Neetel Inside ニートノベル
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アース・ジ・アース
第三話

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 乾いた風が金田彬の頬を撫でる。気がつくと金田は岩山の上に立っていた。見渡す限り、全方向に広がる岩山の群れとひからびた荒野。テキサスガンマンショーの舞台にでも立っている気にさせた。
 この光景を見た金田に起こった感情は驚きではなく、恐れでもなく、喜びだった。不安がないわけではない。それ以上に、期待が大きかった。
 自室のベッドから見知らぬ荒野。説明できない突飛な状況が噂が本当だったことを物語っていた。
 退屈な日常を満足させてくれるかもしれない、そんな期待が金田彬の体を占拠していた。
 ただ彼の期待はこの世界が用意する未来の中に埋もれていくことになる。

 上空を鳥が旋回している。カラスのように全身まっくろけの、嘴から足の先まで黒い鳥だ。普通のカラスよりふたまわりほど大きな体躯を有している。
 はじめに言うが、カラスの攻撃を避けられたのは運がよかった以外に言葉はない。
 大きなカラスモドキが急降下する。金田に狙いを定めて。ひとまわり、ふたまわりと言っても金田彬の方が巨躯だ。しかし、カラスモドキは彼を獲物と認識した。
 カラスのくちばしが金田の肩口をえぐろうときらめいた時、彼は毛の一本ほどの感覚も働いていなかった。たまたま金田は体勢を変えた。その偶然が頬の肉を少しだけ削ぐにとどまった。
「カラス? でかいっつーの!?」
 金田は頬に手をやりながら、見たままのことを叫んだ。
 奇襲が不発に終わってもカラスの攻撃はやまなかった。金田の頬を切り裂き、彼の横を通過していき、遠くで旋回して戻ってくる。
 金田は足元の石ころを拾い上げるとカラス目掛けて投球した。カラスは速度百十キロで迫る投石をあざ笑うかのように軽々とかわしてみせた。最小の動きで。
 金田にはカラスが本当に笑っているかに見えた。賢いとはいってもしょせんは鳥。そんな生き物に馬鹿にされたのかと思えば頭に血が上る。しかし、それでも判断は冷静に下す。
 その一投で攻撃はすっぱりと諦めた。遠距離攻撃は当たらず、投石以上の速度百五十キロで迫る鳥相手に近接戦を挑むのは無駄と判断した。そのカラスモドキの突撃速度は実にプロ野球選手の速球と同じ速度である。
ただ真っ直ぐ飛来してくるカラスを捉えられないわけではない。カラスの軌道と拳の軌道を合わせるだけだから。しかし、鋭利なくちばしに拳が耐えられるとは到底思えなかった。
 金田は傾斜の緩い岩肌を両足でバランスをとったまま滑り降りた。降りた反対の岩壁はほぼ九十度でとても登れそうにはない。岩と岩に挟まれた渓谷を走る。ジグザグにくねっていたおかげで、カラスに追いつかれることはなかったが、同時に振り切ることもできなかった。
 金田の足元の大地が突然大きく盛り上がる。急なことにバランスを崩し仰向けに倒れてしまう。
 立ち上がった金田の目にソレが映った。


それは竜か。蛇か。金田彬の頭を「竜なんて」とよぎるが「カラスがああなのだから」と思い直した。
 頭から体の途中までしか地上に出ていないにかかわらず、大雑把に見ても五メートルはあった。
 金田はすぐさまきた道を戻った。竜だか蛇が相手ならカラスのほうが幾分もマシだ。
 方向転換したのは金田だけではなかった。カラスも蛇を見て踵を返した。
 蛇は咆哮をあげ、二匹――金田とカラスを追う。
 金田は駄目だと感じていた。そうそう運は続かない。それもカラスを避ける程度の運ではない。隕石でも降ってきて蛇の頭に直撃する、そんな運が必要だった。
 どうにか、と思考している彼を呼ぶ声がした。
「こっちにきなさい」
 金田が目をやると、岩壁から手が生えていた。

 それは異様な光景だった。岩壁から手が伸びている。あまり大きな手ではない。女性的な形の手だった。
 金田は少し戸惑う。声は確実に自分を救うために発せられたものだが、そんな都合が通るのだろうか、と。あまりに都合が良すぎて、そこに作為を感じる。
 かといって現状況を打開する策は金田の中にはなかった。巨大な蛇。大きさ五メートルはあり、さらに地中に半分以上を残している。つまりは全長にすれば十メートル以上はあることになる。
 そんな化物に自分の拳が通じるとは金田は思えなかった。以前、自称ボクサーを倒したことはあるのだが、背後から迫るヘビモドキと比べればそれはあまりにチープな自慢だ。
 結局、岩壁から伸びるその手を掴む以外に選択肢はなかった。
 金田が手を掴むと同時に、その手は彼を壁の方へ力いっぱい引っ張った。岩壁に激突すると思い、金田は瞬間、目を閉じた。がそうはならなかった。どういうわけか岩の壁をすり抜けたのだ。
 中は空洞になっていて、二人の人間がいた。
「手 離してもらえるかしら?」
 手前側の女が言う。長い髪は背中の中ほどまである。耳の上の髪の毛を編んで、頭の後ろで結いている。凛とした声は力強さを感じる。少しつり目の女の子だ。歳は金田とそう変わらないだろう。
「運がよかったわね、あなた」
 それは彼女の言うとおりだ。もし、彼女らがいなければ、もし、彼女らが襲われている金田に手を差し伸べるような人間じゃなかったら、今頃、金田は蛇のお腹の中で残り僅かな余生を過ごしていただろう。
 金田は深々と頭を下げて感謝の意を示した。その様子を手前の女は舐めるように見ている。金田を品定めでもするかのように。
「あんたらは?」
 女は金田の質問には答えずにこう言った。
「話は後よ」
 少し遠くからカラスの断末魔と蛇の雄叫びが響いてきた。それを聞いて手前の女が言う。
「長居もしてられないし、ついてきなさい」
 命令口調ではあるけれど、嫌味な感じはなかった。
 
 岩山を登ったり降りたり、峡谷を越えたり越えなかったりしながら四十分ほど歩くと、見晴らしのよい岩山についた。山といってもそんな高さはない。大きな一枚岩といったほうがしっくりとくるかもしれない。
 そこには彼女らの仲間らしき人が待っていた。
 ついて口を開くなり、とりあえず自己紹介しましょうか、と女が言った。
「私は櫻井浩美。で、右から田中浩平くん、花沢はなちゃん、岩津もがなちゃん、倉敷良太くん、速水竜哉くん。他にもいるけど今は『こっち』にはいない と思うわ。多分だけど」
 田中浩平は身長一七四センチほどの平均的な男であまり特徴的なものがない。やや根暗そうということと少し声が高いことくらいか。
 花沢はなは身長一五七センチ。大きくぱっちりとした目が可愛い女の子だ。
 岩津もがなは櫻井浩美と一緒にいた少女だ。背丈は小柄で一五〇もないのではないだろうか。名前をつけた親の考えが気になるところだ。
ちんまりとしていて中学、いや、小学生か、と金田は思った。少なくとも高校生には見えなかった。
 倉敷良太は金田彬より大きく一八〇後半から一九〇の間ほどある。金田彬と同じく引き締まった体はおそらく、同じく喧嘩で鍛えたものだろう。
ド派手な金色の髪の毛を立てている。いかにもヤンキーだとか不良だとか言われてそうな人種だ。
速水竜哉は眼鏡をかけていて、体系は丸っぽい。というか太っていた。頬の肉がでっぷりとしていて唇を圧迫している。オタク臭いオーラを発しているが、髪の毛はワックスでいじっている。
「あなたは?」
「金田彬」
 櫻井浩美は「そう」と頷いた。他の面々も軽くあいさつをした。
「か、金田氏。こ、これからよろしく頼むんだな」
 どぅふふと笑って速水が手を差し出す。
 速水が話すたびに花沢は目を細めて嫌そうな顔をした。金田はそれを見て、不快に思った。しかし、自分がそう思うように花沢は速水にそれを思うのだ。生理的な嫌悪感というものはある。だから金田は口にはしなかった。
 金田は速水の手をとり、「こっちこそよろしく頼む」と言った。速水が「いい人だ」とつぶやいたのが聞こえたが、その意味が彼にはわからなかった。

       

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