とりあえず、気にしなくてはならないのは時間だ。本来の依頼主であるミハエルは、今日を含めあと2日でこの街を去ることになる。それまでになんとかできなければ、禍紅石を失うか、傭兵としての信用を失うことになる。傭兵としての信頼、それは一度失えばほぼ二度と戻らない。しかも今回の依頼人は、情報伝達のやたら早い商人という人種だ。しかも連中はリスクに対して過剰な反応をする奴が多い。つまりミハエルを裏切った時点で、商人共からは仕事は来なくなるだろう。そんなことになっては、もう傭兵として食っていくのは無理だろう。それだけは避けたいが、禍紅石をここであきらめると、もし俺が禍紅石を取ったことを何らかの方法で知った騎士どもが追っかけてきたときに、取引材料がなければ間違いなく死ぬ気がする。後者の方は確実ではないとはいえ、なるべく保険は掛けておきたい。つまりラドルフは、急いで何とかするしかないというわけだ。
本来エネは10日後の例の商人ゴードンが出かける日を狙うことを提案していたのだが、ラドルフの事情により強硬策をとることになった。ここでラドルフの都合に合わせてくれているあたり、エネは根っからの悪人ではないようだ。ともかく今日の夜、商人ゴードンの家に忍び込み、脅して宝石を奪い取るということになった。
エネが言うにはゴードンは天涯孤独の身の上らしく家族なし、使用人も信用できないため雇わず、家だけは豪華で随分防犯対策をしているらしい。しかし、人がいないのは助かる。防犯対策とやらを突破さえすれば、後は口を割らせばいいだけだ。
…などと考えていた時期がラドルフにもありました。夜、町全体が寝静まった頃郊外にあるゴードンの家は明々と街灯のようなものが庭中に灯っている。これだけでも凄まじく入りずらい。そして窓にはしっかり鉄格子が下ろしてある。
「…なあ、エネさんよぅ。これはどーすんだ?」
もうラドルフは半ばあきらめ状態である。頭の中では、すでに禍紅石が戻ってこない場合をシュミレートしている。
「一応、一人で忍び込む可能性もあったから手は打ってあるわよ」
そう言ってエネは顔を覆面で隠すと、堂々と庭の真ん中を歩く。
「ちょっ…おま」
「こんな時間に明るかったって見られる人間がいないんじゃ意味ないわよ。むしろそれを避けて端を通ろうとすると、罠が発動するからあたしの通ったとこを通りなさいな」
「そーいうことは先に言えよ」
ジト目になるラドルフを完全に無視してエネは進む。寝室の隣の部屋の窓でエネは止まって、鉄格子に手をかけた。ガコンっという音と共に鉄格子はあっけなく外れた。ラドルフは開いた口がふさがらなかったが、エネ曰くゴードンの館の改装作業員に賄賂を渡して仕込ませたらしい。
「さあ、ここからがあんたの仕事よ」
ラドルフはここまできたら自分に出番なんてないのではないかと思いながら、窓をくぐると…。
「きえええええええ!!」
奇声と共に中肉中背のおっさんが切りかかってきた。
「な!うおわあああ!!」
転がるようにしてラドルフは回避するが、目の前の男は止まらなかった。なんとか短剣を抜いて応戦するも、思いのほか鋭い剣筋にラドルフは下がるほかなかった。しかし、後ろには壁があり追いつめられる形となった。勝利を確信したのか大ぶりで短剣ごと砕くような一撃を繰り出そうとする男に対し、体を極限まで低くしたラドルフは股下へと滑りこむようにして回避した。そのすれ違いざまにラドルフの短剣は男の右足のアキレス腱を切断した。
「がアぁ!!」
うめき声と共に膝をつく男だったが、まだ戦意を失わず剣を構えていたのでラドルフはとどめの一撃を繰り出す態勢に入った。
「十分よ」
ガツン!!という音と共に男は倒れた。後頭部からエネが鞘で殴ったらしい。
「まったく、こいつを殺しちゃったら宝石の場所が分かんないでしょーが」
目を思いっきり開けて、ラドルフは男とエネを交互に見た。
「え?こいつがゴードン?」
「そうよ。言ったじゃない使用人の類は信用してないから居ないって」
「マジかよ。商人の剣筋じゃなかったぞ」
「まあ元騎士で部隊長だった男だしねぇ。引退した後も自分の剣の腕だけは信用してたっぽいし」
「だからそーいう話は先に…ハア」
よくよく考えるとエネにとって理想なのは、ゴードンが手傷を負い尚且つラドルフがやられた状態だったのだろう。そうすればエネは宝石も禍紅石も総取りなのだから。傭兵である以上こういった使い捨てのような扱いは何度か経験のあったラドルフだが、今回ばかりは怒りよりもこの女のしたたかさにあきれてしまった。
「さあ、ちゃっちゃとこいつを縛り上げて宝石のありかをゲロってもらうわよ」
「ヘイヘイ」
ラドルフは悪びれもしないエネにいらつきはしたものの、使い捨てとして使っておいて言い訳する連中よりはまだましに感じた。むしろ好感に近いものを感じてしまった。こういうのも職業病なのかもしれないとくだらないことを考えながら、ゴードンを縛り上げた後、止血を施してから叩き起こした。
「ほれ、尋問は任せたぞ」
やや投げやりな態度にエネはムスッとしたようだが覆面のせいでよくわからない。
「さて、ゴードンさん。あなたが仕入れた宝石の中にクウォートの輝石というのがあるでしょう?そのありかを教えてくれれば命は保障するわ」
ゴードンはこの状況にもかかわらず表情を変えなかった。むしろ怨念だけで人を睨み殺せそうな目をしている。
「ふん。殺すならさっさと殺せ。貴様らになぞやらん。わしの命くらい好きにするんじゃな」
エネは思いっきりゴードンの腹に蹴りを入れるが、ゴードンの目つきは変わらない。
それから何度もエネはゴードンを痛めつけるが、一向に口を割る気配がない。自らの剣の腕と利益以外は二の次で命すらいとわない、という噂は本当の様だ。まあ、ここまで来るとただ意地を張っているだけな気もするが。
「ちょっと!あんたも手伝いなさいよ!」
ゴードンのタフさに嫌気がさし始めたエネは、随分イラついているようだ。もちろんラドルフは嫌気なんてものはもうとっくに通り越してしまっていたので、さっさと終わらせることにした。
「わかってないな。こういう奴はどれだけ痛めつけても死ぬまで口を割らんよ」
「じゃあどーすんのよ」
「本人を痛めつけてだめなら人質を取ればいいのさ」
やや得意げに話すラドルフを見て、エネは頭を抱えた。
「あたしの話聞いてなかったの?こいつは天涯孤独の身の上だって言ったじゃない」
「まあ見てなよ」
ラドルフは邪悪な笑みを浮かべると、ゴードンの正面に立ちそのイチモツを鷲づかみにした。
「ぬおう!」
流石に予想外だったのか、今まで表情を変えなかったゴードンも変なうめき声をあげた。
「さて…、あんたのムスコは預かった無事に帰してほしかったら宝石のありかを吐け」
徐々に力を強めていくラドルフに流石のゴードンもあせった。
「ちょっ…!待てわしの命はどうなってもいい!じゃから!ムスコの命だけは!!」
「俺はそんなセリフを聞きたいんじゃないよ~」
今度はひねりを加えられた。
「し…寝室の床!隠し金庫の中!!」
「開け方は~?」
さらに力が強くなる。
「があああ!!」
「ほれ、さっさと言わないと金庫の中身より先にムスコの中身が出ちまうぞ」
「ダ…ダイアル…が」
「ん~?」
「9375…だ!」
「はい、よくできましたっと」
ラドルフはゴードンのムスコから手を離すと、鳩尾に思いっきり殴打をくらわせてゴードンの意識を奪った。
中年傭兵ラドルフの受難
掴んだものは…
その様子を見ていたエネはラドルフに軽蔑のまなざしを向けていた。
「あんたも男でしょうに…」
「男同士だからこそ、最もやられたくないことが分かるんだよ。まあ、とりあえず…だ」
真剣な表情をするラドルフの様子に、エネも真剣な表情を見せた。
「手…洗ってきていいか?」
「さっさと行ってこい!」
その後、ゴードンの言っていた金庫の中にエネの目当てのものである、クウォークの輝石は見つかった。その石を手にした時のエネの表情はいろいろ思うところがあるようだったが、これ以上面倒に巻き込まれるのを避けるためラドルフはなにも聞かなかった。結果として禍紅石は戻ってきたものの、一文にもならない仕事に達成感など皆無だった。疲れ切ったラドルフは二度とやけ酒はしないことを誓いつつ、出発までの半日を寝て過ごした。
そして出発の時刻になり、ミハエルと合流したラドルフは町の出入口でエネを見つけてしまった。あからさまに嫌そうな顔をするラドルフとは裏腹に、エネは満面の笑みで近づいてきた。
「なんだ、見送りにでも来てくれたのか?」
「違う違う。あたしも国外にしばらく身を隠すのよ。まああんたと違ってあたしが行くのはミラージュだけどね」
ラドルフは行き先が同じでないことに心底安心した。そんなラドルフの心境も気にせずエネは話し続ける。
「また会うことがあったら、今度はちゃんと雇うからよろしくね」
「ああ、あんたの仕事なら3割増しくらいの報酬でなら受けてやるよ」
ハハハハと乾いた笑いが響く。ミハエルは凄まじく居心地が悪かったが、下手に口を出すと巻き込まれそうなので黙って見ていた。
「ああ、そうそう。最近妙なことが立て続けに起こっているからあんた達も気をつけなさいよ」
「妙なこと?」
「ええ。キサラギとの国境付近で、所属不明のコトダマ使いがいくつも町を襲ったり、ある山を中心にありとあらゆる生き物が死に絶えた、なんてのも聞くわね」
「そうなのか、ミハエル?」
「一応聞いてはいますが、噂の域を出ない情報ですし、あまり気にしてませんでしたが…」
「山の方は知らないけど、コトダマ使いの方は本当よ。クウォークの輝石をこの町に持ってきたのは、コトダマ使いに町を襲われ、生き残った人だったから。」
「キサラギのテロ活動か?何にせよ俺らはなるべく巻き込まれんようにするだけだな」
「そうですね」
「じゃあ、あたしはそろそろ行くわ」
荷物を担いでエネは歩きだす。
「ああ、またな」
「情報、ありがとうございました」
、エネは振り返らずに手をヒラヒラさせながら遠ざかって行った。
「あんたも男でしょうに…」
「男同士だからこそ、最もやられたくないことが分かるんだよ。まあ、とりあえず…だ」
真剣な表情をするラドルフの様子に、エネも真剣な表情を見せた。
「手…洗ってきていいか?」
「さっさと行ってこい!」
その後、ゴードンの言っていた金庫の中にエネの目当てのものである、クウォークの輝石は見つかった。その石を手にした時のエネの表情はいろいろ思うところがあるようだったが、これ以上面倒に巻き込まれるのを避けるためラドルフはなにも聞かなかった。結果として禍紅石は戻ってきたものの、一文にもならない仕事に達成感など皆無だった。疲れ切ったラドルフは二度とやけ酒はしないことを誓いつつ、出発までの半日を寝て過ごした。
そして出発の時刻になり、ミハエルと合流したラドルフは町の出入口でエネを見つけてしまった。あからさまに嫌そうな顔をするラドルフとは裏腹に、エネは満面の笑みで近づいてきた。
「なんだ、見送りにでも来てくれたのか?」
「違う違う。あたしも国外にしばらく身を隠すのよ。まああんたと違ってあたしが行くのはミラージュだけどね」
ラドルフは行き先が同じでないことに心底安心した。そんなラドルフの心境も気にせずエネは話し続ける。
「また会うことがあったら、今度はちゃんと雇うからよろしくね」
「ああ、あんたの仕事なら3割増しくらいの報酬でなら受けてやるよ」
ハハハハと乾いた笑いが響く。ミハエルは凄まじく居心地が悪かったが、下手に口を出すと巻き込まれそうなので黙って見ていた。
「ああ、そうそう。最近妙なことが立て続けに起こっているからあんた達も気をつけなさいよ」
「妙なこと?」
「ええ。キサラギとの国境付近で、所属不明のコトダマ使いがいくつも町を襲ったり、ある山を中心にありとあらゆる生き物が死に絶えた、なんてのも聞くわね」
「そうなのか、ミハエル?」
「一応聞いてはいますが、噂の域を出ない情報ですし、あまり気にしてませんでしたが…」
「山の方は知らないけど、コトダマ使いの方は本当よ。クウォークの輝石をこの町に持ってきたのは、コトダマ使いに町を襲われ、生き残った人だったから。」
「キサラギのテロ活動か?何にせよ俺らはなるべく巻き込まれんようにするだけだな」
「そうですね」
「じゃあ、あたしはそろそろ行くわ」
荷物を担いでエネは歩きだす。
「ああ、またな」
「情報、ありがとうございました」
、エネは振り返らずに手をヒラヒラさせながら遠ざかって行った。