーノの眼は凄まじく真剣だ。
「だが、それと同じくらいルグレンには有名なものがある。それは…」
タメを作り、ラドルフはもったいぶったような話し方をした。そんなときでもジーノは反応を見せないが、ラドルフは構わずに続けた。
「ドラゴンの養殖場があるんだ」
ドラゴン。かつて世界の覇者だった存在。その鱗は刃を通さず、ひとたび尻尾を振るえば木々が薙ぎ払われ、その爪はあらゆるものを引き裂く。おそらく個体としては地上最強だったそれらは、人類の圧倒的な数をもってして駆逐された。400年も前のことである。今でも野生のドラゴンは存在するが、その数は極めて少ない。
ジーノは首をかしげた。ラドルフとしてはもっと驚くようなリアクションが欲しかったのだが、ジーノが相手では仕方ない。ラドルフはやや不満そうな顔をするが、気を取り直して説明を続けた。
「ドラゴンってのは武器や防具のいい素材になるんだよ。下手な合金製の防具よりも軽くて頑丈。まあ欠点は値段がべらぼうに高いのと手間がかかり過ぎて大量生産がきかないってことくらいだ」
実際のところ、そんな防具や武器は王侯貴族の物となることが多い。そもそも、養殖場を管理運営しているのが国なのだから仕方のないことではある。稀に横流しされて裏で取引されているとも聞くが、そんなもの一般兵が装備して戦場に出たら真っ先に袋叩きにされて奪われるのがオチだ。
「まあ、そうはいってもドラゴンの養殖場は国が完全に管理してて近づくこともできないから、直接俺らには関係ないけどな」
ラドルフはそう言ってジーノの肩を叩いた。心なしかジーノは安心しているようにも見える。
「俺らがまずこの街ですることは、仕事探しなわけだが…。その前に、お前にもなんか防具の一つも買ってやった方がいいかもしれんなぁ」
ジーノは一瞬眼を見開いて驚くと、何かを板に描いている。ラドルフは訝しげな表情をしてそれを見ていたが、板に書いてある文字を見て今度はラドルフが眼を見開いた。
ありがとう
「な…!そ、そんなんいいからさっさと寝ろ!明日も早いんだからな!!」
そう言いながらラドルフは背を向けて寝転がった。ジーノもその言葉に従って横になったようだ。それから30分ほど、ラドルフは寝たふりをしながら、どれくらいジーノの装備に金を使えるかを頭の中で何度も計算していたのだった。
そして二人はドラゴンの養殖と金属加工の街、ルグレンに到着した。とりあえず昼飯を済ませると、二人は早速防具屋へと向かった。ジーノの防具を買ってやるとはいえ、ラドルフはそんなに金を持っているわけではない。さらにジーノはまだ子供だ。あまり重い防具をつけると、動けなくなる可能性もある。ジーノの長所はその小さい体で、ちょこまかと動き敵をかく乱させられるところだ。そのスピードを殺さないような軽装が良いだろう。そう考えてラドルフは薄い金属板を皮で補強してある胸当てを選んだ。これならばちょっとした投擲武器くらいならば防ぐことができるだろう。もとよりジーノにはかく乱と後方からの援護をメインにさせるつもりだったので、このくらいでも十分だろう。値段も手ごろである。買った胸当てをジーノに渡すと、また何かを板に描こうとしていたのでラドルフは止めた。流石にこんな往来であれは恥ずかしいようだ。
思いのほかジーノの防具に金がかからなかったので、ラドルフは短剣を専門職の人間に手入れしてもらうことにした。防具屋のおっちゃんに紹介してもらった鍛冶屋に行くと、ラドルフ達は持っていた短剣を鍛冶屋の爺さんに預けた。すると、鍛冶屋の爺さんが訊ねてきた。
「お前さん、そっちの荷物に入ってるのはいいんか?」
その言葉にラドルフは驚いた。
「な、なんで、荷物の中に短剣があるのがわかったんだ?」
「そんな革袋の底に入れておったら、形で丸わかりじゃろ」
それでもよっぽど注意して見ない限り、わからないレベルである。ラドルフは少し訝しげな表情で爺さんを見ていたが、小さなため息を吐くと荷物からもう一つ短剣を取り出した。
「こいつも頼む。随分長い間手入れしていないから念入りにな」
そう言ったラドルフの声は驚くほど冷たかった。
その後鍛冶屋を後にした二人は、宿をとって剣の手入れが終わるまで休むことにした。鍛冶屋を出てから全くしゃべらなくなったラドルフの様子をジーノは不思議に思っていたが、彼がその理由を知ることはできなかった。