Neetel Inside 文芸新都
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レインドッグ
第一話 拾い犬れいん

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第一話 拾い犬れいん

 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!
 目覚まし時計ががなり散らす朝の八時。音だけが響く空間。
 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!
 部屋には二人居た。男と女、どちらも十代後半だが、男の方は大柄でむさいため
老けて見え、女の方は幼く見えた。むくりと体を起こしたのは男の方である。
 男は目覚ましに拳骨をかまして、そして二度寝に入った。
 数分後――またヒステリックな叫び声。
 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!
 今度体を起こしたのは女。目覚ましに脳天空竹割りをかます。目覚ましはまた黙
った。女は満足げな顔で二度寝に入った。
 また数分後――
 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!
「…うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいう
るさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!」
 れいんは叫びながら目覚ましにエルボードロップを炸裂させた。目覚ましは静かに
なった。
「ふふふ……分かってるよ、アンタはこの程度じゃくたばらないんだ」
 れいんは遠くに弾かれた目覚ましを利き腕の右手で掴み、ぶんぶん回した。
「あんたを黙らせるには――」
 西武の西口投手のフォームを真似て、れいんは振りかぶった。
「こうだあぁぁァ!!!!」
 目覚ましは窓の外に飛び出し、数十メートル先の道路に落ち、憐れその身を散らした。
「ははは! どうだ!」
「バーカ」
 男は、寝起き特有の声で言い放った。れいんは首を回して後ろを見て、
「雄一、起きたのか!」
 と大きな声で言った。
「朝からうるせえなあ……」
 雄一と呼ばれた男は、大欠伸を一つした後に言う。
「…れいん。お前、今のは駄目だろ」
「なんでだよ! あたしは安眠を妨害する陰険なあいつを黙らせてやったんだよ!」
「ありゃ必要悪だろが」
「必要悪?」
「嫌だけど、なくちゃならないもの。あーあー、どうすんだよ。また新しいの買わなきゃ」
「買う必要ないぞ」
「お前が起こす? 例の“一日一善”でか?」
「そう」
 誇らしげな顔で貧相な胸を突き出すれいん。
「…いや、やっぱ買う」
「いいって!」
「お前の一日一善は、もっと有効に使いたい。というわけで……」
「わけで?」
「…コーラ買って来い」
 雄一はれいんの手を握った。れいんの手には百円玉が二枚落とされた。

 れいんは捨て犬だった。
 何故かどこの学校のかは分からない制服を身に付けたれいんを、雄一は雨の中拾ってや
った。理由は「なんとなく」だそうだ。
 れいんには自分ルールがあった。
 一つは、飼い主への一日一善。そして、もう一つは――
「…ん?」
 自販機の前でコーラを取ろうとしゃがんでいたれいんは、音がする方に目を向けた。
 なよなよした男子高生を、数人のいかにも柄の悪そうな男達が囲んでいる。
「…………」
 れいんは、一度手に取ったコーラを自販機内に戻した。
「おい! 脳内筋肉ども!!」
 男達は、一斉にれいんを見た。
「こっち向くってことは自覚あるんだな! 結構結構」
 そう言って豪快に笑うれいん。
「なんだ、あの女……」
「ガキたぁいえ、ちょっと行き過ぎた発言じゃねぇの?」
「まあ、許してやろうぜ。まだほんの――」
 三人の柄の悪い男は、れいんをまじまじと見て、そして三人同時に頷きながら言った。
「小学生だしな」
「十六だ!」
「ええ!?」
「ええ!?」
「ええ!?」
 三人は声を揃えて言った。囲まれていた男子高生も、
「ええ!?」
「あんたまで驚くなァ!!」
 れいんは泣きそうな顔で男子高生に突っ込みを入れた。
「だってよぉ……」
「縦も横もちっちぇえし……」
「双方の合意の上で付き合ってても警察のご厄介になりそうだぜ……」
「栄養不足だ!」
 れいんの叫びを聞いて四人はスクラムを組んだ。
「可哀想な子なんだな……」
「きっと、施設でロクに食わせてもらえねえから出てきたんだろう……」
「いや、最近の親にゃ子育てを放棄してるようなのもいるっつうからな……」
「守ってあげたいですね……」
 れいんは、面倒臭くなった。瞬時に加速し、飛び上がって柄の悪い男の一人の首に強烈
な蹴りを見舞った。不意打ちに男は意識を失い、倒れた。
「て、てめぇ……ぐあっ!」
 気付いた男の体が反応する前に空中でもう一度蹴りを炸裂させた。れいんは僅か数秒で
自分より遥か大柄の男を二人地面に寝かせた。
「か、可哀想に……施設でよほど酷い虐待を――」
 残る一人の言葉を無理矢理遮ろうとするかの如く、れいんは着地と同時に男の内側に入り
無防備な腹にアッパーを打ち込んだ。男はセリフを言い切れずに倒れた。
「す……」
「…馬鹿かこいつら」
「…凄い……」
 男子高生は、呆気に取られて地面に尻を着いた。
「大丈夫? 何も取られてない?」
「あ……だ、大丈夫です……」
「どうした?」
「こ、腰が……」
「…腰が抜けたの?」
 れいんは、馬鹿にするような顔で男子高生を見た。
「情けない」

 れいんは捨て犬だった。
 何故かどこの学校のかは分からない制服を身に付けたれいんを、雄一は雨の中拾ってや
った。理由は「なんとなく」だそうだ。
 れいんには自分ルールがあった。
 一つは、飼い主への一日一善。そしてもう一つは、柄の悪い男を倒すこと。
「…しまった……」
 れいんは、アパートに戻ってすぐに絶句してしまった。
 雄一は既に高校へ行ってしまっており、部屋には書き置きが置いてあった。
「『今日の一日一善は失敗です。だからもう一回しましょう。晩飯作って。カレーがいい
な。豚肉は必ず入れろよ 雄一』……」
 れいんは読んだ後、大きく溜息をついて言った。
「…不味くても知らないぞ」

       

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