Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏の文藝ホラー企画
掌編/西瓜/青虫

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 皆さま、本当によくいらっしゃいました。このじっとりと蒸し暑い夜が寒いくらい冷え込んだのも、ひとえに皆様のおかげと感謝しております。あぁ、それと西尾様、奥様の心のこもった手料理大変おいしゅうございました。腹が減っては戦が出来ぬと言いますが、いえ、戦と言う程でもございませんけれど、全くその通りです。ありがとうございました。奥様にお伝えください。
 さて、始まりから大分経ちようやっと最後の一本でございます。不足ながら、私めが最後の怪談をお話させていただこうと思います。あぁ、そんな期待なさらないでくださいね。今からお話しするのは実体験なのですけれど、あんまり怖くはないのですよ。ですから、そう期待されてしまうとこちらも恐縮してしまいます。
 …あれは、そうですね、私がまだ幼い時分でした。当時は私、祖母の家に療養で訪れておりまして、えぇ、体が弱かったのです。それで、確か今日のように暑い夏の夜だったのですけれど、私は遊びに出た帰りに一人夜道を歩いていたのです。私は子供の頃とても気が強くて、「幽霊なんぞげんこつで倒してやる」と豪語していたくらいですから、夜道もそう怖くございませんでした。……景色が野原から畑になりポツポツと民家が見え始めた頃、それは現れました。
 三人のばあ様が、道に背を向け一列に並び、しゃきりしゃきりと何かを必死に貪っていたのです。
 はじめは、「なるほどボケ老人が西瓜を盗み食いでもしているのだな」と思い、少し脅かしてやろうと思ったのです。しかし、横にまわって見るとどうもおかしいのです。どうやら西瓜にしては妙にいびつなのですよ、ばあ様達が食らっているものは。しかも見えないのです。何がですって?皆まで聞かずともおわかりでしょう、顔、顔が見えないのですよ。こちらは横へ回っているのですから、いくら暗いと言えど顔の凹凸くらいはわかったっていいものなのに、そこにはつるりとした球面の影があるだけなのです。言うなれば……そう、まるで西瓜でございました。
 予想もしていない状況に呆けていると、三人の内一人のばあ様が優しそうな、けれど背筋をゾゾと撫ぜるような声でこう言ったのです。「お前にもこの西瓜を分けてやろう」と…そうして子供には大きいくらいの欠片をこちらへ寄越しました。私は内心おののきながらも、ばあ様達があまりにも美味そうに食べるものですから、なんだか食べずにいられないような気持ちになったのです。子供なんてそんなものでしょう、食べ物と真新しいものには本当に目がないですからね。……そして私はついに一口、西瓜にかぶり付きました。それはぬるかったのですが、この世の物と思えぬほど美味でして、今でもついさっきの事のようにまざまざと思い出せるほどの素晴らしい味でございました。私は夢中になって、ばあ様達の横にしゃがみこみ西瓜を貪りました。甘い汁は口の端からしとどと溢れ着物を汚しましたが、しかしそれも気にならないほどでした。
 不思議なことに西瓜から先ほどの涼しげな音はせず、どうやらそれはばあ様の口からしゃきりしゃきりと聞こえているのです。私は「このばあ様達はきっと西瓜の付喪神なのだ」と思いました。えぇ、今ではなかなか馬鹿げていると思うのですけれど。
 ……あぁ、私が青くなったのはその次の日の夕頃なのです。体は弱くともやんちゃでしたから、その時もまた遊びに出た帰りでした。昨日のばあ様達が居た場所の辺りで、わらわらと大人達が群がり興奮気味に話していて、まぁ異様な雰囲気を子供ながらに感じとりました。なんだか自分も見なければならないような気持ちになり、制止する大人達の間をすり抜け、人だかりの原因となったソレを見た時に愕然としました。
 そこには、三つの大玉の西瓜と、昨日のばあ様達と同じ後ろ姿の一人の老婆がうつ伏せに横たわっていたのです。頭を半分食いちぎられて……。聞いてみますとそのばあ様、隣村の働き者のばあ様だと言います。西瓜が大好きで大好きで、生前は夏になると毎日の様に育てた西瓜を食べていたとか。……私ね、その時、「これは西瓜の仕返しかしら」と思ったのです。大人達は熊じゃないか、いや野犬じゃないかと話しておりましたけどね。……ここいらでお気付きになった方もいらっしゃるでしょうが……そう、私があの時食べたのは、西瓜なんかではなく…あぁ、言うのもおぞましい、きっと私があの時食べていたのはばあ様の頭だったと思うのです。
 ……さて、何の落ちもないつまらぬ話でお茶を濁してしまいましたね。どうです、この後一杯やると言うのは?怪談話をつまみにするのも、なかなかと思いますよ。……あぁ、それでは、消しましょうか。

 がらんどうになった大広間で消えたばかりの蝋燭の芯の先が橙に薄ら輝く。甘い、焦げた匂いが微かに香った。

       

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