Neetel Inside ニートノベル
表紙

この身体はキモチイイ……!
int3.暗夜蠢森1

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 森(モリ)喜子は1-Aの学級委員長だ。

 150cmに至らないほどの低めの身長、やや肥満気味の体型が、彼女の悩みの種。顔立ちも決して悪くなく、大きな瞳はむしろ好印象なのだが、やたらと美人が多い彼女のクラスでは、近頃鏡を見る度にため息が漏れた。

 モリは最近開拓してお気に入りの静かなカフェで、甘ったるいカフェオレを口にしながら、二人の友人を待っていた。手許にはクラス名簿があり、彼女はそれを訝しむように目を細めて眺めた。

 彼女は思案していた。自分の所属するクラスの異常性とその恩恵について。

 1-Aの異常な点は、大きく二つある。

 一つは、このクラスに学年内における『グループの中心的な人物』があまりに集中していることだ。

 人はある大きな集団の中では、気の合う人物同士でさらに細かい集団を作る。所謂仲良しグループだ。そしてその中には必ず中心的人物がいて、グループの統制を図っている。例えば学級の中では、一緒に昼食をとったり、週末に遊びに行く約束をしたりして、お互いに日々の充実を兼ねて、友好関係をより確実なものにしていく。多くの場合、中心的人物はこれをグループの統制だと意識はしていないし、その構成員もそのようには考えないだろう。けれどこれは立派な意思の統制だ。ある集団の中で、友好という共通の意思を明確にするのだから。

 そんな統制する側の人間ばかりで、どんな日常が展開されるか。モリは内心楽しみにしていたのだが、結果は実に面白くないものだった。統制する側にも序列があるようで、グループの中で最も序列の高い人間が、その中心人物になっただけのようだった。

 モリは名簿を見ながら、ざっとクラスのグループ分けをした。

 モリを中心とするグループが十二人。人数は多すぎるが、モリはこのグループを四人ずつの三つに分け、自分が一つのグループリーダー、さらに他の二つのグループのリーダーと友好関係を持つことで、グループが分解しないようその結びつきを強固にしている。中学から培った友人関係なので、ここは安定していると言って良いだろう。この中にはクラスの大多数を占める平均的な容姿と才能を持つ人間が固まっている。

 そして待っている友人の一人、加藤鉱(コウ)を中心とするグループが八人。こちらもやや人数が多すぎるが、姉御肌でさばさばしているコウと、彼女と仲の良い谷垣禎子が良いバランス感覚でグループをまとめているようだった。おしゃべりや噂が好きで、わいわいと賑やかな子が集まっている。

 もう一人の待ち人、山崎拓子(ヒロコ)のグループが同じく八人。ヒロコ同様、上流階級のお嬢様達で構成されている。彼女たちはもともと家でのつながりが大きく、それぞれ親密に付き合いがあるようで、八人という人数でも分解することはなさそうだった。

 ここまで二十八人、クラスの半数以上を占めている。この中に中心的な人物はモリも合わせて僅かに三人。モリの考えに沿うなら、この三人がクラスの統制される側の人間をほぼ占有する形になっていることがわかる。しかもこの三つのグループは互いに友好関係にあり、クラスでは圧倒的な最大勢力になっている。これがこのクラスの異常な点の二つ目。グループの勢力があまりに偏り過ぎていることだ。

 グループ分けを続ける。

 歩くカリスマ、橋本龍子(リューコ)率いる四人のバンドグループ。他の構成員は麻生(アソー)花子、福田(フクダ)康子、安部(アベ)晋子。いずれも他のクラスに多くの友人を持つ人物で、このクラスでなければ間違いなくグループの中心になっただろう。もともと人気者がなんとなく結成したバンドグループだったが、今の状況に置かれ、むしろ友好関係は深まったようだ。

 小渕恵(ケイ)の四人グループ。中等部でバスケ部キャプテンを務めていたケイと、何となく面識のあった他三人とがグループをつくっている。全員体育会系で、淡泊な付き合いが続いている。

 他に小沢一子(イチコ)と菅直子(ナオコ)のグループ、鳩山由紀と小泉純のグループがある。このグループは人数こそ少ないものの、色々な人物と面識を持っている。一見近寄りがたい雰囲気も小沢も、課題や授業の予習などで他のグループの子の面倒をみていたりするし、鳩山由紀は前生徒会長で知名度が高く、誰となく話をしているのを見かける。菅はもともとヒロコのグループの女子と付き合いがある上、基本的にぼんやりしていて優しいので人気が高い。小泉純は……よくわからない。だいたい一人でいるか鳩山といるかで淡々と日々を過ごしているが、編入生ということもあり、話題によくあがる。モリは彼女になんとなく冷淡な印象があるが、意外と優しい面もあると聞いていた。とにかくデータが少なくよくわからなかった。

 モリは改めてこのクラスのグループ編成を見直して、その口角を僅かにつり上げた。ほとんど、いや完全と言ってもいいほどの理想的なクラスだった。少なくとも、自分が生徒会役員になるには。

 学級委員は立候補がない限り、自己紹介後の投票によって選定される。もしも誰か立候補したら、モリもそれに対抗して立候補する予定だった。結果的に立候補はなく、投票によってモリは選出された。獲得票数は森喜子28票、鳩山由紀7票、橋本龍子3票、小渕恵1票、加藤鉱1票。モリは今回一票を加藤鉱に投じているから、何者かの一票を含め、グループ27人分の票が入っていることになる。最低でもこの27票はモリが事前に手をまわしていたことによる。

 それはなんらかの支障がない限り、自身の一票も含め、全42票の内28票を自由に出来ることの証明だった。一学期学級委員の選出という一見生徒会とは無関係な役職に就いたのは、ひとえにこの票の信頼性を確認しておきたかったからだった。

 生徒会の候補者はクラスで一名に限られ、その選出は二学期の文化祭終了後に行われる。そこでモリの自由に出来る28票が効いてくる。クラス外に多数の支持者を持つ鳩山由紀、橋本龍子、小渕恵、小沢一子エトセトラ……このクラスに集まった生徒会役員筆頭候補を出馬すらさせることなく、モリは悠々と生徒会選挙に臨めることになる。それもクラス外にある彼女たちの支持票三百数十票近くを浮かせながら、だ。

 絶対的に有利な構図だった。そういうクラス編成になるよう、モリが父親やその関係者に依頼したのだ。彼女の父親の息がかかった学校役員は、密かにクラス分けに手を加え、現在の状態が構築された。モリが中学三年の頃から計画していた策が、ちょうど一年を越して実ったのだ。

 無事生徒会役員になれば、安定した将来が約束されている。長田女子校の生徒会役員には有名私立大学へのAO入試が勧められる。今のところこのAO入試で落選した者はいない。過去にとても進学出来るほどの学力が備わっていないと思われる先輩も、これを利用して進学を決めている。また進学先では当然生徒会での先輩もおり、彼女たちの友人も含めたコネクションが初めから約束されている。無論それは大学の先まで続き、大手企業から縁談の話まで範囲が及ぶという。

 橋本龍子達はおそらくクラス内の票の切り崩しにかかるだろうが、それもグループの中心人物を抑えておけば無駄なこと。だからこうして、自分と友好関係にあるグループリーダーと密接な関係を維持しておくのだ。それさえ出来れば、あとは各人が上手くやってくれる。統制される側の人間は何より保守的で、魚群のように一人一人が同じ方向を向くのが常だから。

 そう思うと、モリは思わず冷たい笑みを浮かべそうになった。身体に馴染むような全能感に満ちていくのを感じた。

 とはいえ油断は出来ない。小沢一子や橋本龍子は、どんな手段を用いてこの牙城を崩してくるのか分からないのだし、万が一にでもグループ間で不和があれば、票が割れかねない。モリは二学期の生徒会役員選出まで、細心の注意と周りへの警戒を心に刻んだ。

 カフェオレを飲み干して、クラス名簿を鞄の中にしまった。

 時刻は二時の五分ほど前、生真面目なコウやヒロコならそろそろ来る時間だった。他の用事を済ませるために、一時間前から待っていたモリは、少し凝った身体をくっと反らした。そんな時、視界の端に見覚えのある顔を捉えた。手を軽くあげて合図を送ると、相手はこちらに気付いたようだった。

 赤茶系の色に脱色したストレートボブの髪、すらっと高い背、アルカイックスマイルの似合うような綺麗な顔立ち、加藤コウは控えめに手を振り返した。白いシャツとタイトな紺に近い青色のジーパンというシンプルな格好だったが、彼女の綺麗な身体のラインを強調する装いだ。アクセントに腰に巻いた太いベルトも洒落ていて可愛らしさがある。モリにはもっと年齢の高いお姉さんが着るように思える服を、彼女は見事に着こなしていた。

「やっほ。早いね」
「うん、ちょっと用事があって、先に来てたから」

 コウの視線が空いたカップに向いていたことに気付いて、モリはそう答えた。

「ヒロコちゃんはまだ?」
「うん。すぐ来ると思うよ」
「ん、そか。注文どうしようかな? 先に頼んじゃう?」
「別に良いんじゃないかな?」

 コウは店員を呼んで、ライチソーダを注文した。モリはアイスコーヒーを頼んだ。店内の気温はまだ春なのに少し高い。

「クラス編成、上手くいったね」

 席に着くなり、コウはふっと笑った。ちょっと悪戯めいた笑みだ。小悪魔のような、計算高い人間が受かべるその特有の笑い方を、モリは好いていた。

「そうね。グループの票も全然割れなくて、本当に動かしやすい」
「うん、あとはこの姿勢を維持するだけかな」
「そう。そうすれば生徒会まで一直線」
「会長就任の暁には、頼んだよ」
「ん、もちろん」

 生徒会長になれば、残りの役員は推薦することが出来る。生徒による信任投票があるが、形式だけだ。つまりモリが当選すれば、自動的にコウやヒロコも生徒会役員になる算段が出来ているわけだ。

「今クラスで怖いのは?」

 コウの声のトーンが少し落ちる。やはり一癖も二癖もあるクラスメートに警戒をしているようだった。

「目下は小沢さんと、橋本さん……だと思う」

 モリは一番に頭に浮かんだ二人の名前を出すに留めた。一番怖いのは内部分裂だったが、口に出すべきではないとの判断だ。それに外に敵を置いた方が、内部の結束は固まりやすい、と。

「鳩山さんは?」
「あの子は人柄を下地にした人気があるだけで、政治的な頭が回るわけじゃないから」
「でも小泉さんをこのクラスにねじ込んだみたいじゃん?」
「それがどうもねー、この件とは関係なさそうなの」
「関係ない?」

 モリは軽く頷き、声を顰(ひそ)めて話を続けた。

「うん。小泉さんは鳩山さんの家に引き取られただけみたい。彼女のお父さんが鳩山のお父様に借金があったみたいなんだけど、返す目処がたたなくてそれを苦に自殺しちゃったとか。それにお母さんが後を追ったらしいの。そこまで彼らを追い詰めていると思わなかった鳩山のお父様は、親類もいなくて一人残された小泉さんを引き取る形になった、らしいよ」
「うわぁ、なにそれ。重いなぁ……。でもそこまで色々わかっていて、『らしい』なんて、モリらしくない言葉の濁し方だね」
「なにせ鳩山のお父様が忙しい方で、世界中飛び回っていらっしゃるから、噂を重ね合わせるしかなかったの」
「ふーん、まぁじゃあ鳩山さん達はマークが低くても問題なしかな」
「たぶんね」

 話が一段落して、モリはふっと息を吐こうとした。瞬間すぐ傍に人が立っている気配を感じて、振り向いた。

「ふふ、秘密のお話?」

 そう言ってあどけない笑みを浮かべるのは、最後の待ち人、山崎ヒロコだった。

 パーマをかけたセミロングの髪は、上品な茶系色に脱色されている。フリルが装飾された白のワンピースが、華やかな彼女に良く似合っている。ブーツが印象を引き締めていて、瀟洒(ようしゃ)な身成だ。西洋の子供を思わせる愛らしい顔立ちは、どこかの雑誌モデルのようだ。また奥ゆかしい雰囲気が、ひどく男心を擽(くすぐ)りそうだとモリは思った。

「ヒロコ可愛いねー。私服姿は初めて見たから、いつもと全然違う感じ」
「そうかな? ありがと」

 コウとヒロコはモリを仲介して知り合っているので、まだ友人としての日は浅い。互いに私服を見たことがないので、印象が普段と違うのだろう。二人してややぎこちない笑みを浮かべている。モリは彼女たちの様子をそれとなく観察していた。モリには二人の相性が良さそうに思えた。最もそうでなければ、協力者には選ばなかったであろうが。

 ヒロコはEBティーラテを注文して、席についた。四人がけの丸テーブルだが、カフェの小さなものでは少々手狭だ。

「いい雰囲気の所だね」
「でしょう」

 ヒロコの賞賛の言葉に、モリは少し自慢げに答えた。お店を選ぶセンスには、モリは自信があった。

「それで、二人ともひそひそと何のお話だったのかな?」
「んー……学級政治情勢について少々?」

 ヒロコの疑問にコウがとぼけて返した。

「政治と?」
「ええ」

 ヒロコが妙に神妙な面持ちになる。コウもそれに合わせて、厳粛に頷いた。

「コネとカネの問題とか……?」
「まさに」
「怖い話ね」
「あなたもその一旦を担うんだけどね」
「なんとっ……!?」

 ヒロコが瞳を大きく開けて、演技がかったリアクションをする。

「ねぇモリ、この子面白いんだけど」
「演技派で悪ノリが好きなの」

 モリが冷めた口調で答えた。

「でも学級政治ってなんだかとぼけたフレーズだよね。なんだろう、このそこはかとない小物かつ小悪っぽさ」

 コウが可笑しそうだ。

「私は好きだけどな、何百票とかの不確定なものじゃなくて、何十って限られて、しかも体感で把握出来るような票の中の出来事だから」

 ヒロコはそっと微笑む。

「最もそんな局地戦でもなければ、勝ち目はないんだけどね」

 モリは自嘲気味に笑った。

 三者三様の笑みは調和的だ。誰もどこか楽しそう。

「上手くいくかな?」
「いくと良いね」
「いかせるよ。絶対」

 モリは力強く頷いた。

 このまま必ず上手くいく。全てが上手くいく。

 高校生活だけじゃない。大学も、その先も睨んだ最初で最後の大博打だ。

 一年かけて準備したんだ。

 信頼できる人材を求めて、その力を見極めて。

 ここまで自分が出来うる最大限の手は尽くした。

 それでも集まったのはたったの28票。

 全体で見れば10%にも満たない、脆弱な勢力。

 けれど、ここでなら勝負できる。三人の力があれば勝ちも見える。

 ちょうどぎりぎりの三分の二を掌握した。クラス内のどんな決定権も今は手の内。

 不正も何も関係ない。弱者は弱者のままで甘んじていたくない。勝てば官軍だ。

 それに一人じゃない。二人も仲間がいる。

 モリはこの成功を、今までよりずっと強く確信した。

       

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