「な、な、なにしてんの?」
俺の問いに春原は腕を組み首を傾げて、
「えーっと、なんだっけ?」
「なんだっけってなんなん」
ダサオが思わずそう漏らすと、嬉しそうに、
「なんなん? なんなん! なんなんなんだろうね!」
なんというか、すごいな、と思った。
「そういや、俺たちの試合、見ててくれたの?」
「うん、見てた! カッコよかったよー! えーっと、右の方守ってた?」
「いや、俺守備にはついてないけど……」
「えー、そうなの? じゃあ投げてた?」
「……」
「あっあっ違うの、ちゃんと見てたんだけど、その、わたし野球ってよくわからなくて……」
「いや、それはわかってる」
「うん」
「えっ、なんでわかるの! すごい!」
「いや、誰でもわかる」
そこへもう一人、この物語の主要登場人物が現れる。
「あゆみ、なにしてるの……うわっ」
夏目リョウコである。
彼女は俺らを見てカラスに荒らされたゴミ捨て場を見るような顔をした。
「うわって言われた」
と俺。
「露骨に嫌がられた」
とノビ。
「死のう」
とダサオ。
「死ね三馬鹿」
リョウコが吐き捨てれば、
「はい」
「はい」
「はい」
「はい」
声が四つ。
「あゆみは死ななくていいの!」
「なんでのってきたの」
ダサオの問いに春原は、
「なんか楽しそうだったから」
お嬢様な見た目に似合わず意外とノリのいい奴のようだった。
「で、あゆみトイレ行ったの?」
とリョウコがいらだったように聞くと、春原はぽんと手を打ち、
「あっ! トイレ! それ! 忘れてた!」
「なんで忘れられるの……」
二人の乙女のきゃいきゃいを見つめながら俺たちは互いを肘でつつき合っていた。
「おい、聞けよ」
と俺。
「なにをだよ」
とダサオ。
「好きな人いるのかってよ」
「それより付き合ってる人いますか、の方がよくない?」
とノビ。
「それは、はい。って言われたときのダメージが大きすぎるからダメだ」
俺は首を振る。
「何の話?」
と春原がこちらを向いたとき、ダサオは意を決して、
「好きな人はいるのか!?」
「聞くのか」
俺は白々しい。
「聞いちゃうんだ」
ノビは感心する。
「馬鹿じゃないの」
リョウコはあきれてる。
春原はえーと、えーとね、とくねくねして、あっ、今のわたしかわいくなかった? とか言い出した後、
「うーんとね……言わないっ!」
なぜかウインクが飛び出した。面食らった。
ダサオはなおも食い下がる。
「じゃ、じゃあさ、この中に、いたりなんかしちゃったりしない、かなぁ……」
「この中にいるよ」
今度は即答。なぜかはよくわからない。
「えぇっ! じゃ、じゃあ春原は俺らの誰かのことが好きだって言うのかい!?」
声が裏返ってマスオさんみたいになってる。
「うん」
「マジかよ……」
「信じられない」
「だな」
「うっせえ! お前はリョウコちゃんとよろしくやってろ!」
「誰が!」
「誰が!」
「ハモった」
「なんで私がこんな奴と……」
「はいはいツンデレ乙!」
「こいつデレたことなんてないぞ」
と俺。
「ツンデレって何よ」
とリョウコ。
「積出礼……それは古代中国において時の皇帝に対して石を積み上げて忠誠を誓ったことを起源とする……」
「え、なに?」
怪訝そうな顔でリョウコ。気おされてダサオは、
「なんでもないです」
情けないことこの上ない。やるなら最後までやれ。
「じゃあお前がやれ」
「嫌だ」
「アホくさ」
リョウコは大げさにため息をついた。
「あゆみ、帰ろ」
「うん。じゃーねー、みんなー」
二人はさっさと帰っていった。
「本当に完全にツンだな」
ダサオがぽつりと呟いた。
「だね」
「まあな」
「でもさ、あいつお前といない時はあそこまでつっけんどんじゃないぞ」
「そうなの?」
「うん」
「何かしらお前に特別な感情を持っているのは間違いない気がする。ただ、それが正負どちらの方向かは謎だけど」
「ていうか間違いなく負の方向だろうけど」
「お前何したんだよ、いったい」
「何もしてねえよ」
「だからじゃないの」
「どういうこと?」
「ケンちゃんがあまりに何もしないから、愛想つかしちゃったとか」
「何もしないからって、なんだよ」
そこでダサオが、
「どんだけアプローチしてもなびいてくれないから、こんなに辛いならいっそ愛などいらぬ!って暗黒面に落ちた」
「北斗の拳かスターウォーズかどっちかにしろよ」
「でもその線は大いにあるだろうなー。ずっと好きだった幼馴染なのに、ちっとも振り向いてくれなくて……!って」
「それなんてエロゲだよ」
「果たしてこの世界がエロゲでないと言い切れるのか?」
「は?」
「あるいは、この世界が漫画の世界でないと、映画の世界でないと、ドラマの世界でないと! お前は言い切れるのか? 誰かの作り出した虚構の世界でないと……」
「急に何言い出すんだよ」
「サダくん最近SFに被れてるんだよ。フィリップ・K・チンコとかいう奴」
「ディックだ!」
「意味は一緒じゃん」
「違うわ!」
「もしこれが虚構の世界だったら」
「だったら?」
「俺とあいつはいつかくっつくな」
「なんで?」
「だって主人公とヒロインじゃん」
「何でお前が主人公なんだよ」
「そりゃ俺の中では俺が主人公だよ」
「ずりーじゃあ俺だって主人公やるわ。リョウコちゃんと付き合うわ」
「おっ寝取られ? 熱いねえ」
「アホか」
「でもさ、まだ中学生じゃん、俺ら」
「おう、それが何か」
「ラブコメ系のラノベってたいてい高校生じゃね?」
「なにが言いたいんだ」
「物語が始まるとしても、来年か再来年からじゃね?」
「マジかよ気が遠くなるわ」
「待てまだ始まると決まったわけですらない。いや、はっきり言う。はじまらねえよ!」
「なに怒ってるんだよ」
「家族みたいな関係だと、思春期になるにつれて距離を置くようになるってのはよくあることなんだよ」
「そうなのか?」
「うん。ソースは俺」
「サダくんオタ趣味が妹にバレてから口もきいてもらえなくなったからね」
「それって思春期になるにつれてとか関係なくないか……」
「でも小さいころはおにいちゃん、一緒にアニメ見よー!ってそんなだったぞ!」
「そりゃ子供はそうだろ……」
「ああ悲しきは兄妹の絆、いかに強く互いを思えど血のつながりは断ち切れず」
「いつお前らが強く互いを思ったんだ」
「とにかく!」
「はい」
「お前にリョウコちゃんルートのフラグはない! これは言い切ってやる!」
「八つ当たりじゃねえか……」
「ばっかそんなんじゃねえよ!」
でもなんとなく、俺もそうだろうなぁ。とは思っていたのだった。
「ところで、春原の方はどう思う?」
とダサオ。
「もうなにがなんだかわからない」
俺は首をふる。
「あれって、フラグだよね?」
とノビ。
「いや、でも物語の文法的に言えばミスリードを狙った発言かもしれない」
ダサオは鋭く言い放った。
「つ、つまり、どういうことだ?」
俺がそうたずねると、
「わからん」
「だな」
「うん」
そうしているうちに、俺の家に着いた。
二人と別れる。
珍しくお隣のリョウコの家は電気が消えていた。この時間はたいていリョウコが一人でいるのに。
そんなことを知っているのも、幼馴染で隣同士だから。隣同士で幼馴染ってまったく、それなんてエロゲだぜ。
そのとき俺は唐突に、ふっとさびしくなった。なぜだかはわからないけど、本当に唐突に、夏の終わるように、さびしくなった。
……今日は本当に、疲れた。もう俺は一刻も早くシャワーを浴びて部屋でゆっくりしたかった。
「ただいま」
「おかえり。今日の試合はどうだったの?」
「負けたよ」
「あんたはどうだったの?」
「見逃し三振」
「かっこ悪いね。青春だね」
「なんで?」
「かっこ悪いから青春なんだよ。かっこよかったら青春なんて言い訳する必要ないからね」
そんなものかと思って俺は部屋へ帰った。
「やれやれ」
部屋の扉を開けたとき。
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