Neetel Inside ニートノベル
表紙

昨今の美少女恋愛シミュレーション(以下略
4thActress 上者名 結衣

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 上者名結衣は口角を吊り上げ、勝利に酔いしれた笑顔で敗者を見下した。
 滅多に使われる事の無い会議室。入り口から一番離れた奥の席に、『出資者』と呼ばれる人物が3人座って、こそこそと話をしていた。
 完璧な発表を終えた上者名は、自分の席に座り、敗者の方はちらりとも見なかった。手元に広げた資料を確認するフリをしながら、込み上げてくる思いを必死に堪えていた。
 一方で、隣に座った敗者は、ひどい病でも患ったかのように陰鬱で、首を深くすぼめたまま、出資者達の回答を待った。
 出資者達から2つ離れた席に、経理部長が座っていた。その顔は何とも複雑な表情で、敗者を戒めるようでもあり、気遣うようでもあり、何かを願うようでもあった。
 やがて、答えを出した出資者の、代表の1人が席から立ち上がり、裁判の結果でも伝えるように厳かに敗北者へと告げた。
「あなたはこれまで良くやってきました。報告書の出来も、キャラクターのコンセプトも、主人公の研究も完璧と言える物でした。しかしながら、結果は結果。役者が大きな怪我を負った事、1人の役者に多額の報酬を払い、それに見合う見返りが無かった事に加え、上者名さんの今の報告。これは十分な解雇理由に値すると、我々は判断します」
 そこまで言った時、経理部長が立ち上がり、横から口を出した。
「し、しかしですな、ポッコモコの件については、きちんとした考えがあってやった事で……」
 座っている出資者の1人が嗜めるように言う。
「経理部長、あなたの仕事は何ですか」
 経理部長は答えられず、すごすごと席に座りなおした。俯き、プロデューサーの味方をするには絶望的な資料を穴が開くほどに見つめる。しかしその資料に穴は無かった。
「改めて申し上げます。プロデューサー。あなたを今日限りで、解雇処分と致します」
 事実上の有罪判決が突きつけられたプロデューサーは、肩を落とす事もなく、ただ黙って一度礼をすると、荷物を持って立ち上がり、何も言わず会議室を出て行った。
「さて、たった今解雇されたプロデューサーの代わりですが……」
 上者名は、まだ名前を呼ばれてもいないのに立ち上がる。その表情からは、溢れんばかりの喜びと自信が湧き出している。
「上者名結衣さん。あなたをこの町の、新しいプロデューサーに任命します」
 一呼吸置き、上者名は答えた。
「はい、任せてください」


 事の発端は、2週間前に遡る。
 プロデューサーは自室にこもり、新しいキャラクター案を書いていた。空から降ってきた少女。コンセプトは既に出来ており、それに伴う工事の方も依頼はしてあったので、あとは「ぜな空から降ってきたのか」という理由付け、主人公を納得させるようなストーリーが必要なだけだった。
 しかし良い案はなかなか浮かばなかった。どれも過去に見た事があるような話ばかりで、オリジナリティーが無い。連日の激務のせいもあってか、やがて襲ってきた睡魔は、徐々にその威力を増していく。そんな深夜の事、招かれざる客はやってきた。
「プロデューサーさん、ちょっと用事がありまして」
 眼鏡をかけた、背の低い、色白な女だった。特徴的なのはその髪の色で、現実離れした緑色。それによってか、年齢ははっきりと分からず、10代の後半から30代の前半くらいにも見えた。馴れ馴れしい雰囲気が漂い、相手に対する「尊敬」という物が欠片も見えない。おそらく自分以外にもそうなのだろう、とプロデューサーはすぐに分かった。
 プロデューサーはまず、誰にも教えていないはずの自分の部屋を知っていた事に疑念を抱き、「どなたですか?」と若干の敵意を持って尋ねた。
「私の名前は上者名結衣。上に、横着者の者、それから名誉の名で『かみじゃな』。とっても得な名前でしょ。今日、この町にやってきたばかりの大型ルーキーです」
 上者名。珍しい苗字だが聞き覚えは無かった。
「誰からここを聞いたんですか?」
 プロデューサーは冷静に尋ねる。上者名はその問いには全く構わずに言う。
「用事というのはですね、ぶっちゃけて言えば、私を助手にして欲しいって事でして」
 プロデューサーはやや辟易しつつ、
「助手、ですか。あいにく今、募集はしておりません」
「募集だとか応募だとか、そういう物じゃないでしょ」
「……とにかく、手は足りてますので。お引取り願います」
「おやおや? 手は足りてるってのは本当ですか。プロデューサーさん」
 プロデューサーの意思など気にも留めず、馬鹿にした口調は続く。
「たった1人で女の子の選別から、キャラクター構成、場合によっては台本まで書く。それも毎日。普通なら到底出来る仕事じゃないでしょ。それに何より、結果が伴ってないじゃないですか」
 そして、臆面もなくにっこりと笑う上者名。
 プロデューサーも、これ以上付き合っていられないと見限った。無言で扉を閉めようとすると、上者名は強引に靴の先を扉に滑り込ませた。
「私が手伝ってあげる、と言ってるんですよ。それもタダで。ね、ヨシハル先生」
 プロデューサーの手が止まり、表情が変わった。『ヨシハル』プロデューサーの本名ではなかったが、それは確かにプロデューサーが以前使っていた名前だった。
「あなた、何者ですか」
 今度の質問には戒めるようなニュアンスが含まれていた。答えなければ、というイフをちらつかせるやり方をプロデューサーは好まなかったが、この場合は仕方なかった。
「やだなぁ。さっき自己紹介したじゃないですか。上に、正直者の者に……」
 プロデューサーが遮る。
「あなたの背景は何か、と聞いてるんです」
「知りたければ、私を部屋に入れてくださいよ」
 少しの逡巡の後、仕方なく、プロデューサーは扉を開いて上者名を招きいれた。

 プロデューサーの淹れたコーヒーに「まずいですね」と一言、上者名は机上に散らばった主人公の資料やキャラクター案を流し見しながら、初めてきた場所とは思えないくらいにリラックスした態度をとっていた。
「どこまで知ってるんですか」
 プロデューサーは質問の形を変えて、上者名にそう尋ねた。上者名は短く笑い、そして今度は比較的真面目に答えた。
「『ヨシハル』この業界でその名前を知らない人はモグリです。10年前、当時無名のゲームメーカーから発売された1本のアダルトゲームが、今も伝説として残っている」
 上者名の芝居がかった口調には、誰かから仕込まれた物でもなく、自分が好きだからやっているという奔放さがあった。
「スピンオフが出来、漫画化し、アニメ化し、ついに映画化までして、アフターストーリーが別の作家の手によって書かれた。たかだかパソコンで出た、一部のオタク向けソフトがとんでもなくビッグになった物です。その作品を機に、この業界ではその手のメディアミックスが盛んになったし、作家はみんなそれを目指した。そのゲームのクレジット。シナリオとキャラクター原案、世界を構築する機軸となっている役割には、1人の名前が書かれていた。それが……」
 上者名は名探偵よろしくビシッと人さし指をプロデューサーに向けた。
「『ヨシハル』先生。……遅れましたが、尊敬しています」
 プロデューサーは肩をすくめ、ついさっきまずいと評価されたコーヒーを一口飲んだ。
「あなたの行方を調べるのには、時間もお金もたっぷりかかりましたよ。何せ、会社はおろか家族に至るまで、何も告げずにある日突然いなくなった。ましてや、その業界でいくら有名とはいえ、世間に面が割れている訳ではないから、顔を知っている人さえ少ない……」
「で、結局どうやって知ったのですか?」
「ええと、それはね……なんて、うまく乗せられるのはギャグ担当でしょ」
 上者名が目だけで笑う。
「まあ、なぜ身分を隠してこんな仕事をしているのかは知らないけれど、こっちからの要求は単純です。私を助手にしてください。あのヨシハル先生の下で勉強するのが夢だったんですよ」
 上者名はどこからともなく一冊の本を取り出した。タイトルには、プロデューサーが『ヨシハル』として書いたゲームのタイトル。そして作者名には、ヨシハルではない名前。
「アフターストーリー。先生が行方不明なんで、会社に私が売り込んだのが出版されました。私の処女ですよ。是非、一読ください」
 本を受け取り、プロデューサーはいつも崩さない鋼鉄の笑顔を初めて崩した。眉をひそめ、とても不快そうな表情を見せる。
 上者名はプロデューサーの耳元に寄り、こう囁いた。
「私と先生で、この世界を変えましょ」
 上者名結衣には秘策があった。


 プロデューサーは結局、上者名を助手として採用した。
 次の日から、上者名は自ら希望して助手になったとは思えない程のぐうたらぶりを発揮した。
 プロデューサーの方から仕事を頼まれる事が無いのは当然の事だったが、自分から「何か出来そうな事は」と探す事さえ一切しなかった。プロデューサーの仕事を後ろから見学し、時々茶々を入れて、適度に情報を引き出すだけ。傍目から見ても、役に立ってないのは明らかだった。
 その一方で、上者名は常に懸命にプロデューサーのあらを探していた。片っ端から書類に目を通し、経理でも気づかないような些細な金銭の間違いを見つけては、その控えをとって、ファイリングするという地道な作業を繰り返す。
 スケジュールの不合理性(といっても、それらは全て後から見ればこちらの方が正しかった、というような結果論ばかりだったが)をつついて、プロデューサーがそれを渋々認めるのを録音したり。
 挙句の果てにはヒロイン候補達が直接プロデューサーに売り込み活動をしているのではないか、という疑惑を持ち、調査をしたが、そのような事実はないので当然証拠も出てこなかった。が、火のない所に煙をたてるという上者名の特技の1つを遺憾なく発揮し、『それらしい』話をでっちあげたりした。
 つまる所、上者名の所業は無茶苦茶の極みであった。
 もちろん優秀なプロデューサーが、上者名のそれら行いに気づいていないはずがなかった。しかしプロデューサーは何のお咎めもしなかった。助手として上者名を雇う以前よりも増えた仕事量をこなし、誰かが上者名についての愚痴を誘発させようにも、深い沈黙でそれをかわした。
 秘密を握られてるのでは? などと噂が立つのは当然の事だったが、誰にも言えないから秘密なのであって、憶測が憶測を呼ぶ結果となったのは言うまでもない。
 
 そして上者名が助手として君臨して、瞬く間に1週間が過ぎた。上者名は、その頃には既に過去に遡って、プロデューサーの犯したあらゆるミスをほとんど掘り当て、それを培養していた。しかし過去のミスだけでは罷免の根拠としては弱い。そう判断した上者名は、決定的なミスを作ろうとした。
 相沢搭子、不幸な少女だと聞く彼女が、今度する役は『空から落ちてきた少女』だそうで、それを再現するには工事されてクッションになった道に身を投げなければならない。
 例えば、事前に主人公が道を変更したらどうだろう。上者名はこう考えた。相沢搭子は諦めるはずだ。
 プロデューサーの立てた作戦が、直前になってトラブルにより中止となれば、当然プロデューサーの読みが甘かった、という事になる。確かにそれは小さなミス、それも運による不確定な物だが、どんな些細な穴にも全力でつけこむのが上者名の努力ベクトルである。
 上者名は過去の資料から、使える物をピックアップした。猫型の二宮凛。主人公が唯一心を開いた存在で、今はあるヒロイン候補が家で飼っている。これを使えば、主人公の進路を変更できるかもしれない。
 策はすぐに決行された。猫型二宮凛を借り受け、それを通学路から1本離れた道に配置する。単純な手だったが、それは見事に成功した。主人公は二宮凛を見つけるやいなや体を90度曲げ、近づいていくと二宮凛は脱兎の如く逃げた。
 やがて進路は変更され、これで新たなミスが出来たと上者名がほくそ笑むと、予想外にも相沢搭子が何の加工もされていない地面へと飛び降りた。そして、全治1ヶ月の怪我を負った。
 上者名にも罪の意識が無い訳ではなかった。というよりも、病院から「命に別状は無い」との報告を聞いて、一番胸をなでおろしたのは他の誰でもなく上者名その人だった。
 しかしこの事件に乗じて、上者名は作戦を早めた。
 なかなか表に顔を見せない『出資者』達を引きずり出し、会議へと持ち込んだのである。


 町で唯一、本物の電車が通る駅。外から人や物が運ばれてくる時は、大抵ここを使う事になっている。四方を高い山に囲まれ、外部から完全に隔絶されているので、ポッコモコのようにセスナ機をチャーターするか、許可を得てこの駅から出る電車に乗らなければ、町から出る事は出来ない。
 ホームのベンチに、プロデューサーが腰掛けていた。
「プロデューサー!」
 と、ホームに駆け込んできたのは経理部長。いつもピシッと整ったスーツが、全力で走ったせいでよれている。
「どうしました?」
 対照的に、いつも通り冷静なプロデューサーの手には、ボストンバックがたった1つだけ。
「はぁはぁ……本当に、この町を出て行くんですか?」
 その問いに、プロデューサーは少し考え、諭すように言う。
「この町に、役割の無い人間はいてはいけないのです」
 経理部長はまだ何か言い足りない様子で、しかし何も言えずに、プロデューサーが去っていくのを見送った。その翌日から、上者名の名前の後ろに『プロデューサー』の肩書きがついた。
 早速、上者名は得たばかりの自分の権限を使い、趣味のコスプレで主人公に迫ったが、出会って5秒で拒否された。ヒロイン最短撃沈記録が誕生した瞬間だった。

       

表紙

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