Neetel Inside ニートノベル
表紙

ツンツンの幼馴染が突然メイド姿で……夏
二十話

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 ノビはチョコパイをまるごと一息で飲み下し、口の中をオレンジジュース(なっちゃん)で洗い流してから、口を開いた。
「ねえ、夏休みが終わったらどうする?」
 俺とダサオとノビはいつものようにダサオの家に集まっている。またあの吐瀉物大惨事の会場と同じ作業場。ただし、目の前に用意されている飲み物はダサオの母さんが用意したお茶やサイダー(三ツ矢)やオレンジジュース(なっちゃん)や緑茶(お~いお茶)だ。もう酒は出さないと釘を刺された。ダサオも殊勝な面持ちで、おとなしくお茶を飲みながらポテトチップスを食べている。食べながら、口の中にポテトチップス(湖池屋ののりしお)を残しつつ、ノビに応える。
「どうするって、遊ぶだろ」
「でも、受験は?」
「知らん。推薦でどこでもいい。高校なんてさ。お前らと一緒でもいいよ」
「一緒でも?」
 ノビは少し眉を寄せる。ダサオは苦々しげな顔をする。
「……一緒がいいよ」
「うん」
 またノビはチョコパイに手を伸ばす。お徳用大袋チョコパイは彼一人の胃袋の中にほぼすべて収まりつつある。
 俺は二人の会話をぼうっと聞いていた。身体はここにあっても、心は違うところにあるような気分だった。思考はずっと同じ所で足踏みしている。そんな俺をほったらかしに、会話は進行していく。
「ノビこそお前、どうするんだ? 第一志望は本当に俺らと同じとこでいいのか? あんなとこで?」
「悪くない高校だよ」
「そうは言っても、お前の将来は親父さんのあとついでお医者様だろうが。もっと上目指さないとまずいんじゃないか?」
「医者にはなりたくない……というかなれる気がしない」
「じゃあどうすんだ?」
「わかんない」
「わからないじゃすまんだろう」
 わからないじゃすまない。その言葉の響きだけが俺の心を揺らした。わからないじゃすまない。わからないなら、近づいて解き明かすか、離れて諦めるかだ。俺の思考はまた同じ所を足踏みする。とどのつまりは、俺とリョーコの関係は本当に昨日のアレで終わってしまったのか? ということ。まさかあの程度で、と思う反面、そもそもあの程度で壊れるような関係だったような気もしてくる。
 考えてもみてくれ。彼女は足繁く俺の部屋へ通ってきたわけだけど、俺は何か彼女のお気に召すような何かをしたわけではない。ただ彼女が勝手に漫画を読んだりしてただけだ。はっきりと自信を持って言えるのは、俺は少なくとも彼女が不快になるようなことはしなかった。それだけだ。
 ただ、それだけ。昨日の一件から一夜明けて、俺の思考はそこに辿り着き、そこでずっと足踏みしていた。俺は所詮、居心地のいい避難所、郷愁的な過去の思い出、無害なその他大勢、それだけの存在だったのではないかと、今強く疑っているのだった。
 馬鹿みたい? 仕方ないのさ。だって、どう考えても俺なんてその程度の評価がお似合いの人間なのだから。部活も勉強も満足に成果を出せない。誇りといえば、部屋にうず高く積み上げた漫画と本の山、およびパソコンの中のいかがわしいデータファイル数十ギガバイト。それだけだ。
 しばらく思案にくれていたノビは、ゆっくりとチョコパイを飲み込んだ。これでもう俺達の半径十メートル以内のチョコパイはゼロになった。
「それについて今度父さんと話してみるよ……気がすすまないけど」
「うん、そうしろよ……ところで」
 とダサ男はこちらに水を向けた。
「珍しいな、お前がそんな落ち込んで」
 俺は天井に向け続けていた視線を少し下げる。
「珍しいか? 俺が落ち込むの」
 落ち込んでいることは素直に認めた。実際、ひどい気分だった。
「珍しい。お前はよく考えこむけど落ち込むのはあんま見たことない」
 なんか柄にもなく友達らしいことを言ってくる。ノビがその後を受ける。
「それで、ケンちゃんの落ち込んでる理由はたいてい、僕らじゃどうしようもないことなんだよね」
「そう、だから勝手に落ち込め。頑張れ。強く生きろ」
 そう言って二人は俺の肩を手のひらで強く叩いた。友達甲斐があるのかないのかわからない。このままではまたほっとかれるのは間違いない。仕方なし。
「……ちょっとだけ話を聞いてくれ」
 するとダサオは目を丸くして、
「ますます珍しいな、お前が自分から話を聞いてくれなんて」
 ノビは困り眉で、
「僕らで良かったら聞くよ。力になれるかわからないけど」

 俺は昨日考えたこととさっきまで考えていたことの一部始終を二人に話した。彼女は俺のことが好きなのか? 好きだとしたらどういう好きなのか? 俺は彼女のことが好きなのか? その好きと性欲は違うのか? ただ、彼女に下半身を見られてしまったことは伏せておいた。そもそも二人にはまだ彼女がメイド姿で俺の部屋にあししげく通ってくるとは話していない。
 話し終えると、ダサオは腕を組み、頷きながら、
「くだらない」
「くだらないか?」
「あまりにくだらない。要するにお前はスケベな奴だと思われて嫌われるのが怖いだけじゃねえか」
「そう言ってしまうと身もふたもないんだが」
「あーやだやだ、我らが哲学者さんもこんな世俗の問題に心悩まされるようになっちゃったかー」
 言いながらダサオはコンクリート打ちっぱなしの床に寝転がる。
 俺は黙りこむ。正直に言ってちょっとむっとした。俺の中では重大な問題だったのに、こうも茶化されるとは思っていなかった。
 そんな俺の心中を察してか知らずか、ダサオは天井を見つめたまま、
「色恋沙汰なんてそんなもんさ。他人からしたら微笑ましいくらい小さいことで、世界の終わりみたいに右往左往するんだ」
 俺はむっとした気分のまま、棘のような言葉を返す。
「ずいぶんわかったようなことを言うな」
「この前読んだ本の受け売りさ」
 ダサオはこともなげ。
「何読んだんだ?」
「『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』」
「絶対嘘だな」
 ニヤリと笑うダサオ。
「ああ、嘘だよ。でもほんと、ケンジは典型的な童貞思考ってやつだな」
「お前は違うのか?」
「俺をただの童貞と思うなよ。卒業のためのための研究に余年ない童貞だ」
「結局童貞じゃねえか」
「ねぇ、このお菓子食べてもいい?」
「お前は黙っとれ。それで、ケンジ、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたいって……それより彼女がどう思っているか、わからないと」
 ダサオはそれを聞くなり、がばっと上体を起こし、彼と同じように転がっていたポテトチップス(湖池屋ののりしお)の空き袋を全力でこちらへ投げつけた。空き袋はふわっと舞って床に落ちる。
「おめーは馬鹿か! こっちからモーションかけないと向こうがどう思ってるかなんてわかるわけねーだろ! いや、モーションかけて向こうをその気にさせちまえばこっちのもんなんだよ!」
「ダサオ、本当はなんて本を読んだんだ?」
「『モテる技術――1000人をナンパした男』。あと『女性をソノ気にさせる法』、それと『モテる男はココが違う!』ああ、あともう一つスタンダールの『恋愛論』!」
 俺は肩をすくめる。どうやらこういう分野に関しては、俺よりもこいつの方が一日の長があるらしい。経験が伴っているのかは知らないが。
「わかったか、ボケが! モーションかける相手が存在するだけ有り難いと思えカスが! 死ねっ!」
 俺はダサオの少しも心のこもっていない罵倒に苦笑する。
「彼女と話してみるよ、そうする」
「あたりめーだろ、ボケがっ。そんでとっととフられてきて、やけ酒しやがれ」
 やれやれ。
 俺の気分は少し晴れやかになっていた。もうわかっている。答えが欲しかったんじゃない。ただ背中を押されたかっただけ。答えはきっと俺やこいつらやそれ以外の世界の全てにもありはしない。ただ、リョーコの中にしかない。
「よーし、決まり決まり! かーっ! ほんと俺はお人好しだぜ。お前とリョーコちゃんがくっついても何の得にもならねーってのに。マジでフられちまえ」
「すまんな、うまくいったら、リョーコに友達を紹介してくれるよう言ってみるよ」
「あの子友達いないだろ」
「そうなの? よくほかの女子と一緒にいるの見るけど」
 そう答えた瞬間に、俺は何か妙な気分が脳裏に浮かび上がってくるのを感じた。風邪で炎症を起こした鼻の奥の匂いみたいな少ししょっぱくて熱い感覚が、頭の中でわだかまった。なんだろう?
「それは学校での話だろ。俺がストーキングしてた限り、やっこさん学校の外では春原と一緒にいるとこしか見たことないぜ」
「でも、俺達の最後の試合の日、女子仲間で応援に来てたじゃん」
 妙な気持ちを抱えたまま、俺は会話を続ける。ストーキングに関しては不問とした。こいつに今更ごちゃごちゃいってもしかたない。
「かーっ! お前は何も見てね~のな! あんなん、春原とリョーコちゃん、それと春原の取り巻き大勢じゃねーか!」
「なるほど……じゃあ春原を紹介してもらえば」
 少しずつ頭の中のしょっぱくて熱い感覚は薄れていく。薄れていくのを感じながら、俺は微かに気づいた。この感覚は多分、思い出せない思い出の味だ。
「馬鹿野郎! 春原様が俺ごときと付き合ってくれるわけねーだろ! 付き合ってくれたら幻滅するわ! むしろ!」
 それで俺たちは笑った。間違いない、その通り。妙な感覚はすっかり消えている。また晴れやかな気持ちに戻っていた。
 ダサオは手を叩きながら立ち上がる。
「はーい、そんじゃ解散! 解散! ケンジ、てめーはとっとと帰って作戦でも練りやがれ。っておいこらノビ、何お前お菓子全部食ってんだ!」
「え、まずかった?」
「余ったら俺の夜食にする予定だったんだよ!」
「夜食って、夜遅くまで何かするの?」
「深夜アニメ観んだよ! オタク女子にモテるためにな! ファック!」
 俺達はまた笑いあった。

 そういうわけで俺は帰宅の途を走った。走った、というほどではない、ほとんどは歩いていた。でも気分的には走ってた。みたいなそんな感じ。
 そして、帰りつく直前に、リョーコの家の前でリョーコの母にあった。
「あら」
 俺は少したじろぐ。
「あっ……どうも」
 久しぶりに――恐らく一年かそこらぶりに見た彼女は相変わらずリョーコに良く似た強い目をした女性で、小柄で、どこか陰があって、夜の蝶みたいにとても着飾ってアイラインを強く引いていた。

       

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