大きな岩の陰に金田たちが休んでいる。息が上げり、肩が上下している。話をするものはいない。息遣いだけが耳につく。
息が整っても、話をするものはいなかった。重い空気が漂っている。
一人の犠牲の上に自分たちは生きている、そう思うと話す気も失せる。
彼の死自体を悲しんでいるわけではない。そういう気持ちがまったくないわけではないが。
親友でも恋人でもない。友達ですらない。名前くらいしか知らない、ほんの数十分の付き合いでしかない。
ここにいる誰もが田中浩平のことをほとんど知らない。言ってしまえば赤の他人。無関係なのだ。
それでも彼を見捨てて、自分だけが生きているという事実はまだ若い彼らには重かった。
もちろんそうするほかなかった。それは事実だ。逆にそのことが、助ける力を持たないということがさらに重たかった。
しばらくして最初に言葉を発したのは速水だった。
「ほんとに死んだのかな? た、た……彼」
田中氏、と言おうとしてやめた。名前を呼ぶのは躊躇われた。
あまりにもあっさりと。あまりにも簡単に。その上、異世界だとかスキルだとかの話の直後じゃあ、いまが現実ではなくゲームみたいな架空の中にいるような気がした。
というよりも、そう思う方が気が楽だった。そう思いたかった。助けられなかったんじゃない。見捨てたんじゃない。彼は死んだんじゃあない。ゲームだから。敵にやられて落ちただけだ。画面の前で次のゲームが始まるのを待ってるんだ。
櫻井が重く、しっかりとした声で言った。
「死んだのよ。田中浩平は死んだの」
あえて名前を口にして。
「んだよっ! 偉そうに。何が生き残る術だよ。てめえの能力なんか何の役にもたってねえじゃねえか」
怒鳴り声をあげたのは倉敷だった。
「それは」
「そこの奴は助けたんだろうが」
金田を指さして言う。
「あのときは数も少なかったし、それに」
金田のときとは状況が違う。ヘビがいて、カラスがいて、ヒトがいた。
ヒトが消えれば、ヘビの矛先はカラスに向く。わざわざ探さなくても他の獲物が目の前にいるのだから。
今はカラスとヒトしかいなかった。消えたって捜すだろう。それにカメレオンクラブは消えるわけではない。隠れるだけ。誤魔化すだけ。持続時間もある。能力中は動けないのだから、結局は見つかって、全員死んでいた。
だから、逃げるという選択肢が一番真っ当だったし、一人が死ぬだけですんだのだ。
花沢が大きく息をついた。それから鼻で笑うように言う。
「なに正義漢ぶってんのよ? 責任を人に押し付けてんじゃないわよ。彼を見殺しにしたプレッシャーに潰されそうだからって。デカイなりして臆病者よね。
本当はこう思ってんでしょ。
『死んだのが自分じゃなくてよかった』って。」
「てめえ!」
「何よ。間違ったこと言っちゃないでしょ。本当に助けたかったんなら彼と一緒に死ねばよかったんでしょう。助かりたいから、死にたくないから逃げたんでしょう。自分がかわいいから逃げたんでしょう。あんな他人のためなんかに死にたくなんかないから。自分の命がもったいないから見捨てたんでしょ!」
倉敷を見上げていた顔がだんだんと下がり、表情を隠すように違うほうを向いた。
「や、やめるんだな、はなちゃん」
花沢が速水をキッと睨みつけた。それは一瞬で、すぐに顔を誰もいないところにむけた。
「ご、ごめんなんだな……花沢さん」
金田はこの間、一言でも話すことはなかった。無言の彼は何を思っていたのか、知るすべはない。