物語の初め、ジュンは壊れていた。
彼女に依るべきものは無く、彼女は空(から)だった。いつでも彼女は死に臨んでいた。それ故に、ユキは彼女を求めた。
……なぜ? どうして惹かれた?
引く手は数多あったはずだ。なによりユキに好意を寄せる人間は実際にいたのだ。リューコを初めとして。
なぜジュンでなければいけなかった? ユキは学校では孤独でなかったか? なぜジュンとだけ、彼女はこうも距離が近い?
空になってしまったジュンには、ユキの心の内側まで見えなかった。
『本当は、もっと単純な好意だったはずなのにね……』
心は不可視だ。誰にもみることはできない。
時に、自分さえ。
本当にそれは単純な好意だけだった?
ユキが視えていなかったのは、誰の心の内だ?
壊れているのが分かりやすかったから、ジュンは少しずつでも取り戻すことが出来た。
不毛と思える追憶の中に、ジュンは少しずつ断絶した過去の断片を拾い集めてきた。
混じり合う痛みが何かさえわからないまま、彼女はユキを求めた。
そうして藻掻いた末に、彼女は心に人を抱(いだ)いた。
いつのまにか空ではなくなっていた。
だからようやくジュンは気付くことが出来る。
二人の出口のない関係性に。
互いが悩んでいた。『今在る二人の関係はなんだろう』と。
必要とし合っているのに、ジュンがそれに答えを出せないでいるのは何故?
ユキが答えを出せないのは、何故?
何度も唇を重ねているのに、二人が二人とも、ただの一度も「好き」と言わなかったのは何故? 言えなかったのは何故?
――二人とも壊れていた。物語が始まったときには既に。
「それにね、今は一人っきりじゃないし」
破綻でつぎはぎされた物語が、その言葉に折り返される。